“ドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッ”
叩き付けられる
周囲を岩肌に囲まれた山岳部の集落、開けた広場の中央では多くの人々が集まり歓声を上げる。
“ドゴンッバゴンッドガンッボゴンッ”
彼らの見詰める先、そこにいるのは身の丈三メートルはあろう巨漢とその胸よりも低い背丈の若者。
先に尖り大きく裂けた口、
爬虫類と見まごうばかりの巨漢の姿は、まるで伝説と謳われるドラゴンを彷彿とさせる。
「グホッ、しぶてえぞ、とっとと沈めや毛無しサルが!!」
“ドガンッ”
「ブフォ、ハッ、そんなヒョロヒョロの拳が効くかよ、デカトカゲ!!」
“ドゴンッ”
「貴様~!!龍人族たるこの俺様を馬鹿にしやがったな~!!
絶対に許さん、必ず潰す!!」
“ズガンッ”
「グフッ、だから効かねえって言ってんだよ。手前の拳なんざスライム以下だ~!!」
“ゴンッ”
それは格闘とも武術とすらも呼べない男の祭り。互いに足を止め、ただ殴る。相手の拳を避ける様な無粋な事はしない、只管に己の拳をぶつけ合う。
誇りと誇り、意地と意地。単純明快、限られた条件の中で己の技術を研ぎ澄ませ、自身の力を最大限相手に叩き付ける。
「クッ、手前は一体何なんだよ。脆弱な普人族が何故龍人族の頂点たる俺様の拳に耐えられるんだよ!!」
“ズゴンッ”
「クハッ、そんなもん決まってんだろうが、手前が弱いからだよ。
ただ与えられた肉体に慢心し、自分の事を理解しようとしなかった。
鍛錬?そんなものはどうでもいい。だが手前は自分の身体を十全に扱う事、本能に従う事すら怠った愚か者って事だよ。
確かに普人族は脆弱だ、龍人族のお前らの足元にも及ばないだろうさ。
だがな、己を理解し、己の主人となる事が出来れば、お前らにだって届き得ることが出来るんだよ!!」
“ドゴウンッ”
“カハッ”
零れる息、巨漢は薄れ行く意識の中で思う、“次は負けねえ”と。
“ドサッ”
「勝者、武勇者ジミー」
「「「「ウォーーーーーー!!あのバンドリアを倒しやがった!!」」」」
響く歓声、山岳部集落の祭りの盛り上がりは、顔を腫らしながらも拳を高く掲げた若者の勝利により、最高潮に達するのであった。
「ジミーよ、見事な勝利であったわ。お主はこれまで教えて来たどの者よりも真剣に己に向き合えておったわい」
年老いた龍人族の一人が勝利者であるジミーに声を掛ける。
「いえ、これもすべて老師のお陰、自分などまだまだです。
より研鑽を積み、魂と肉体とを一体とする“真言”を己のものといたしたいと思います」
そう言い腫れた顔をパシパシ叩くジミー。「老師であったならこのように顔を腫らさなかったでしょう?」というジミーの言葉に「当然であるな」と胸を張り口元を歪める老人。
「<癒しの覇気>」
呟かれた一言、その言葉と共にみるみるうちに傷の治って行く身体、そんなジミーの様子に感嘆のため息を漏らす老人。
「相変わらず見事な覇気よ。お主ならば“真言”など無くとも十分強かろうに、なぜそれほどまでに強さを求めるのじゃ?」
それは素直な疑問。男であれば強さに憧れ強さを求めるは必然、であるにしても既に強者の力を持つ目の前の若者は、何故にそこまでして強さを求めるのか。
「目標となる絶対的壁を知っているからですかね。
俺は剣の道を志し、剣に全てを捧げて来た。だけど気が付いたんです、それだけでは更なる高みには至れないと。
その目標は剣とは全く関係のない人生を歩んできた、にも関わらずその道の先達をもってしても届かぬ遥かな高みに君臨し続けている。
おそらくですが、既に“真言”とは全く違う方法で己の肉体と魂を一体化させる方法に行き着いているのかもしれません。
以前一度だけその片鱗を見せてくれた事がありますから。
その時は「己のスキルに全てを委ねた」とか言ってましたが。
「スキルとは女神様の慈悲、弱き人々を支える導き。だが人がスキルを理解しスキルの声に従い研鑽を続けた時、その先にはきっと何かがあるはずなんだ。まだ俺はそこまで達してはいないんだけどね」
何時だかそんな事を言ってましたよ」
ジミーは天に広がる青空を見詰め、遥かなる故郷を思う。
共に研鑽を積んだ友、より己を高め自分の帰りを待っていると言ってくれた彼ら。
“そう言えばそろそろエミリーの誕生日、ドレイク村長がお貴族様になっちゃったから個別に授けの儀を受けるとか言ってたよな。って事はジェイクも一緒に職業を授かってるのかな?
確かジェイクは四属性の魔法適性に目覚めてたから、賢者様?エミリーは・・・ケビンお兄ちゃんが撲殺姫とか言ってたし、武闘家一択だね。
武闘家令嬢・・・ジェイク、強く生きろ”
「してジミーはこれからどうするのだ?」
「はい、ここから南に進んだ地域に鬼人族の住む集落があるとか。
そこを訪れようかと」
「ふむ、その話は儂も聞いた事がある。確かシノビと呼ばれる者たちが住み暮らす里があるとかなんとか。お主には良い学びとなるだろう。
それと魔都で開かれる武術大会には出るのであろう?」
「はい、そのつもりではあるのですが、移動が・・・」
「ふむ、であればその際は里のワイバーンを使うが良い、里長には儂から話を付けておこう。なに、お主は祭りの勝者、誰も否やとは言わんであろうよ」
祭りは終わった、若者はまた戦いを求め旅に出る。それが男というものであり、武勇者の姿なのだから。
「では老師、バンドリアが目を覚ましたら伝えてください。“文句があるのなら魔都の大会でけりを付けよう”と」
「うむ、確かに引き受けたぞい。ジミーよ、達者での」
「はい、老師こそお元気で。太郎!」
“ガバッ”
ジミーの呼び掛けに姿を現したのは、一体のブラックウルフ。だがその巨体に周囲の者たちにどよめきが走る。
“グルルル”
「ありがとう、太郎」
ジミーはブラックウルフが銜えて寄越したリュックを背負うと、颯爽とその背中に飛び乗った。
「里の皆、世話になりました。太郎、行くぞ!」
“バッ”
ブラックウルフは駆ける、強力な魔物が鎬を削る深い森の中を次の目的地、鬼人族の里を目指して。
ジミーはこの先に待つであろう新たな出会い(困難)に期待を膨らませ、獰猛に口角を歪めるのでした。
―――――――――
「という訳で我々はマルセル村には向わず再び王都に向かう事となった。
ベルガとルインにはすまないが、残月、満月と共に“影控え”の任に付いてもらう。詳しくは残月、満月に聞いて欲しい。
残月、満月、二人の面倒を頼む」
「「ハッ、ご主人様の思し召しのままに」」
領都グルセリアで行われたエミリーちゃんとジェイク君の授けの儀が無事に終わり・・・ちょっと予想外の事態は起きましたけど、概ね無事に終わり。みんな知らないんだからいいの、バレなきゃ何もないのと一緒なの!!
オホンッ、無事に<聖女>と<勇者>の職業を授かった二人、本来であれば目出度い目出度いと言って祝杯でも上げてからマルセル村に戻るところだったんですけどね。
まぁ状況が悪かったといいますか、戦乱が終わったばかりで権力バランスが微妙だったといいますか、王家との話し合いの為に再び王都に向かう羽目になっちゃいまして。
グロリア辺境伯閣下、ホーンラビット伯爵閣下、お疲れ様でございます、ってなもんできちんとご挨拶申し上げてからその場を失礼しようとしたんですけどね?なんかホーンラビット伯爵閣下に捕まっちゃいまして。
え~、ここから先は完全に政治の話じゃん、おらっち関係ないやんとか思ったんですけどね、トーマスさんが限界を迎えちゃったんですって。
まぁ伯爵閣下ともあろう御方が従者も付けずに王家との交渉の場に挑むってのもおかしな話ですからね。
ここはいっちょ代わりの人材をと思わなくもないけどマルセル村は農繁期、春野菜の栽培で忙しいんでございます。
幾ら名声が高まろうと、いくら無敵の蛮族と謳われようとマルセル村が辺境の農村である事は変わらず、男爵位を給わろうと農兵である事に何の変化も無いんですね~これが。
トーマスさんをはじめ新たに騎士爵様になられた方々は生粋の農民かメイドさんたち。伯爵閣下のお付きの騎士が元メイドってのもね~。
元グロリア辺境伯家のメイドなら貴族教育も受けてるし問題なし?って思ったんですけどね、「ケビン君、逃がさないからね?」ってホーンラビット伯爵閣下がですね。
俺ってそんなに恨まれるような事ってしたかな~、今回は上手く立ち回った筈なんだけどな~。
結局馬車の御者席に座らされることとなってしまったのでございます。
行商人のベルガさんと娘さんのルインさんには悪い事をしたとは思いますが、今は影空間の別邸で残月と満月から使用人教育を受けてもらっているところでございます。
えっ、ベルガさんって右腕がない上に体調がボロボロだったんじゃないのか?まぁ貧民街にいたくらいですしね、右腕は名誉の負傷ですし。
ですんで以前黄色が作って未だに収納の腕輪に保管されている謎ポーションをですね。これって大賢者シルビアさん曰く“霊薬”と呼ばれる部類の薬なんだそうです。
そう言えば以前ヨークシャー森林国の呪病回復の為に使った光属性魔力マシマシウォーターカクテル(キラービー蜂蜜バージョン)、正式名“天使の微笑み”も、“霊薬”にあたるんだそうです。
謎ポーションの効果は十六夜で証明済み、石化の自己呪いから下半身崩壊という大規模部位欠損迄治しちゃうっていうとんでも薬ですからね。
ベルガさんの右腕から体調不良迄マルっと回復しちゃったって訳です。
ベルガさん、身体の病気以外にも多少呪いも掛かってたみたいですね、謎ポーションを飲んだあと黒い靄が出て来ましたんで。
あれだけ色々呪物を集めればね~、全くの影響なしって訳にもね。当のベルガさんは呪いうんぬんよりも右腕が生えて来た事に目茶苦茶驚いてましたが。
ですんでルインさんにも“天使の微笑み”を進呈、黒い靄が出た後に体調が凄く良くなったと喜んでいただけました。
それともう一つ、ルインさん、普人族じゃありませんでした。
何か申し訳なさそうに頭のスカーフを取るからなんだろうと思ったら可愛らしい丸みを帯びた獣耳がですね。
えっ、これってもしかしてもしかしちゃったりします?
「このような大事な事をお伝えせずすみませんでした。
実は私は普通の人と違い獣のような耳が、俗に亜人と呼ばれる者でございます。ご主人様に於かれましては不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、その様な事はどうでもよい。ルインは獣人族と呼ばれる者の血を引いているのだろう。この大陸では珍しいだろうが遥か昔にはそれなりの数存在していたと聞く。
ようは普人族による迫害だな。普人族は己の優位性を示す為に他人種を虐げるきらいがある。同種族同士であっても階級を作り優劣を付けたがるのだから度し難いものではあるがな。
この件に関してルインが謝意を感じる必要は一切ないと明言しておこう。
我が家の家人もそうだが、我が故郷マルセル村には人種がどうのと気にする者など一人もいないからな。辺境で生きるとはそういう事だ、ただ生きる、それが戦いであったのだよ。
問題はそこではなく、ルインの科目、ルインが一体どういった動物の獣人であるのかといった点だ」
俺の言葉に驚き、目を見開くルインさん。そう、問題は亜人種だとか獣人だとかそんな些細な事なんかじゃないんです。
「えっ、あっ、はい。私は普通の村に生まれた農家の娘でしたんで詳しい事は分からないんです、両親は普人族でしたし。
ただ私の生まれた村では昔から時々私のような獣耳の子供が生まれるらしく、村の人たちからは“レッサーラクーンの呪い”って呼ばれてました。
でも私の両親と村の人たちは盗賊に殺されちゃって、これ以上の事は。
何人かの子供と若い女性は奴隷商人に売るって言われて攫われて、私もその時に。
お義父さんに助けて貰えなかったら今頃どうなっていたか」
レッサーラクーンの・・・呪い・・・だと!?
グホッ、来た来た来た来た来た~~~~~~~!!
ラクーンさん、再び!!最高の人材が現れましたよ~~~!!
「ルインよ、君は“ポンポコ山のラクーン”というお話を知っているかね?」
「はい、マルセル村の村長だったアルバート子爵様と呪われた青年ラクーンさんのお話ですよね。私もこんな耳だからなんか他人事に思えなくて。
ラクーンさんの呪いが早く解けたらいいのに」
そう言いどこか遠くを見つめるルインさん。あのお話に自身の人生を重ねているのでしょう。
「実はあの話はな、アルバート子爵閣下、現在のホーンラビット伯爵閣下と青年ラクーンが作り上げた壮大な舞台だったのだよ。
最小限の被害で戦乱を終結させる為のね。
だから呪われた青年ラクーンは今も元気に生活しているのだよ」
「えっ、そうなんですか!?よかった、本当によかった。
ラクーンさんがあのまま“ラクーンの呪い”に苦しんでると思ったら私。
本当によかった・・・」
そう言い涙ぐむルインさん、本当に心優しい女性なのだろう。
マルセル村の土産物屋さん“ポンポコ山のお店屋さん”の看板娘に相応しい。
俺はそんな心優しい娘さんにほっこりしつつ、その正体がケビン君である事は当面内緒にしようと心に誓ったのでした。
〇ッキーさんに中の人はいないのです!!
本日一話目です。