グロリア辺境伯領領都グルセリアに朝が来る。
結局昨日ホーンラビット伯爵閣下とトーマスお父さんは領都の高級旅館“小鳥の巣箱亭”には戻って来なかった。
モルガン商会で別れたケビンお兄ちゃんは、僕たちが宿に着いてから一時間もしないうちに帰って来たんだけどね。
なんか物凄い満足気な顔をして終始ご機嫌といった様子だったから、一体何があったのかって聞いたら、以前マルセル村に行商に来た行商人さんがケビンお兄ちゃんとの約束を守って色んな商品を仕入れてくれていたんだとか。
モルガン商会にいた女性は行商人さんの娘さんだったらしい。
何でも身体を壊してマルセル村に行く事が出来ないから、仕入れた商品を引き取りに来て欲しかったんだって。
そうだよね、俺たちはケビンお兄ちゃんのお陰でなんていう事もない顔で領都に来れてるけど、普通領都から辺境マルセル村までの行程って、かなり命懸けの旅だもんね。いくら行商人さんでも身体を壊してたんじゃ無理ってもんだよね。
でもケビンお兄ちゃん、いつの間にそんな約束を取り付けてたんだか。流石毎回行商人さんの所に顔を出しては商品の交渉を行っているだけの事はあります。
ケビンお兄ちゃんって当たりはずれ関係なく行商人さんに敬意をもって接するもんな~、「こんな辺境の地に命を懸けて訪れて下さるんだ、例え持ち込まれた商品が一山いくらのガラクタであろうとも真っ直ぐに向き合う事が礼儀だろう?」とか言って。
あんな真っ直ぐな瞳を向けられたんじゃ、悪徳商人でも悪さは出来ないよな~。
「それでケビンお兄ちゃんはどんな商品を買って来たの?」
エミリーの問い掛けに収納の腕輪から取り出されたのは一振りのロングソード。その剣身は赤黒く染まり、何故か血管の様な物がどくどくと脈打ってって、ケビンお兄ちゃん、それ絶対呪われてるから!!
「凄いよね、このロングソード。この赤黒い剣身もそうだけど、全体に纏わり付く闇属性魔力。これって怨念とか執念って奴なんだろうね。
柄を握ると“切る、切る、切る、切る”とか“殺せ、殺せ、殺せ、周りは全て敵だ、切って切って切りまくれ”とか“力が欲しいか、お前の望みを叶えてやろう、剣を引き抜くんだ”とかって声が聞こえて来るんだよね。
他にもいかにも神聖な剣に見える様に幻影を掛けて来たり、まるで生きてるみたいでしょ?
これ、闇属性魔力を込めまくったらリビングソードとかになったりするのかな?スゲー楽しみ。
他にはね、首から下げてると徐々に見た目が老けて行く上に自分では外す事が出来ない呪われたネックレスとか、ハンカチの染付だけの為の魔道具とか?ワクワクが止まらないでしょ?」
ケビンお兄ちゃん、また碌でもない物を大量購入して来たらしいです。
って言うかなんで呪われたロングソードを引き抜いてすっごい嬉しそうなのさ、エミリー半泣きなんだけど?めっちゃ禍々しいんだけど?その行商人さんもよく平気だったよね、意味解んない。
「あっ、これ?最初の見た目はボロボロの剣だったよ?何か怪しい気配満載だったけど。で、俺が魔力を流したらどんどん元気になって行ってこんな感じになっちゃった。
やっぱり魔力だよ、魔力。でもその時鞘に巻き付いてたぼろ布が弾けちゃったんだよな、あれ一体何だったんだろう?」
ケビンお兄ちゃん、それって封印されてた品だから、解いちゃいけない奴だから!!
まぁそんな感じでケビンお兄ちゃんは相変わらずケビンお兄ちゃんだったみたいですけどね。
それとケビンお兄ちゃんがいない間俺たちの面倒を見てくれた残月さんは、ケビンお兄ちゃんが帰って来るや「それではエミリーお嬢様、騎士ジェイク様、私はこれで失礼いたします」とか言ってどこかに消えちゃうし、本当にケビンお兄ちゃんの周りって謎だらけ。
俺たちに領都や王都のあれこれをお話ししてくれていたモルガン商会のロイドさんも、凄いガッカリしてたんだよね。
ケビンお兄ちゃんに「ロイド殿、エミリーお嬢様と騎士ジェイクが大変世話になった。これからもよろしく頼む」と言われてモルガン商会に戻るように促されていた姿、めっちゃ哀愁が漂っていたんですけど。
「エミリー様、ケビン様、ジェイク様、昨夜はよくお休みになられましたでしょうか?」
洗面台で顔を洗いスッキリ目を覚ましてから“小鳥の巣箱亭”の
“ガチャリ”と扉を開けると、そこにはホテルマンと共に昨日領都学園へと案内して下さった執事様が立っておられたのでした。
「昨夜は宿に帰れずすまなかったね、グロリア辺境伯閣下、モルガン商会長殿と今後の事について色々と相談していたら遅くなってしまってね。
エミリー、ジェイク君、昨日は特に問題はなかったかな?
ケビン君が学園で問題を起こしたりとか、宿を一人で抜け出して何かやらかしたりとか」
執事様の御案内によりグロリア辺境伯家の馬車に揺られ再び訪れた領都のお城、向った先は昨日も案内された来賓の間。
そこにはお疲れの様子のグロリア辺境伯閣下とホーンラビット伯爵閣下、それとモルガン商会商会長様が俺たちの訪れを待っているのでした。
そしてホーンラビット伯爵閣下の第一声、うん、ケビンお兄ちゃん、悪い意味で信用されてますね。でも当たらずとも遠からずだとは思いますけど。
「ホーンラビット伯爵閣下に申し上げます。エミリーお嬢様並びに騎士ジェイクは領都学園を大変熱心に見学され、来年入学する事になる学園に思いを馳せられていたご様子でございました。
また授けの儀を終えた挨拶に訪れたモルガン商会では、大変有意義な会談を行う事が出来ました事をご報告申し上げます」
「あぁ、その話は昨日グロリア辺境伯家居城を訪れたモルガン商会長殿より聞き及んでいるよ。なんでも二人の事をモルガン商会長殿に頼んでくれたのはケビン君との事だったね」
「ハッ、ホーンラビット伯爵閣下の御許可をいただかず勝手をした事をお詫びいたします。
此度の授けの儀におきまして、エミリーお嬢様と騎士ジェイクが目出度くも<聖女>と<勇者>の職を授かりました事はホーンラビット伯爵家の誉れ。ですがその慶事がいたずらに王家とオーランド王国北西部貴族連合との間に緊張を生んでしまっている事も事実。
であればそれら政治的立場と距離をおく者、地方商会であるモルガン商会に第三者的仲立ちをお願いする事が良策ではないかと愚考した次第。
お叱りはいかようにも」
そう言い慇懃に礼をするケビンお兄ちゃん。善い行いが良い、悪い行いが悪いと簡単に区分出来ないのが貴族社会であり政治の世界。
これって俺も関わらないといけなくなるんだろうか?出来れば一介の冒険者でいたいんですけど!?
あっ、ケビンお兄ちゃんがチラッとこっちを見た。あれって“よく見ておいてね、これってジェイク君やエミリーちゃんにも必要な知識だからね~”って顔じゃん。う~わ、マジか~。
「ハハハ、いや、そう畏まらずともよい。我もホーンラビット伯爵殿も良い案が浮かばず困っておったところでな、モルガンの提案は渡りに船と言ったところであったのだ。
その発案がケビン男爵と聞いて、驚きよりも納得が先に立ったものだ。
ホーンラビット伯爵家の鬼札は相変わらずであるとな。
ではあるがこの件を含め王家との話し合いが必要である事には変わりない。我々は一度王都に出向く事で事の解決に動く事となった。
エミリー嬢には申し訳ないがホーンラビット伯爵殿をお借りする事となる、許されよ」
そう言いエミリーに目を向けるグロリア辺境伯閣下。エミリーはキレイなカーテシーを決めながら「グロリア辺境伯閣下のお心遣いに感謝申し上げます。父ホーンラビット伯爵のこと、私達の処遇について、何卒よろしくお願いいたします」と言葉を返すのでした。
