“一つお聞きしてもよろしいでしょうか?”
それは聖職者がよく羽織るローブを着込んだ者であった。
“私は教会に勤めております神官でございます。私はとある呪物、“憎愛のペンダント”と呼ばれる魅了の魔道具を浄化、もしくは破壊する為に遣わされた者でございます。
あなた様は先程魅了のペンダントに囚われていたと仰いましたが、それはどういった物であったのでしょうか?”
「あぁ、あれね、一応拾っては来たんだけど、君の言うペンダントと形状が同じかどうかは知らないよ?」
そう言うや漆黒のコートのポケットから何かを取り出すナニカ。
それは真っ二つに切られ輝きを失ったペンダント。
“ありがとうございます。そうですか、私は浄化に失敗してしまっていたのですね。
ですが後の憂いは晴れました。導きに従い女神様の御許に向かいたいと思います”
「そう、僕は君の選択を尊重するよ。君の来世が素晴らしいものであらん事を」
天上から注ぐ明り、それは死者を導く迎えの光。
聖職者はその柔らかな光に包まれ、笑顔を浮かべながら消えて行く。
“ありがとう、心優しき者よ”
その最後はとても穏やかなものであった。
“ルージュ、ロレイン、私達も行こう。
見知らぬ御方よ、盗賊に襲われ殺された私たち家族を、使用人の者たちを解放してくれてありがとう。
自分達が死後もこの屋敷に囚われていた事は何となくではあるが憶えている。その事に対する恨みがないではないが、それよりも家族がいつまでも苦しむ事の方が辛かった”
「そう、あなた方がこの屋敷の。この屋敷は大切に使わせてもらうよ、よき来世を」
己の死を受け入れ、次々と来世へと旅立っていく囚われし魂たち。
だが全ての者が自らの死を受け入れられるわけではない。
強い欲望と執着を抱える者たちは、周囲の状況を見ながらもその事を鼻で笑い、別の道を進もうとしていた。
それは世に仇なす怨霊としての道、レイスと呼ばれるアンデッドモンスターの誕生。
「まぁ選択は人それぞれだしね、折角の門出、存分に飲んで行ってよ」
ナニカがそう言った瞬間、目の前に現れたテーブルとその上に用意されたグラス。グラスには薄緑色をした液体が満たされ、強い酒精を感じさせる芳醇な香りが部屋中に立ち昇る。
「これは天上人から頂いた特別なお酒だね。俗世に生きる生者には決して飲ませる事は出来ないけど、君たちだったら問題ないでしょう」
ナニカの言葉に躊躇する者たち。
だがその内の一人がスッと手を伸ばし、男は度胸とばかりに口を付ける。
“ウマ、なんじゃこりゃ!?この酒と比べたら今まで飲んできた酒って何なんだよ、ただの泥水じゃねえか”
「でしょう?この世の者にとっては旨過ぎるんだよ、天上のお酒って。
お酒に溺れて何事にも手が付けられなくなる、それ程の逸品。
生者には決して出せないでしょう?
まぁ好きなだけ飲んで行きなよ、時間はたっぷりあるんだからさ」
ナニカの言葉を皮切りに次々と伸ばされる手、ナニカは酒瓶をテーブルに並べると、飲み干された空のグラスに注いでいく。
“私はなぜあのような事を、私のような者は生まれて来なければよかったんだ”
その場に崩れ落ち涙ながらに己の罪を告白する人々。その身は震え、後悔の念に苛まれる。
「罪は罪、たとえそれが生きる為の手段だったとしても、その罪と向き合う事が魂の成長に繋がる。
女神様は寛大だよ。欲を捨て、己を捨て、女神様におすがりすればいいんじゃないかな?」
降り注ぐ明り、己の罪と向き合った人々は、女神様に祈りを捧げながら光に包まれ旅立っていく。
「で、残ったのは君たち三名と。君たちはうちで働くって事でいいのかな?」
“はい。まずは旦那様ご一家をお救いいただきありがとうございます。
あの夜、私は何も出来なかった。旦那様の叫びも、奥様の悲鳴も、お嬢様方の助けを呼ぶ声にもお応えする事が出来なかった。
情けない事に最初の犠牲者が私なのですよ。
私の後悔は旦那様方を御救い出来なかったという事、ですがその思いは今晴らしていただけた。このご恩に報いずして女神様の下に向かう事など、私には出来ませんので”
執事服を着た壮年の男性は、そう言葉を述べると慇懃に礼をする。
“俺はよ、未だにピンと来ねえんだわ。まぁ俺は庭の手入れさえさせてくれれば満足なんだけどよ。なんか屋敷の庭が知らねえうちに随分とひでぇ事になってるみてえじゃねえか。
これを放置して女神様の下へ行けって言われてもな?”
白シャツにサスペンダーを付けた男が、ぶっきらぼうにそう答える。
“皆さんが無事に旅立たれて本当によかった。これでいつ取り壊されても悔いはない。本当によかった”
最初に纏っていた不気味な雰囲気の消えたメイドは、心の重荷が取れた様な柔らかな笑みを浮かべ、そう呟く。
「大切に扱われた物には思いが宿る。一代や二代じゃない、親から子へ、子から孫へ。紡がれた思いは、姿を作り、形となって現れる。
それが憎悪や憎愛、殺意であれば呪われた呪物となっただろう。
“憎愛のネックレス”然り、リビングソード然り。
だがそれが人々の幸せの記憶であったのなら。
この家が呪われた屋敷として恐れられ、多くの者たちに恐怖を与えて来たのは、この家に眠る囚われの主人たちを守るため、そしてこの家に訪れた人々を守るため。
家精霊とでも呼べばいいのかな?よく頑張ったね。
この家は大切に使わせてもらうと約束しよう、だが今のままでは老朽化が問題か。
先ずは契約をしよう、君には僕のところの従業員になって貰わないとね。
名前はそうだな、“伊織”にしよう。
伊織、僕との契約を受け入れるかい?」
全てを知り、全てを受け入れてくれるナニカ。その大きさに包まれて、幸福感に満たされる“伊織”。それは嘗てこの家に暮らす人々を見守っていた時に感じていた気持ち。
“はい、よろしくお願いします、ご主人様”
それは決意、この存在に仕えるという誓い。
「<長期雇用契約:伊織>」
結ばれる思い、王都の廃墟同然の屋敷は、新たな主人を得た事で新しく生まれ変わる。
「それじゃそっちの二人は一旦避難していてね。<ホーム>」
その光はナニカの左手に嵌められた指輪からのもの。二体の死霊は、光と共に指輪の中に消えて行く。
「それでここからはちょっとした実験。<業務連絡:残月>“ちょっとこっちに来てくれる?”」
“ニュイン”
真っ黒に染まった床から現れたのは一人の女性執事。
「残月、先ずはこの建物に<クリーン>の魔法を掛けてくれる?外観はそのままで内側は地下室を含めた全体に」
「畏まりました。<クリーン>」
それは眩いばかりの光の洪水、瞬時にして淀んでいた空気が、薄汚れていた家具や壁が、まるで聖域のように輝き始める。
「ウッ、これはやり過ぎかな?まぁいいや、きっと大丈夫だよね。
それでここからが実験になるんだけど、さっきこの建物を依り代とした存在、家精霊の様なモノと契約をしてね。仮にこの家自体がすでに一体の魔物として存在しているとするんなら、<ヒール>で家の修復が可能かなって思って。
残月、試して貰っていい?」
「そうですね。何とも言えませんが、やってみる価値はあるかと。
では全体の欠損部位を含めて癒す意味を込めまして、<エクストラヒール>」
“ブワ~”
広がる光、建物全体が光り輝き、まるで時が戻ったかのように建物が新築の状態へと変化する。
「・・・あ~、うん。結果オーライってことで。残月、どうもありがとう」
ナニカの言葉に、一礼と共にナニカから伸びる影の中に沈んで行く女性執事。
周囲を覆っていた濃厚な闇属性魔力は、屋敷からは綺麗さっぱり消えている。
「黒鴉先生、結界内の闇属性魔力と光属性魔力の残渣を吸い取ってくれる?どうもありがとう」
それはいつの間にやらナニカの手に握られた深緑色の鞘に収まった直刀。
周囲に漂っていた清浄な気配は霧散し、どこにでもある様な商家屋敷の雰囲気が戻って来る。
伊織は目の前で起きた目まぐるしい変化にただ茫然とし、ナニカから掛けられる言葉をじっと待つ。
「<オープン>、二人ともお待たせ。どう?すっかり綺麗になったでしょう?
取り敢えず三人にやって欲しい仕事は庭の手入れかな?すっかり草だらけになっちゃったからね。
後は屋敷の管理だね。基本的に誰も来ないとは思うけど、人が来たら主人はいないって言っておいて。
それと」
“パサッ”
はだけられたフード、そこにはニカッと笑う青年の顔。
「俺の名はケビン・ワイルドウッド男爵。これから君たちの主人となる者だ。どうぞよろしく」
青年はそう告げると、後はよろしくと言って深夜の街並みへと一人去って行くのだった。
―――――――
「まぁそんな感じで王都の方は何とかなるかな。もっとうまい方法がないか少し検討してるんだけど、要実験といったところなんだよね。
あとはそうだな、あぁ、使用人の従業員が増えました。
前に行商で村を訪れたベルガさんとその娘さんのルインさんだね。領都グルセリアの貧民街で何とか生活しながらも、俺との約束を守って何とも<仮性心>を擽る品々を集めてくださったお方々でございます。
二人にはマルセル村でお土産物屋さんをやって貰おうと思ってね。マルセル村って商店とかって無いじゃない?いずれは生活雑貨も扱うお店にしようと思ってるんだよ。
出資はワイルドウッド男爵家、うちの直営店だね。
ベルガさんには店長さんを、ルインさんには看板娘になって貰おうと思っています。
お店の名前は“ポンポコ山のお店屋さん”。
ラクーン耳の獣人ルインさんが看板娘だったら絶対流行ると思うんだよね。
目玉商品はケモ耳カチューシャと尻尾のセット。他にもレッサーラクーンとグラスウルフのぬいぐるみを取りそろえる事になっています。
あとはマルセル村の小物類や特産品を並べて行けばってどうかなさいましたか?
なんか妙な圧力を感じるんですけど?」
俺がマルセル村に出店予定の土産物屋の話をしていると、何故か目の前のアナさんから強烈なプレッシャーがですね。
「ふ~ん。ケビン君は授けの儀の護衛に行って女の子を拾って帰って来たと、家に連れ込んでその子の為にお店まで開くと、そう言う事なのかな?」
「ん?何でそうなるのかな?
まぁお土産物屋さんを作ろうと思った切っ掛けではあるからそう言う事なのかな?
だってラクーン耳の獣人さんですよ?丸いお耳がピョコンと飛び出してるんですよ?
これだって思いましたもん。マルセル村の観光大使、マルセル村にこれ以上ない人材じゃないですか!
でも尻尾はないんですよ、ホーンラビット族のゼノビアさんもそうですけど獣人の皆さんって尻尾が無いんですよ!!
俺がポンポコラクーンをやってたとき、月影が「尻尾が無い」って嘆いてましたが、ケモ耳と尻尾はセットなんですよ!
そこで
店主さんが超乗り気、快く快諾してくださいまして、半年後をめどに商品の受け渡しをって聞いてます?
ケモ耳と尻尾はですね・・・」
俺の力説に何故かドン引きになるアナさん。やはり早過ぎる文化は中々理解してもらえなかったみたいです。
でもアナさん、ウルフ耳とウルフ尻尾にはすごく食い付いてたんだよな~。アナさんはウルフ推しの様でございました。
タヌキだってイヌ科なんだからな。
今は月影の所で使用人教育に励むルインさん、お土産物屋さんがオープンした際には、その耳と腰の尻尾(標準装備)で多くの観光客を魅了しまくってください。
魅了のネックレスはぶった切るもケモ耳尻尾には魅了されまくる、青年ケビン十四歳なのでありました。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora