転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第465話 辺境の伯爵、王都の夜を過ごす

王都グロリア辺境伯家屋敷代官執務室、そこでは三人の男たちが集まり共に杯を交わす。

 

「しかしホーンラビット伯爵殿とこうして酒を酌み交わす日がこんなに早く来るとは、流石に思いもしませんでしたぞ」

「ハハハ、本当になんでこの様な事になったのだか。

いや、大変目出度くも名誉なことではあるのですが、こうも立て続けに様々な事態に見舞われますと、いささか心が付いていけないと申しますか。

親として素直に喜べない自身の狭量さ加減に、恥じ入るばかりでございます」

 

王都屋敷で別れたのが一月半ほど前、馬車による往復の移動だけでもそれくらいは掛かろうかという辺境の地からの再びの訪れに、その労を労う王都屋敷代官。

その言葉にグラスに口を付け情けなく笑うホーンラビット伯爵。グロリア辺境伯はホーンラビット伯爵の肩を叩き、力強く言葉を掛ける。

 

「なに、貴殿はグロリア辺境伯領の動乱から、いや、それ以前からずっと走り続けて来たのだ。そのような心持になったとて責める者などいはしまい。

それについ先頃まで一介の村長であった人間が辺境であるとはいえ所領地を持ち伯爵位にまで上り詰めた、これはオーランド王国の歴史に残る大事件であるだろう。

しかも此度は国王陛下との会談まで行ったのだ、あまりに荒唐無稽な話と鼻で笑われそうなことだが、これは紛れもない事実。

落ち着いた口調で全体を纏め上げたあの話術、実に見事な物であったわ」

「いや、それはその、事前に服飲した“聖茶”の効果であるかと。

あの飲み物はどのような場に臨もうとも落ち着いた心持ちを提供してくれますので」

 

ホーンラビット伯爵は「情けないものでございます」と言いつつグラスを空ける。

グロリア辺境伯家の二人は聖茶というものの話は聞いてはいたものの、それ程のものであるのかと改めてその効果に感心し、後ほど譲ってもらおうと心のメモに書き記す。

 

「ところで今日は騎士ケビン殿をお連れになっておられぬようだが、いかがいたしたのですかな?」

代官の言葉に頭を掻くホーンラビット伯爵と苦笑いを浮かべるグロリア辺境伯。

 

「実は此度の<勇者><聖女>揃っての王都中央学園入学に当たり、騎士ケビンには全体の目付け役の任を担って貰う事となったのですよ。

あの者は武力のみならず頭のキレも良い、そして何よりその奇抜な発想性により物事をより良い方向へと導く才があります。

ただそれに巻き込まれる者たちにとっては堪ったものではないのですが、その苦労と引き換えにしても文句の付けようのない結果を示すところが質が悪いのですよ。

その事はヘルザー宰相閣下、ベルツシュタイン伯爵閣下もよくご存じでして、是非にと頼まれまして任命を。

 

ただ本人はあの辺境マルセル村で生涯を過ごす事を一番の望みと言ってはばからないような者ですから、今回の事は負担以外のなにものでもないのですよ。

ただ適任である事は確かでして、名目上学園の講師として赴任する事となったのですが、その指導内容として取り上げた“生活魔法の有用性”という講義で王宮魔法師団の者全員を黙らせてましたから。

 

本日は中央学園で学園長殿との面談を予定していたのでそのまま王都観光でも楽しむように言っておいたのですよ。

あれでいて根は真面目な者ですから、渋々でも引き受けたからには最良の結果を引き寄せてくれるものと確信しております」

 

そう言いハハハと笑うホーンラビット伯爵の姿に、良い主従関係が結べているのだろうと笑みを浮かべるグロリア辺境伯家の面々。

 

「先程も帰宅報告に顔を出したのですが、マルセル村に作る土産物屋の商品仕入れの商談を行って来たとか王都居住用の屋敷の購入契約を行って来たとか、やると決めた事に対する行動の早い事早い事。

私も見習わねばならないと教えられた思いです」

 

「ほう、既に屋敷の購入まで。それで貴族街のどの辺に屋敷を構えると」

「いえ、貴族街ではありません。ホーンラビット伯爵家に連なる者が下手に貴族街に屋敷を構えればいつぞやのアルバート子爵家事件を繰り返しかねないと言って商人や役人の多くが居を構える住宅街に屋敷を求めたとか。

周辺住民もまず近寄らない最高の屋敷であると喜んでいましたよ」

 

商人や役人が多く住み暮らす住宅街にあってまず人の近寄らない屋敷?

ホーンラビット伯爵の口から漏れる意味の分からない言葉に、グロリア辺境伯家の者たちは首を傾げる。

 

「しかし私も周辺住民から“呪われた屋敷”と呼ばれる曰く付きの邸宅を態々購入してくるとは思いもしませんでした。

なんでも教会の聖職者による浄化も失敗に終わった物件だったとか、“そんな屋敷であれば下手な貴族の接触もありませんよ”と笑うケビンには呆れさせられたものです。

先程も“呪われた屋敷であれば夜が本番”とか言って鼻歌を歌いながら出掛けて行きましたってどうかなさいましたか?」

 

ホーンラビット伯爵の言葉にこめかみを揉むグロリア辺境伯家の者たち。

“商人街の悪夢”、王都ではあまりに有名な化け物屋敷。数多くの冒険者や聖職者が屋敷の浄化を試み悉く逃げ帰った最強の心霊スポット。

そんな特級事故物件を購入して喜ぶ騎士とそんな話を笑って話す主人。

 

やはり目の前の人物は辺境の蛮族をまとめるにふさわしい傑物であった。

グロリア辺境伯は改めてホーンラビット伯爵家との対応に身を引き締めると、その様な心根はおくびにも出さず、ホーンラビット伯爵の空になったグラスに酒を注ぎ入れるのでした。

 

――――――――――

 

王都の夜は長い。田舎であれば既に暗く人々が寝静まる時間帯であっても、夜空の煌めきに負けない程の明かりが街並みを歩く人々を照らし、建物から漏れる光が彼らを誘蛾灯の様に誘い込む。

 

そんな王都において漆黒に染め上げられたかのような暗闇に沈む一角。住宅街にあって物音一つしないそこは、あたかも無人の廃墟のような雰囲気を醸し出す。

 

“コツンッ、コツンッ、コツンッ”

静寂に包まれたそこでは、人の歩く靴音もやけに大きく響く。

靴音はある一軒の屋敷の門扉に近付くと右のポケットから一本の鍵を取り出し、門扉に巻き付けられた鎖の錠前を外し、鎖ごと収納の魔道具へと仕舞い込む。

 

“ガチャッ、ギギギギギギギギギギ”

錆び付いた鉄門が開く音が闇夜に木霊する。

 

“ブォ~~~~”

開け放たれた鉄門から流れ出る生暖かい空気。

 

“コツンッ、コツンッ、コツンッ”

踏み出された歩みは石畳を叩き、そのまま屋敷へと向かっていく。

足元に巻き付くナニカ、耳元に囁かれる呪詛の数々。

だが靴音の人物はそんな事はどうでもよいとばかりに、その辺を散策するような足取りで屋敷前へと辿り着く。

 

“ガチャガチャ、カチャリ、キ~~~~~”

右ポケットから取り出した玄関の鍵をドアノブ下の鍵穴に差し込み、解錠してから扉を開く。

中は何年も掃除などされていないのだろう、多くの家具にホコリが積もり、この屋敷が所謂廃墟であるという事を如実にわからせる。

 

“ポワンッ”

自然と灯る室内の明かり、それは訪れた者を歓迎してのものか、それとも・・・。

 

“ようこそいらっしゃいました、お客様。私は当屋敷のメイドをしている者でございます。

お客様におかれましては一体どう言ったご用向きでお越しになられたのか、お伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?”

 

その者は突然その場に現れた。それは何の前触れもなく、まるで初めからその場に存在していたかのように。

 

「やぁ、こんばんは、いい夜だね。

えっとこの家を訪れた理由だったかな?それほど難しい事じゃないよ、ちょっとこの屋敷を購入してね、状態の確認とご挨拶と言ったところかな。

それでこの屋敷には君以外にも誰かが住んでいたりするのかな?」

 

訪問者はそんな彼女に驚く事もなく、まるで酒場の店員に声を掛ける気軽さで返答に応じる。

 

“そうでございますね。当屋敷のご主人様ならびにご家族様、使用人の者たちが静かに心穏やかにお眠りになられておられます。

お客様はそれを乱されに来た、そう言う認識でよろしいのでしょうか?”

 

メイドの姿がユラユラと揺らぐ、それはまるでロウソクの明かりの様に、そこにあってそこにない、そんな実態があやふやな存在のように。

 

「う~ん、ちょっと違うかな。とりあえず他の皆にも話を聞いてみようかな?」

訪問者がそう言うや途端その身体から溢れ出す濃厚な闇属性魔力。

 

「<結界術>」

“シュピン”

その一言で屋敷はおろか敷地全体を包み込む不可視の結界、その結界の中を訪問者の身体から溢れ出した濃厚な闇属性魔力が満たしていく。

 

“““““アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ”””””

その声は誰が漏らしたものか、屋敷中から漏れ聞こえる呻き声に慌てる素振りを見せるメイド。

 

「ふむ、そうか、君は違うのか。それで大本は・・・地下室かな?

ちょっとお邪魔するね」

 

“コツンッ、コツンッ、コツンッ”

全身から濃厚な闇属性魔力を垂れ流したナニカ。漆黒のコートのフードを目深に被り、決してその表情の窺い知れないそれは、慌てるメイドをよそにまるで屋敷の構造を熟知しているかのように地下倉庫へと続く扉を開くと、先に続く階段を淡々と降りて行く。

 

“いけない、その先は・・・”

事態に気が付き止めに入るメイド、だが時すでに遅くナニカは階段の行き着く先、地下室の扉を開け放っていた。

 

“シクシクシクシク、えっ、誰かそこにいるの?

私、助けてもらえるの?”

 

そこにいた者は、淡い光を帯びた白い肌の美しい少女。

少女は先程まで泣き腫らしていたであろう顔を袖で拭うと、縋るような瞳でナニカに抱き着く。

 

“私、ずっとこの家に閉じ込められていたの。お願いします、私をここから連れ出してください”

少女の愛らしい瞳がナニカをじっと見詰める。それは心の底から庇護欲を誘う妖しい美しさを以って人の心を魅了する。

 

「あぁ、お前はそうやって多くの者たちを縛り付けて行ったのか。

おそらく元は魅了のペンダントといったところかな?製作者の執念か、代々の使用者の情念か。

それは想いを形にし一つの存在へと昇華した。愛されたい、全ての愛を手にしたい。

相手を縛り、決して離さず、己が力とし。

 

お前はレイスという魔物を知っているかい?人々の強い怨念が闇属性魔力を生み出し、そんな闇属性魔力と恨みの思いが結合し生まれた闇の存在。

ゾンビにグール、俗に闇属性魔物と呼ばれる者たちは基本そうして生まれて来る。

そしてそれは何も人型のものばかりとは限らない。リビングソードやリビングアーマーといったものも闇属性魔力と人の怨念の集合体と言える。その触媒として剣や鎧が関わった、戦場では多くの闇が生まれやすいからね。

 

色恋は男女の戦い、女同士の競い合いであったり男女の駆け引きであったり。恨み、辛み、そんなものが煮詰まった思いの象徴が魅了のペンダント。

今君が胸元に下げているその美しい輝きを放っている物がそれだよ」

 

“ブワッ”

暗黒に包まれた地下室に更なる闇が加わる。それはいつの間にかナニカの右手に握られたロングソード。

だがそれはあまりにも禍々しく余りにも痛ましい。赤黒く染まった剣身には幾本ものドクドクと脈打つ血管が浮き上がり、ギリギリギリと歯ぎしりのような不快な音を立てる。

 

「憎愛の呪物と殺戮の呪物、果たして生き残るのはどちらか。

君はどっちだと思う?」

 

“アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、イヤーーーーーーー”

屋敷中を震撼させるような金切り声が響く、闇が大きく揺れナニカに向かい襲い掛かろうとする、だが・・・

 

「ハハハハ、まったく面白いよね。今この場に存在する闇属性魔力は全て僕が与えたものなんだよ?

その闇の力を得て存在を強くした君が僕に逆らえるわけないじゃないか。

全ての始まり、その元凶。君はちょっと僕の好みとは違うかな?だからごめんね、サヨウナラ」

 

“スパンッ”

振るわれた刀身、邪悪なる剣は一太刀で輝くペンダントを切り裂く。

 

「吸っていいのはその醜悪な情念だけだよ?魂まで吸い尽くしたら駄目だからね。

一々お前から引っ張り出すのって面倒なんだよね、でもお前がそれを望むなら・・・」

 

ナニカの言葉に途端静かになるロングソード。その刀身は美しい銀色に輝き、鏡のようにナニカの姿を写し込む。

 

「さて、それじゃ改めてご対面と行きますか」

ナニカはロングソードを虚空に消し去ると、踵を返し地下室を後にする。

リビングで待つ解放されし人々と、王都屋敷の従業員採用面接を行う為に。

 




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