“カツカツカツカツ”
木製のトレーの上に並べられた木製の食器。パンにサラダ、具沢山のスープから漂う香りが、食べ盛りの若者の胃袋を刺激する。
「ケイトお姉ちゃん、領都学園のご飯って美味しいね♪」
広い食堂の長テーブルに腰を下ろし、スープのゴロゴロお肉を口に運んだエミリーお嬢様が、満面の笑みで感想を述べる。
「ん。学園の学食は心の活力、学園生徒はこの食事の為に勉学に励んでいると言っても過言ではない」
ケイトはそんな妹分にドヤ顔で言葉を返す。
エミリーお嬢様とジェイク君の領都学園の見学、案内人ケイトが魔法訓練場の次に案内した場所は、何故か授業の行われている教室とかではなく学生食堂でした。
俺が疑問に思い「武術訓練場とか授業の行われている教室なんかに行かなくていいのか?」と聞くと、「武術訓練場は無意味、授業を聞いても眠くなるだけ。それよりも今のうちに食事を摂らないと、混雑した学生食堂は利用するだけでも大変」とのお返事が。
うん、確かに理に適ってはいるんだけど、それでいいのか案内人よ。
「これは以前王都の中央学園に研修に行った事がある講師が言っていた。
王都中央学園の食堂はもっと広くて食事が豪華らしい。
なお出資者は王家や高位貴族家、持ってる所は持ってるって話」
「「おぉ~~~~~~」」
ケイトの言葉に驚きの声を上げる二人。やはり若者にとって食事という物は一番の関心事という事なのだろう。そういう意味ではこの案内も間違いではないのだろう。
“食う・寝る・遊ぶ”は子供の基本だしね。因みに父ヘンリーは“喰らう(実戦)・練る(武功)・遊ぶ(死合い)”です、超恐い。
「おや、ケイト君、授業を抜け出して早めのお昼かな?あまり講師の先生方を困らせてはいけないよ?」
俺たちが学食のクオリティーの高さに感嘆の声を上げていると、背後からケイトに掛けられる声。
「む、これは学園長様に依頼された仕事、訂正を要求する。
こちらはホーンラビット伯爵閣下のお嬢様、この度授けの儀を受け来年は王都中央学園に通われる御方。グロリア辺境伯閣下のお心遣いで領都学園を見学されているところ。
私はその案内役、気遣いの出来る女」
「そ、そうかい、それは大変申し訳なかったね。
ホーンラビット伯爵様のお嬢様並びにお付きの皆様方、ご歓談中のところ大変失礼いたしました。私はこの領都学園で魔法講師をしておりますダリル・ヒュンゲルと申します。
学園という場所は大変特殊な環境、戸惑う点もありましょうが、ごゆっくりご見学ください」
そう言い一礼と共にその場を離れる男性講師。やはりこれが普通の対応、“ツッコミのハリー”殿のような切れのある返しは期待できないか。
「ケイト、よく授業を抜け出して注意されてるの?」
「そんな事はない。いつもはちゃんとバレない様に気配を薄くしてやってる。この事実を知ってるのは食堂のおばちゃん達だけ。
おばちゃん達はビッグワーム干し肉で買収済み、お互いに持ちつ持たれつの関係」
ケイトさん、すっかり逞しくなられて。エミリーちゃん、そこで目をキラキラさせない、「流石はケイトお姉様ですわ、勉強になりましたわ」ってお貴族様のお嬢様風に言ってもやろうとしてる事は授業を抜け出しての早弁だから。
「ケイト、今日は色々ありがとうね。今度また干し肉の補充に来るから」
「ん。期待して待ってる、いつでも来るがいい。
エミリーとジェイクも分かったと思うけど、学園はこんな所。施設自体は充実している、後は自分たちの工夫次第。学びは何処にでもある、二人はその事を、そしてそれを実践している人を身近に知っている筈。
私はこの学園に来て世の中を知り、大きく成長した。成長とはなにも強さばかりではない、知識ばかりでもない。
人は人との交流の中で考え、悩み、そして成長する。
二人もこれから知る事になる、人の怖さ、醜悪さ、面白さ、愛おしさ。
世界が広がるとはそういう事。
王都に行っても頑張るといい」
「うむ、流石は我が学園の優秀生ケイト・フロンティア嬢じゃの。含蓄のある良い言葉じゃ。
お二人の事は先程こちらの執事殿よりお聞きいたしました。お二人の授かった職業、大変喜ばしい事ではありますが、それだけでは済まないのも世の常。
王都中央学園ではよく学び、人との交流を持ち、よき友を得てください。
お二人の未来が輝かしいものとなる事をこのグロリア辺境伯領の地でお祈り申し上げております」
領都学園内の各施設見学を一通り済ませ、学園長執務室に戻り感謝の意をお伝えした俺たち。流石にエミリーお嬢様のお貴族様モードが切れ掛かっていたので、その辺は私ケビンが確りフォローさせて頂きました。
でも学園長様、先程優秀生と仰られていたケイトさんですが、授業を抜け出しての早弁の常連ですよ?学園長様、騙されてますからね。
そしてケイトさんや、他の人にも確りと音声で言葉を伝えられる様になったんですね、ケビン君は大変うれしいです。
他人を思いやり言葉を掛ける、あの虚無の瞳を浮かべていたケイトがここまで成長したと思うと、今にも涙が出そう。ケイトを学園に送って本当によかったと思います。
あのままマルセル村にいたらこうはならなかったんだろうな~。いまだに「ん。」の一言で済ませちゃってたと思います。
ケイトって面倒臭がりだから、“ケビンなら伝わるからいいよね♪”って無言で伝えて来るし。
あなた様に対する私の態度と一緒ですね。どうせ考えが読まれてるんなら喋らなくても一緒じゃん、って奴ですね。
「学園長殿、本日は突然の事でありながらエミリーお嬢様、騎士ジェイクの為にこのような機会を与えて下さり、ホーンラビット伯爵に代わり感謝申し上げる。
また今後ともケイト・フロンティア男爵令嬢の事、よろしく頼む。
これは大変私的な事ではあるのだが彼女とは婚約が成立していてね、一人の男として心配であったのだよ。
ケイト、今日は君の元気な姿を見る事が出来て本当にうれしかった、近いうちにまた会いにこよう」
「はい、私も大変うれしく思いました。ケビン様に再びお会いする日を心待ちにしております」
ケイトはそう言うと柔らかな春の花畑の様な笑顔を浮かべ、優雅にカーテシーを決めるのでした。
・・・ん?なぜ皆してお口を開けてポカ~ンとしてるん?ケイトさん、何も間違ってないよね?
「えっ、ケビンお兄ちゃん、今のって一体?ケイトさんが凄くやわらかな笑顔を見せたんですけど?
それに口調が凄く滑らかなお貴族様口調だったんですけど?」
「む、ジェイクは失礼、大変心外。私はれっきとした貴族令嬢、そしてケビンの婚約者。これは両家の合意事項」
「「え~!!ケビンお兄ちゃんとケイトさんって結婚するの!?
えっ、いつ?って言うかアナさんはどうするのさ!?」」
「はぁ!?なぜ話がそっちに行っちゃうのかな?まぁいいけど。
貴族的な身分関係ですとケイト嬢の方が上となりますが、我がワイルドウッド男爵家は領地などを持たない家柄、特に上下を付ける気はありません。
で、いつ結婚するのかという話ですが、秋の収穫祭の時にでもと考えております。
その際にはお二方ともご臨席を給わりたくよろしくお願いいたします」
俺の言葉に何故か興奮するエミリーちゃんとビックリしたグラスウルフの様な顔になるジェイク君、そして「これは辺境伯閣下にご報告申し上げねば」と呟く執事様。
イヤイヤイヤ、別に報告なんていらないよね?俺っちたかが辺境男爵だから、しかも雇われだから。
「まぁそう言う訳でして、秋に長期の休みを申請する事になると思いますが、その際はよろしくお願いいたします」
「ホッホッホッ、そうですか、ケイト君が婚姻を。これは大変喜ばしい。
ケイト君の事はお任せを、学園で確りと預からせて頂きますぞ」
そう言いにこやかに笑う学園長様、この方は本当に子供が好きなのだろう。
俺たちはそんな学園長様によく礼を言い、正門前でケイトに見送られながら、グロリア辺境伯家の馬車に揺られ領都学園を後にするのでした。
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「この後はモルガン商会にお送りするという事でよろしいのでしょうか?」
「はい。モルガン商会長殿には日頃お世話になっておりますので、授けの儀が無事に終了いたしました事のご挨拶に。
ホーンラビット伯爵家としてもモルガン商会との取引は大変重要なものですので」
その後馬車は宿である“小鳥の巣箱亭”には向かわず、モルガン商会に向かう事となりました。
こうしたご挨拶って本当に大事、今後のお付き合いにも関わりますからね。本来ならホーンラビット伯爵閣下とお伺いする方がいいんだろうけど、当面無理そうですし。
俺ってば気遣いの出来る配下だな~。
「執事様、本日は大変お世話になりました。
エミリーお嬢様並びに騎士ジェイクも学園というものがどういった場所であるのかを知る事が出来、多少なりとも不安を解消する事が出来た事でしょう。
グロリア辺境伯閣下のご配慮に感謝申し上げます。
また、エミリーお嬢様、騎士ジェイクの事でお気を煩わせております。
主ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下の事を含めまして、何卒よろしくお願い申し上げます」
「いえ、こちらこそ大変楽しい一時を過ごさせて頂きました。
ケビン殿の立派な騎士姿を見る事も出来、嬉しく思っているのですよ?
ホーンラビット伯爵閣下にはモルガン商会へお送りしたとお伝えさせていただきます。
ではまたいつか」
俺たちは執事様が乗ったグロリア辺境伯家の馬車を見送り、モルガン商会へと足を向けるのでした。
「お願いします。この手紙を、アルバート子爵領のケビンさんに届けて欲しいんです。畑のお肉、ビッグワーム干し肉のマルセル村です。
どうかお願いします!!」
その声はモルガン商会の店先から聞こえて来るものであった。
「あのなお嬢ちゃん、ウチは確かに手紙の配達も頼まれたりするけど、無料じゃないんだよ。流石に銅貨三枚じゃ請け負えないんだ。
こればっかりは例外を作る訳にはいかなくてな、すまないが他所を当たってくれるか?
おい、お客様のお帰りだ、送って差し上げなさい」
「ケビンお兄ちゃん、アルバート子爵領のケビンって」
「あぁ、分かってる。
すまない、私はホーンラビット伯爵家騎士ケビン・ワイルドウッド男爵だ。エミリーお嬢様並びに騎士ジェイクの授けの儀が無事に終わった事のご挨拶に参った。商会長殿はおられるだろうか」
店前で従業員に声を掛けると、皆昨日の事を覚えていてくれたのか、従業員の方が急ぎ店奥のモルガン商会長の下に伺いに走ってくれます。
「あぁ、それとそこの者、先程アルバート子爵領のケビンと申しておったが、私はその者とは少々の縁があってな。
話が聞きたい、少し店前で待っていてくれるかな?
残月、こちらのお嬢さんのお相手を、詳しい話を聞いておいてくれ」
「畏まりました、ご主人様」
それは背後から掛けられた女性執事の声。
「お待たせいたしました。モルガン商会長がお会いになられるそうです、どうぞこちらへ」
俺たちは従業員さんの案内の下、モルガン商会長様が待つであろう商会長執務室へと向かうのでした。
「これはこれはエミリーお嬢様、騎士ジェイク様、無事な授けの儀、お慶び申し上げます。
ワイルドウッド男爵様もわざわざのお越し、感謝申し上げます。
それでお父上であらせられるホーンラビット伯爵閣下はいかがなさいましたか?お姿がお見えになられないのですが」
「あぁ、その事もあってな。多少差し障りのある事柄ゆえ結界を張らせていただく」
“シュンッ”
瞬時に部屋全体に張られた結界に、驚きに目を見開くモルガン商会長。
「あの、申し訳ありませんが、ワイルドウッド男爵様は特殊なスキルをお持ちで?」
「ん?あぁ、これは申し訳ない。魔法職でもない者が結界を張れば、それは驚くであろうな。
私は<結界術>というスキルを持っていてな、どうも普段から魔法障壁を張り続けていたからか、いつの間にやら目覚めていたのだよ。
ただこれは統合スキル<田舎暮らし>に内包されているので普通の鑑定では分からないのだがな。
まぁそれはいい。肝心の話だが、この度の授けの儀でエミリーお嬢様が希少職である<聖女>を授かられてな」
「おぉ、これは大変喜ばしい。エミリーお嬢様、誠におめでとうございます」
慇懃に礼をし、エミリーお嬢様に祝福の言葉を贈るモルガン商会長様。
でもね~、話はここで終わらないんだよね~。
「オホンッ、まぁそれは大変喜ばしい事ではあったのだが、こちらの騎士ジェイクも希少職を授かってな」
「それはなんと、そうですか、ホーンラビット伯爵閣下がおられないのはその対応の為にグロリア辺境伯閣下と今後のご相談を」
「まぁ、そう言う事だ。流石はモルガン商会長殿、話が早くて助かるよ。
それで来年には二人して王都の中央学園に通う事になる、これは王国法で定められている事であり致し方がないのだが、モルガン商会長殿には王都での手助けをお願いしたい。
なに、特別何かをして欲しいという事ではない、ただ王都で何かあった時に頼れる場所があるという事は大変ありがたい事ではある。
ホーンラビット伯爵家は王都屋敷など持ってはいないのでな」
俺の言葉に「あぁ、そう言う事ですか」と納得顔になるモルガン商会長様。
「分かりました、そういうお話でしたらお引き受けいたしましょう。
エミリーお嬢様、騎士ジェイク殿、何かお困りごとがありましたらモルガン商会王都支店にお越しください。
出来る事は限られるとは思いますが、力の限り御助力させて頂きます」
そう言い力強い笑顔を向けて下さるモルガン商会長様、俺はそのお言葉にホッと胸を撫で下ろす。
「いや~、流石はグロリア辺境伯領の雄モルガン商会長殿、そのお言葉、このケビン・ワイルドウッド男爵、大変心強く思う。
ホーンラビット伯爵閣下もモルガン商会長殿からの御助力をいただけると知れば大変お喜びになるだろう。
流石に我々も<聖女>と<勇者>の職業持ちが我が領から誕生するとは思いもしなかったのでな。
何かと世話になる、モルガン商会長殿」
「・・・ワイルドウッド男爵様、今何と仰られたのでしょうか?」
「ん?あぁ、大変ありがたくもエミリーお嬢様が<聖女>の職を、騎士ジェイクが<勇者>の職を女神様から授かってな。
ホーンラビット伯爵家は新興ゆえグロリア辺境伯閣下にご相談申し上げているところなのだよ。
モルガン商会長殿、今後ともよしなに頼む」
そう言い満面の笑顔を向ける俺に、引き攣った笑顔のまま固まるモルガン商会長様なのでありました。
本日一話目です。