「この煮物、
エイジアン大陸北部に広がる広大な森林地帯、かつて複数の国が存在し文明を発展させてきたその土地は、人々の驕りから神々の怒りを買い、天使による粛清を受ける事となった。
その鉄槌は苛烈にして無慈悲。生活の全ては失われ、神聖魔法と呼ばれる天使たちの攻撃により魔力濃度の狂ったその場所は、大魔境と呼ばれ強大な力を持つ魔物蔓延る危険地帯として恐れられる事となった。
だがそんな危険地帯に根差し文明を発展させる人々がいた。それが世界樹に守られし民、エルフ族であった。
彼らにとって森は共にあり寄り添うもの、人類にとって脅威とされる大魔境ですら、普人族から自分たちを覆い隠してくれるよき隣人であったのである。
「でもまさかエルフの里に醤油や味噌があったとは。これもエルフ族に保護された異世界転移者の伝えた文化かと思いきや、扶桑国からの密貿易品だったとはね。
確か蒼雲さんの話では扶桑国はエイジアン大陸東方の創国の一部の港からしか交易を行っていないって事だったけど、北方の権力者がこっそりエルフたちと交易をしていたっていうね。
エルフ族も鬼人族相手にはそれなりに関係構築が出来てるんだな、同じ少数民族って事で気が合うのかもしれないけど。
鬼人族って基本修羅の国の人々だから、容姿云々って気にしないんだよね。戦って強いかどうかだから、大魔境も余裕の人たちだから、“命惜しむな名を惜しめ”の精神だから。
手持ちの素材もいい値段で買ってもらえたしね、キラービー蜂蜜がどの国に行っても高級品ってのは助かりますな~。
お陰で珍しい調味料をガッツリ購入出来ましたってね。
味噌に醤油に米、米なんかは武連国や創国でも栽培されてるっていうし、夢が広がリングですな~」
「ご主人様、お料理をお持ちいたしました」
「あっ、月影ありがとうね。こっちは変わりなかった?」
どうも、初めてのエルフ料理に文化の違いを感じつつ舌鼓を打つ男、ケビン・ワイルドウッドです。
ドラゴンの塒の清掃と世界樹様の剪定作業が終わり漸く時間が出来た俺氏、エルフの里に降り立って土産物の購入に勤しんだのち公園で別れたまま放置状態だったアナさんの下に向かったんですけどね。
なんかアナさん、すっかり時の人になっておりました。
どうやらアナさんが森の風の里の人々を逃がす為に囮になって奴隷商を引き付けた行動が英雄譚として語り継がれていたようでして、英雄の奇跡の生還という事で、エルフの里中が大いに盛り上がっているっていうね。
連日連夜のパーティーのお誘いに、アナさんも月影もフラフラになったとか。
戦士アリシアもまるでバーターのように呼ばれてるらしいんだけど、話題の中心は常にアナさん。月影なんかは気配を薄くしてやり過ごしてたとか言っておりました。
お前はパーティー会場に呼ばれてないだろう?
そうだね、不法侵入だね。
買い物が終わってアナさんたちに合流しようと気配を探しながら向かったんですよ、そうしたら馬車で移動するもんでついて行ったらこちらの豪華なお屋敷に到着。
迎賓館ですかって感じの建物で行われていたのがビュッフェ形式の立食パーティーだったって訳でございます。
月影はパーティー会場に到着して直ぐにこちらに気が付いたようで、アナさんが大勢の来賓客に取り囲まれ始めたら気配を消してこちらにやってまいりました。
「皆様、少々よろしいでしょうか?」
にぎやかなパーティー会場に凛と響くアナさんの呼びかけ。このパーティーの主役からの言葉に静かになる人々。
「ねぇ月影、なんかアナさんが一人語りを始めちゃったんだけど、どうしたのさ?」
「あぁ、あれですか。なんでもアナスタシア奥様のご両親様がアナスタシア様の縁談話をお持ちになりまして、このパーティーでお披露目を行おうとしているのでございます。
アナスタシア様は帰郷当初からすでに心に決めたお相手がいると申しておりましたが聞き入れてもらえず、半ば強引にお話を進められようとしていたものですからこのように力技に出たものかと。
アナスタシア奥様の頑張るお姿は大変健気で、お傍でお仕えしているものとして心より応援申し上げておりました」
そう言いニコリと微笑む月影、この人絶対楽しんでただろう。ダークエルフ姿の月影が微笑むと超似合うんですけど、この腹黒エルフメイドめ。
「アナスタシア、お前は何を言っているのだ!?
長老会の皆様、ご列席の皆さん方、大変申し訳ありません。
娘は、アナスタシアは突然のありがたいお話に気が動転してしまっているのだと思います」
ありゃ~、案の定話が拗れ始まっちゃったよ。あれはアナさんのお父さんかな?目茶苦茶焦ってるじゃん。
それはそうだよね、自分たちの娘の為にエルフの里の重鎮が祝福に駆け付けてみれば、行き成り本人が「お断りだ!!」って宣言しちゃうんだもん。
事が進めばなし崩し的に丸め込めるとでも思っていたのかな?
相手は数十年という時間を恐怖に怯えながらも逃避行を繰り返した猛者よ?隠れ里を作り上げちゃった御方よ?更に言えばマルセル村で鍛え上げられた精鋭よ?
過去の何でも言う事を聞く可愛らしい娘は最早どこにもいないのです。人は変わる、変わらざるを得ない、それは愛情であろうとも同じ事。
よくラノベで長い魔王討伐の旅から帰ってみれば結婚を約束した幼馴染が別の男と一緒になっていた、復讐だ~なんて話があったけど、そんなの当り前だっての。
いつ終わるかもしれない戦いの旅に出た者なんか待ってられないってばよ。
逆に勇者パーティーに聖女として選ばれた婚約者女性が勇者に寝取られたってのもあったよな~。
共に背中を預けて命懸けの戦いに挑んだ者同士、そう言う事もあるって。
そこは涙を呑んでお別れしてあげるのが男の度量ってものでしょう。若いうちは一途だから仕方が無いとは思うけど、そこはスパッと心を切り替えて一歩前へ踏み出していただきたい。
いつかは笑える日も来るってね。
俺はそんな事を思いながらテーブルを後にする。月影はそんな俺の背中に一礼をしてから、料理を御重にしまっていく。
月影先生、そこの天ぷらもお願いします!!
「あの、一つよろしいでしょうか?」
俺からの呼び掛けに言葉を止めるアナさんのお父さん。
「“初めまして、アナスタシアのお父様、お母様。そしてエルフの里の皆様方。
西方の地、フィヨルド山脈を擁する国から参りました、アナスタシアの夫、マルセル村のソル、ケビン・ワイルドウッドと申します”」
俺は精霊使い衣装のフードを脱ぎ仮面を取ると、ご両親に向かいニコリと挨拶を行うのでした。
――――――――――
その者は突然現れた。
それは数十年間行方知れずになっていた娘アナスタシアが生還を果たし、エルフの里の重鎮と呼ばれる者たちによる何度目かのパーティーが開かれていた会場での事であった。
それは娘アナスタシアにとって非常に重要な意味を持つパーティーであった。アナスタシアの片翼、永の伴侶を発表する場でもあったのだから。
だがその会場で娘アナスタシアは事もあろうにエルフの里を離れエイジアン大陸西方の地へ戻ると宣言した、それはすなわちこのありがたいお話を拒否しエルフの里と決別するという事。
私は急ぎ口をはさんだ、娘は気が動転しているのだと、決してエルフの里を離れたいなどと考えている訳ではないのだと。
漸く会えた愛しの我が子、アナスタシアを失いたくない、その一心であった。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
その声はその場にそぐわない程平素であり、気の抜けた物言いであった。
“コツンッ、コツンッ、コツンッ”
だが、その場に現れた者、それは隔絶した存在。神聖にして高貴なる気配を纏いし聖者。
「“初めまして、アナスタシアのお父様、お母様。そしてエルフの里の皆様方。
西方の地、フィヨルド山脈を擁する国から参りました、アナスタシアの夫、マルセル村のソル、ケビン・ワイルドウッドと申します”」
その魂に響く声音は世界樹様が与えてくださる御言葉と同じもの、しかしその神聖なる者の姿は、黒髪の普人族のもの。
「“アナスタシア、久しぶりの故郷はどうだったかな?
随分と時が経っているだろうから変わってしまったところも多かっただろうけど、ゆっくり楽しむことは出来たかい?”」
「はい、旦那様のお陰でこうして久方ぶりに両親と出会う事が出来ました。
なにより普人族の奴隷狩りに遭った森の風の里の者たちの無事を確認する事が出来たのがうれしかった。高齢により亡くなられた方もいましたけど、それでも多くの者と再び声を交わす事が出来た。私の心の中でシコリとなって残っていたわだかまりが解けて行くのを感じる事が出来ました」
アナスタシアはそう言うと、私達には決して見せないような優し気な笑みをその者に向ける。それは多くの者の心を捉えて離さない、美しく幸せそうな笑みであった。
「“それはよかった。こちらの方の仕事も漸く終わってね、アナスタシアには連絡を付けることも出来ず心配を掛けてしまったね。
アナスタシアのお父様、お母様。改めまして、アナスタシアに選んでいただきましたケビン・ワイルドウッドと申します。
仕事とはいえ、ご挨拶がおくれましたことは誠に申し訳なく、ここに謝罪いたします。
アナスタシアとはこれから幸せな家庭を築いて行くつもりです。
流石に西方の地からですと毎日顔を見せるなどという事は出来ませんが、なるべく里帰りの機会は作って行きますので、あまり悲しまれませんようお願いいたします。
お二人の幸せはアナスタシアの願い、これからも元気にお過ごしくださいますよう、健康をお祈りしております”」
その者はそう言いローブのポケットから一本の大きなカギを取り出すと、何も無い空間にまるで鍵穴にでも挿すかのようにカギを入れ。
“ガチャリッ”
「オープン」
“ガバッ”
開かれた扉、空間が裂け、その先に広がる草原が姿を現した。
草原の中にぽつりと立つ屋敷、その脇には小屋と一本の木が立ち、草原を吹き抜ける風に枝葉を揺らしている。
「「「「・・・・・・・」」」」
静まり返ったパーティー会場、全ての者が言葉を失い、唯々その光景に目を見開く。
「月影、アナスタシアと戦士アリシアの事を頼む」
「ハッ、全ては魔王様の思し召しのままに」
ダークエルフメイドの言葉がやけに耳に響く。
そう言えばアナスタシアがどうやってエルフの里に生還したのかと聞かれた際、ダークエルフメイドは何と言っていたのか、戦士アリシアは何と答えたのか。
「光の魔王・・・」
それは誰のものであったのか、人々の心の中に目の前の人物が何者であるのかという事を知らしめるような呟き。
「お父様、お母様、それではまたいずれ。今度はもう少しゆっくりと過ごしたいと思います。
エルフの里の皆様もごきげんよう」
そう言いカーテシーで挨拶をするアナスタシア。
戦士アリシアは左胸に右の拳を当て戦士の礼をし、ダークエルフの月影は静かにお辞儀を行う。
ゆっくりと閉じる扉、開かれた空間が元に戻った時、そこにはまるで何もなかったかのようなパーティー会場が広がっていた。
「解除。“それでは私もこの辺で。依頼人にご挨拶をしてから戻らせていただきたいと思います。”<精霊化>」
その者、ケビン・ワイルドウッドはそう言うと、窓の閉め切られた三階バルコニーに足を向け、“スッ”まるですり抜ける様にそのまま中空に。そして・・・。
「黒鴉、分離」
“ブワッ”
現れたのは巨大な神鳥、神々しくも美しい白き翼をはばたかせ上空高く舞い上がる神鳥の背中には、ケビン・ワイルドウッドの姿が。
私たちは世界樹様に向かい飛び立って行く神鳥の姿を、ただ茫然と見送る事しか出来ないのであった。
―――――――――
“バッサ、バッサ、バッサ”
世界樹の巨大な枝にゆっくりと降り立つ黒鴉。俺はそんな黒鴉から降り立つと、「黒鴉、合体。そんで<精霊化>」と指示を出す。
「いや~、皆さんお待たせして申し訳ありませんでした。
ちょっと下でバタバタしていたものですから。と言うかアマネ様ならエルフの目を通して状況が分かっていらっしゃったかと。
ちょっと嫁が実家の両親に捕まっていたもので、迎えに行って来たって感じですかね」
“えぇ、何やら楽しい事になってたようですね。先程から巫女たちからの問い合わせが何件も。“世界樹様に向かって飛び立った神鳥は一体何であったのか”だの“光の魔王との関係は?”だのと”
「ダ~~~~!!誰ですか人の事を魔王呼ばわりするのは!!
俺違いますからね、そんな“光の魔王”なんて呼ばれる様な大層な者じゃないですから、訂正のほどよろしくお願いします、本気で」
何故かエルフから魔王呼ばわりされる俺氏、俺ってばまだ悪さしてないよ?完全な濡れ衣よ?
「そうだな。ケビンはケビン(理不尽)であるからな、魔王などではないな」
透かさず御神木様から入る訂正の後押し、やはり長年のお付き合いがある御方は分かってくださっていた様でございます。
「御神木様、どうもありがとうございます。
ではこの辺で私は失礼させていただきます。御神木様とメイプリー様はお呼び出しに応じていただきありがとうございました。
<送還:御神木様><送還:メイプリー様>」
枝の上に現れる光の魔法陣、光の粒子になり消えて行く御神木様とメイプリー様。
“ケビン、色々とありがとうございました。しかし本当にあの様な品でよかったのですか?”
アマネ様が仰るのは報酬でいただいたステッキの事。何の変哲もないどこにでもありそうな形状のステッキでありながら、ドラゴンが踏んでもビクともしない素晴らしい逸品(実験済み)、これ以上の報酬はありませんとも。
「はい、こちらこそ大変すばらしい品をありがとうございました。では私はこれで」
俺はそう言うと枝の上から飛び降り、ドラゴンの塒である
“行ってしまったな。それにしても嵐のような存在であったわ”
“そうですね。エルフの里では“光の魔王”が飛び立ったのではと大騒ぎになっていますが”
“いや、あれは光でも闇でもないもっとあいまいなナニカ、言うなれば“混沌の魔王”であろうよ”
“フフフ、エルフの者たちどころか私たちをも混乱に落とす理不尽な存在、まさに“混沌の魔王”と呼ぶにふさわしいのかもしれませんね”
去って行くワイバーンを見詰めそんな事を話す高位存在たち。
その後ケビンが称号に<理不尽>と<混沌の魔王>を発見しもだえる事になるのだが、それはまた別のお話。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora