「アナスタシア、本当にアナスタシアなのですね。
こうして再び生きて会えるなんて、これも全て世界樹様の思し召しのお陰。
戦士アリシア。ありがとう、本当にありがとう」
そう言いアナスタシアに抱き付き涙を流す女性。
「アナスタシア、お前には本当に辛い目に遭わせてしまって。全てはこの父が“森の風の里”の長としての任に付いていたからこそ。
本当にすまなかった」
そう言い涙ながらに謝罪の言葉を伝える男性。
「お父様、お母様、お二人とも無事で本当によかった。こうしてお会い出来ただけで十分、私は何の恨みも持ってはいません。
全ては偶然にして必然、私の旅も意味があってのものであったのでしょう。
積もる話はありますがまずはご挨拶を。
お父様、お母様、アナスタシア・エルファンドラ、只今帰ってまいりました」
そう言いニコリと微笑む女性アナスタシアに、その場にいた多くの者から祝福の声が寄せられるのでした。
普人族による奴隷狩り、その襲撃により失われたハイエルフの姫アナスタシア生還の知らせは、瞬く間にエルフの里中に広まった。
それは世界樹の大結界の中を舞い飛んだ神鳥の齎した奇跡として、エルフ族の者たちに受け入れられる事となった。
「はぁ、正直疲れました」
そう言い品の良い飴色のテーブルに突っ伏すアナスタシア。
「アナスタシア奥様、他の方から今のお姿を見られでもしたら大変ですよ?またお父上様からのお小言が」
アナスタシアの様子にクスリと笑みを漏らし、世界茶の準備をする月影。
世界樹の枝分けとされる樹木から取れる若葉を蒸してお茶にした世界茶は、エルフの里でも高級品として取り扱われる逸品である。
アナスタシアはティーカップを手に取るとそっと口を付ける。口腔に広がる爽やかな若葉の香りとほんのりとした甘み、数十年ぶりに口にするその味わいに、自身がエルフの里に戻って来たという事を実感する。
「ハァ~、やはり子供の頃から親しんだ味というものはいつになっても忘れないものですね、どこか心が満たされます。
とはいえお茶としては聖茶やマルセル茶の方が上に感じてしまうのは、私がマルセル村の村人として生きて来たからなのでしょうか?」
そう言い感慨深げにティーカップの飲み物を眺めるアナスタシア。
「いえ、実際にあちらのお茶の方が味わいは上なのかと。魔王様のお話ではあのお茶は天界人から頂いたお茶の実を植えて作られたとの事でしたので」
月影は甘木汁味のクッキーの盛られた小皿をテーブルに出しながら言葉を返す。
「そういえば、月影、大丈夫なのですか?その“魔王様”発言。
このエルフの里にどうやって帰って来たのかとの質問に「魔王様のお力により帰郷する事が叶いました」などと言ってしまって、後でケビンに怒られますよ?
確かに他に説明のしようがないというのも分かりますが、戦士アリシアも一緒になって「確かにあの御方は魔王であると言われた方が納得できるかと」なんて言ってしまって」
魔王、その存在はこの世界にとっての厄災。だが普人族により常に迫害され続けるエルフ族にとっては必ずしもそれは忌避すべき厄災とも限らない。それは自分たちが世界樹により守られた存在であり世界樹に選ばれた種族である自負もあるが、その厄災の向かう矛先が憎むべき普人族を中心としている点が一番の理由であった。
「魔王と呼ばれる存在が必ずしも全人類に対する悪ではないという事は、この私が一番存じています。
普人族共は自分たちにとって不都合な者、敵となる者を悪と断ずる。
私たちダークエルフが彼らにとって討伐対象とされた様に、多くの弱者をその懐に迎え入れ、私たちダークエルフを庇護してくれたオークの戦士は魔王と断じられた。
私はそんな心優しい魔王様にお仕え出来た事を終生の誇りと思っています。そしてケビン様もまたそんな魔王様に劣る事の無い、広い御心を持たれた御方。
そしてそのお力は魔王と呼ぶにふさわしい絶対的な支配者。
ご本人は他者を支配する様な面倒なことは絶対にごめんだと仰っておりますが、嘗てのオークの魔王様のように、ケビン様を慕い集まって来る者たちによりその力は増大していっている。
そしてケビン様の素晴らしい点は国の権力者たちに付け入るスキを与えず、自らの力をちらつかせるところ。
オーランド王国においてその存在は一部の者にしか知られてはいません。しかしケビン様を知る者はそれが決して手出しをしてはいけないドラゴンの如きものである事を分からせられている。
この素晴らしき策謀、これを魔王様と呼ばずしてどう呼べと。
なにより心からロマンを楽しんでいらっしゃるのがいい。
特殊使用人部隊“月光”も隊員が増え強化されております。
変身装備も支給していただきましたし、今度はロマン武器を・・・」
「月影、落ち着きなさい。目がケモ耳と尻尾の話をしている旦那様と同じになっていますよ、以前大森林に魔王城建築を進言して却下されてた時と同じ目をしていますよ」
「ハッ、申し訳ありません。遥か東方の地であるエルフの里であれば思う存分“魔王様ネタ”を披露できるかと考えたらつい気分が高揚してしまいました。
アナスタシア様も今度一緒にどうですか?扉の向こうの魔王城には空間拡張機能付きの謁見の間もございますし、魔王様に合わせた黒のドレスを・・・」
遅咲きの勇者病<仮性>重症患者月影。その野望は実際の魔王と過ごした記憶がある分、多くの同志と共により具体性を以って形となって行くのでした。
―――――――――
「お姉さん、ちょっと聞きたいんだけどこの店って外のお金って使えるかな?俺ここまで連れて来てもらったのはいいんだけど、周りに気を取られてそういった大事な事をすっかり忘れちゃっててさ。
魔物の素材買取とかしてくれるところがあればそれでもいいんだけど、手持ちがなくってさ。
でもなんかあったの?エルフの里に着いてから気が付いたんだけど、何か周りのみんなが浮かれていると言うかなんと言うか」
街の屋台に顔を出した男性が、店員の女性に声を掛ける。
「あら、あなた換金所に寄って来なかったの?もしかしてエルフの里は初めてだったとか?
まぁ外で育った者には偶にそういう子がいるって聞いた事があるけど、本当に間が抜けてるわね。それとエルフの里の中には換金所はないのよ、外のお金は使わないって言うのが基本だから覚えておいた方がいいわよ?
ハイエルフ様方はあまり普人族の事をよく思ってないし、普人族の国で使われている貨幣を持ち込む事自体嫌ってるしね。
それとエルフの里がちょっとしたお祭り騒ぎになってるのは、行方不明になっていたハイエルフ様が生還なされたからね。
以前は同胞を助ける為一人囮になって普人族を引き付け、その末に魔物に襲われて亡くなったと思われていた御方なの。その身を呈した献身の物語は絵本にもなって親しまれている程よ?
それが十年ほど前に<星見>の力に目覚めた者によってその生存が報告されて、世界樹様にお伺いを立てる事で確定的になったの。
里の戦士がその捜索任務に向かってね、つい先ごろ無事に連れ帰ったって訳。
あなた知らない?神鳥が空を舞った話。私も見たんだけど凄く幻想的な光景で、“これは何の吉兆?”かと思ったらそう言う訳だったのよ。
もうエルフの里中がお祭り騒ぎって感じね。
それで素材の持ち込みは狩猟ギルドで行っているわね、多少査定価格が下がっちゃうけど、ギルド会員以外の持ち込み買取も行って貰えるわよ。
ただその格好だとどうかしら?流石に仮面を被ったままってのはね。
それって普人族たちの言う勇者病とか言う奴なのかしら?」
「へ~、そんなことが。って言うか神鳥って凄いじゃないですか、俺もその光景を見たかった。
それとこの仮面はダメって、格好よくないですか?
えっ、それじゃ今まで俺の事を見てた人たちって、俺の仮面姿が格好いいから見てたんじゃないの?不審人物と言うか、生温かい視線を送られてたって事?それって凄く心に来るんだけど」
そう言いガックリと項垂れる男性に、ハハハと笑う女性店員。
男性はコートのフードを外し仮面を取る。そこにはややくすんだ銀髪に長い耳を携えた平凡顔の男性の姿。
「あら、あなた珍しい顔ね。そのまま耳を隠せば普人族で通るんじゃない?」
「あっ、それよく言われます。と言うか仮面を付けずに普人族の街を歩いてても、「なんだ、勇者病かよ、紛らわしい事してるんじゃねーよ」とか言われるんですけど?
格好いいとか、エルフ様素敵とかって声が一切聞こえないんですけど?
仮面を付けてから文句を言われなくなったんで、これはイケてるのか!?とか思ってたのにな~。
ロマンの追及って難しいですよね」
そう言い肩をガックリ落としながら狩猟ギルドに向かう男性の後ろ姿に、“どこの世界にもはみ出し者っているのね。頑張って”と優しい目を向ける女性店員なのであった。
――――――――
それはアナスタシアがエルフの里に生還して四日目の夜の事であった。
「ハハハハ、アナスタシアよろこんでくれ。
今日はお前に素晴らしい男性を紹介しよう。
お相手は同じハイエルフの者でな、お前よりも年下ではあるが凛とした好青年だ。きっとアナスタシアの事を幸せにしてくれると思うぞ?
アナスタシアはこれまで苦労の連続であったのだ、これからはこのエルフの里でのんびりと幸せに過ごしてくれ。
これは不甲斐ない父が出来る唯一の事だからな、ハハハハハハ」
それはエルフの里に帰り着いてから何度目かというパーティー会場での事、突然父親から知らされた言葉に戸惑いを見せるアナスタシア。
「あの、お父様、そうしたお話は全てお断りしていただくようにお願いしていたはずですが。それに何度も申しましたが、私は既に心に決めた御方がおります。この秋にはその御方と一緒になると・・・」
訴え掛ける様に言葉を紡ぐアナスタシア。だが彼女の言葉に両親は悲しげな表情を向ける。
「アナスタシア、私の可愛い娘。あなたは漸く世界樹の下に、エルフの里に帰って来る事が出来たのですよ?
あなたが西方の地で穏やかな暮らしをしていたという話はダークエルフの者に聞きました。ですがあなたはハイエルフ、世界樹様に選ばれた特別な存在なのです。
そんなあなたが何故再びこの地を離れ西方の普人族の下に向かわねばならないのですか?ハイエルフはハイエルフと共に世界樹様と生きる、それが自然であり我々ハイエルフの幸せ、そうではないのですか?」
それは訴え、子を思う母の叫び。
「そうだぞアナスタシア。お前が辛い生活を救ってくれた普人族の若者に恩義を感じる気持ちは分からなくもないし、それは人として素晴らしい事だとも思う。
だが私たちはハイエルフ、その時の流れは彼ら普人族とは違うのだ。
これまでも多くのエルフが外の世界で普人族と時を共にしてきた。だがそのほとんどが愛する者を失い悲しみの余生を送る事となった。
それはエルフの者の話であって、ハイエルフである我々の時はその者たちよりも遥かに長い。
アナスタシア、お前は若い、だからその事がまだよく分かってはいないのだ。
悪い事は言わない、今は辛くともきっといつか私の言葉の意味が分かる時が来る」
父の言葉、それはアナスタシアの心に刺さる棘を刺激するものであった。
口を噤むアナスタシア、ダークエルフの月影はそんなアナスタシアをただ黙って見詰め続ける。
パーティーは始まった。多くの者が笑顔でアナスタシアに話し掛ける。
そうした者の多くは外の世界でのアナスタシアの体験談をせがみ、その度に普人族の醜悪さを口にする。
「アナスタシア様、大丈夫ですか?顔色があまりよろしくない様なのですが?」
そう声を掛けて来たのは、アナスタシアを探し出す為にオーランド王国へとやって来た戦士アリシアであった。
戦士アリシアは思う、自身の行いが果たして正しい事であったのかと。
長老会より使命を受けた時は心が躍った。苦境に立たされた同胞、ハイエルフの姫君を探し出し救出するという冒険は、戦士として多くの研鑽を積んできたアリシアにとって命を懸けるに値するものであった。
だがその道程は決して容易いものではなかった。わずかな手掛かりを求め、身を隠し普人族の社会に隠れ住む同胞に助けを求め。
己の正体を晒す事で相手側からの接触を待つという暴挙に出たのも、遅々として進まぬ捜索にわずかでも希望の光を与えんが為の行いであった。
だがそれは結果として普人族の欲望を刺激し、犯罪者組織に囚われるという結果を生んだだけではあったのだが。
自身を捕えたのは普人族である。だが救出し世界樹の下に送り届けてくれたのもまた普人族であった。
賢者ユージーン、聖女マリアーヌ。彼らとの触れ合いが自身の中に凝り固まっていた普人族に対するわだかまりを溶かし、人として彼らを見る事を教えてくれた。
アナスタシア様もきっとそうであったのだろう。多くの苦難の末に出会った最愛の者、その者と引き離す事が本当にアナスタシア様の幸せに繋がるというのか。
「戦士アリシア、心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫、これまでも多くの苦難を乗り越えて来たのです、これくらいの事でくじける程私の決意は安くない」
アナスタシアはそう言うとニコリと微笑み、パーティー会場にいる人々を見回すのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora