時は少々遡る。
グロリア辺境伯領領都グルセリアで授けの儀を終え、ホーンラビット伯爵たちと別れマルセル村への帰村の途に就いたジェイク、エミリー、トーマスの三人は、馬に跨り順調に街道を進んでいた。
春先のこの時期は魔物が活発化し始める季節でもあり危険ではあるものの、馬での移動である事や授けの儀を終え堂々と魔法を使えるようになった事で、街道の移動は彼らにとっては然して危険な道中ではなくなっていたのである。
「トーマスお父さん、前方街道沿いに幌馬車が一台。状況が変です、盗賊に襲われている可能性があります」
だが春先になって活発化するものは何も魔物ばかりではない。暖かくなり物流が動き出せば街道を行き交う商人も増え、それに伴いそうした者たちを狙う悪意も首をもたげる。
「ジェイク君、魔力反応は五つ。その内の四つに動きあり」
「チッ、剣は抜いておけ、形だけでも脅しになる。状況は分からんが取り敢えず捕まえる、抵抗するようなら切り捨てろ、へたな情けは掛けるなよ!」
「「了解!」」
トーマスの指示に戦闘モードに入るジェイクとエミリー。
悪意の芽は下手に情けを掛けると禍根が残る。マルセル村の若者たちはその事をよくよく学んで来た。剣を抜き戦うと決めた以上、余計な事は考えない。彼らは既に一角の戦士であった。
「チッ、しけてやがるな。お前ら、場所を変えるぞ。その辺に砂を掛けて「お頭、誰か来ます。騎馬が三騎、騎士の様です。既に抜剣しています」んだと!?くそっ、手前らずらかるぞ、相手が悪い。獲物は棄てておけ、命あってのものだねだ!!」
盗賊は嗅覚が命、彼我の戦力差を理解出来ない奴は直ぐに死んで行く。
配下を率い生き残り続けて来た者ほど、狡猾であり慎重でもある。
盗賊たちは急ぎその場を離れると、後ろを振り返る事もせず、一心不乱に走り去って行くのであった。
「フゥ~、逃げて行ったか。そこそこ知恵の回る盗賊だったようだな」
トーマスは馬上から安堵の声を漏らす。例え格下の盗賊相手であろうと戦闘とは何が起こるのか分からないもの、避けられるものなら避けた方が良い事には変わらないのだ。
「トーマスお父さん、誰かいます」
それはジェイクの呼び掛け。馬を降りトーマスが向かった先、そこにいたのは土汚れが付き薄汚れた一人の少女。少女は何かに怯えるかのようにガタガタ震え、幌馬車の荷台の隅に固まっていた。
「やぁお嬢ちゃん、ちょっといいかな?」
「ヒーーーッ、ごめんなさいごめんなさい、暴れたりしませんから殺さないで~!!」
トーマスの言葉に頭を隠し、唯々怯える少女。
「あ~、うん、俺たちは盗賊じゃない。ホーンラビット伯爵家旗下の騎士団の者だ。この馬車を襲っていた盗賊たちは我々の接近に気付き一目散に逃げだしてしまったよ。
それでこの幌馬車には君以外に大人の人はいないのかな?」
トーマスの言葉に恐る恐る顔を上げ、周囲を見回す少女。
「えっ、あの、旦那様と御者のおじさんが。私、街道沿いの村で旦那様に拾っていただいて、これから旦那様のお店で奉公する事になっていて・・・」
「トーマスお父さん、ちょっと来て!」
少女の言葉が終わるや否やジェイクから掛けられた声。トーマスが急ぎジェイクの下に向かうと、そこは街道脇の林の中。
「二人とも腹部を一刺し、まだ温かかったんで、ダメもとでエミリーに<ヒール>を掛けてもらったんですが・・・」
「そうか、こればかりは仕方がない。何か身分を証明する様な物はあったか?」
「はい、これは商業ギルドのギルドカードでしょうか?隣の男性は特にこれといったものは」
「そうだな、通常であればこのギルドカードを街の衛兵に提出すればいいんだが、ジェイク、お前は収納のスキルがあっただろう。二人の遺体を収納してやってくれないか?せめて街には連れて行ってやりたい。
遺族がいれば引き渡してやれるんだがな」
そう言いやるせない顔になるトーマスに、同じく表情を曇らせるジェイク。自分たちがどうする事も出来なかったであろうことは分かっている、だがもしもと考えてしまうのが人というもの。
失われた命、トーマスとジェイクは二人の男性の冥福を祈り、残った問題の対処にあたるのであった。
「それじゃお前たちは幌馬車の後に付いて来てくれるか?トーマスお父さんは前方の警戒をお願いします」
「おう、こっちは任せろ。エミリーお嬢様とジェイクは幌馬車の方を頼むぞ」
““ブルルルルル””
“ガチャガチャガチャガチャ”
幌馬車は進む、土の街道をガタゴト音を立てて。
盗賊たちに襲われた馬車はマルセル村に向かう街道上の街エルセルの衛兵詰め所に預ける事とし、商人が襲われていた事を報告する事で話が決まった。
問題は生き残りの少女の処遇である。彼女は所謂口減らし、両親が亡くなり村では持て余し気味になっていたところを行商に立ち寄った商人に拾われたとか。服の汚れは商人が彼女を逃がそうとした時のもの、結局は盗賊に捕まり、後は慰み者になるか奴隷商にでも売られるか。
「あ、あの、私を騎士様の所で雇ってはもらえないでしょうか?下働きでもなんでもいたしますので!」
そう言い頭を下げる少女に苦笑いを浮かべるジェイクとエミリー。
“こんな時ケビンお兄ちゃんだったらなんて言うんだろうな”、そんな思いが心をよぎる。
「うん、ごめんね。マルセル村は辺境の寒村でね、やたらに人を迎え入れる事が出来ないんだよ。
俺たちは一応騎士って事になってるけど、ウチの村では村の自警団が皆騎士って扱いになってるんだ。なんか村長さんが急に貴族籍を給わってね、それで急遽って感じかな。だから基本農民なんだよ、君と一緒だね。
お給料も出る事は出るんだけど、村の中でしか使えない木札支払いかな?
兎に角辺境には現金が無いから。それにお店も無いし、買い物をするにも行商人様が来てくださるのを待つしかないしね。
だから今回みたいな痛ましい出来事は放置も出来なくてね。
君の事はエルセルの衛兵様によく頼んでおいてあげるから、おそらくは教会の孤児院に行く事になるとは思うけど、悪い扱いは受けないって聞いているよ?」
御者台に乗り手綱を引くジェイクは申し訳なさそうな表情でありながらも、少女からの申し出をきっぱりと拒絶する。
尚も懇願するように頼む少女、だがジェイクの心は変わることなく、幌馬車はエルセルの街へと到着するのだった。
「そうですか、それはわざわざありがとうございます。商人の遺体は衛兵詰め所の時間停止機能付きマジックバッグで保管させてもらいます。
発見場所から考えてエルセルもしくはミルガル近郊の行商人であったのでしょう。積み込まれている荷物も生活雑貨が中心、暖かくなって来た事もあり各農村を回る予定だったのかと。
商業ギルドの方はこちらから問い合わせてみます」
「御足労をお掛けします。我がホーンラビット伯爵領では行商人たちの存在が命綱でありましたから。彼らの命懸けの献身のお陰で生活が維持されていたと言っても過言ではない。
被害に遭われた英霊に感謝を。どうかよろしくお願いします」
衛兵詰め所ではトーマスが幌馬車と商人たちの遺体の引き渡しを行い、遺族の発見と後の対処を依頼していた。
「さっき衛兵様に話を聞いて来たんだけど、やっぱり君の扱いはこの街の教会にある孤児院に行く事に決まったよ。
どこかに奉公に入るにしても、身元引受人が必要だからね」
「騎士様、あの、本当に駄目なんでしょうか?私、私・・・」
少女は目に涙を溜め、ジェイクに懇願する。ジェイクはそんな少女に優しく微笑み、収納の腕輪から水筒を取り出し彼女に手渡す。
「あの、これは・・・」
「これはね、心が落ち着くマルセル村特産のお茶だよ。
先ずは一口飲んでみて?」
勧められるがまま一口口にする少女。
「おいしい」
口腔に広がる若葉の香り、スッキリとした味わいが先ほどまでの焦りの気持ちを落ち着けてくれる。
“ゴクッゴクッゴクッ”
それ程のどが渇いていたという訳ではないのに、あまりのおいしさに飲み込む手が止まらない。
「ハハハ、焦る事はないよ、その水筒は君にあげるから。
それじゃ俺たちは行くね。君も頑張って」
そう言い騎乗しその場を去って行くホーンラビット伯爵家の騎士たち。
その場に残された少女は手に持つ水筒をギュッと抱き締めながら、溢れる涙もそのままに、立ち去って行く彼らの後ろ姿をいつまでも見詰め続けるのでした。
―――――――――
「ジェイク、よかったのか?俺はてっきりお前があの子をマルセル村に連れて行って欲しいとか言い始めるかと思ってたんだがな」
走る馬を操り、並走する息子ジェイクに語り掛けるトーマス。
そんな父親からの問い掛けに、ハハハと乾いた笑いを浮かべるジェイク。
「いや、流石に俺も今更そんなことはしないよ?「面倒を見るのなら相手の人生に責任を持て」、ケビンお兄ちゃんが常々言っていた言葉だけど、これから王都に行く事が決まっている俺があの子の人生を抱え込める訳ないじゃん。
それにそんな重い責任をトーマスお父さんやメアリーお母さんに押し付けろとでも?ボビー師匠にフィリーとディアの事を丸投げしたケビンお兄ちゃんじゃないんだし、そんな事しないよ?」
返って来たのは息子からの意外な言葉。かつて襲って来た盗賊の命乞いに心乱していた息子はもういない、トーマスは子供の成長とは早いものだとジェイクの確りとした考えに頼もしさを感じる。
「それに、彼女、盗賊の一味だしね。そんな危ない子をマルセル村に連れ帰る訳にもね。
そんな事をした日にはケビンお兄ちゃんになんて言われるか。魔力枯渇空間での正座は確実なんじゃないかな?」
そう言いブルブルッと身を震わせるジェイクに、驚いたグラスウルフの様な顔になるトーマス。
「はぁ?いや、えっ?あの子って盗賊の一味だったのか?ジェイク、お前、いつそんな事に気が付いたんだ?」
驚き声を上げるトーマスに、ジェイクはなんてことも無い様に言葉を返す。
「えっと、商人の馬車が襲われてたあの場所、おかしいとは思わなかった?周囲が林に囲まれてるとは言え、強引に突き抜ける事も出来なくはない。
落とし穴の様な物で足止めされたり何か障害になりそうなものが転がっているって事も無かった。それに亡くなった商人もおそらく御者だろう男性も剣の一刺しで亡くなっている。幌馬車も遺体も矢傷のようなものは見られない。
それじゃどうして商人は馬車を止めたのか、街道上に少女が倒れていたら?生活雑貨を各村に売りに歩くような行商人なら心根が善人である事は間違いない、盗賊に付け込まれたとしたらそこだったんじゃないのかな。
これってオークの森でブー太郎が縛られてた手口と一緒、トーマスお父さんも行きの行程で見たじゃん、ブー太郎の知り合いのオークが縛られてキャタピラーみたいになっていた姿を」
トーマスは言われて思い出す、そう言えばそんな事があったなと。あのオーク、ブー太郎と一緒にどこかに消えたけど、その後どうなったんだろう?
いけない、これ以上を考えては。これはケビン案件、ケビンだから仕方がない。
「それにあの子の態度、見た目は怯え切っているのに、視線が冷静に俺たちの事を観察してたしね。慌ててたのは最初だけ、こちらが心配そうに手を尽くしていると知るや途端冷静になるって、演技だってのがバレバレ。
あの子、こうした事を何度もやって来たんだと思うよ。ケビンお兄ちゃんの言葉だともう落ちちゃってたんじゃないのかな?
だから別れ際に特別製の“聖茶”をね。どんな盗賊も一発改心、今頃衛兵詰め所でこれまでの罪を洗いざらい白状してるんじゃないかな?
“聖者の行進”、あの時の盗賊たちって各地で困ってる人たちのために働いてるんだっけ?本当にケビンお兄ちゃんってとんでもないものを作ったよね」
そう言いハハハと笑うジェイクに、盗賊たちが一礼をして去って行く光景を思い出し乾いた笑いを浮かべるトーマス。
「ドレイクお義父さん、今頃王都かな?ケビンお兄ちゃんだったら別れた日の内に王都に着いちゃうよね」
「いや、今回はグロリア辺境伯様と一緒だからそれに合わせるんじゃないかな?前にも“便利使いされたくない”って言ってたくらいだし、バラすとしても小出しにすると思うよ?ケビンお兄ちゃんだし」
エミリーの言葉に青空に浮かぶ雲を眺め言葉を返すジェイク。
“王都でもケビンお兄ちゃんはケビンお兄ちゃんしてるんだろうな~。ドレイク村長、胃薬足りるかな”
同じ空の下、王都へと向かう村の代表ホーンラビット伯爵と村の理不尽ケビンお兄ちゃんの事を思い、心の中で手を合わせるジェイクなのでありました。
本日一話目です。