そこは村門を過ぎてしばらく進んだ先に建つ建物であった。
二階建ての貴族の別邸といった雰囲気の屋敷、屋敷前広場に停まる多くの馬車。
辺境の寒村ではあり得ない程の多くの人々、それも村人とは思えない様な格好の人たち。皆がまるで物見遊山といったような表情で村のあちこちを見て回っている。
しかもそんな人々をまるで先導するかのように付き従う大きなグラスウルフたち。理知的に、時には背後の者を心配するかのように振舞う姿は、長年テイマーを務める者とその従魔の間でもめったに見られない信頼関係を彷彿とさせる。
この村は何もかもが異質であった。
「ねぇ、ユージーン。ここって本当に大森林に最も近い村、“オーランド王国の最果て”マルセル村なの?思っていた印象と違い過ぎるんだけど。
周りの建物も皆手入れが行き届いているし、村道なのに石畳って。村に到着するまでの街道もあり得ない程振動が少なかったし、どうみても寒村の農民とは思えない様な人たちがそこら中うろついてるんだけど?」
幌馬車の中から顔を出し周囲を伺っていた長耳の女性が、御者台の男性に声を掛ける。
「アリシア、むやみやたらに顔を出しちゃ駄目だって。
でも確かにアリシアの言う通りだよね、マルセル村と言ったら“貴族令嬢の幽閉地”とか言われて恐れられている様な場所だったはずなんだけど」
男性は自らの知識と現状の差に困惑を隠せない。
「やはり途中の街や村で聞いた“春の嵐”と呼ばれるグロリア辺境伯領の粛清騒ぎが、何か大きくかかわっているのでしょうか?
それにオーランド王国南西部では地方貴族の独立騒ぎで大きな戦争があったと聞きますし」
幌馬車の中から顔を出した聖職者姿の女性が言葉を繋ぐ。
彼らは知らない、自分たちがオーランド王国を離れている間にこの国で何が起きていたのかを。
人は変わる、考えや思い、人は多くの経験を積み変化していく。だがそれは何も一個人ばかりの事ではない。国や地域もまた、多くの出来事を経て移り変わって行く。
あったはずの村が消え去りただの野営地になる事もあれば、発展し貴族領となる事も。時代の変化とはまさにそうした事であるのだから。
「ホーンラビット伯爵領へようこそいらっしゃいました。
私はホーンラビット伯爵家の執事をしておりますザルバと申します。
何やら大森林へと向かわれるとか、その事で許可を貰いに来たとお伺いしております。
ホーンラビット伯爵閣下がお会いになられるとの事です、どうぞこちらへ」
屋敷玄関前には先程門兵からの連絡があった為か、執事姿の男性が出迎えに立っている。
「はい、どうもありがとうございます」
幌馬車を降りた彼らは向かう、屋敷の主ホーンラビット伯爵の下に。それが自分たちの望みを叶える事に繋がると信じて。
「やぁ、はじめまして。私はドレイク・ホーンラビット伯爵、この地の領主をしている。
君たちに来て貰ったのは他でもない、何やら大森林に向かうという話だったのでね。大森林に向かうと言うくらいだからあの地の危険性は既に知っているものとして話を進めさせてもらうが、春先から今の時期にかけての森は非常に危険だ。俗に言う魔物の活性期という奴でね、そんな時期に大森林へ向かうのは余程の実力者かただの愚か者か。
ただの愚か者であるのならばいい、大森林はそんな者たちをやさしく包み込んでくれるだろうからね。
問題は中途半端な実力者であった場合だ。いたずらに大森林を刺激し多くの魔物を引き連れて村に戻って来られた日には目も当てられない。
そこで君たちには何故大森林に向かうのか、その目的と計画を聞かせてもらおうと思ってね」
ホーンラビット伯爵と名乗った領主は、見た目伯爵という大貴族とは思えない雰囲気の者であった。どちらかといえば村の村長と言われた方が納得出来る様な、人当たりの良さ気な風貌の人物であった。
しかし話がこと大森林のものになるとその印象は一変、決して何者にも引かぬといった気迫はまさに為政者のもの、この地を守り治めるにふさわしい大貴族のものであった。
だがその場にやって来た者たちはただの冒険者風情ではなかった。これまでの旅を通じ多くの経験をし、出会いと別れを繰り返しこの場に辿り着いた者たち。
彼らにとって高位貴族からの圧の籠った言葉は、交渉の第一歩なのであった。
「ホーンラビット伯爵閣下におかれましてはこのような場を設けていただきましたこと、感謝いたします。
私の名はユージーン、<賢者>の職を授かっております。隣はマリアーヌ、<聖女>の職を授かった者です。その隣はアリシア、エルフ族の者です。
私たちは大森林の中にあると言われる“秘密の花園”と呼ばれる場所を目指しています」
自らの名前と共にその目的を告げるユージーン。その真っ直ぐな瞳はホーンラビット伯爵をじっと見詰める。
ユージーンは思う、自分は為政者を説得するような話術など持ち合わせてはいないと、であればこそ誠実であれと、真っすぐな思いは人を動かしうる可能性を秘めていると。
「大森林の中にある“秘密の花園”ですか・・・」
ホーンラビット伯爵は考える、確か前にエミリーちゃんにそんな話を聞いたようなと。
“うん、これはケビン君案件だね”
「ガーネット、ザルバを呼んでくれ」
部屋の隅に控えてたメイドが、ホーンラビット伯爵の言葉に一礼し下がって行く。
「ホーンラビット伯爵閣下、御呼びでしょうか?」
「あぁ、悪いがケビン君を呼んでくれないかな?彼の意見が聞きたくてね」
「騎士ケビンでしたら既に屋敷に。門番のジェイクが連絡をしてくれたようです」
「ジェイク君が?う~ん、こないだのトーマスさんの報告じゃないけど、マルセル村の若者って立派過ぎない?
なんかマイケルが授けの儀を受けた頃との差があり過ぎるんだけど?普通もっと生意気というか、お馬鹿だよね」
「ハハハ、そうですな。私が授けの儀を受けた年の頃にあの様な判断が出来たかと聞かれれば、無理としか言えないでしょう。
エミリーお嬢様もそうですが、将来が楽しみでなりません。
では騎士ケビンを呼んでまいります」
そう言い一礼と共に部屋を下がるザルバ。
ホーンラビット伯爵は閉まる扉を見詰め、“あっ、お茶とクッキー頼むのを忘れた”と気が付くのであった。
―――――――
「はぁ?それってマジ?そうなんだ、分かった、直ぐに向かう」
昼食も終わりのんびりお昼寝でもしようと考えていた俺は、グラスウルフ隊から入った<業務連絡>に眉根を寄せる。
「賢者に聖女にエルフってどんな組み合わせなんだよ。ちょっとした勇者パーティーじゃん、ラノベの定番じゃん。
でも賢者ユージーンってどこかで聞いた事があるんだよな~、どこだったっけかな~。
・・・あっ、思い出した、ローランド君だよ、幽閉の塔で聞いた中央学園の話に出てきた奴じゃん、お貴族様の令嬢令息の前で“人は皆女神さまのもとに平等である、人とは誰しもが女神さまの子供である。地位も身分も財産も、それがその人を作り上げるすべてなどではない”なんてほざいちゃうヤバい奴じゃん。
あれ?でも賢者ユージーンって確か世界樹の葉を求めて旅に出たんじゃなかったっけ?犯罪組織から助け出したエルフの女性を故郷に送り届けるとかなんとか。
エルフの女性がくっ付いてきちゃってるって、駄目駄目じゃね?何がどうなったらそうなるんだか。
まぁいいや取りあえず向かいますか」
俺は母メアリーに断りを入れ、ホーンラビット伯爵閣下の下へと向かうのでした。
“コンコンコン”
「失礼します。騎士ケビン、お呼びにより参りました」
俺は一礼をし、執務室の扉を開ける。
そこには“さて、これって一体どうしたもんかね”といった表情のホーンラビット伯爵閣下と三人のお客人。さてはてこちらが
「あぁ、ケビン君、忙しいところ呼び出して悪かったね。少しケビン君の意見が聞きたかったんだよ。
こちらは賢者のユージーン殿、聖女のマリアーヌ嬢、エルフ族のアリシア嬢だ。
彼らは大森林内にある“秘密の花園”と呼ばれる場所を目指している様でね。ただ知ってのように今は時期が悪い、大森林内の魔物が非常に活発に動いているだろう?
これがその辺の冒険者なら好きにすればいいと答えるところだが、下手な実力者であれば大森林の魔物を引き付けて戻ってきかねない。
その辺は彼らも承知の上だとは思うが、大森林の事に付いてケビン君より詳しい者はいないからね」
ホーンラビット伯爵閣下の言葉はもっともな事、エルフの女性は何か言いたそうな納得できないといった表情になっているが、残りの二人はそんな彼女を宥めつつ冷静にこちらの言葉を聞こうとしている。
ふむ。俺は少し考えを巡らせてから口を開く事とした。
「先ずはお客人方にご挨拶申し上げる。私の名はケビン、ケビン・ワイルドウッド男爵という。
いくつか質問があるのだがよろしいだろうか?」
「あっ、はい。どうぞ」
言葉を返して来たのは柔和な雰囲気の男性、賢者ユージーン。
「では遠慮なく。
先程ホーンラビット伯爵閣下が“秘密の花園”と仰っておられたがその場所の事をどこから?そして何故その場所が大森林にあると?」
俺の言葉に一瞬言葉の詰まるユージーン。そして隣の聖女マリアーヌがそんな彼をサポートしようと口を開く。
「はい、その事は王都中央学園の図書館にある古い文献から。その場所には大賢者と呼ばれる者の墓所があるとか」
「ふむ、なるほど。ではその文献では“秘密の花園”はどうした場所であると書かれていたのかな?」
「はい、一面に花の咲き乱れた楽園のような場所、季節に関係なく美しい花々を見る事が出来ると」
「ふむ。賢者ユージーン殿、いま聖女マリアーヌ嬢が述べた事に間違いはありませんかな?」
俺の問い掛けに頷きで応える賢者ユージーン。
そして俺からの次の言葉を待つ彼らに、軽いため息をついてから言葉を返す。
「何を秘密にしているのかは知りませんが好きにすればよいのではとしか。ただ恐らくですが辿り着くことは出来ないでしょう。
それでは私はこれで」
俺はそれだけを述べると、一礼の後踵を返し執務室を「待ってください、あの、何故辿り着く事が出来ないと」
背後から掛けられた声、それは賢者ユージーンのものであった。
俺は身体の向きを変え、賢者ユージーンに向かい合う。
「賢者ユージーン殿、貴殿らの実力が相応であるという事はあなた方がこの場にいるという事が証明しています。
二年と三か月ほどですか、オーランド王国王都を出発しエイジアン大陸の東の果てにあるとされる世界樹に辿り着き、世界樹の葉を手に入れまたこの国に舞い戻った。
それだけでもどれ程の偉業であるのか、そうした冒険をする事のない辺境男爵である私には想像すらできない苦労があった事でしょう。
送り届けたはずのエルフ女性が何故いまだ共に旅をしているのかといった不可解な点を差し引いても、驚愕に値します。
旅の目的、エリクサーにはあと一歩といったところでしょうかね」
俺の言葉に目を見開き驚愕の表情を浮かべる三人。
失礼しました、四人です。ホーンラビット伯爵閣下が一緒になって驚きの表情を浮かべておられます。
お茶とクッキーが無いと?ホーンラビット伯爵閣下、少しは我慢しましょう。最近頼り過ぎですよ?
お茶はザルバさんが準備してくださるんで少々お待ちください。
「えっと、その、何故その事を・・・」
「あぁ、まぁ不思議ですよね。初めて会ったはずの辺境の男爵がなぜ自分たちの目的を知っているのか」
“コンコンコン”
「失礼します。騎士ケビンに呼ばれまいりました」
「丁度到着なさったようです。どうぞ、お入りください」
“カチャッ”
開かれた扉、入室してきた女性。長い髪を靡かせた凛とした表情の美しいお方様。
「えっ、パトリシア様?なぜ、ジョルジュ伯爵家のパトリシア様がこのような場所に?」
困惑し声を上げる聖女マリアーヌ。
「お久しぶりですね、聖女マリアーヌ、賢者ユージーン。王都中央学園以来でしょうか?
お義父様、パトリシア・ホーンラビット、只今戻りました」
それは不意の再会、嘗て友と呼び合った者たちの再びの出会いなのでありました。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora