「おはよう、ジェイク君」
「エミリー、おはよう。大分朝が早くなって来たけど寒いのは変わらないね、お布団が恋しい」
「もう、そんな事言って。魔力も厚過ぎだよ?きっちり調整しないと」
「ウグッ、ガンバリマス」
「フフフ、ジェイク君おかしい」
「二人共おはよう、今日も頑張ろう」
「「ジミー君おはよう、今日こそ大福をズタンズタンのギッタンギッタンだね!」」
朝の健康広場、今日も村の人々は日の出と共に行っていた朝の作業を終えると、ご近所の者と連れ立ってケビン君の体操教室を受けに集まって来る。もっとも狭くて広い村、ご近所と言っても数軒しかない離れたお宅なのだが。
近頃では腰の曲がったお年寄りも朝の体操に顔を出す様になって来た。中には体調が良いと言って体操教室に行こうとして家族に怒られる元病人もいる様だが、彼らに関しては指導者ケビンから見学を命じられている。せめて春になってからにしてくださいと言うのがケビン少年の本音の様だ。
そんな元気な村人たちの中、しばれる寒さに身を震わせる一団。そう、新しく住民となった移住者たちである。
彼らは思った、“この村の人達はこの寒さの中なんで平気なの?”と。彼らもお婆さん特製のあったかコートを羽織ってはいるのだが、それでもやはり早朝の寒さは身に堪える。それをあんな薄着で元気よく。
「皆さんおはようございます。今日から新しく来られた方々も朝の体操に御参加と言う事ですね、よろしくお願いします。中々暖かそうなコートを羽織っていらっしゃる、後でじっくり見せてくださいね。
では腕を大きく上げて背伸びの運動から、一、二、三、四、二、二、三、四」
きびきびと体操を始める村人たち、吐く息は白く辺り一面に靄が立ち昇る。日の光を浴びて幻想的にすら見える朝の体操は、それから約三十分ほど続けられた。
「そろそろ春の作付けに向けた土おこしが始まります。施肥作業も入りますから足腰に疲れが溜まり易くなります。疲れは怪我の元にもなりますので十分気を付けて作業を行ってください。皆さん、お疲れ様でした」
わいわい騒ぎながらそれぞれの家に戻って行く村人たち、これがマルセル村の朝の始まりなのだろう。
「さて、新しく村に来られた皆さんはマルセル村の皆がなぜあんなにも平気な顔で寒い朝から体操をしているのか不思議ではありませんでしたか?」
ケビン少年からの問い掛けに、頷きで返す新住民たち。それはそうだろう、この凍り付くような寒さの中それをものともしない人々など、驚くなと言う方に無理がある。
するとケビン少年はいつぞやのスラム地区で行った様に背中から魔力で出来た大きな腕を生やし、こう告げた。
「全ての秘密はこの“魔力纏い”にあります。本日は皆さんにこの魔力纏いを習得して頂きます。各自朝食が終わったらお婆さんの家の前に集合してください」
それだけを言い終えるとスタスタと自分の家へと戻って行くケビン少年。残された新住民たちはその後ろ姿をただ呆然と見送るのであった。
「本当にケビン君がそう言っていたのですか?」
囲炉裏を囲み朝食を取るお婆さんは、そのまがった腰をスッと上げ、しゃがれた声で問い掛けた。
「はい、我々新住民に対し、マルセル村の村人の秘密である“魔力纏い”を習得して貰うと宣言されました」
未だ信じられないと言った顔でそう答えるグルゴビッチ、隣に控えるガブリエルも頷きでそれを認める。
“魔力纏い”、おそらくそれは“魔纏い”等と呼ばれる剣士が行う高等技術。魔力に造詣が深く魔術を駆使するエルフ族ですら一部の者しか使う事の出来ない達人の領域。事実アナスタシア・エルファンドラがその領域に達したのは魔術に触れて八十年が経った頃であった。そんなアナスタシアですらケビン少年の足元にも及ばないと言うのだから彼の技術がどれほどのものなのかが窺い知れるだろう。
「それで、ケビン少年は本当に“習得して貰う”と言ったのですね?」
その問いに黙して頷くグルゴビッチ。彼も元は一角の剣士、当然“魔纏い”の事は知っていたしその習得難易度の事も理解していた。だからこそケビン少年の言葉が理解出来なかったのだ。
“コンコンコン”
「お婆様、ケビン君が御見えです。」
小屋の外で控えていた者からの知らせ、困惑が治まらないまま立ち上がる三人。
“どうやらマルセル村の洗礼はまだ終わってはいなかった様だ”
アナスタシア、グルゴビッチ、ガブリエルの三人は、背中に流れる冷たい汗を感じながら、小屋の外へと向かうのでした。
―――――――――――――――――
いや~、失敗失敗。
なんか新住民の皆さんが朝の体操に参加したいと言うので“日が昇ったら健康広場に集まってください”って軽い調子で答えたんだけど、あの人たち“魔力纏い”出来ないじゃん。魔力纏い無しの早朝って目茶苦茶寒いじゃん、やっちまったって感じ?
まぁこの村に来たばかりだしどんな人物かの見極めもあったんで敢えて教えたりはしてなかったんだけどね、特に問題もなさそうだしもういいかな。
因みにケイト君とザルバさんには四箇村巡りから帰って直ぐに教えました。二人の体力もかなり回復して来ていたんで、ミランダさんと相談していつごろから教えたらいいのか調整してたんですよね。
特にケイト君が色々とヤバかったからな~。栄養失調でガリガリの死に掛けスタートだもん、そりゃ慎重にならざるを得ませんっての。その上魔力過多症ってどんだけって感じ、でもケイト君、おそらくこの魔力過多症のお陰で生き残っていた可能性が高いです。
過剰魔力のほとんどが生命維持に使われていたんじゃないかと、じゃないとあの過酷な環境の中で少なくともここまで成長出来た事の説明が付きませんからね。そこに安定した食事と魔力を含んだ食材の提供があって症状が発症したって事なんじゃないかな?
今回の五箇村農業重要地区入り計画が無ければ発覚しなかったケイト君と言う存在。すでに限界を超えた状況で首の皮一枚で生き残った子供、生命維持の為に常に使われ続け鍛え上げられた膨大な魔力、そして授けの儀によって明るみに出る宮廷魔術師級の魔力を持った大魔術師の誕生。
交錯する大人の欲望、暴走するヨーク村ケイジ村長、そして訪れる父親ザルバさんの死。この世の全てに絶望していたケイト君を
うん、ヨーク村、物理的に消えてたわ。危ねえ危ねえ、こんなん勇者物語の一節じゃん、ケイト君ヨーク村を壊滅させた後虚無の目をしながら消えて行くって役じゃん、厄災の魔導士とか呼ばれそうじゃん。
でも悲しいかな、君の役柄はおそらく序盤の中ボス役だと思います。大福に瞬殺される姿が目に浮かぶ、勇者大福、無双決定ですな。
で、そんな残念ボスのケイト君ですが、バッチリ魔力を使いこなしております。ただ使い方が荒いんだけどね、量が多過ぎて制御が難しいみたい。ですんで引き続き魔力過多症治療は継続中であります。
でもそろそろヒカリゴケジャケットは脱いでもいいんじゃないの?気に入ったの?お世話をしてたら愛着がわいたんだ、ジョウロで水やりとかしてたもんね。
服に水やりをしてそれを着込む生活、凄いシュール。なお魔力制御を覚えたケイト君、ネオンライトの技を習得なさいました。最近は黄色に応用の技を教わっている様です。
でもあの二人、“ん。”と“グネグネ”で何で会話が成立してるんだろう?凄い謎。お前も人の事は言えない?それを言われちゃうとそうなんですが。
やっぱフィーリングって大事ですよね。
お、いるいる。早速集まって頂いた新住民の方々、アナお婆さんもご一緒ですか。
「ケビン君や、何やら儂らに“魔力纏い”とやらを教えてくれるとの事じゃが、本当かね?」
何やら疑いと言うよりも困惑と言った風に聞いて来るアナお婆さん。まぁボビー師匠も通常だったら相当な高等技術だって言ってたし、その気持ちも分からなくもないんですけどね、ザルバさんも魔力纏いが出来る様になった自分に困惑してましたし。
「それじゃ面倒なんで一気にやっちゃいますね。先ずは皆さんで輪になって手を繋いでください。そうそうそんな感じで、はい結構です。
アナお婆さん人に魔力を流し込むのって出来ます?少しなら?それじゃ隣のグルゴさんの手に流して貰えます?そんな感じです。
グルゴさん分かりますか?それが魔力です。更にお隣に届ける事って出来ますか?難しいと、じゃあ代わりますね、間失礼します」
俺はアナお婆さんとグルゴさんの間に入るとグルゴさん側から徐々に魔力を伸ばしていきます。人間は元々魔力を持っている為か、多少の抵抗はある者の比較的魔力を流し易いモノの一つです。そうじゃないと光魔法のヒールなんて効きませんからね、相手が自分の魔力で抵抗すれば別ですが、よく分かっていない段階ならこの通り。
「ウヒャッ!」「キャッ!」「アフンッ」
なんか変な声も聞こえましたが気にしてはいけません。
「なっ、これは!?」
「あ、アナさん抵抗しないでくださいね、これから少しくるくる回して皆さんの魔力の通りを良くしますから」
一人ひとりやればもっと簡単なんですけど、集団だとちょっと面倒。ここで考えたのがこの伝次郎方式、静電気がビリッて走る例の奴です。お手々繋いでぐ~るぐるって感じに魔力を動かしてあげるとあら不思議、なんか魔力を動かす感覚が身に付いちゃうんですね~。
「グルゴさん、僕に向かって魔力を押し返そうとしてみて貰えます?そうです、そんな感じです。次はお隣のガルさん、いいですね~、出来てますよ。次はその隣のジェラルドさん、上手ですよ~」
そんな感じで一周してみました。
「・・・・」
「何ですかアナお婆さん?皆さんちゃんと出来てますよ?」
「何で儂にはやれと言わんのだ?」
「いや、だってアナさん既に出来るじゃないですか。最初にグルゴさんに魔力を送ってましたし」
「そう言う問題ではないわ、仲間外れは寂しいではないか、儂順番が来るのを待っておったのだぞ、ここで肩透かしとは酷いではないか!」
うげっ、皺皺のお婆さんが拗ねても全く可愛気が無い。
「はい、次はアナお婆さんお願いします。おぉ、流石ですね、とても力強い。熟練度の高さが伺えます。皆さんも分からない事があったらアナお婆さんにコツを教わってみてください。
それでは次に行きますね」
・・・アナお婆さん大変ご満悦、チョロ過ぎてすごく心配です。大丈夫だろうか、この残念エルフ。隣ではしゃぐお婆さん(偽)を見詰めこめかみを揉む、ケビン少年なのでありました。
この後みんなして魔力ボールを作る練習、作った魔力ボールでのお手玉、キャッチボール等を二時間ほど行い、ここからが本番。
「はい、皆さん魔力の扱いに大分慣れて来ましたね。それではみなさん自分の身体全体をその魔力で覆うように想像してみてください。そうです、皆さん良く出来てますよ。それが“魔力纏い”です。
どうです、今寒いですか?それほど寒さを感じないと思いますよ?それでも寒い方はその纏った魔力にヒートの生活魔法を掛ける様に意識して詠唱してみてください。どうです、温かいでしょ?これがマルセル村の秘密、“田舎暮らしの必須技能、魔力纏い”です。その応用範囲、可能性はまさに無限大、詳しくは村の皆さんに聞いてみてください。僕も知らない面白い使い方を教えてくれるかもしれませんよ?」
教わった便利な魔力の使い方に、驚きつつも喜ぶ新住民たち。対して自身に起こった事に思考が付いて行けず、自分の手を見詰め固まる指導者三人。
お~い、大丈夫ですか~、この辺境では凝り固まった発想じゃ楽しく生きて行けませんよ~。
美味しい肉は正義、人生楽しまないと。
常識はいつも異端者により破壊される。タンパク質の信奉者ケビン、彼は今日も常識人の世界観を粉々に打ち砕くのでありました。(合掌)
本日一話目です。