大聖堂に清廉で静かな空気が流れる。
これから社会の荒波に旅立っていく若者たちに、メルビン司祭は一人の先達として言葉を向ける。
「それでは皆様、ゆっくり目をお開けください。
これにて授けの儀、滞りなく執り行われました。
いま、新たに二人の若者が世の中に旅立ちます。それはこれまでのように多くの大人たちに見守られ、支えられて来たものとは違う真の意味での人生の始まりを意味します。
旅立ちの儀、それはひな鳥が大きく成長し、若鳥として巣立ちを迎えた事を意味する儀式。
ケビン・ワイルドウッド殿、ケイト・フロンティア嬢、ここから先はあなた方の人生です。これまで多くを学び、考え、鍛えて来た事は、すべてここから先の人生を生き抜くための訓練。
辛い事、苦しい事、嬉しい事、悲しい事。予期せぬことの連続もまた人生。
皆様方におかれましては常に女神様を身近に感じ、日々を健やかに過ごされますようお祈り申し上げます。
本日はおめでとうございます」
“これから先は自身の人生。自らの足で立ち、一歩一歩歩んで行って欲しい”
メルビン司祭の祈りにも似た激励は、若者たちの心に深くしみ込んで行くのであった。
「ケビン・ワイルドウッド男爵様、ケイト・フロンティア様、引き続き“鑑定の儀式”を執り行います。鑑定は別室で執り行いますのでご移動をお願いいたします。
なお鑑定結果につきましてはご本人様のみにお知らせさせていただいておりますので、フロンティア男爵様におかれましてはこちらの大聖堂でお待ちいただくか、お部屋前の廊下にてお待ちいただければと思います」
教会シスターからの声掛けに、その場を移る面々。
「すまない、鑑定なんだがケイトを先にしてもらっても構わないだろうか?
先程メルビン司祭様も仰っていたが、どうやら私の鑑定は長引きそうなのでな。
ケイト、そういう訳だからすまないが鑑定が終わったらザルバさんと一緒に大聖堂に行って待っていてくれるか?
廊下で待たせていると思うと気が引けるんだ」
そう言い頬をポリポリ掻く俺に軽く頷きで同意を示すケイト。
ザルバさんは苦笑いを浮かべながら、「まぁ、仕方が無いですね」と呟きを漏らす。
「畏まりました。ではケイト様、お部屋の方へお願いします」
シスターの促しに部屋へと入って行くケイト。俺とザルバさんは廊下の長椅子に腰掛け、ケイトの鑑定が終わるのを待つ。
部屋の中にはケイトのほかに二人の人物の気配が残る。あれが鑑定士と書士のものなのだろう。
やっている事は集団鑑定の時の中庭テント内と同じ、ただ雰囲気を豪華にすることでお貴族様や豪商の皆様方の御心に配慮しているという事なのだろう。
「ザルバさん、なんか漸くここまで辿り着いたって感じですね」
俺は隣に座るザルバさんに話し掛ける。
ザルバさんとケイトは王都貴族たちの嫉妬から家を失い、命を狙われ、ギリギリの状態で逃げ延びた過去を持つ身。
そんな彼らにとって無事に旅立ちの儀を迎える事が出来た事が、どれ程の喜びである事か。
「ケビン君、今更ながらだが、これまで本当にありがとう。
ドレイク村長とケビン君に会う事が無ければ、私とケイトはヨーク村ですでに死んでいただろう。あの村での生活はそれほどまでに酷いものであったし、そんな事にも気が付く事が出来ない程当時の私たちは追い詰められていた。
今思い返しても本当によく生きていたものだと思う。
だが私は一度ケイトを殺してしまっていた。ただ生き延びる事に必死になり過ぎるあまり、ケイトの心が壊れてしまっている事に気付く事すら出来なかった。
いや、あの時は私自身既に壊れていたのかもしれない。
これは私の罪、生涯背負って行かなければならない贖罪。
そんなケイトにケビン君は声を与えてくれた、心を与えてくれた、人生を取り戻してくれた。
私は、私たちはケビン君に生涯を捧げても返し切れない程の恩があるんだよ。
ケビン君は常日頃からマルセル村で生涯を過ごしたい、牧歌的な村の生活を送りたいと言っているだろう?
私は思ったんだよ、ケビン君に恩を返すにはどうしたらよいのかとね。そこで気が付いたんだ、それは共にマルセル村を支えて行く事ではないかとね。
牧歌的な村の生活というものは簡単な様に見えて意外に難しい。
それはそんな平和な生活を実現する為だけにヨークシャー森林国の疫病騒ぎを治め、ダイソン公国とオーランド王国との戦乱を終息させたケビン君が一番分かっていると思う。
私はドレイク村長の下で執事として仕える事が、結果としてその夢に一番貢献できると思ってるんだ。
家族がいる、村人たちが笑顔で暮らすマルセル村。
ケビン君、娘の事、ケイトの事をよろしくお願いします。この先どんな事があろうとも、ケイトと私はケビン君の味方であるという事を覚えておいて欲しい」
ザルバさんは心の中のわだかまりを吐き出すかのように、俺に自身の思いを語って聞かせるのだった。
「・・・ザルバさん、重いっす。
いや、気持ちはわかりますけども、俺も同じ立場ならそうなっちゃうと思いますけども。
あの、何度か話したことがあると思いますけど、もっと気軽に構えて貰ってですね?
ケイトなんて自分の気持ちに一直線ですから、恩とかそんな感じじゃないですから。
それにザルバさんは新婚なんですから、奥さんのカミラさんとかお子さんのクロック君の事を大事にしてあげてくださいよ。
でもザルバさんのお気持ちは素直に受け取らせていただきます。
俺、常々思うんですよ、勇者様の冒険譚で救われた人々ってその後どうなってしまったんだろうって。
立ち上がる力のある者、一時的な脅威から救われた者はいい、でもそうでない者は。
本当に必要な物は復興の為の社会基盤であり、安全な暮らしを支える為政者たちの働きなんじゃないかって。
前にベルツシュタイン伯爵閣下が仰っていたんですけどね、権力者が最も恐れるのは超常の力を持った存在なんかじゃなく、自分たちと同じ舞台で戦う事の出来る知恵者なんだそうです。
でもこれって見方を変えれば本当に必要な者は超常の力を持った勇者ではなく、日々の暮らしを支える人々って事になるんですよ。
社会基盤なんてものは一朝一夕で作り上げれる物じゃない。日々の暮らしを支えてくれるものが、その仕事に従事する人々がどれほどありがたい存在か。
辺境に足を運んでくれる行商人然り、麦や野菜、ビッグワーム干し肉を作り続ける村人たち然り、村の運営を行うホーンラビット伯爵閣下とそれを支えるザルバさんたち然り。
俺は日々の生活を支え築き上げてくれる皆さんにいつも感謝しているんです。
ですからザルバさんはザルバさんの幸せを追求してください、その事がひいては俺の幸福に繋がるんですから」
俺の言葉に何か感動しているザルバさん。「この若者は何と高潔なのだ」とか呟いてますが、要は食っちゃねしてゴロゴロしたいだけっすからね?
美味しいものを食べてのんびりダラダラ生活する為には、それを支える生活環境が必要、その為のインフラであり社会システム。
この民度の低い世の中でそれを実現する事がどれほど大変か。
ザルバさんやボイルさんたちの働きには日々感謝しきりですっての。
ドレイク村長は・・・あの人直ぐ厄介事をこっちに押し付けようとするからな~。俺も押し付けるけど。
“ガチャリッ”
開かれた扉、中から出てきたケイトはいつも通りのどこかやる気のなさそうな表情でこっちにやって来ます。
うん、あの顔はどこかやり切ったって顔ですね。中で一体何があったし。
おそらく結構ステータスが変化していた事に驚かれたとか?
あぁ、そうだった、今回の鑑定士は王都から来てるんだったわ。
って事はスキル研究の専門家?詳しいからこそ驚きもひとしおってね。
「それじゃケイト、ザルバさんと大聖堂で待っててくれる?俺も終わったらそっちに行くから。
ザルバさん、後の事お願いします。俺も終わり次第合流しますんで」
「ん。鑑定自体は大した事なかった。ケビンも早く来るといい」
ケイトはそう言うと、ザルバさんと共に大聖堂へと戻って行くのでした。
「それではワイルドウッド男爵様、お部屋の方へお願いします」
「あっ、すみませんシスター。メルビン司祭様を呼んで来て貰えますか?
この後少々問題がありまして、どうせメルビン司祭様のお耳にも伝わる事ですから、どうせなら一緒に済ませてしまおうかと思いましてね」
俺がにっこり微笑みながらそう言うと、訝しそうな顔をしながらも司祭様を呼びに行くシスター。やっぱり袖の下って大切です、キラービーの蜂蜜、小壺一つでも金貨五十枚はしたんだよな~。
「おいケビン、また厄介事か?マジで勘弁してくれよな、俺今日の稼ぎで飲みに行く予定なんだからよ」
「お~い、ナンパ師メルビン、本音が駄々洩れですよ~。
まぁ厄介事には違いないんですけどね、あまり大きな声では言えない類の事柄でして、一度司祭様のご意見を聞いておいた方がいいかなと。
まぁなんにしても鑑定してみれば分かりますんで、詳しくは部屋に入ってから話しましょうか」
俺はそう言うと、メルビン司祭様と共に鑑定が行われる部屋へと入って行くのでした。
「ケビン・ワイルドウッド男爵様、はじめまして。王都スキル研究所から参りました鑑定士のダリアン・リバーサイドと申します。
こちらは同じく王都スキル研究所から参りました書士のエメリアです」
「書士をしておりますエメリアと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「ケビン・ワイルドウッドです、どうぞよろしくお願いします。
それと既にご存じかと思いますが、私には<自己診断>というスキルがありまして、自身のスキルをある程度把握する事が出来るのですよ。
そこで判明したステータスに少々問題がありましてね?
本来秘密裏に行われるはずの鑑定の場に、メルビン司祭様にお越しいただいたのはそうした理由からです。
詳しい事は鑑定を行っていただければ直ぐに分かりますので、まずは鑑定の儀を進めてしまいましょう。
本日はよろしくお願いします」
俺は共に入室してきたメルビン司祭様に訝しみの視線を送る鑑定士と書士の二人に軽く説明をすると、直ぐに鑑定の儀を行うように促すのであった。
二人は初めこそどうしたものかといった表情をするものの、本人がいいと言ってるという事で直ぐに鑑定に取り掛かる事とした。
「<詳細人物鑑定>」
鑑定士のリバーサイド氏がテーブルの水晶球に手を当てながら鑑定のスキルを発動する。すると水晶球から繋がった表示板にその結果が映し出され、書士が物凄い速さで結果を鑑定用紙に書き込んで行く。
「<転写>」
書士のスキルにより鑑定結果は開かれた本の白紙のページに<転写>され、鑑定の儀式は一応の終了となる。
「こちらが鑑定結果となります」
書士から渡された鑑定用紙、俺はその結果を直ぐにメルビン司祭様に手渡すのだった。
名前 ケビン・ワイルドウッド
年齢 十五歳
種族 人
職業 田舎者(辺境)
スキル
棒 自然人 田舎暮らし(*)自己診断
魔法適性 無し
称号
辺境の勇者病仮性患者(*)
加護
食料神の加護
「へ~、ケビンは加護持ちだったんだ。それも<食料神の加護>、何ともケビンらしい加護じゃないか。
ビッグワーム肥料によるマルセル村の野菜然り、ビッグワーム干し肉然り、角無しホーンラビット肉然り。ケビンの食糧改革はグロリア辺境伯領の食糧事情を劇的に変えたと言ってもいい。その食に対する飽くなき探求心が食料神様に認められたという事なんだろう。
だが他にこれと言って目を引くようなものは無いと思うんだがな?職業が<田舎者>という事は以前聞いているし、<田舎暮らし>という複合スキルは知っている者なら知っている事だしな?」
俺の鑑定結果を見ながらなぜ自分がこの場に呼ばれたのかと首を傾げるメルビン司祭様。
鑑定士様と書士様は、何かモヤモヤしたといったお顔でこちらを見ておられます。
「メルビン司祭様、名前の下、種族のところを見て貰ってもよろしいでしょうか?」
俺の言葉に視線を種族欄に向け、そのまま固まるメルビン司祭様。鑑定士と書士もそれぞれ確認したのか、俺の方を見て目を見開いています。
「なんか普人族の“普”と“族”がどこかに行っちゃったんですよね。まぁ色々やって来たんでどこかおかしい自覚はあったんですけど、種族変化を起こすとはね~。
これが他種族に変わるってんなら先祖のどこかにエルフなりドワーフなりの血が混じっていたのかなとも思うんですけど、“人”って。
どうやら女神様は俺に人種の枠を超えた何かを見出されたのかもしれません。
えっと、鑑定士さんはこの後より詳しい詳細鑑定も行うんですよね?王家からの依頼でもなければ、王都スキル研究所の局員の方が遠くグロリア辺境伯領までお越しくださること自体おかしいですものね」
「あっ、あぁ、そうですね。それでは一つずつ調べさせていただきます」
<鑑定詳細>
種族詳細
<人>
人とは可能性の塊。始まりにして未来、人の行く末に幸多からんことを。
スキル詳細
<棒>
棒っていいよね、ロマンだよね、なんかウズウズするよね♪
棒に関するあらゆる事象にプラス補正。
<自然人>
空がある。雲が流れ風が吹く。
海がある。母なる大海は命を育みすべてを受け入れる。
大地がある。山があり森があり草原があり。
朝が来て、夜が来て、また朝が来る。
<田舎暮らし>
・田舎暮らし(魔法)・田舎暮らし(戦闘)・田舎暮らし(生産)・田舎暮らし(生活)
<自己診断>
自身のステータスを確認する事が出来る。
鑑定士リバーサイド氏が鑑定したステータス詳細を書士が記述、結果を白紙の本のページに<転写>してから鑑定書をこちらに差し出して来る。
「メルビン司祭様、結果から見れば然して問題ない様に思いますが、人の考えというものは多種多様。それは教会勢力内においても同様でしょう」
“ドシャッ”
それはどこにでもあるような皮袋。ただし中身のずっしりと詰まったそれは、見るからに重たそうに感じる何か。
「えぇ、そうですね。ですが迷える信者を導くのも、またそうした人々を守るのも教会司祭の務め。
難しい話は上手い事治める事といたしましょう。何こうした事は得意ですのでご安心を。
“人とは可能性の塊”、素晴らしい言葉ではないですか。ワイルドウッド男爵様の未来に幸多からんことを」
そう言い柔和に微笑むメルビン司祭様。うん、話の分かる大人は素敵です。
俺は透かさず鑑定士と書士にも「こちら、大森林で採れたキラービーの蜂蜜でございます」と小壺に入った蜂蜜を進呈。変に話が広がらない様にベルツシュタイン伯爵閣下の指示に従う様お願いするのでした。
本日一話目です。