転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第494話 辺境の剣客、獰猛に笑う

そこは岩肌に囲まれた渓谷であった。周囲は切り立った崖になっており目的地へと向かうには目の前の道を進むしかない。

 

「ジミー殿、魔獣霊亀の巣はこの先の洞窟内となります。周囲は我々が固めますので存分にお働きください」

 

魔獣討伐における脅威、それは何も目標とする魔獣ばかりではない。周辺からの横槍、血の臭いや戦闘の気配を嗅ぎつけた闖入者を退けつつ戦う事の難しさは、暗黒大陸において多くの戦闘経験を積んだジミーが一番よく知っていた。

 

これから戦いを挑むは鬼人族忍びの里の守護獣と呼ばれたほどの強者、その力は一体どれ程のものか。予め里の者から情報を集めたとはいえ、それはあくまで凶暴化する前の物。暴走し、凶暴化した今、それがどれほど役に立つ情報であったのかは実際に戦ってみなければ分らない。

 

「それではこれより向かわせて頂きます。御屋形様並びに上忍の皆様方、村の守りをよろしくお願いします」

ジミーは渓谷に集まった忍びの里の戦士たちに一礼をすると、一人洞窟へと歩を進める。

 

「ジミー殿、私もご一緒させてくださいませんでしょうか?

決して足手まといには・・・」

「・・・和葉殿。貴殿のお気持ちは分かる。一族の敵をよそ者である俺に委ねるのがどれ程の屈辱か。

だが今は里の存亡を第一に考えて欲しい。

俺が倒れた時、その後を引き継ぐ者が必要だ。敵は強大、俺とてただで済むなどと考えてはいない。だが確実に弱らせて見せようぞ。

和葉殿、その後の(とど)めの程、よろしく頼む」

 

ジミーはそう言葉を残し、笑顔で去って行く。

和葉はそんな男の後ろ姿を見詰めながら、己の力不足に歯嚙(はが)みせざるを得ないのであった。

 

“コツンッ、コツンッ、コツンッ”

洞窟内に響く靴音、それは自ら侵入者の訪れを知らせる愚行。だがジミーはその様な事を一切気にしてはいなかった。

この場にいる魔物は一体、それも自身がこれまで出会ったどの魔物よりも強大で強靭であろう魔物。霊亀、その存在に対し己の身を隠し近付くなど不可能であるし、余計な気を使うくらいならいっそ開き直る方が賢明と判断するに至ったのである。

 

“ゴソッ”

大きな気配が動く。その期待通りの存在に、口角を引き上げるジミー。

ジミーは思う、これが兄ケビンの住む世界なのかと。

冬の草原で行われた大福・緑・黄色を相手にした壮絶な戦い。ワイルドベアに跨り、多くの魔物を引き連れる兄ケビン。

その持ちうる力はマルセル村最強、父ヘンリーやボビー師匠を制約付きの戦いで一蹴するその実力は、誰しもが疑う事の無い絶対強者。

だがそれすらも兄ケビンの実力の一端でしかない事を、ドレイク村長やゼノビアさんを交えた会談の席で見せ付けられた。

あの時会談の席に現れたナニカを討ち倒す方策は、未だ浮かびはしない。それ程に隔絶した実力を持つ兄ケビン。

 

“俺はケビンお兄ちゃんにどれくらい近付く事が出来たんだろうか”

目の前の脅威“霊亀”の存在は、そんな自身の実力を測るための試金石。

 

“グガァーーーーーーーーーーー!!”

身の竦む様な咆哮を上げ、突進してくる巨大魔物。身体が、心が、魂が震える。

それは恐怖、それは歓喜、相反する二つの感情が、ジミーの中で激しく渦巻く。

 

「霊亀、お前の力、俺に喰らわせろ」(ニチャ~)

鬼神の子は鬼神。今ジミーは一体の修羅となった。

 

“ドドドドドドドッ、ドゴンドゴンドゴンドゴン”

激しい爆発音と衝撃音が洞窟より響く。

 

「火遁<火炎爆鎖>」

ジミーの手元から伸びる炎の数珠が、巨大な魔物を縛り付ける。

それは甲羅を背負ったドラゴン。太く強靭な四肢は大地を砕き、長い尻尾は岩肌を削る。太く長い首は言うに及ばず、その口に噛まれれば一瞬にして命の輝きは失われるだろう。

周囲には霊亀の噛み砕いた大岩が無残な破片となって散乱し、足場の悪い戦場を作り出す。

 

だがそんな窮地においてジミーは唯々笑っていた。己の全力をもってしても終わる事の無い戦いに酔いしれていた。

 

「水遁<鉄砲水>」

“ドゴーーーン”

周囲の瓦礫を巻き込んで霊亀の顔面を襲う水流、だが霊亀はそれがどうしたと言わんばかりに首をもたげる。

 

「ハハハハ、やはり忍びの里の守護獣、忍術ではその体力を削るのが精々か。ならば肉弾戦と行こうか、龍人族よりも強いと証明してみせろよ?