「畏まりました。グロリア辺境伯閣下、ホーンラビット伯爵閣下。エミリーお嬢様並びに騎士ジェイクの事、何卒よろしくお願いいたします。
お二人はこのケビン・ワイルドウッドが責任を持ってホーンラビット伯爵領にお送りする事をちか「あぁ、その件ですが、騎士トーマスに任せる事としました。トーマス、エミリーと騎士ジェイクの事、よろしく頼むぞ」
「ハッ、無事にホーンラビット伯爵領へとお送りする事を誓います、ホーンラビット伯爵閣下」・・・差し出がましい事を申しまして、失礼いたしました。それでは騎士トーマスと共にお二人をお送りさせていただき「あぁ、ケビン君は私の護衛で。いや~、このところ私達は色々やらかしているだろう?そんな私達が王都に向かうとなったら、ねぇ。
やはり武力に優れた護衛が必要なんだよ。
その点ケビン君なら安心というもの、どうかお願いするよ」
ホーンラビット伯爵閣下の言葉にトーマスお父さんに縋る様な瞳を向けるケビンお兄ちゃん。トーマスお父さん、全力で首を横に振ってるし。
次にグロリア辺境伯閣下の側近に方々に目を向けるも、“我々は閣下の決定に従うのみ”といった目をなさっておられるみたい。
あっ、ケビンお兄ちゃんが項垂れた。ホーンラビット伯爵閣下、凄い良い笑顔。モルガン商会長様と握手なさってるんですけど。
お二人共、相当溜まってたんだろうな~。
ケビンお兄ちゃん、無事に帰って来てね。マルセル村で待ってます。(合掌)
―――――――
“パカラッパカラッパカラッパカラッ”
冬の季節が終わり行き交う人々の多くなった春の街道を、三騎の騎馬が走って行く。
目指すは辺境、ホーンラビット伯爵領マルセル村。
「いや~、しかし参ったわ。まさかジェイクが<勇者>様の職を授かるとはな~。ジェイクなら一角の冒険者になるとは思っていたが、それどころの話じゃなくなっちまったな。
勇者だぞ、勇者。勇者物語の一節が始まっちまったって奴か?
でもあれって勇者様の両親の事とかって語られないよな?それって何となく残念?
まぁ面倒事が無くて良かったって事なのか?何とも言えない気分なんだが」
馬上ではジェイクの父トーマスがグロリア辺境伯家居城から解放された反動か、陽気に言葉を発する。
「トーマスお父さん、マルセル村に帰れることになって嬉しいのは分かるけど、少しはしゃぎ過ぎ。それに俺の職業については基本秘密って事になったじゃん。対外的には<剣豪>って事にしておくって。
家に帰ってからポロッと言わない様にしてよね、大騒ぎになる事は確定なんだから。
それとエミリーの<聖女>の事もだよ、本当に頼むからね」
「お、おう、分かった分かった。しかしまぁとんでもない事になっちまったよな。エミリーお嬢様は元々としてもジェイクも王都の中央学園に行く事になるんだろう?マリアやチェリーになんて言ったらいいか。
特にチェリーはジェイクに懐いてるからな~」
「あぁお義父様、それでしたら大丈夫かと思いますよ?
チェリーちゃんは私達が領都に向かっている間に同世代の子供たちと交流を持つ事になっておりますわ。
弟のロバートやメアリーおば様の所のミッシェルちゃん、キャロルさんの所のルビアナちゃんといったお友達が出来ればお兄様大好きのチェリーちゃんも大分落ち着かれるのではないでしょうか?」
そう言いニコリと微笑むエミリーに、“エミリーちゃんは学園の入学が決まって、伯爵令嬢としての自覚を持たれたのか?女性ってスゲーな~”と感心するトーマス。
「あっ、うん、そうだよね。チェリーはいつまでも“お兄ちゃん大好き”って訳にはいかないんだよね。俺は王都に行く訳だし、チェリーに寂しい思いをさせたい訳じゃない、寂しい思いをさせたい訳じゃないんだけど・・・。
チェリー、お兄ちゃんは何時までもお前が大好きだからな~!!」
馬列は走る、軽快な足音を鳴らして。
兄ジェイク(身近なイケメン)から同年代の男の子(将来性のある獲物)へと関心を移す妹チェリー(狩人)。
そんなチェリーの成長に、妹離れの出来ないジェイク(シスコン)は、チェリーの幸せを願いつつ悲しみの叫びを上げる。
父トーマスは息子の奇行に“勇者・・・これが勇者ね~”と呆れた目を向け、エミリーは聖母のような優し気な微笑みを向けるのでした。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora