王都バルセンに朝日が昇る。
街道では多くの馬車や荷馬車が動き出し、起き出した人々が忙しなく働き始める。
この街はオーランド王国における物流と経済の中心地、今日もまた活気あふれる一日が始まる。
「「「ウ゛ゥ~~~」」」
そんな爽やかな朝に生きる屍が三体。一体何をやってるんだ何を。
男という生き物は学習というものが苦手なんだろうか。
「ホーンラビット伯爵閣下、おはようございます。
本日は予定通りホーンラビット伯爵領への帰路に付くという事でよろしいでしょうか?馬車による移動、多少の振動はありますがホーンラビット伯爵閣下におかれましては車内にてお休みになっていただき・・・」
「「「ア゛~~~~、声が頭に響く~~~」」」
どれだけ飲まれたんだこのお方々は。はぁ?火酒を十本空にした?どこのドワーフですか、どこの。
聖茶で割ったらすっきりした味わいでクイクイ行けたってそりゃそうでしょうが。聖茶は強制的に冷静になるってだけで、酒精分解はしないんですよ?酔っててもそうとは自覚できないんですよ?
クイクイ飲めても翌日ドカンですからね?
「ケ、ケビン君、頼む、アレを、アレをくれないかい・・・」
「わ、我も頼む、それと弟の分も・・・」
まるで怪しい薬の依存症患者のように、縋るような目でこちらを見るドレイク・ホーンラビット伯爵。俺はどこぞの売人か?
その点グロリア辺境伯閣下はサッと執事様に目配せをし金貨一枚のお支払い、流石北西部貴族連合の盟主、全ての所作がとってもスマート。
俺は収納の腕輪から特製酔い止め薬を取り出しお三方に差し出します。ホーンラビット伯爵閣下は後程清算をお願いいたします。
「いや~、本当にケビン君の酔い止めは効くね~。先程までの早鐘の様な頭痛と胸やけが嘘のようになくなったよ。これで移動の心配も消えたというものだ、本当にすまなかったね~♪」
「うむ、確かにこれはよい薬だ。在庫があるようならぜひ譲ってはくれまいか?
立場上どうしても酒の席に付き合わねばならない事もある、こうした良薬は非常に助かるのだよ」
「ほう、これが話に聞いていた騎士ケビンの酔い止め薬、その辺の薬師の物とは比べようがない即効性ですな。
辺境伯閣下、王都屋敷代官として私にもお分けいただきたく」
太客GET~~~!!
実はこの酔い止め薬、大量にストックがございます。
えっ、いつの間にそんな量の酔い止め薬を作ったのか?
チッチッチッ、皆さんお忘れですか?私のスキル<ポーション生成>を。以前調薬スキルに統合された<ポーション水生成>と違い、魔力さえあればいくらでも薬が作れちゃうっていうとんでもスキル。
制約としては自身が作製可能なものに限られるんですけどね、元々生活薬はスキル無しで作れる薬ですし?昔っから頑張って作ってた物なんで、何の問題もないって訳です。
そう言えば以前からよく作ってるハイポーション並みのポーション、アレって“ポーションEX”って名前みたいです。
<田舎暮らし(生産)>に<調薬術>ってのがあって、薬品の<品質鑑定>が出来る様になったんで調べたらそう明記されてました。
効果はハイポーションと全く一緒だから何の問題もないんだけど、販売は出来ないかな?
今度薬師ギルドに行ってトガリヤを購入して普通のハイポーションも作成しておかないと。
何が騒動の種になるのか分かりませんからね。
俺は近くにいたグロリア辺境伯家の執事さんに頼み空の木箱を持って来てもらうと、その中に収納の腕輪から酔い止め薬を出していきます。
ポーション瓶じゃなくて陶器製の容器に入った酔い止め薬に訝しみの視線になる執事様。
だって仕方が無いやん、マルセル村に薬師ギルドなんてないんだもん。エルセルの街でポーション瓶を大量買いしたら購入制限を掛けられる様になっちゃったんだもん。
ゲームとかの調薬ってずるいよな~、あのポーション瓶はどこから出て来るねんってツッコミを入れたい。ガラスの使い道は多種多様、中々ポーション瓶に回す余裕がですね。
しかもポーション瓶って品質劣化防止が施されてるある種の魔道具だし、自分で作るより買った方が絶対早いっていうね。
今度王都に来たら薬師ギルドで購入しよう。
「グロリア辺境伯閣下に申し上げます。我がホーンラビット伯爵領は物流の関係上大量のポーション瓶入手が難しい為、生活薬全般は自家製の陶器瓶にて保管させていただいております。
保存には時間停止機能付きのマジックバッグを使用していただきますようお願い申し上げます」
「うむ、相分かった」
グロリア辺境伯閣下が下顎をクイッと動かすと、お傍の執事様が皮袋に入った硬貨をですね。
えっ、こんなによろしいんですか!?
