マルセル村の作物の成長は早い。普通であれば収穫まで三月は掛かりそうな果菜類も一月半から二月ほどで収穫出来る。これが一月ほどで収穫出来る葉物野菜であれば、三週間もあれば収穫可能となる程である。
これも全てビッグワーム農法による恩恵と考えれば、ビッグワーム肥料のすさまじさが窺い知れるというもの。
だが何事にも利点と欠点があり、作物の成長が良ければその分雑草の成長も早く、村人たちは毎日早朝からの畑の手入れに追われる事となるのである。
「ラビちゃんたち~、ごはんですよ~。一杯食べて元気に育ってくださいね~」
ホーンラビット牧場では冬眠明けの角落としを終えたホーンラビット達が元気に草を食み、白シャツにオーバーオールを着込んだ飼育担当のパトリシアお嬢様が餌遣りに精を出す。
辺境の農村ならではの牧歌的風景に、周囲の人々も自然顔をほころばせる。
って朝から何やってるのさパトリシアお嬢様は、動きが完全に酪農家のそれじゃないですか。
王都から戻って漸く普段の日常を取り戻した俺氏、今は農繁期という事もありキャタピラーになる事も許されず、畑の手入れやらコッコ飼育場の世話やらと忙しく動いていたんですけどね。
何かいつの間にか三英雄のお一人でもあるパトリシアお嬢様がカントリー娘の一員にですね~。
何でもパトリシアお嬢様宛のお見合い話が相変わらず続いている様なんですね、これが。
まぁアイリス嬢はダイソン公国の人間なんで論外、ロナウド君はテレンザ侯爵家の御三男様であらせられる為、それなりにお話が舞い込んでいるんだろうけど、それは今更な事。
現在伯爵位となられたホーンラビット伯爵家の長女パトリシアお嬢様は嘗て社交界に大きな汚点を残された御方、今回そんな噂を吹き飛ばすような功績を立てられたとはいえ、もしかすればワンチャンと考えてしまうのが男尊女卑の貴族社会。
上は侯爵家から下は男爵家に至るまで様々なお家からの
まぁそれだけであれば“ドレイクお義父様に丸投げだ~!!”で済むお話だったんですけど、お貴族様方の行動力と言ったらもうね。
「おぉ~、これが話に聞くホーンラビット牧場というものか。今回はこうした農業技術の視察も兼ねていると言われていたな。
そこの娘、少々尋ねたい。これだけ大量のホーンラビットが大人しく飼育されているのにはどういったカラクリがあるのかな?」
ホーンラビット伯爵家の内情視察も兼ねて直接足を運ばれるお見合い候補者様方がですね。
「あっ、おはようございます。ホーンラビット牧場へようこそ。
ご質問についてですが、こちらのホーンラビットの額をご覧ください」
パトリシアお嬢様が完全に切れちゃいまして、「私は三英雄でもなんでもない、ホーンラビット牧場の飼育担当のパトリシアです!!」って宣言してグルゴさんの所に転がり込んじゃったって訳です。
まぁグルゴさんの所も双子の男の子が一歳児ですから、まだまだ手が掛かって仕方がないところに人手が来たわけで、それなりに助かってはいるみたいですけどね。
でもそうなると手狭と言いますか、お嬢様にはお付きのメイド様もおられますし?
ですんで急遽厩に作られた管理部屋を拡充、宿泊可能な従業員施設に改装したのでございます。
「ほう、ホーンラビットにその様な性質が。ところで娘、ちと聞きたいのだが、こちらホーンラビット伯爵家のパトリシア嬢とはどういった御方であるのかな?
元々はジョルジュ伯爵家の出であり、御母君のデイマリア様がグロリア辺境伯家から嫁がれた際に共にお越しになったとか。
社交界では様々な噂が飛び交いどれが真実であるのか釈然とせん。領民の目から見た声というものが知りたいのだ」
「はい、そうですね。私達村の者にも気さくに声を掛けて下さる朗らかな御方です。
はじめて村を訪れたのは婚約破棄騒動から直ぐの事でしたか、あの時は酷く弱々し気な印象を受けましたが、今ではすっかり逞しくなられて。
村の者は皆お嬢様の事が大好きなんですよ」
そう言いにこやかに笑う
「うむ、そうであるか。作業の手を止めてしまいすまなかった、参考になった」
「いえ、ホーンラビット料理は村の食堂でもお召し上がりになれますので、是非味わって行ってください」
爽やかに去って行くお貴族様に手を振り別れを告げるお嬢様。
「お嬢様、今の男性なんかは中々悪くなかったんじゃないんですか?理知的だしこちらが村人って事で横柄な態度を取る事もない。
これまでのお相手の中ではかなり優良な方かと」
「まぁそうでしょうね、ですがあれ程の方が今までお相手がいらっしゃらないと考える方が無理があるとは思いませんか?
おそらくは家の方針で泣きを見た女性がいらっしゃるのでは?パトリシア嬢の人となりを聞き込んでホッとしたというより、どうすればうまく断って貰えるのかって顔をなさっていましたよ?」
パトリシアお嬢様、なんか覚醒したというか、観察眼が鋭くなられたというか。因みに現在シルビアさんとイザベルさん、月影の三人が共同開発した変身の魔道具により見た目が地味子になっております。
要は自己呪いをペンダント型の魔道具で再現したって奴なんですけどね、パトリシアお嬢様から相談を受けた賢者シルビアが月影に声を掛けて作り上げたんだとか。
なんてタイムリー、俺の欲していた魔道具が今ここに。
後で俺も注文に行かなければ。
「それじゃケビン、参りましょうか」
パトリシアお嬢様の声にサッと集まるお付きのメイド様方。
その表情は皆真剣そのもの。
「今日こそ横綱を吹き飛ばして見せますわ!!」
それは女の意地、嘗て三英雄と呼ばれた女性は、貴重な首の輪コッコの卵を手に入れる為、生産者の威厳を取り戻す為、今日も家畜に戦いを挑むのでした。(ぶつかり稽古ともいう)
――――――――――
“ギコギコギコギコ”
“シュッ、シュッ、シュッ”
“トントントントン、カンカンカンカン”
村外れの畑脇に建つ一件の平屋、ケビンの実験農場と呼ばれるそこでは、何やら大工作業でもしているかのような音が鳴り響く。
「よし、出来た~。やっぱり二度目ともなると作業効率がいいよね、かなりの時間短縮。しかも改善点が分かってるから前の物よりも出来がいいんじゃない?」
小屋の中の作業部屋では、実験農場の主が満足気に完成した作品を眺める。
“ガラガラガラ”
「ケビン君、少し休憩なさいませんかって何を作っていたんですか?」
引き戸を開け顔を出したアナスタシアは、部屋の中に佇むソレに目をやり、“この人は一体何をするつもりなんだろう”と不安げな表情を浮かべる。
「あぁ、アナさん、うるさくしてごめんね。コレについてはお茶でも飲みながら説明するよ」
声を掛けられたケビンは出来上がったばかりのソレをポンポンと叩きながら、笑顔を向ける。いつか見た事のある、その自立する扉に向かって。
“ジョロジョロジョロジョロ”
薬缶から注がれた熱々の癒し草の煮出し茶。湯呑の中のそれにフ~フ~と息を吹き掛け、ズズズと音を立てて啜りお茶を味わう。
“ハァ~”
自然口から洩れるため息。肩の力が抜け何とも心地よい。
どうも、今しがた一仕事を終え、ようやく人心地つく事の出来た男、ケビン・ワイルドウッドです。
いや~、やっぱり心配事を抱えたままって言うのもね~、なんか落ち着かない?尻の座りが悪い?
そんな状態だと俺の望む牧歌的村の生活が送れないってなもんで、早速とばかりに対策に乗り出したって訳でございます。
“ズズズズズズッ”
“コトッ”
アナさんが差し出してきた小皿には、緑色をしたお餅のような何か。
「癒し草をすり鉢で潰した物を小麦粉に練り込んで焼いてみました。
モチモチした食感と、若葉の香りが楽しいお茶請けになったかと」
俺は小皿のお餅に添えられた楊枝を刺して口元へ。
なんか草餅っぽいお味?表面が焦げてるのがアクセントって感じのおやき風お茶請けですね。
“ズズズズズズッ”
“コトッ”
俺は湯呑を板の間に置くと、こちらに無言の圧を掛けるアナさんに現状をお話しするのでした。
「現在懸案事項とされることは二つ、王都の中央学園で講師を行うにあたりその見た目をどうするのかといった問題と、マルセル村から王都に通う為の移動手段ですね。
可能か不可能かで言えばどちらも既に対応策はあるんですけどね。
見た目に関してはポンポコラクーン氏と同様自己呪いで対応可能だし、移動手段は黒鴉と合体して飛んで行くだけ。通勤時間もおよそ三十分と、比較的近場の職場に通うのと変わらない。
まぁそれだとちょっと問題になるんで誤魔化し用の屋敷も購入済み、既に解決した様な物なんですけどね。
でもこれ、いくつか欠点がありまして。先ず自己呪い、これって呪い解除で簡単にバレちゃうんですよ。それほど難しい術式じゃないんで、改変も容易なぶん解除も容易、痛し痒しといったものなんですね~。
次に精霊化による通勤、正直面倒。もう少し改善出来ないのかってのが素直な感想。
で、先ず見た目変更の為の自己呪いですが、これってなにも闇属性魔法じゃなくても行けなくね?って事に気が付きまして。
だっているじゃないですか、幻影魔法で肉体を再現なさってる御方様方が。幻影魔法って光属性系魔法なんですよね。
って事は呪い解除系のあれこれを受けても全く影響を受けない?
お勤め先は高貴なる方々が通われる王都中央学園、呪い対策なんかが施されてたら目も当てられませんからね。教会にも誓約って言う呪いみたいなものがありますし、光属性系魔法でもやれない事はないって事ですね。
最初は領都でベルガさんが手に入れてくれた見た目がどんどん老けて行く魔道具を改良してって思ったんですけどね、何でも思い通りに行くって事はないって奴ですね。
この辺は後程賢者師弟とご相談、魔道具として作り上げる方向で。
次に移動手段、これは意外な所から解決策をいただきまして・・・」
俺はそう言うと収納の腕輪から最強装備のリュックを取り出し板の間に置く。
「このリュックの話は前にしましたっけ?ドラゴンの脱皮皮で作った目立たないリュックですね。ドラゴンが踏んづけても壊れない逸品、俺のお気に入り装備です。
で、これ、紬が中に<精霊の庭>を造っちゃいまして。俺の<自己領域>と一緒で別空間がくっ付いてるんですよ。正確には別空間の出入り口が設置されてるって事なのかな?その辺はマジックバッグとは違うみたいなんですが。
それで思ったんです、その出入り口って一カ所しか設定できないの?って。普通どんな家でも玄関以外の出入り口、勝手口のような物がある。窓だってやろうと思えば出入り可能です。
正式な玄関じゃなくてもそう言ったものが作れないのかってね。
そんな事を紬に聞いてみたら軽い調子で“出来るよ~”って教えてくれたんですよ」
“カタンッ”
それは一本の鍵。やや大きめのそれは、取っ手に美しい装飾がなされている。
「<精霊の鍵>って言うそうです。要はこの鍵を任意の場所に差す事で、鍵を作り出したものが管理する空間への出入り口を任意の場所に作る事が出来る」
俺はそう言うとおもむろに立ち上がり、作業部屋の引き戸の前に立つ。
“ズブッ、ガチャリ”
鍵穴も何もない引き戸に差し込まれた<精霊の鍵>、ガチャリと開錠音がして、何かの扉が開かれる。
“ガラガラガラ”
開け放たれた引き戸、その向こうに広がるのはそよ風吹き抜ける広大な草原。その先には一軒の小屋が建ち、穏やかな時間が流れている。
俺は目を見開いて驚くアナさんの下に戻ると、板の間のリュックに手を突っ込み、「<ホーム>」と唱える。
“ヒュンッ”
一瞬にして姿を消す俺、そして。
「まぁこんな感じにリュック経由でマルセル村との連絡も可能って訳です。ただこれ、一つ欠点がありまして、自分が入って来た入り口からしか出られないんですよ。
中で色々とやり取りする事は可能なんですけどね」
部屋から消えた俺が草原の小屋の前から話し掛けて来る。そんな想像すら出来ない光景に完全に言葉を失うアナさん。
「それでも管理者権限と言いますか、紬が一緒であれば設定された出口から出る事も可能なんですけどね。でもそれも面倒でしょう?
それで俺の<自己領域>でも似た様な事が出来ないのかって調べてみたんです。
そうしたら何か出来そうだったんですよ、あくまで紬や御神木様のスキルの劣化版なんでその為の準備が必要でしたけど」
俺はそう言い「<オープン>」と唱え小屋の板の間に姿を戻す。
小屋に戻った俺は作業部屋の引き戸を閉め、「<解除>」と唱える。すると引き戸は元のただの扉に戻り、<精霊の庭>への出入り口は完全に閉ざされるのでした。
「新しく作った扉は王都の屋敷に設置するものですね、隣の従業員宿舎においてある扉から<自己領域>を経由して王都に通う予定です。
自己領域は俺が管理者権限を持ってますんで、新たに作った扉からの出入りも可能なんですよ。
これで通勤問題は解決です、見た目の方は取り敢えずこんな感じですかね」
“ブワッ”
一瞬闇属性魔力がケビンの身体を覆う。そこに現れたのはいかにも研究者風の頼りなさげな男性。歳の頃は三十前半か、気弱そうな物腰でハハハと笑みを浮かべる。
「はじめまして、ビーン・ネイチャーマンと申します。ワイルドウッド男爵様にはいつもお世話になりっぱなしで、ハハハ。
来春から三年間、どうぞよろしくお願いします。
って感じかな?これを基本に光属性系の幻影魔法で姿を変える魔道具の作製をってどうなさいました?頭を抱えられて」
弱々しくも心配げに声を掛けるケビンの幻影“ビーン・ネイチャーマン”。
その姿に、“完全に役に入り込んでるじゃないですか、これって刺さる人には刺さる奴じゃないですか!!”と一人やきもきするアナスタシアなのでありました。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora