因果は巡る、悪事は必ず自身に帰って来る。
盗賊団は消えた。あの辺境の村を襲うと伝えられてから数日、ぱたりと連絡は来なくなった。
一月が経ち、半年が経ち。解放されたと思った、自身はようやくこの地獄から抜け出せたと、そう思った。
だが悪党どもは、そんな自身の淡い期待をいとも
「ようベルガ、久し振りじゃねえか。どうやら月狼の連中はドジを踏んじまったようだな、ククククッ、あんな馬鹿どもとは早めに手を切っておいて正解だったぜ。
これからお前には俺のところで働いてもらうからな」
一度落ちた人間は二度と這い上がる事は出来ない、そう言う事なのだろうか。拠点をエルセルの街に変え、再びあの地獄の生活に戻ってしまう、そんな矢先だった。
「おう、コイツの面倒を見ておけ。この辺じゃ珍しい亜人って奴だ、こいつは高く売れるぞ」
それは死んだ目をした少女だった。その瞳にこれまでどれ程の地獄を映して来たのか、自身の境遇と少女が重なった時、いつか宿った熱い思いが再び燃え上がるのを感じた。
“バタバタバタバタ”
“ハァッ、ハァッ、ハァッ”
「手前、俺たちを裏切ってタダで済むと思ってんのか!!」
それは無謀な逃避行だった。少女を庇って失われてしまった右手の傷口に隠し持っていたポーションをぶちまけ、必死になって逃げ続ける日々。
だがそんな自分たちにも転機は訪れる。エルセルの街の大粛清、グロリア辺境伯領の春の嵐、ランドール侯爵家との戦争。
目まぐるしく変わる時代の波、その波に翻弄されるかのように辿り着いた領都グルセリアの貧民街。
必死に生きた、何もかもを失った自分でも頼りにしてくれる者がいる。少女の為、少年との約束を果たす為に。
“ガタガタ”
「ただいま、お父さん」
「ルイン、すまんな、俺が体調を崩してしまったばかりに。
食堂の仕事の方は上手く行ってるのか?貧民街の者は下に見られるからな、何かあったらすぐに言うんだぞ?ゴホッゴホッゴホッ」
仕事から戻って来た娘に声を掛ける。今では逆に面倒を掛けてしまっている自分、本当に情けない。
「お父さん、あのね、お父さんにお客さんを連れて来たの」
娘の言葉に警戒心が駆け抜ける。自身を訪ねて来るような者など知れている。かつて盗賊の引き込みをしていた事を知る者、悪党の残党ども。
「くっ、こんなところまで。だが娘は、この子だけは、ゴホッゴホッゴホッ」
この身体はもう長くはないだろう、せめて娘には迷惑を掛けないようこの関係は断ち切らなければならない。
ナイフは引き出しの中、それさえ手にする事が出来れば・・・。
「ふむ、商人殿はよい目をするようになったのだな。
嘗ての様に全てに絶望し空しい心をひた隠しにしていたものとは違う、誰かの為に必死に抗う生きようとする者の目。人から奪うのではなく人に与えようとする信念を持った者の目。
以前の商人殿は人の世に戻れず、かと言って人を捨てる事も出来ず、ただ後悔の思いを引きずる屍といった状態であった。
落ちた獣は二度と元には戻らない、だが商人殿であれば或いは。
商人殿は私に素晴らしい贈り物を届けてくださった、あの出会いは偶然にして必然、商人殿がいなければ今日の私はないと言ってもいい。
やはり商人殿を信じてよかった、商人殿は約束を忘れてなどいなかった。
この部屋の隅に積まれたいかにも怪しい品の数々、何とも<仮性心>をくすぐるではないか」
その声は嘗て辺境の村で聞いた勇者病<仮性>の少年のもの、あれから幾年もの月日が経ち、すっかり青年のそれに変わった声、だがその言葉の持つ雰囲気はまるで変っていない。
「もしかして、マルセル村のケビン君なのか、あの商談を行った・・・」
「えぇ、商人殿。こうして再びお会いする事が出来ようとは。
この世界は厳しい、行商人とは己の命を賭け人々に商品を届ける戦士。それは人々が生きる為の希望であり、夢であり。
オーランド王国の最果てと呼ばれるマルセル村で育った私は、それがどれほど過酷でどれほどありがたい事であるのかを身を以て知っている。
商人殿がこうして生きていてくれたこと、そして私との約束を忘れずにいてくれたことがどれほどありがたくうれしい事であるのか。
商人殿に心からの感謝を、本当にありがとう」
そう言い深々と頭を下げる嘗ての少年。その姿は大人のものとなっても、その心根は、自身に暖かな光を灯してくれたその優しさは、まるで変っていない。
自然零れ落ちる熱い涙、自身の人生は全て報われた。自分は一人の行商人として死ぬ事が出来る。穢れてしまった自分にとって、この事がどれ程ありがたい事であるのか。
「ケビン君、いやケビン殿。本日はこのような薄汚れた我が家に足をお運びいただきありがとうございます。
こちらに用意いたしました商品の数々、どれもが一体何のためにこの様な物を作ったのかと首を捻ってしまったり、なぜこのようなものを仕入れたのだとお叱りを受けてしまいそうな曰く付きの品々。
ですがこれこそがロマン、<仮性心>を満たすであろう自慢の一品。
どうぞ心行くまでご覧になり、お気に召す品がございましたらご購入いただきたく存じます」
久方ぶりの口上、熱い思いが身体を満たす。
義娘は見ていてくれるだろうか、父親として何も出来なかった自身が見せる最後の晴れ姿を。
そしてその瞳に焼き付けてくれるだろうか、自分の父親は商人であったという事を。
ケビン殿は部屋の隅に積まれた商品の一つ一つを丁寧に手に取り、しげしげと眺めてはこれは一体どういう物であるのかと考えを巡らせている。
他の者から見ればガラクタにしか見えないそれ、頭のイカレたゴミ拾いと揶揄されながらも、確りとした目利きで集めたそれらの品をまるで宝の様に大切に。
「フゥ~、堪能させていただいた。
やはり商人殿に頼んでよかった、これほどの充実した品揃え、夢のような一時であったよ。
商人殿、いやこれ程心を砕いてくださった御方にお名前をお呼びしないのも失礼であるな。名を教えていただいても?」
「これはもったいなきお言葉、感謝に堪えません。
私は一介の行商人でありますれば、過分な御心使いかと。
こちらから名乗りを行わず大変失礼いたしました。
私の名はベルガ、こちらは義娘のルインでございます」
そう言い深い礼をする私たちに、大仰に頷くケビン殿。
「ではベルガ殿、早速商談と行こう。これらの品はどれも素晴らしく私の心を満たすに十分なものであった。
よって全てを買い上げたいと思う。そうだな、金貨五十枚でいかがだろうか?これまでのベルガ殿の働きを考えればもっと出してもよいのだが、物の価値をたがえた取引はベルガ殿を侮辱する事になりかねないのでな」
その提示された金額に目を見開く。金貨五十枚、それはその昔行商人をしていた頃でも手にした事のないとんでもない金額。
本来であれば辞退申し上げるべき提示額ではあるが、今の自分には守るべきものがある。そして残された時間はあまりにも短い。
「私どもの商品に高い評価をいただき誠にありがとうございます。喜んでお取引させていただきます。
ですがそのお支払いは即金ではなく分割で行ってはいただけないでしょうか?
支払先は娘のルイン宛でお願いしたく存じます。
ルイン、仕事だ。お前はこちらのケビン殿と共にマルセル村に行きなさい。そして分割支払いが終わるまで帰って来てはいけない、いいね?
ケビン殿、申し訳ありませんが、支払いが終わるまでルインの滞在先のご紹介をお願い出来ませんでしょうか?
無論かかった費用はお支払いいたしますので」
それは願い、嘗て村長執務室で見事な交渉を行ったケビン殿であれば分かってくれるだろうという一方的な願望。
ルインは一体どういうことかと戸惑いの表情を浮かべる。商人としては失格であろうそれも、今は愛おしい。
ルイン、お前は生きなさい。ケビン殿であれば大丈夫、この<仮性心>溢れる御方なら、お前の事を知った上で受け入れてくれるはず、寧ろ嬉々として喜ばれるはずだから。
「ククククッ、アッハッハッハッ、素晴らしい、素晴らしいぞベルガ殿。それでこそ商人、商人はそうでなければならない。
縋る、泣き付く、そんなものは商人の姿ではない。
決して弱みは見せず、自身の要求をその利点と共に提示する。
感服いたしましたぞ。
ベルガ殿、ルイン嬢、共に我がマルセル村に参りませんか?
なに、お二人の身分は私が保証しよう。そうだな、我が家の家人となれば何の問題もないだろう。我が家の出資で商店を開いても良い、それは後々決めればよいか。
ん?何をぽかんとした顔を・・・あぁ、これは失礼した、名乗りを聞いておきながらこちらから名乗ってはいなかったな。
私の名はケビン、ケビン・ワイルドウッド男爵。
先のダイソン公国とオーランド王国の終戦交渉においてアルバート子爵家は多大な功績を示してな、騎士団の者は男爵位を、アルバート子爵閣下は伯爵位を賜り家名をホーンラビット伯爵家と改名なさったのだよ。
であるから我の口調は決して勇者病<仮性>から来るものではなく、対外的にそうせざるを得ぬから行っておるのだよ。
本当であるぞ?
我はこれでも元村人、村に帰れば元の口調に戻るのであるからな?
それでいかがであろう、我が下に参られぬかな?」
それは望外の誘い、義娘ルインだけでなく自身のことまで。
「そのお言葉、大変ありがたく。この命尽きるまでお仕えさせていただきます」
流れる涙、溢れる思い。
先の短い人生、後に残されるルインの足掛かりを作る為にも。
元行商人ベルガは、命尽きるその日まで心優しき主の為に精一杯尽くそうと、固く心に誓うのであった。
――――――――
何かモルガン商会の前で俺宛の手紙を届けて欲しいと騒いでいたお嬢さん、どうも以前マルセル村を訪れた行商人の娘さんでした。
何でも俺が呪われた魔道具やらよく意味の分からない曰くありげな商品を集めて欲しいと依頼したんだとか。
・・・黒鴉じゃん、あの時の蚤の市の行商人様じゃん。
あれから全く音沙汰がないから忘れられちゃったか連絡すら出来ない何らかの事情に巻き込まれたのかと思っていたら、ガッツリ後者でした。
いやね、本当に行商人って仕事はリスキーなのよ。盗賊に襲われたり魔獣に襲われたり、マルセル村に辿り着く事がどれほど大変な事か。
行商人様、盗賊に捕まって使い走りみたいなことをさせられてたっていうね。
そんな話って在りし日の世界でも聞いたことあったな~。本当に怖いよね、犯罪組織って。
そういえばエルセルの教会に送り込んだ元盗賊の女性元気かな?
聖茶の効果が切れて元に戻ったなんてことにでもなったら目も当てられないんだけど、こないだ聞いた話だとすごく明るく熱心に働いてるらしいんだよね。
まぁ問題ないんならいいんですが。
それで行商人さん、同じく人攫いに捕らえられていた娘さんを連れて盗賊団を逃げ出したってんだから凄いよね、映画の主人公張りだよね、その時右腕を切り落とされちゃったらしいんだけど、その事を一切気にしない様にしてるってんだから頭が下がります。
娘さんの気持ちに負担を掛けたくないんだろうね、男だわ~。
で、やって来ました領都貧民街、要するにスラムですね。
よくこんなところに住んでるな~って感じのバラック小屋があちこちにってなもんで、その内の一軒で行商人様と再会、すっかり痩せ細ったお姿はヨーク村でお会いしたザルバさんを彷彿とさせてくれます。
見た感じ、気配も魔力も弱ってるし、何かの病気にでも掛かられてるって感じなのかな?
でもそれはそれ、見事な口上からの商品の紹介、ボタンを押すと対になったブザーが音を出すってだけの魔道具や闇属性魔力を垂れ流すペンダント、握ると頭の中に“殺せ、殺せ、殺せ、殺せ”という思念が只管流れ続けるナイフなど、<仮性心>を満足させる品が満載。
これってある意味才能?普通これだけ<仮性心>を理解した商品ラインナップって出来ないよ?
顧客の求めるモノを的確にとらえ準備する、素晴らしい嗅覚だと思います。
で、いざ支払いって時に繰り出される交渉劇、これですよこれ。その覚悟の決まった瞳と決して媚びない態度、娘さんの事をただ一心に思う心が男心を揺さぶる揺さぶる。
俺ってこの手の話大好物です。
やっぱリアルな物語は説得力が違う、その最後の炎を燃やし尽くさんばかりの熱い瞳、戸惑いを見せつつも真剣な父親の態度から何かを感じ取る娘さん。
二人とも買いですな、うん、うちで働いてもらおう。
「そうそう、ベルガ殿とルイン殿は何か持ち運ばねばならない物、別れを告げなければいけない人などはおられますかな?」
「いえ、私は特には。物と言ってもこの家にある物が全てですので」
「私も特には。食堂の仕事も昨日“もう来なくていい”と言われてしまったので」
ウゲッ、ルインさん、もしかしなくてもあの銅貨三枚が全財産だったの?マジでギリギリだったんじゃん、パトラッシュ、もう疲れちゃったよ状態だったんじゃん!!
「では問題ないな」
俺は部屋全体に闇属性魔力を広げると、全ての物を収納の腕輪に仕舞い込みそのままお二人を影空間にご招待。
「「えっ、ここは・・・」」
そこは影空間内の屋敷の前、今回の旅の供は残月と満月さんでございます。
「お客様、ようこそワイルドウッド男爵別邸へ」
突然現れた俺たちにもその魔力反応を感じ直ぐに挨拶に来る満月さん、月影の教育が行き届いていらっしゃる。
「満月、二人の食事と着替えを。これからお前たちの仲間になる者たちだ。
それとベルガさん、こちらのポーションを」
それは暗闇の影空間に妖しく光る一本のポーション瓶。
「ケビン殿、これは一体・・・いえ、愚問でしたね。主様からの頂き物、ありがたく」
ベルガさんはポーション瓶の蓋をルインさんに開けてもらうと、その妖しく光る液体をクイッと一気に呷るのでした。
本日一話目です。