「・・・戦士アリシア嬢、大変申し訳ありませんでした。
話を戻します。
って言うかもういいや、ぶっちゃけて聞きますね。えっと、アリシアさんは恐らくですがハイエルフの偉い人なりなんなりから普人族の奴隷狩りに遭って行方不明になった“森の風の里”のハイエルフを探し出せという使命を受けた。
長い時間を掛けて探すもなかなか見つからず、世界樹様からのご神託でフィヨルド山脈を擁する国、オーランド王国に潜んでいる事が分かった。
エルフ独自の情報網にも引っ掛からない事から隠れ潜んでいるんじゃないかと見当を付け、自らの姿を晒す事でハイエルフ側からの接触を期待していたって事でいいかな?
それともう立って貰っていい?なんか話しづらいんで」
俺の言葉に苦笑いを浮かべながら立ち上がる戦士アリシア。もうね、ウチのパトリシアお嬢様が申し訳ない。
当のパトリシアお嬢様は早速嫁同士で交流をとか言ってアナさんと楽しそうにおしゃべりに興じてるし。
まだ決定事項じゃないからな!ケイトが帰って来てからの話し合いがあるんだからな!
あの二人はもう駄目そうなので取り敢えず放置ということで。
「失礼した。ケビン殿、改めてお聞きしたい。
先程そちらの女性が仰っていたアナスタシア様との婚姻の話は本当の事であろうか?
アナスタシア様のご様子から無理やりなどではないということは承知しているが、我々エルフの者にとってハイエルフとは言わば王族のようなもの、その様な高貴な身分の御方がこう言っては失礼とは思うが普人族如きと婚姻を結ぶという事が信じられないのだが」
戦士アリシアの言葉はエルフ族の人間としてはもっともな話、それ程に普人族とエルフ族の間の溝は広く深いのだから。
「それは彼女の置かれた状況とこれまでの人生が影響しているものかと。
私はあまり詳しく聞いてはいませんが、彼女がこのマルセル村に辿り着くまでの道程は生半可なものではなかった。
エルフの里はエイジアン大陸の東方、そしてオーランド王国は西方。それだけの距離をただ只管逃げ延びてきた彼女の苦労を分かっただなどと言えるはずもない。
それは彼女にしか分からぬ彼女だけの思い。
でもそんな彼女が私との出会いで救われたと言ってくれた、共に在りたいと言ってくれた。私はその思いに応えたいと思っている。
それは私の覚悟、マルセル村のソルと言う名乗りはその証。
戦士アリシアであればその名乗りが許されるという事がどういう意味を持つのかお分かりいただけるだろう」
エルフ族とそれに連なる者にしか分からぬ符丁、だがその言葉の持つ意味は重い。戦士アリシアはコクリと頷くも、難しそうな表情を浮かべる。
「戦士アリシア嬢、あなたの使命は行方不明のハイエルフの姫を探す事、そして救い出し世界樹の下へ、エルフの里へ連れ帰る事、そういう事ではないのですか?
そして賢者ユージーンはその手伝いを請け負った」
俺の言葉に頷きで返す戦士アリシア。
・・・賢者ユージーン、流石ゲーム転生主人公様。安請け合いと行動力が半端ないっての。聖女マリアーヌ嬢、これまでの苦労、お察しいたします。
「ふむ、分かりました。それでは「ケビン、準備が出来たわよ、いつでもエリクサーの作製に入れるわ」あぁ、丁度よかった。
シルビアさん、ちょっとお聞きしたいんですが、エリクサーって作製するのにどれくらい時間が掛かるものなんでしょうか?」
「そうね、仕込みだけなら半日も掛からないんだけど、寝かせるのに一月掛かるのよ。エリクサーはポーションやハイポーションみたいにスキルでどうこう出来るようなものじゃないの。
他の霊薬と呼ばれる物の大半がそうなんだけど、生活薬と同じで手順と時間が掛かるものなのよ」
大賢者シルビアの言葉に驚きの表情になる賢者ユージーン。残念でした、この世界はゲームなんかじゃないんですっての。早いところその辺の自覚を持たないと将来後悔する事になりますよ?
こんなはずじゃない、ゲームではこんな展開はなかった。そんなこと現実世界では当たり前だっての。
あれだね、大卒の社会人一年目が陥るジレンマだね。理想と現実の差に苛まれてそのまま引き籠りになっちゃう若者もいるって言うし、バイトでもなんでもいいから実社会の経験を積む事は必要なんじゃないかと思う今日この頃です。
賢者ユージーンは大福と団子と白玉にボコられれば少しは考えが変わるかな?もしくはエミリーちゃんにフッ飛ばして貰って・・・いや、やめよう。流石に立ち直れなくなる可能性が高過ぎる。
聖女マリアーヌ嬢に対して怯えるようになっちゃったら申し訳ないし。
「そうですか、それじゃ時間はあるか。
戦士アリシア嬢、一つお聞きしますが、ハイエルフの捜索任務が終わった後あなたはどうなさるおつもりだったのですか?
賢者ユージーン殿と再び旅に出るのかそれとも里に残り彼らを見送るつもりだったのか。
立場云々ではなくあなたの御心をお聞きしたい」
俺の言葉に暫し黙り込む戦士アリシア。不意に達成されてしまった目的に、心が追い付かないのだろうか。
「ではその事についてこの後にでも御三方でよく話し合ってください。
これはいつか必ず突き付けられる問題です。その答えは用意しておいた方がいい。
パトリシアお嬢様、御三方をホーンラビット伯爵家仮本邸の方へ。
彼らがいなくなった二年と三カ月の間に、オーランド王国と周辺国との間で一体何が起こったのかを教えて上げてください。
ホーンラビット伯爵閣下はザルバさん、ガーネットと共に今後の対応の検討を。ガーネットはそうですね、ホーンラビット伯爵閣下の依頼で一月後王都に向かい出発する旨を知らせておくくらいでいいでしょう。
今日の所はここで解散としましょう、今回の出来事は少々内容が難し過ぎます。互いによく考える必要があるでしょうから。
ホーンラビット伯爵閣下、そういう事でよろしいでしょうか?」
「あぁ、そうだね。賢者ユージーン殿の事、戦士アリシア嬢の事、アナさんの事、パトリシアの事。
考えなければならない事が多過ぎるのは確かだね。
今日のところは持ち帰って色々と整理しようと思う。
それでケビン君はこの後どうするのかな?」
ホーンラビット伯爵閣下は疲れた様な表情でそう仰られます。聖茶を飲んでも尚肉体にダメージを与えるほど濃い内容の厄介事、マジでどうしてこうなったし。
「はい、俺は取り敢えず大賢者シルビア様に協力しエリクサーの準備を。
完成には一月掛かるとの事ですが仕込み自体は半日も掛からないとの事でしたので」
俺の言葉に何故かジト目を向けるパトリシアお嬢様とアナさん。
エリクサーの作製を始めたかったからさっさとお開きにしたんだろう?
しょ、しょんにゃことはにゃいにょ~。
オホンッ、さて、未来のオーランド王国の為に頑張らないと、お仕事お仕事。
俺は背後からの視線を軽く流し、シルビアさんと共にエリクサーの作製へ向かうのでした。
―――――――――
それは怒涛の一日だった。これまでの二年と三カ月の冒険の旅がたった一日に凝縮された様なとんでもない出会い、マルセル村で出会ったケビン・ワイルドウッド男爵という人物は俺の想像を遥かに超えたとんでもない存在であった。
「でも驚きました。まさかあれ程仲の良かったローランド様とパトリシア様が別れられていたなんて。しかもローランド様からの一方的な婚約破棄、更に言えばその全てがランドール侯爵家によって仕込まれた戦乱の布石だったなんて」
「ランドール侯爵家とグロリア辺境伯家の戦いも驚いたけど、ヨークシャー森林国とバルカン帝国の戦争や呪病って、俺の知識じゃもっと後に起こる事だったんだよ。それとダイソン公国の独立戦争って、あれは簒奪者デギン・ダイソン大公を討ち取り正統後継者のキャスパー・ダイソンを後継者にする事で終結するはずのイベントだったんだ。
それがデギン・ダイソン大公は戦場で死亡、キャスパー・ダイソンに至っては盗賊団“赤鷲”として討伐されちゃってるって、意味が分からない。
俺の知るゲーム知識には一年にも渡る大規模な内戦があったなんて記述はなかったんだ、そんなものファンブックにも載ってなかったし。
大体バルーセン公爵が死亡してたら貴族派と国王派との対立も無くなっちゃうし、それに伴うイベントも発生しなくなる。
俺が懸念していたオーランド王国を襲う事態の殆どは既に終わったか、発生しなくなったと言ってもいいんだよ」
そう言いこめかみを揉むユージーン。その様子を優しく見守る聖女マリアーヌと戦士アリシア。
「これはケビン殿が言っていた“この世界で生きる人々を嘗めるな”という事なのではないかな?
事態の推移とは必ずしも固定化された物ではない。その時々の状況により流動性を以って発生する。
ダイソン侯爵家の蜂起、ヨークシャー森林国とバルカン帝国の戦争、大まかな流れとしては賢者ユージーンの言う様に事は起きている。
だがその時期や結果については必ずしも予想通りとは行かなかった。それは賢者ユージーンが直接かかわっていない事もあるだろうが、賢者ユージーンが言うところの主人公たちが関わり合いになっていないという事もあるんじゃないんだろうか。
物語が開始されるのはあと四年後、であればそれぞれがまだ若く青年期を過ごしているという事になる。
ケビン殿の言った“この世界で生きる人々を嘗めるな”とは、“今を生きる人々を馬鹿にするな”という事なのではないだろうか」
アリシアの言葉が胸に突き刺さる。俺は未だにこの世界がゲームの延長の様に感じていた。その世界で生きる人々、それはれっきとした一個人。モブキャラでもNPCでもない、そこに存在する一人の人間。
「ハハハ、どうやら俺はとんだ勇者病だったみたいだ。何が世界を救うだ、一人で空回りして何も分かっていなかったってだけじゃないか。
“人は皆女神さまのもとに平等”とか言いながらその女神様も信じちゃいない。俺は今まで一体何をやって来たんだか」
自身はゲームの世界に転生したと思っていた、だから力を付けた。ゲーム知識を利用してアイテムを手に入れた、この先に起こるイベントは知っていた、だから先手を打った、打ったつもりになっていた。
「ユージーン、そんなに落ち込まない、あなたらしくもない。
あなたはよく分からない自信と共に突き進むのが取り柄でしょう?
そんなあなたを支えるのが私の役目、これまでずっとそうやって来たじゃない。
ケビン様も仰っていたじゃない、「その行動力と勇気は誇っていい」と。
誰にも信じて貰えない、頭がおかしい、そう思われても仕方がない様な前世の記憶。でもユージーンは前へ踏み出した、多くの人たちに降り掛かるだろう不幸を予見し行動に出た。
私はそんな真っ直ぐなユージーンを支えたいと思ったし、アリシアだってあなたが真っ直ぐな思いを貫いたからこそ救う事が出来たのよ?
それはユージーンの言う物語とは関係のない事、あなただけが綴った物語。
ケビン様が言うのはそういう事なんじゃないかと思うの。
今を生きる、今を生きろ。ユージーンはユージーンらしく、使えるモノは何だって使って生きて行けばいい。私はずっとあなたの側にいるから」
そう言い真っ直ぐな瞳を向けるマリアーヌ。
“俺は世界中を回って大冒険の旅をするんだ!!”
“え~、ユージーンが~。しょうがないな~、仕方が無いから私が一緒について行ってあげる”
幼い頃の約束、あれはまだ自分が転生者だと気が付いていなかった頃の思い出。マリアーヌはあの頃からずっと変わらず俺の側にいてくれた。
自身が<聖女>の職を授かり、王都中央学園でもてはやされてもそんな事は一切気に止める事もなく、いつもずっと側に・・・。
「マリアーヌ、俺は・・・」
「はいはいそこまで~、なんか行き成りいい雰囲気を作らない。今はこれからどうするのかって事を話し合ってるんでしょうが!
“チィッ”マリアーヌ、聖女様が舌打ちしない!!聖女様の売りは品行方正でしょうが、小さな声で「あと一歩だったのに」とか呟かない!!
それとユージーン、私、やっぱりあなた達について行くわ。私の目的が終わったからって“ハイさよなら”じゃ寂し過ぎるもん。
あなた達の老後の面倒くらい見てあげれるわよ?」
「「「ブフッ、アハハハハハ」」」
俺を支えてくれるマリアーヌ、こんな俺たちと一緒にいてくれるというアリシア、こんな素晴らしい仲間をNPCなんて括りで語れるべくもない。
「マリアーヌ、アリシア、エリクサーの件が終わった先の事はまだ何も決めてないけど、これからもよろしく」
そう言い差し出した右手。
「しょうがないな~。賢者ユージーンは寂しがり屋さんだからね~」
おどけてその上に手を乗せるアリシア。
「フフフ、いつも言っています、私はずっとあなたと一緒ですよ、私の賢者様」
マリアーヌがその上にそっと右手を乗せる。
「「「世界をめぐる冒険の旅へ!!」」」
俺の心を縛る何かが音を立てて壊れて行く。俺たちの本当の旅はここから始まる。
賢者ユージーンは本当の意味でこの世界に生まれ変わったのだと、心からの笑みを浮かべるのだった。
本日一話目です。