何と金貨十枚のお支払い、これが大貴族、太っ腹にもほどがある。
俺は収納の腕輪に皮袋を仕舞い込むと、グロリア辺境伯家の皆様方に恭しく
「グロリア辺境伯閣下、グロリア王都屋敷代官殿、この度はお力添えありがとうございました。
妻デイマリアの体調が落ち着きましたら、赤子ともども領都グルセリアにご挨拶に伺わせていただきたく存じます」
「うむ、ホーンラビット伯爵殿も道中気を付けて。護衛の方は・・・心配する方が無駄であったな」
「「「・・・ハハハハハハ」」」
何故か沈黙の後俺の方を見ながら乾いた笑いを浮かべられるお三方、昨夜の酒宴で相当に仲を深められたようにございます。
馬車に乗り込むホーンラビット伯爵閣下。見送りに出るグロリア辺境伯家王都屋敷の皆様方。
俺は御者席に座り引き馬のロシナンテに合図を・・・え~っと、皆様、何か期待なさった様な眼差しをこちらに向けられておられるのですが?
「あぁ、ワイルドウッド男爵、失礼した。あまりじろじろ見られては例の影魔法とやらは使いにくかったかな?
前回は忽然と姿を消されたのでね、今回こそ見逃すまいと意識を集中してしまったのだよ」
そう言いハハハと笑う王都屋敷代官様。いや、別に普通に出て行こうと思ったんだけどな~。
「ハハハ、これは申し訳ない。先だってはデイマリア奥様が産気付かれたとの連絡がありまして、急ぎ帰る必要があった為にあの様な真似を。
事情があったとはいえ大変失礼な事をいたしました。
簡単に説明させていただきますが、あの時私が何をしたかといえば気配を薄くして空を走って帰って行ったというだけなのでございます。
グロリア辺境伯閣下には王城での生活魔法の講義内でお話しいたしましたが、<魔力操作>と<魔力制御>、それと私の持つ<浮遊>スキルの応用なのでございます」
俺はそう言うと御者台から飛びおりロシナンテと馬車を影空間に沈めて行く。
「影魔法については前回御見せしたのでお分かりいただけるかと。要するに勇者物語の“影魔法使いジルバ”の物と同様です。
これは授けの儀で女神様よりいただきましたスキルの効果により身に付ける事が出来ましたお力、魔法適性とはまた違った区分になっているものと思われます。
それと空を走るという話ですが、私は<魔力操作>と<魔力制御>を使う事で魔力による疑似的な<身体強化>を行う事が出来ます。
また魔力を使った<障壁>を作る事も可能です」
俺はそう言い目の前に階段状に並べた障壁を展開、それをコツコツと上って見せます。
「この障壁を足場とし、身体強化を使い空を駆ければ大地を進むよりはるかに速く走る事が出来る。なにせ邪魔となるものが無いのですから。
更に言えば疑似的な<身体強化>により早馬よりも速く走る事が出来るのです。あとは途中途中休憩を入れながら辺境を目指し走って行くだけ。
以前は道に迷った事もありましたが、今では日の光の導きで凡その方向は分かる様になりましたので。
ですがその様な者が空にいれば人目を引かない訳がありません。
そこで気配を消して気付かれにくくしていたと言う訳です」
俺はそう言うと<魔力隠し>を行い、自身の気配も薄くする。
「このような状態であれば余程の手練れでも不審には思わないでしょう、なんせ相手は空の上なんですから。精々がビッグクローか何かと思われる程度かと。
落下の危険性があるのではと思われるでしょうが、先ほども言いましたが私は<浮遊>のスキルを持っています。落ちたところで立て直しは容易なのですよ。
欠点を言えば精神と肉体と魔力を相当に削られる事でしょうか。
これを一度やると暫く使い物にならなくなります、ホーンラビット伯爵領と王都は本当に遠いですから。
それでも移動時間が通常の半分になる事は大きい、緊急時の移動手段としては有効でしょう」
俺が気配を薄くしているのでどこから声がしているのか分からずキョロキョロする使用人様方。護衛の方々の中には数名ですがこちらの場所を捉えておられる方もいるようです。優秀優秀。
「それでは私どもはこのまま失礼させていただきたいと思います。ホーンラビット伯爵様にはしばらくごろごろする言い訳も必要ですので。
本当にあの御方は人使いが荒い。あっ、この発言はご内密に、後で何を言われるのか分かりませんので」
俺はそう言うと中空に足場を作りながらトントントンと上空三百メートルほどまで登って行き、<天翔ける>を使って王都郊外の草原まで走って行くのでした。
「行かれてしまいましたな」
「であるな。しかしあの者、空まで走る事が出来たとは。影魔法といいその有用性は計り知れんぞ。
実に惜しい、我が配下にする事が出来れば、グロリア辺境伯領がどれ程発展を遂げる事が出来るか」
王都に広がる青空を眺め、ついそんな言葉が口を吐くグロリア辺境伯。
「兄上、また悪い癖が出ておりますぞ。そうして前回痛い目を見たのでは?デイマリアにやり込められたお話は父上から聞きました。あの兄上がやり込められたと知って驚くとともに腹を抱えて笑わせてもらったものです。
先程ワイルドウッド男爵が何故にあれほど丁寧に説明して行ったのか。
一つは余計な詮索を減らす為でしょうが、あの者にとってあの程度の事は些事であるという事なのでしょう。
兄上にはご報告申し上げたはずですよ?あの者が残していった“ちょっとした礼の品”の事は。
“眠れるドラゴンを起こすな”
あの者は王家を相手に平気で啖呵を吐ける剛の者。武力、知力、あらゆる策謀を以って目的を果たす。
確か朝の微睡に包まれ布団の中でごろごろする事でしたか?
ホーンラビット伯爵閣下からお伺いした“ケビン君の夢はお布団様に包まれてキャタピラーになる事”という話には笑わせてもらいましたが。
父上も仰っていたではないですか、ホーンラビット伯爵家とは適切な距離感をもって接するようにと。
有事の際に早馬より速く駆けつけてくれる武力がある、それで十分かと愚考いたしますぞ」
“弟に諫められるとはな。こ奴もすっかり王都屋敷代官が板に付きおって”
グロリア辺境伯は肩を竦めてから再び空を仰ぎ見る。
王家との折衝は終着点を見た。だが今だ不安定な情勢であることは事実。
今は各貴族家も力を失い大人しくしているが、半年もすれば喉元過ぎれば熱さを忘れるのごとく馬鹿馬鹿しい権力争いを始める事だろう。
権力基盤の安定化、オーランド王国の国内情勢の正常化、未だ難しい舵取りは続く。
「王都での対応、これからもよろしく頼むぞ、ネルソン」
「ハッ、兄上もお身体にはお気を付けて。酔い止め薬には個数制限がありますからな?」
「「ハッハッハッハッ」」
笑い合う二人、そんな人々の営みをよそに王都の空では今日もビッググローが大きな翼を広げ、餌場の草原へと飛び去って行くのでした。
―――――――――
「で、ケビン君、またかね?」
周囲を暗闇に包まれた影空間のワイルドウッド男爵屋敷別邸。その玄関前で整列し、礼の姿勢を取る使用人たち。
「えっと、こちらは以前マルセル村に行商に来たことがある元行商人のベルガさんで、お隣が娘さんのルインさんですね。
縁あって俺の所で雇うことにしました。
二人にはマルセル村で土産物屋“ポンポコ山のお店屋さん”を営んでいただこうと。
マルセル村にはお買い物が出来る施設が少ないですからね、観光客相手ばかりでなく村人も利用できる商品を取り揃えて行きたいと思っています。
建設場所は村に戻り次第ご相談という事で」
「ホーンラビット伯爵閣下、このほどワイルドウッド男爵閣下にお仕えする事となりましたベルガと申します。
こちらは義娘のルイン、親子ともどもよろしくお願いいたします」
そう言い慇懃に礼をするベルガ親子。
「あぁ、うん。ケビン君が面倒を見るというのならこちらとしては異論はないかな。ようこそマルセル村へ、ドレイク・ホーンラビット伯爵として、お二人の移住を歓迎しましょう。
それとルインさんのその頭部の耳はケビン君の趣味かな?ルインさんもちゃんと嫌な事があったら断った方がいいからね?
ケビン君は言葉にして伝えないととことん暴走するから」
「失敬な。ルインさんのケモ耳様は天然ものです、俺の趣味だなどと烏滸がましい。
ルインさんはいつぞやのホーンラビット族様と同じ獣人族の血を引かれているんですよ、しかも恐らくはラクーン種。
ラクーン様の降臨です。
土産物屋“ポンポコ山のお店屋さん”、看板娘のケモ耳女性、成功は確約されたも同然ですな!!」
そう言い腰に手を当て高笑いをするケビン。
そんなケビンの姿に、“ベルガさん親子、ケビン君に目を付けられちゃったんだね、かわいそうに”と同情の視線を送るホーンラビット伯爵なのでありました。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora