「モルガン商会長の心強いお言葉、このケビン・ワイルドウッド、感謝に堪えません。
この事は我が主ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下に必ずやお伝えすると誓いましょう」
モルガン商会商会長執務室で商会長セルジオ・モルガン氏との大変有意義な会談を終えた俺氏、く~、なんて優秀な配下なんだ。
聖女様と勇者様という誰もが羨む職業持ちのお二方との太いパイプが出来、モルガン商会長もニッコリ。王都という見知らぬ土地での生活に不安を抱える若者も、モルガン商会という心強い後ろ盾が出来ニッコリ。愛娘と村の若者の先行きに不安を抱えているホーンラビット伯爵閣下にとってはこれほど頼りになるサポーターもいないでしょう。
これによりホーンラビット伯爵家とモルガン商会との繋がりはより一層強力なものになるというもの、みんな笑ってみんなヨシ。
いや~、いい仕事したわ~ってどうなさいましたモルガン商会長、そんなにお疲れの表情をなさって。
俺は“はて、どうなさったのだろう?”といった表情でモルガン商会長を見詰めます。
「ハハハハ、これがケビン・ワイルドウッド男爵ですか。王家を手玉に取ったお話はグロリア辺境伯閣下より聞き及んでおりましたがいやはや。
その交渉相手を誘い込んで最後に落とすやり口はホーンラビット伯爵閣下のものですかな?あの御方は交渉の場においてしばしばそうした事をなさいますからな。
その交渉術は確りと受け継がれたという事でしょうか」
「いえいえ、私などホーンラビット伯爵閣下の足元にも及びません。あの御方の遥か先を見通し、誰にも気が付かれぬように自身の望みを叶える深謀は、若輩者の私では及びも付かぬこと。日々学ばさせていただいているところでございますよ。
モルガン商会長殿、こうお考え下さい、これは好機であると。
現在我が主ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下はタスマニア・フォン・グロリア辺境伯閣下と共に今後の対策について頭を悩まされているはずです。
それもそのはず、グロリア辺境伯家、ホーンラビット伯爵家を含む我々北西部貴族連合は、南西部貴族連合南部貴族諸侯と共にダイソン公国との終戦を王家に迫ったばかり。
形の上とは言えオーランド王国勢力は既に二分され、グロリア辺境伯家はその旗頭を担っていると言ってもいい。
そのグロリア辺境伯家の寄り子でもあり此度の終戦劇の立役者でもあるホーンラビット伯爵家から聖女と勇者が誕生した。
更に言えば聖女はホーンラビット伯爵家の娘であり、勇者はその騎士。
王家としてもグロリア辺境伯家としても手詰まりといった状況なのですよ。
グロリア辺境伯家が聖女と勇者を全面的に支援すれば本格的なオーランド王国乗っ取りととられかねないし、かと言って王家が二人を取り込もうとすることはグロリア辺境伯家に喧嘩を売る行為に他ならないからです。
ですがこれが一商会の支援であれば、グロリア辺境伯領においては一番と謳われるモルガン商会も王都では数ある地方商会の一つに過ぎない。王都に古くから根を張る大商会とは比べるべくもない。
ここは一つモルガン商会長殿からご提案申し上げるというのはいかがでしょうか?“我がモルガン商会にお任せ下さい”と。
先ごろ我がホーンラビット伯爵家と王家の間ではある取引が締結されました。
それは大森林の素材取引。大森林中層部以降の素材を王家主催のオークションにて販売するというものです。
ここで重要となるのは大森林中層部以降の素材という点、その前、浅層部の素材に関しては取り決めがないんです。
大森林浅層部の素材取引、ご興味はございませんか?」
悪魔は微笑む、甘い言葉とその先に見える未来の利益を添えて。
モルガン商会商会長セルジオ・モルガンはゴクリと生唾を飲み込み、真剣な瞳で問い掛ける。
「それで、ワイルドウッド男爵閣下は我々に何をお望みなのでしょうか」
「ハハハ、その様に畏まる必要はありませんよ。
先程も申しましたが、私はモルガン商会長殿にエミリーお嬢様と騎士ジェイクの王都での後ろ盾になっていただきたいとお願いしに来ただけの事。
モルガン商会長殿には今後ともよしなにしていただきたい。
そうそう、是非ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下にもこの事をお知らせしてご安心していただきたいのですが、モルガン商会長殿、ご伝言を頼めますかな?
おそらくはいまだグロリア辺境伯閣下と共に今後の事についてご相談なさっているものと思いますので」
そう言いニコリと微笑む俺に、「ハハハハハ、そうですな、早速先触れを出させていただきましょう」と乾いた笑いを浮かべるモルガン商会長様。
みんな笑顔でみんなヨシ、良かった良かった。
「それではモルガン商会長殿、我々はこの辺で。
エミリーお嬢様、騎士ジェイク、お暇させていただきましょう」
「そうですね、ケビン。モルガン商会長様、本日はお忙しい所お時間をいただきありがとうございました。義父ドレイク・ホーンラビット伯爵に代わり礼を言います」
「モルガン商会長様、本日はありがとうございました」
そう言い軽く会釈をするエミリーお嬢様ときちんと礼をする騎士ジェイク。はい、花丸です。
しっかしお貴族様って面倒くさいわ~、お貴族様のお手紙なんざ書ける気がしません。
マルセル村でそういうのが得意な人って誰なんだろう?
「いえ、こちらの方こそ、大変貴重なお話をありがとうございました。改めまして、授けの儀並びに希少職を授かられました事、心よりお喜び申し上げます。
王都中央学園での日々がより素晴らしいものとなりますよう、モルガン商会として全面的にご助力申し上げますことを固くお約束いたします。
本日は誠にありがとうございました。
皆様がお帰りです、馬車のご用意を」
「はい。エミリーお嬢様、騎士ジェイク様、授けの儀、誠におめでとうございます。
またケビン・ワイルドウッド男爵様の男爵位叙爵、心よりお喜び申し上げます。
ご宿泊先は“小鳥の巣箱亭”とお伺いしております。お送りはこのロイドにお任せいただければと存じます」
うお、透かさずのインターセプト。流石ロイドの兄貴、さぼる口実に対する嗅覚は半端ないっす。そこに痺れる憧れる。
「おぉ、これはロイド殿、度々世話になる。エミリーお嬢様、騎士ジェイク、こちらは以前お話ししたモルガン商会の頼れるお方、ロイド殿でございます。
領都の街並みに付いて非常に詳しく、楽しいお話を聞かせてくれるものかと。
私は少々私用がございまして暫しの間おそばを離れさせていただきますが、その代わりと言っては何ですが我が家の執事残月にお傍を任せたいと思います。
何かございましたら遠慮なく残月にお申し付けいただければと存じます。
ロイド殿、お二人の事、よろしく頼む。
残月、またせたな。お嬢さんも長くお待たせして申し訳なかった。
詳細は<業務連絡>で理解した。お嬢さんの件には心当たりがある故こちらで対処する、残月は私の代わりにエミリーお嬢様の護衛を頼む」
「畏まりました、ご主人様」
そう言い慇懃に礼をする残月。その美しい所作に周囲の男性陣ばかりか女性陣までもが感嘆のため息を漏らす。
お~い、ロイドの兄貴~、何顔を赤らめてるんだ~、ちゃんと仕事しろ~。
「で、では参りましょうか。エミリーお嬢様、騎士ジェイク殿、執事殿はこちらの馬車にお乗りください」
馬車は走る、カタコト音を立てて、領都の高級宿“小鳥の巣箱亭”を目指して。
「モルガン商会長殿、これは提案なのですが、王都でのお二人の窓口をロイド殿にお任せになるのはいかがですかな?
あの方は人の心に入り込むのが非常に上手いですからな、良い相談相手になってくださると思うのですが。
それに何か問題が起きた時の対処もそつなくこなしそうな気がするのですよ、なんやかんやと要領の良い方ですので」
「ハハハ、確かにそうですな。ロイドはどこに行ってもそつなくこなす
なに、王都学園入学まではまだ一年ございます、上手いこと話をまとめて見せましょう」
そう言い悪そうな笑みを浮かべるモルガン商会長様、既に聖女様・勇者様ショックからは立ち直られたようです。
流石はグロリア辺境伯領の雄、王都商業ギルドの会長にしろモルガン商会長にしろ、大商会を率いる人物はこれだから恐ろしい。
「では私はこれで。お嬢さん、大体の話は執事からスキルで連絡を受けたので分かっている。案内してくれるかな?」
「えっ、あっ、うん、はい。分かりました、こちらです」
俺はモルガン商会長に深く礼をすると、未だ事態がよく分かっていないといった風の少女に連れられ街の喧騒へと紛れて行くのでした。
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光があれば影がある。グロリア辺境伯領の中心地であり多くの人と物が行き交う領都グルセリア、高い街壁に守られたそこは人々を魔物の脅威から守る言わば楽園。
領内に住み暮らす多くの者がその地に憧れ、故郷を離れやって来る。
だがそこは多くの者たちが鎬を削る大都会、故郷の草原や森しか知らず、畑の土をいじり都会を夢見てきた若者が行き成り成功出来る程、この世の中は甘くない。
厳しい仕事、世間の荒波。傷付き、甘い言葉に騙されて、人は次第に落ちて行く。
そんな行き場を失った者たちが肩を寄せ合う様に暮らす街、領都の闇、貧民街。街壁に張り付くように広がるそこは、嘗てのスタンピードにより街壁が崩壊し、人々が放棄した街。
すでに街壁は修復され危険性はなくなったものの、多くの魔物に襲われたという記憶は人々に恐怖と忌避感を植え付ける。
街を修復するよりも新しい街を造り上げた方が都市計画もしやすい上にコストも掛からない。
様々な思惑により放棄された家々にはいつのまにか領都から弾かれた者たちが住み着き、現在に至ると言われている。
“ゴホッゴホッゴホッ”
そんな貧民街の片隅に、その男は住み暮らしていた。
男は嘗て商人を志し、行商の仕事に情熱を燃やす若者であった。
だが世の中はそんな若者の思いを容易く踏みにじる。
盗賊の襲撃、なけなしの金で雇った冒険者は盗賊どもの姿を見るや我先にと逃げ出し、その場に残された若き行商人は盗賊たちに全てを奪われた。
金も、馬車も、商品も、人としての尊厳までをも。
それでも若者は必死の命乞いをした、死にたくない一心だった。怖かった、ただ只管怖かった。
若者は生かされた、ただそれは更なる地獄の日々の始まり、若き行商人は盗賊の情報収集役として各村々に行商に出向く事となった。
荒む心、失われる情熱。よくぞ来てくださったと歓迎の意を示す村人が、笑顔を向けてくれた若い娘や子供たちが。
失われる命、何も出来ないどころか彼らの命を奪う側の自分。逆らえば殺される、余計な事を言ってもそれは変わらない、奴らにとって自分など替えの利く道具に過ぎないのだから。
生きているのか死んでいるのか、そんな事も分からなくなっていた時に訪れた辺境の村。ビッグワーム干し肉とビッグワーム農法というもので注目を集め始めている村、盗賊にとっては美味しい餌でしかなかった、そんな村。
直ぐに滅ぼされる村、自分の役割は行商人という体裁を取ったただの時間稼ぎ、村の偵察は護衛という名目で共に訪れた盗賊団のメンバーが行う手筈になっている。
蚤の市で買い求めた一山いくらのガラクタを荷馬車に積み込みやって来た辺境の村。
案の定商品は売れず、空しく時間だけが過ぎて行く。数日もすればこの村の人々もいつものように消えて行く、それを思えば怒りも喜びも感じない、ただ虚しいだけ。
「フフフフッ、アッハッハッハッ、黒鞘に刻まれし封印の魔方陣、呪われし黒鞘の直刀金貨一枚、悪くない、悪くないぞ!
店主、ものは相談だが今回店主がこの村に持ち込んだものすべてこのケビンが引き取ろうじゃないか、その代わり是非ともこういった品を見つけて来て欲しい。それほどの金額は出せないがこのケビン、こうした品が大好きだ!」
その少年は村人のほとんどが帰って行った頃に現れた。所謂勇者病<仮性>であろう仰々しい物言いをする少年、だが彼が引き寄せた商談は、冷め切った心に確かな灯を宿してくれた。
いつか必ずあの村を訪れよう、蚤の市に行って一山幾らの怪しい商品を仕入れて、私に行商人の心を取り戻してくれた少年との約束を果たす為に。
心に誓った確かな思いは、薄っぺらな自身の生きる希望となるのだった。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora