季節は巡る、すっかり暖かくなったマルセル村には、今年も多くの観光客(聖地巡礼)と観光客(武闘派)が訪れる様になって来た。
観光客(聖地巡礼)のお目当ては三英雄の一人でもあるパトリシアお嬢様のお住まいになられているホーンラビット伯爵家仮本邸と、完成間近な本邸建物。それとホーンラビット伯爵家騎士団の姿や騎馬の飼育されているホーンラビット牧場。
“今、三英雄が熱い”とばかりに多くの観光客が集まり、マルセル村は賑わいを見せています。
ただ現在マルセル村は農繁期、観光客のお世話をする人員もなく、ケビンお兄ちゃんの所のグラスウルフ隊の手を借りる事に。
このご案内事業、身体にホーンラビット伯爵家の紋章の刺繍された布を巻いた大きなグラスウルフが要望に応え各所を案内するなんて体験他所では決して出来ないと、観光客の皆さんに大変好評のようです。
小さなお子様が触っても決して吠えないグラスウルフ、“モフモフウルフの案内人”は銀貨一枚となっています。
観光客(武闘派)は白玉師匠と白雲さんがお相手をしています。
何でも手加減の練習には実戦が重要との事で、ケビンお兄ちゃんが村門脇に格闘広場を設置。
脇の看板には“鬼神ヘンリー、剣鬼ボビーに挑みし勇者よ。先に進みたくば我を倒すがいい!!挑戦者は銀貨三枚!!”と書かれており、門番詰め所で受付を済ませると誰でも挑む事が出来ます。
無論これには村人も挑戦を受ける側として参加可能で、ストレスの溜まった女衆がダイソン公国に向かった時の装備を身に付け、挑戦者たちを木刀で吹き飛ばしています。
でも中にはそんなことはお構いなしと強引に事を進めようとする馬鹿もいる訳で、そういう輩はボコって倒してからエルセルの街で社畜冒険者になってもらっています。
「<プチヒール>は<ヒール>の基礎的な魔力運用を学ぶのに大変優れた生活魔法です。威力が弱い分、治療が必要な個所に適切な処置を施さなければ治療効果が得られません。その事を意識して治療に当たって下さい」
「はい、残月師匠」
でもこの観光客(武闘派)が全く役に立たないかと言えばそういう事もなく、<聖女>の職を授かったエミリーの回復魔法訓練の良い練習台になってくれているんだよな~。
村に帰ってからエミリーが<聖女>の職を授かったって公表したんだけど、村人の皆が驚く驚く。
「えっ、<武術家>じゃないの?」とか、「エミリーちゃんは光属性魔法も使えるし、てっきり<僧侶>かと思ってたわ」とか、「<聖女>・・・<聖女>って何だろう?」とか。
どうやらエミリーが<聖女>に選ばれた事よりも、武術系職業じゃなかった事が意外だったみたいです。うん、気持ちは分かる。でも安心して、エミリーは“<聖女>(武)”だから、スキル構成が武人のそれだから、究極の殴りヒーラーだから。
殴りながら癒すっていうとんでも仕様、スキル経験値がうなぎのぼりって奴ですね。まぁ今は普通の回復魔法の習得のため、残月さんと訓練を積んでるんですけどね。
でもケビンお兄ちゃんの所の使用人さん達ってどうなってるの?
残月さん、<聖女>の使用する光属性魔法は全て使えるって、それって聖女様じゃん。何で聖女様が執事服を着て辺境の男爵様に仕えてるのさ、意味が分からない。
それと俺の方なんだけど・・・。
「ジェイクよ、今日も実戦形式の打ち合いじゃぞ?武技等の使用はなし、剣技のみじゃが全力で行くぞい!!」
「はい、ボビー師匠」
ボビー師匠がですね、「ふむ、<剣豪>のう、悪く無いわい。これで漸く本気の打ち合いが出来るの」とか言いながら獰猛な笑みを浮かべてですね~。
基本ボコボコにされるんですけど、<身体支配>と<堅牢堅固>がいい仕事をしてくれているのでなんとか無事に済んでおります。
まぁケガをしても少しくらいなら<自己回復>でどうとでもなるんですけどね。
でもボビー師匠、「ふむ、ジェイクよ、今度スライムモードの大福と戦ってみるかの?今のお主ならいい勝負になるやもしれんぞ」とか怖ろしい事を言うのは止めて?
大福スライムモードってボビー師匠とヘンリー師匠が全力全開且つ二人掛かりでボロ負けにされている奴じゃないですか、アルティメットモードじゃないですか。
マルセル村の高み、遥かなる深淵に達するには、まだまだ修行が必要な様です。(T T)
「ジェイクよ、お主今日は村門の門番業務があるんじゃないのかの?
訓練はここまでにして早よ行かんと、またギースに怒られるぞい」
そうだった、今日は当番の日だったんだ。
マルセル村の門番は午前と午後の二交代の当番制、騎士として登録している二十七名がそれぞれ時間を見て門番に立つ形です。
つまり月に二回は門番に立たないといけないって事ですね。門番詰め所の受付はケビンお兄ちゃんの所の使用人さんたちが交代で行ってくれています。最近なんか人数がまた増えたみたいで、ケビンお兄ちゃんは「接客業務の研修を兼ねて」とか言ってました。
「それじゃすみません、一度家に戻らせてもらいます。ボビー師匠、ありがとうございました」
門番は全身鎧にヘルム着用、口元を隠し人物の特定をしにくくしています。
順番的にヘンリー師匠やボビー師匠が門番に立つ時もありますし、門番の多くが村のお年寄りだってバレたら冒険者がバカやるのは目に見えてますからね。
俺はボビー師匠に深々と礼をすると、鎧装備に着替える為家路を急ぐのでした。
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吹き抜ける心地よい風、眩しい日差しと草原から漂う青葉の香りが、初夏の訪れを教えてくれる。
ここマルセル村に宿泊施設はない。紹介状を持つ貴族家の者であればホーンラビット伯爵家が用意した屋敷(ケビンお兄ちゃんが急遽レンドール不動産から購入してきました)に泊まる事も出来るが、一般の者はそうはいかない。
観光客(聖地巡礼)の多くはグロリア辺境伯家の直轄地である農業重要地区に指定されたゴルド村の宿泊施設(ケビンお兄ちゃんの提案で拡充されました)に宿を取るため、お昼前に来村し、陽が傾き始める頃には帰って行くのである。
これも街道整備のお陰で馬車での移動時間が短くなった事が関係しており、ゴルド村とは良い協力関係が築けているらしい。
だが立身出世や名声、強者を求めてやって来た観光客(武闘派)はそんな些細な事などお構いなし。彼らは常日頃草原での野営などを体験しているためか、村門前だろうが平気で寝泊まりをする。
マルセル村としては迷惑極まりない話ではあるのだが、やたらな所に野営されても困るという事で格闘広場の隣に野営地を設置、スライムトイレや排水設備を用意して環境整備を行う事になってしまった。
それはそれだけホーンラビット伯爵家とホーンラビット騎士団の名声が国中に知れ渡ったという証左でもあるのだが。
その者たちは何の前触れもなく、幌馬車に乗って現れた。
「すみません、こちらは大森林に一番近い村と呼ばれるマルセル村で間違いありませんでしょうか?」
声を掛けて来たのは物腰の柔らかそうな男性。
俺はその言い回しに引っ掛かりを覚えながらも頷きで答える。
「そうですか、それはよかった。あの、村長さんがいらっしゃいましたら面会の許可をいただきたいのですが。
少々大森林に用がありまして、しばらくの間この幌馬車を預かっていただきたいのですが」
「はぁ?」
男性の言葉に思わず素で応えるジェイク。大森林、そこは外界とは隔絶した魔物の巣窟。初夏を迎え活性化した大森林に挑むなど、自殺行為も甚だしい。
「すまない、今大森林に向かう様な事を言っていたと思うのだが、聞き間違いではないよな?
そうなると領主であるホーンラビット伯爵閣下のご許可が必要となる。万が一にも大森林の魔物を引き付けて村に帰ってこられでもしたら村の存亡にも関わるからな」
ジェイクの言葉に「えっ、伯爵様?この辺はグロリア辺境伯領じゃ」と何やら呟く男性。
「どちらにしろ内容が内容なだけにご裁可をいただく必要がある。貴殿の名前を教えていただきたい」
「あっ、はい。俺はユージーン、<賢者>の職を授かった者です」
「失礼します。私は賢者ユージーンと行動を共にしておりますマリアーヌと申します。女神様より<聖女>の職を授かっております。
私共は決して怪しい者ではないという事をご理解いただければと思います」
そう言い一礼をする聖女マリアーヌ。
「ユージーン、どうしたんだ?目的の村とやらには着いたんだろう?
早く拠点を決めて大森林に入る為の準備を行おう」
そう言い幌馬車から顔を出した者。陽光に光輝く麗しい銀糸、透き通るような白い肌、整った容姿、そしてなにより・・・
「その特徴的な大きな耳は、エルフ族?」
それは森の賢者と謳われる伝説の種族、エルフ族の姿であった。
「アリシア、騒ぎになるから顔を出しちゃ駄目って言ったじゃん。あっ、すみません。この事はご内密に」
「え~、いいじゃない、ここって辺境なんでしょう?だったらそこまで騒ぎになる事もないわよ。
田舎は閉鎖的でよそ者を嫌うっていうじゃない、他種族だったら尚更、ある意味安全なんじゃないかしら」
“この人、一体何を言ってるんだろう”
ジェイクはこめかみを揉みたい気持ちをグッと堪え、代表らしき男性ユージーンに言葉を向ける。
「それではホーンラビット伯爵閣下に連絡を入れますので、馬車を脇に移動させてお待ちください」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
ジェイクは村門脇の門番詰め所に移動すると本日の受付係の
「これをホーンラビット伯爵閣下の所へ。今日は村役場にいるはずだからザルバさんに渡してくれればいいから。
それとケビンお兄ちゃんに連絡を、エルフが現れたから対応をお願いしたいって伝えてくれれば大丈夫だと思うから」
“ガウッ”
グラスウルフはジェイクの顔をみると了解したと言わんばかりに一鳴きし、颯爽と村の中へと駆けて行くのでした。
「えっ、今のグラスウルフですよね?それも結構大型の。
あなたはテイマーの方だったんですか?」
テイマーの門番というのはあまり聞いた事が無く、思わず質問する賢者ユージーン。
「あぁ、今のですか。いえ、私はテイマーではありませんよ?
あのグラスウルフは村のテイマーが雇用している個体ですね。
村内ばかりか周辺の村に手紙を届けたりと、結構頑張って貰ってます。
ここは辺境マルセル村ですから、魔物の手を借りなければ村が立ち行かないんですよ」
ジェイクの言葉に“はぁ!?”といった顔になる面々。
「漸く着いたよ。遠いんだよ“オーランド王国の最果て”はよ~」
「文句を言うなレッド。俺たちのやる事はグダグダ文句を垂れる事じゃねぇ、鬼神だか剣鬼だかって祭り上げられてる連中をぶちのめして、オーランド王国最強が誰だかを思い知らせることだ。
ほら、行くぞ」
そう言い村門を進もうとする観光客(武闘派)。
“カチャッ”
「失礼、ここはホーンラビット伯爵領マルセル村、許可のない者の侵入は固く禁じられている。
用がある場合は向こうの門番詰め所で受付を行っていただきたい」
毅然とした態度で言葉を向けるジェイクに、にらみを利かせるレッド。
「やめろレッド、何の為にこんな辺境くんだりまで来たと思ってる。くだらない事で諍いを起こすな」
「でもよ~、ブルーノの兄貴、この門番俺たちの事を嘗め腐ってやがるんだぜ?」
「それでもだ。ほら、行くぞ」
ブルーノの言葉に従い門番詰め所受付に向かったレッド。だがその後受付で銀貨六枚を支払いストレス解消に来たマルコおじいさんの奥さんにボコボコにされるのだが、それは言わぬが花というものだろう。
“タッタカタッタカ、ガウッ”
「おっ、ご苦労様。フムフム、ユージーン殿、ホーンラビット伯爵閣下がお会いになられるそうです。
このまま道を真っすぐに進んでください、村の健康広場と呼ばれる開けた場所とホーンラビット伯爵家仮本邸が見えてきます。そちらで会われるとの事です」
「どうもありがとうございます。それじゃ皆行こうか」
“ガタガタガタ”
幌馬車は進む、ガタガタ音を立てて。
「アレって厄介事の臭いしかしないよね、ケビンお兄ちゃん案件って奴だよね。
ホーンラビット伯爵閣下、後の事よろしくお願いします」
ジェイクは“門番の係でよかった。厄介事はケビンお兄ちゃんに丸投げって事で”と厄介事を回避できたことに安堵し、村門の柱の前で一人大きなため息を吐くのでした。
本日一話目です。