“ゴリゴリゴリゴリ”
スリコギ棒ですり鉢の中の葉っぱをすり潰す。一枚一枚すり鉢の中の様子を見ながら加えて行き、すり残しが無い様に細心の注意を払う。
「まぁ伝説の霊薬エリクサーって言っても、作り方自体はさほど難しくないのよ。やってる事は生活薬を作る手順とあまり変わらないわね。
問題は素材の入手、“世界樹の葉”と“ドラゴンの涙”なんて普通は手に入らないもの。
それと濃厚な魔力水かしら?これは作れる者が限られるって言うか、当時の王宮魔導士の中でも私が作るほどの濃厚な魔力水を作れる者は他にいなかったわね。
それでもケビンの言うところの魔力マシマシウォーター程度なんだけどね。
あ、そろそろ少し魔力水を加えてくれる?そう、それくらいでいいわ」
“ゴリゴリゴリゴリ”
スリコギ棒を回しながらエリクサー作製の解説をしてくれる大賢者シルビア・マリーゴールド様。エリクサーの作製方法自体口伝で伝わるのみだったらしく、シルビアさんがその製法を教わる事が出来たのは隣国リフテリア魔法王国に研修で出向いた事が切っ掛けだったらしい。
「あの国って昔から魔法馬鹿が集まる研究第一主義の国だったの。当時の研究棟にエリクサーを別の材料で作る事が出来ないのかって研究をしている人間がいてね、その人とは結構話があったって言うか、お互い変わり者扱いされていたって言うか。
その時一通りの手順を教わったのよ。
でもあの人、二十年後に劣化版エリクサーを完成させたって言うんだからすごいわよね、素材にはエルダートレントの葉を使うんじゃなかったかしら?詳細は秘匿されてたんで私も詳しくは知らないんだけど、画期的な霊薬だったらしいわよ?」
“ゴリゴリゴリゴリ”
人に歴史あり。知識の継承はこうした人々の努力により紡がれていく。
でも現代ではエリクサーの製法が途絶えているって事は、どこかで余計な横槍が入ったか。
「もしかしたらリフテリア魔法王国にはレシピが保管されているのかもしれないわね」と言うシルビアさんの言葉が耳に残る。
有用なレシピはそれだけで大きな力となる。権力者の欲望、それは誰にも止められないという事なのだろう。
「フゥ~、こんな物でしょう。次にこのよくすり潰した“世界樹の葉”を湯煎しながら、少量ずつ“ドラゴンの涙”を加えて行くの。
あくまで少量ずつってところを間違えないでね。
全体によく馴染んだら淡く発光し始めるから、その辺が適量の目安かしら」
シルビアさんはそう言うと月影が用意したビーカーに“世界樹の葉”を移し、湯煎しながら少しずつ慎重に“ドラゴンの涙”を加えかき混ぜて行きます。時々「このガラスの容器って便利ね、私の現役時代にはこんなに薄くて丈夫なガラス容器は無かったのよ。やっぱり時の流れって凄いわ~」とか仰っていますが、これってオーランド王国では見た事のないものですから。
リフテリア魔法王国に行けばあるかもしれませんが、多分相当な高級品ですよ?
そんなこんなを考えながら眺めているとビーカーの中でかき混ぜられていた“世界樹の葉”から淡い光が出始めました。
「うん、上手く行った様ね。これは魔法薬生成の反応現象と呼ばれるものよ。エリクサーに限らず霊薬と呼ばれるものには時々こうした現象を起こすものがあるの。一説では物質が存在変化を起こしているのではと言われていたわね。
後はここに沸騰させた魔力水をゆっくり注ぎ入れてから、優しくかき混ぜていくの」
そう言うと沸騰した薬缶から一度ビーカーに移した魔力水を少しずつ流し込んで行くシルビアさん。ガラス棒で優しく
「よしと、後はこのガラス容器を一月ほど静置するだけ。淡く光る上澄みが完成したエリクサーになるわ。
上澄みを取り除いた残りは布で漉して液体とどろどろの
この液体も霊薬に匹敵する回復力を有してるのよ。流石に腕が生えたりはしないけどハイポーションよりも効き目は強いわ。
ドロドロの滓も魔力回復効果はあるんだけど、あまりおいしくないらしいわよ?」
うん、大福先生のおやつですね。その辺に捨てる訳にも行かない危険物の様です。
俺はシルビアさんによくお礼を言い、テーブルに用意されたお茶の席に誘う。シルビアさんは「折角覚えた技術を生かす事が出来て良かったわ」と大変ご満悦。
やはり賢者と呼ばれる人たちは、皆自身の好奇心に真っ直ぐな者たちなんだろう。
俺はそんな感想を抱きながら、癒し草の煮出し茶に口を付け甘木汁味のクッキーに手を伸ばすのでした。
―――――――
実験農場脇の従業員宿舎、その客間に集まるホーンラビット伯爵閣下一同と賢者パーティーの御三方。
そのうちの一人、エルフ女性のアリシアさんが床に片膝を突き頭を垂れる。
その敬意を向けられる先にいるのは畑小屋の管理人、アナさん。
「えっ、エルフの姫君?アナさんが?えっとそれって一体・・・」
困惑するパトリシアお嬢様、まぁそのお気持ちは分かります。
俺はスッと視線をホーンラビット伯爵閣下に向けます。伯爵閣下は大きくため息をついてからコクリと頷かれるのでした。
「そうですね、今からお話する事はマルセル村でも一部の者しか知らない特級秘密事項となりますので、他言無用でお願いします。
こちらのアナさん、本名はアナスタシア・エルファンドラ。“高貴なるエルフのアナスタシア”という意味となります。
エルフ族と呼ばれる者たちでもさらに一握りの存在、世界樹により近しい者たち、ハイエルフと呼ばれる者、それがアナさんです」
俺の言葉に驚きの表情になるパトリシアお嬢様と賢者ユージーンと聖女マリアーヌ。流石王都中央学園のお友達、動きがピッタリです事。
「ドレイクお義父様はこの事を」
「えぇ、アナさんやグルゴと言った移住者たちがマルセル村にやって来た時にね。我がマルセル村は訳アリが集まる村、多少の厄介事は互いに詮索しない事としてはいるものの、アナさんの秘密は下手をすれば村の存亡にも関わるからね。
秘密を知る関係者は他言無用を徹底しているし、それぞれが大きな秘密を抱える者同士。その結束は固いんだよ」
ホーンラビット伯爵閣下の言葉に納得と言った表情になる御三方。あ、月影、皆様に聖茶のお代わりをお願い。
「私が最初に戦士アリシアを見た時に驚いたのはその容姿でした。
皆さんもエルフ族の歴史については多少なりともご存じかと思います。迫害されし民、隠れ住みし森の賢者。
その豊富な魔力量と多彩な魔術、森の中での戦闘では無類の強さを発揮すると言われる戦闘技術。だがその容姿から普人族の権力者に狙われ続けた悲劇の民。
普人族の特徴は飽くなき欲望と繁殖力です。欲しいと決めたモノに対しては徒党を組み戦いを挑む。奪い取る、強奪する、それは何も物ばかりではない。人も土地も、生活基盤から社会組織に至るまで、あらゆるモノを
それはこれまでの人々の歴史が証明している、ドラゴンに喧嘩を売って国を滅ぼされるような種族です、馬鹿と言うより狂気でしょう。
ですがそれが普人族が今日のように繫栄している理由の一端でもある事も事実、そんな普人族社会の中にエルフ族のような容姿端麗なものが紛れ込めば欲望に突き動かされる者など尽きる事がない。
だからエルフ族は己を偽る。忌み嫌う呪いを研究し、研鑽し、<自己呪い>という形で姿を変え人の世に紛れ込む。
それが自身を守る方法であり、種族を守る手段であるから。
探せばそれなりにいるんですよ、エルフ族って。ただ彼らは決して同胞以外にその正体を晒したりはしませんが。
だから驚いたんです、自らの姿を晒し旅をしていたという戦士アリシアに。
しかも彼女は過去犯罪者組織に捕まっていた事があるとか。では一体何が戦士アリシアを突き動かしているのか、それはどれ程の決心であるのか。
私が妻アナスタシアを連れて来たのはそれが理由です。
戦士アリシアに敬意を表したと言ったところでしょうか」
俺の言葉に戦士アリシアのこれまでの旅路を思い、言葉を失う一同。
「そうですか、それ程の。だからケビンは奥さんのアナさんを・・・ちょっと待ってください、ケビン、今聞き捨てならない発言があったのですがよろしいでしょうか?」
何故か急に元気になるパトリシアお嬢様。俺はどうぞと言葉を促します。
「先程ケビンは“妻アナスタシア”と仰っていましたがそれは?」
そう言い背中に巨大なホーンラビットを従えるパトリシアお嬢様。
おぉ、荒ぶっていらっしゃる。シャドーボクシングのキレが半端ない。
落ち着け高位貴族令嬢、世界を旅してきたご友人が本気でビビってるぞ!
「あ、申し遅れました。アナスタシアはこのケビンの婚約者となります。
それとザルバ・フロンティア男爵のご息女、ケイト・フロンティア嬢ですね。
私はまだ旅立ちの儀の前と言う事もあり籍は入れていませんが、お二人との婚姻はドラゴンロード男爵家、フロンティア男爵家ともに歓迎して貰っております。
秋の収穫祭の時にお披露目をという事で話は決まっているのです。
この事は既にドレイク・ホーンラビット伯爵閣下のご了承も得ているんですよ。伯爵閣下には良い相手と結ばれたと祝福のお言葉をってどうなさいました?ご自分の事を指差されて。
“わ・た・し・は?”・・・は?何を仰られていますやら。お嬢様の様な高貴なご身分の御方はそれなりの御家柄に嫁がれた方がお幸せにってなに両手を合わせて拝んでるんです?
仲間外れにしないでって、婚姻ってそういう問題じゃないと思うんですけど」
俺の言葉に捨てられた角無しホーンラビットのような瞳でこちらを見詰めるパトリシアお嬢様。
計算され尽くした角度からの上目使い、その弱々しそうな身体の震え。
あざとい、めっちゃあざとい。庇護欲を誘うその態度、他所のお貴族男性なら一発よ?
流石団子先生の教えを受けるパトリシアお嬢様、その学びは“可愛い”の領域にまで達していた様です。
「フゥ~、流石はケビンです。これまでも悉くこちらの誘いを受け流し続けてきた猛者はこの程度では怯みませんか。
ではここは貴族らしく、家同士の利害という点でお話をしましょう。
現在ホーンラビット伯爵家とワイルドウッド男爵家は大変友好な関係が築けていると考えていますがその認識で間違いありませんか?」
「そうですね、私もドレイク・ホーンラビット伯爵閣下とは長く歳の差を超えた盟友関係を築いて来れたと考えています」
俺の言葉にどこか恥ずかし気に微笑むホーンラビット伯爵閣下。
そんな義父の様子に顔をやってからこちらに目を向けるパトリシアお嬢様。
「なるほど、これは大変喜ばしい。であるのなら我がホーンラビット伯爵家が、ケビン・ワイルドウッド男爵様と今後ともより一層の信頼関係を深めていきたいと考えているという事もご理解いただけますでしょうか?」
「そうですね、これはこの辺境の地マルセル村の者として協力していきたい事柄ではあります」
俺の言葉に何故か花の様な笑顔になるパトリシアお嬢様。今の会話のどこにそこまで喜ぶような事があったんだろうか?
「ドレイクお義父様、お聞きになられましたでしょうか?ケビン・ワイルドウッド男爵様はマルセル村の者として“両家の関係がより親密になる”ことにご協力いただけるとの事です。
私《わたくし》、これまでこれほど嬉しいお言葉をいただいた事はございませんわ。
ケビン・ワイルドウッド男爵様、ワイルドウッド男爵家が最も苦手としている社交や他貴族との折衝はこのパトリシアが表に立ちましょう。
これは一つの政略結婚、互いに利益が無ければ成り立ちませんものね。
アナスタシア様、第一夫人であらせられるアナスタシア様が苦手とされることは第三夫人である私にお任せを。
まずはアナスタシア様、ケイト様がケビン様との愛を育まれ、私《わたくし》は後からお仲間に加えていただければ・・・」
「ちょっと待とう、えっ、何、話の展開について行けないんだけど?
“協力”ってもしかして同盟関係とかそういう意味になっちゃうの?
これって家同士の仲を深める婚姻外交の一環って扱いなの?
“コクコク”って頷いてるんじゃないよ、そんなの元村人の俺に分かる訳ないじゃん、貴族ってこわ。
アナさんもアナさんで「第一夫人・・・エヘッ」とか言ってるんじゃないの、戦士アリシアが跪いたまま固まっちゃってるから、皆さん状況について行けてないから。
大体パトリシアお嬢様はお育ちが違い過ぎるでしょうが、お相手ならテレンザ侯爵家のクリネクス様がいらっしゃるじゃないですか、あの方ならお嬢様のお相手としても十分、えっ、王家からお輿入れのお話が行ってる?
ガーネットさん、それって“コクリ”・・・マジか~、お貴族様方って行動が早いなおい」
「現実的なお話で言えば、これ以上北西部貴族連合と南西部貴族連合の結束が強くなり過ぎるのは危険なんです。特に我がホーンラビット伯爵家は力を示し過ぎた、我が家の動向は王家の重大な関心事なんです。
ハッキリ言えば私の嫁ぎ先ってケビンの所以外に無いんです」
そう言い懇願する様な目を向けるパトリシアお嬢様。ガーネットさんはコクリと頷き、ホーンラビット伯爵閣下は何処か遠くを見ていらっしゃる。
小声で「ロバートのお相手ってどうしよう」とか呟いていらっしゃるんですが!?
「え~っと、まぁ、うん。一度ケイトを交えて皆さん揃っての話し合いを行うって事でいい?」
「はい、よろしくお願いします!!」
決して高位貴族令嬢とは思えないような元気なお返事のパトリシアお嬢様に、“横綱とのぶつかり稽古が効いてるんだろうな~”とどこか他人事のような感想が浮かぶ俺なのでありました。
本日二話目です。
いってらしゃい。
by@aozora