オーランド王国北西部に位置するグロリア辺境伯自治領。
その寄り子であり、オーランド王国の最果てと呼ばれる大森林に最も近い領地を持つホーンラビット伯爵家当主ドレイク・ホーンラビット伯爵は、愛娘エミリー・ホーンラビットの“授けの儀”の報告と王都における陞爵の挨拶の為に、グロリア辺境伯家居城来賓の間を訪れていた。
「勇者・・・それに聖女であるか・・・」
その言葉はこの城の主、タスマニア・フォン・グロリア辺境伯の口から洩れたものであった。
勇者、それは勇者物語として数多くの人々に親しまれる程有名な存在であり、時代を暗黒に落とす脅威から人々を守る為に、女神様が人類に齎した希望であり象徴。
過去には多くの国々を滅ぼした“ゴブリンエンペラーの蹂躙”や、深い大魔境の奥から全人類を滅ぼそうとした“イビルエンシェントトレントの侵食”など、数多くの危機を多くの人々と共に救ってきた存在、それが勇者である。
聖女、それは人々の希望。勇者が伝説の存在であるのなら聖女は時代を照らす光。今もなお各国で多くの聖女が人々に寄り添い、女神様の導きの下苦しみに喘ぐ人々を救い続けている。
力と正義の象徴的存在が勇者であり、慈愛と癒しの象徴的存在が聖女である。
勇者を輩出した国ともなればその国際的発言力は大きく高まり、周辺国を牽引するとも言われている。勇者とはその功績に関わらず存在するというだけで大きな意味を持つものなのだ。
通常であれば勇者の出現は慶事である。その出身地であるホーンラビット伯爵家は貴族社会において強い発言力を持ち、その寄り親であるグロリア辺境伯家は王家に対して物申す事の出来る立場を得る事となったであろう。
だが、今は状況が違う。
グロリア辺境伯家はいわば王家と
すでにオーランド王国西部から南部に掛けてを一纏めにし、オーランド王国王家に対し脅しを掛けたばかりである。
そこに更に勇者と聖女のセットが加わる、これは実質的にオーランド王国を支配した事に等しい。
「・・・あ、うん。ホーンラビット伯爵殿、一先ずは祝福の言葉を贈ろう。息女エミリー嬢が<聖女>の職を授かった事、配下であるジェイク殿が<勇者>の職を授かった事は慶事である。
おめでとう」
「・・・ハッ、勿体無きお言葉、感謝いたします。
それと大変申し訳ありませんが、お茶を飲ませていただいてもよろしいでしょうか?
ケビン、お茶とクッキーを。グロリア辺境伯閣下にもお出ししてくれるかな?」
「ハッ、直ちに」
ホーンラビット伯爵の言葉に収納の腕輪から取り出した淹れ立ての聖茶の入ったポットをテーブル脇に置く騎士ケビン。同じく取り出したティーカップに優雅な所作で聖茶を注ぎ入れて行く。
“コトッ”
差し出されたカップから立ち昇る若葉の香りに、混乱した心が静まって行くのを感じるタスマニア・フォン・グロリア辺境伯。
「ほう、これは中々に良いものだ。あれほど混乱していた心が静まり、思考が滑らかに行える様になって来た。これは一体?」
「はい、これは我がマルセル村で特別に栽培しております“聖茶”というものでございます。
香りが大変良く飲み口も爽やかなばかりか、心を鎮めてくれる鎮静効果がございます。これはその聖茶をありがたくも教会でいただいた聖水で淹れたもの。
その為普段使いと迄は行きませんが、いざという時の為に時間停止機能付きマジックバッグに収納して保存している逸品となります」
ホーンラビット伯爵の言葉にその効果を実感し、なる程と頷きを見せるグロリア辺境伯。
「ん?ホーンラビット伯爵殿は今時間停止のマジックバッグと言わなかったかな?
我が目には騎士ケビンが突然それらの品をテーブルに出したように見えたのだが。てっきり騎士ケビンが<収納>のスキルを持っているものと思ったのだがな?」
「僭越ながら申し上げます。
この魔道具は使用者が魔力を注ぎ入れる事でまるで収納のスキルのように物を出し入れする事の出来る優れもの、ただし一度誰かが魔力を注ぎ入れてしまえば、その者の魔力が抜けきる迄他の者が使用する事が出来ないという品でございます。
ベルツシュタイン伯爵閣下のお話では、王家の宝物庫にも同様の品が保管されているとか、誠に名誉な事でございます」
そうして一礼をする騎士ケビンの姿に、この者はどれだけ引き出しを持っているのかと半ば呆れるグロリア辺境伯。
「相分かった、大賢者シルビア・マリーゴールド様の“収納の腕輪”の話は我も聞いた事がある。欲望の腕輪、自身の戒めとしての寓話であったか。
中々に人の愚かさを教えてくれる良い話であったよ。
その点騎士ケビンは自身と上手く向き合えているという事なのであろう、その品、大事にするとよい。
してホーンラビット伯爵殿、先程も申したが御息女エミリー嬢と騎士ジェイク殿が聖女と勇者の職を授かった事は素直に祝うべき事である。
ではあるが、現状ただ我々が目出度いと言って終わる問題ではあるまい。
来年には王国法に則りエミリー嬢は王都学園に通わねばならないし、騎士ジェイク殿も希少職を授かりし者である故同様である。だがその前に我々と王家との間での話し合いが必要であろう。
これはなるべく早い方が良い、ホーンラビット伯爵殿においては先に王都から戻られたばかりではあるが、緊急時故了承して貰いたい」
それは通告、グロリア辺境伯の言葉に力なく笑い了承の意を示すホーンラビット伯爵。
「エミリー嬢、騎士ジェイク殿、そうした訳だ。本来であればこの後共にお二人の授けの儀を祝おうと思っていたのだが、少々込み入った話をしなければならなくなってしまった。
これは政治の話である故、歳若の二人には大変申し訳なく思うが堪えて欲しい」
「いえ、私も貴族家の娘。義父ドレイク・ホーンラビット伯爵がどれ程の重責を担っているのかは、義姉であるパトリシア・ホーンラビットより聞き及んでおります。
グロリア辺境伯閣下に
義父ドレイク・ホーンラビット伯爵ともども、ホーンラビット伯爵家の事、ホーンラビット伯爵領の事、何卒よろしくお願いいたします」
グロリア辺境伯の言葉に、堂々と返事を返すエミリー嬢。
その姿に“この義父にしてこの義娘ありか”と感心するグロリア辺境伯。
「僭越ながらグロリア辺境伯閣下並びにホーンラビット伯爵閣下に申し上げます。
エミリーお嬢様並びに騎士ジェイクでありますが、一度領都の学園に赴き、学園というものがどういった場所であるのかを見学していただいてはいかがかと。
我がホーンラビット伯爵領は言わずと知れた辺境の地、故に領都のような街並みも、ましてや学園のような学び舎もございません。
幸い現在領都の学園には我が領よりケイト・フロンティア男爵令嬢が在籍しております。ケイト嬢はエミリーお嬢様や騎士ジェイクとも親しい間柄、学園の案内には適任かと愚考いたします」
「ほう、確かにそうであったな。学園というものが特殊な環境であることは間違いない。ましてやこれから通う事になるのは王都学園。通称中央学園と呼ばれる高位貴族と有益な職業を授かった者が集う学び舎。
であれば一度領都の学園に赴きその環境に触れるというのは良い事であるやもしれん。
騎士ケビンよ、其の方の提案、感謝する。
誰ぞ、エミリー嬢と騎士ジェイク殿を領都学園へご案内せよ」
「でありましたら私も共にまいりましょう。私はケイト嬢の付き添いで何度か学園を訪れておりますし、エミリー嬢の護衛も必要でしょうから」
「ふむ、であるな。ではお二人の護衛は騎士ケビンに頼むとしよう。
ホーンラビット伯爵殿もそれでよろしいですかな?」
グロリア辺境伯の問い掛けに苦笑いを浮かべながら、「グロリア辺境伯閣下のご配慮、感謝いたします」と答えるホーンラビット伯爵。
だがその内心は“ケビン君、一人だけ逃げるなんてズルいじゃないか!!この裏切り者~~~~!!”という恨み言が渦巻いているのであった。
――――――――――
“カタカタカタカタ”
馬車は進む、カタカタ音を立てて。街の石畳を進む馬車の心地よい揺れとグロリア辺境伯家居城から抜け出せたという解放感から、強い眠気に襲われる俺氏。
「騎士ケビン、この様な場所で寝てはいけませんよ?私達をお送り下さっているグロリア辺境伯家の執事様に失礼ではありませんか」
「ハッ、申し訳ございません、エミリーお嬢様。このケビン、護衛の任にありながら春の暖かさに誘われ夢の世界に落ちるところでありました」
俺とエミリーお嬢様の会話に、クスリと笑みを漏らすグロリア辺境伯家の執事様。暖かな陽の光が馬車の窓から差し込みます。
いかんいかん、年下に怒られてしまった。
現在貴族令嬢のロープレ中のエミリーお嬢様、そのモデルってもしかしなくてもパトリシアお嬢様ですよね、叱り方がそっくりです。
どうも、主君ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下を生贄にグロリア辺境伯家居城から見事脱出に成功した男、ケビン・ワイルドウッド男爵です。
ただいま我々ホーンラビット伯爵家若者チームは、領都学園見学の為、グロリア辺境伯家の馬車に揺られ街中を移動しているところであります。
「でもケビンお兄ちゃん、俺たちだけでお城を抜けて来ちゃってよかったのかな?なんかホーンラビット伯爵閣下が凄い恨めしそうな目でケビンお兄ちゃんを見ていたような」
おっとジェイク君、ここでお貴族様の騎士モードが切れてしまった様です。
まぁこればかりは慣れですからね、役に入り込んでいるエミリーちゃんの方が凄いといいますか、ジェイク君は頑張った方だと思いますよ。
「執事様、申し訳ありませんが言葉使いを崩す事をお許しください。
ジェイク君、惜しい。もう少しで学園に到着したんだけどね~、言葉が崩れちゃってたよ?
その点エミリーお嬢様は流石でございます。って言うかそれってパトリシアお嬢様の真似でしょう?めっちゃ似てたわ、まるでご本人に怒られてるみたいだったわ。
俺しょっちゅう怒られてるからね、その辺詳しいのよ。
先ずは二人共“授けの儀”、お疲れ様でした。目出度い事ではあるんだけどね、色々と疲れちゃうでしょ?平民の場合は授けの儀が終わった後に食堂で家族そろってちょっと豪華な食事をしたりするんだけどね、俺の時はエルセルの騒ぎがあった関係でそのままお城に連れて行かれたんだけどね。
俺ってこう見えて何度かお城にお邪魔してるのよ、こちらの執事様がこんな砕けた口調の俺の事を見ても然して驚かないのは何度か会ってるからですね。俺の奇行の目撃者って訳です。
先ずはエミリーちゃんが<聖女>の職を授かった事とジェイク君が<勇者>の職を授かった事、おめでとう。
でも仮にジェイク君が勇者じゃなかったとしても、ジェイク君が王都の中央学園行きになる事は確定していたんだけどね」
俺の言葉に何でといった顔になる二人。俺はそんな二人に更に説明を加えます。
「これは職業の性質でもあるんだけど、授けの儀を迎える前に魔法に目覚めた者って高い確率で魔法職を授かるんだよ。
これは仮説なんだけど、<職業>っていうものはその者が授けを受ける時点でどの職業に一番適性があるのかで決まってるんじゃないのかって話があるんだ。
例えば騎士家の者は<剣士>や<聖騎士>といった剣士系の職業を授かり易い、これは親の特性を引き継ぎ、尚且つ幼少より剣の修行に明け暮れているからに他ならない。
職人の子供もそう、幼少より職人の環境に触れ続ければそうした職業を授かり易くなる。冒険者の子供が近所の鍛冶師の所に入り浸って<鍛冶師>の職業を授かったなんて話があるくらいだしね。
で、ジェイク君はどうかって言えば子供の頃からボビー師匠の所で剣の修行に明け暮れていた訳で、剣士系職業、それも上級職である<剣豪>、へたをすれば<剣聖>の職業を授かる可能性すらあったんだよ。
でもジェイク君、魔法属性に目覚めていただろう?しかも四属性。
それって<賢者>の職を授かる条件だったりするんだよ。
だからジェイク君はどのみち<剣豪>か<魔導士>か<賢者>のいずれかの職業を授かって王都の中央学園に行くって事だったんだよ。
だからエミリーちゃんは何の心配もいらなかったんだけどね」
俺の言葉に「「だったら先に言ってよ、凄く心配したんだから!!」」と抗議の声を上げる二人。
だって~、言ったら詰まんないじゃん。ミステリーの犯人を先に教える様なもんじゃん。
「でもドキドキして楽しかったでしょう?」って言ったら二人してそっぽを向くくらいには、今の状況を楽しんでいたみたいですけどね。
「エミリー様、ジェイク様、領都学園に到着いたしました」
くだらないおしゃべりを続ける俺たちに掛けられた執事様の声。
“カチャッ”
開かれた馬車の扉、降り立ち感嘆の声を上げるジェイク君とエミリーちゃん。
魔法レンガで造られた重厚な外壁、大きな正門とその先に広がる城のような学び舎、そしてマントを羽織った可愛らしい制服を身に纏った女子生徒たち。
そこには物語に登場しそうな“ザ・魔法学園”といった風景が広がっているのでした。
ジェイク君、気持ちは分かるけど落ち着こう。エミリーちゃんの照準が定まってるよ?
お兄ちゃんは君の腹筋が心配です。
本日一話目です。