“我が命ここにあり、我は我が肉体の主にして真理。今存在の全てを解放せん”」

それは“真言”、だがその文言は己を殺し死兵となる事で敵を討ち滅ぼすと言った生易しいものではない。

命の迸り、生命の持つ可能性の全てを引き出す事で、己の存在を強制的に引き上げる疑似的な進化。

 

「武勇者ジミー、その存在を賭け、お相手つかまつる」

“ズドーーーン、ドガンドガンドガン”

振るわれる木刀が霊亀の肢体を吹き飛ばす。修羅が駆ける、それは霊亀の反応を更に超えた速度で目標に迫る。

 

“グガァーーーーーーーーーーー!!”

霊亀と武勇者ジミーとの戦いは大地を揺らし、更に激しさを増していくのであった。

 

 

「音が静まったか。才蔵、中の気配はどうだ」

御屋形様と呼ばれる壮年の男が、側に控える黒装束の者に問い掛ける。

 

「ハッ、霊亀の気配がかなり小さくなっております。既に身動きの出来ない状態になっているものと思われます」

「ほう、これは僥倖。呪詛により弱っていたとはいえ、あの霊亀をたった一人で追い込むとはな。

馬鹿と鋏は使いよう、中々どうして、戦闘狂も使えるではないか。

して、その馬鹿はどうしている?」

 

「ハッ、気配を抑えているのかどうかわかりませんが、激しい反応はありません。ですが相手は武勇者、油断なさらぬ方が賢明かと」

「ふむ、まぁよい、我々は事の顛末を見届けるまで。皆の者、霊亀の下に向かう。もしもの場合は我々の手で霊亀に引導を渡さねばならんからな。

和葉、その役目はお主に任す、見事大願を果たして見せよ」

「ハッ、御屋形様の御心使い、感謝いたします」

 

片膝を突き、頭を垂れる和葉。

御屋形様と呼ばれた男は、そんな配下に冷たい視線を向け、口元を歪めるのであった。

 

そこはまさしく惨状であった。洞窟内には大きなひび割れが広がり、無数の落石により足の踏み場すらない。

深くえぐられた大地は戦闘の激しさを物語り、自分たちの目算が甘かった事を痛切に知らしめる。

 

それは洞窟の最奥に鎮座していた。

折れ曲がり既に役に立たなくなった四肢、切り飛ばされた巨大な尻尾が地面に転がる。そして力なく首を横たえる魔獣の姿は、勝敗の行方を誰の目にも明らかにするものであった。

その者はそんな魔獣の頭の上にいた。彼は大きく息を荒げるも、何か不満そうな表情を隠そうともせず、その場に集まった者たちを冷たく見下ろす。

 

「おぉ、ジミー殿、見事霊亀を討ち倒して下さった様子。忍びの里の者を代表し感謝申し上げる。

だが流石は霊亀といったところ、その命の灯はいまだ尽きておらず。

最後の一手、我ら一同見届けさせていただこう」

御屋形様の言葉、それは賛辞。

嘗ての里の守護獣をたった一人の力で討ち取るなど、伝説の勇者にも等しい行い。その英雄的行為に賞賛を送らぬ者などいるのだろうか。

 

だが、当の英雄武勇者ジミーはその憮然とした表情を変える事もせず口を開く。

 

「御屋形様に一つお聞きしたい。これは一体どういう事であるのか」

 

突然向けられる武勇者ジミーの言葉に何の事かと訝しむ一同。だがジミーはそんな彼らに構う事なく言葉を続ける。

 

「我ら武勇者の願いはただ一つ、“強き敵と戦いたい”。

それはただ勝利を求めるといったものではない、戦いにより己を高め、より高みに上りたいと欲する切なる願い。

そしてその剣は己に素晴らしい戦いを与えてくれる敵に敬意をもって振るわれる。

武勇者は敵を恨まない、ただ只管に愛し敬意をもって戦いに挑む。

 

呪いの魔道具、その効果がどういった物であるのかは分からない。

おそらくではあるが、攻撃衝動を高める、意識を奪う、肉体を縛ると言ったところか。

剣を交え、拳を交えれば相手の事をより深く知ることが出来るは武人の常識。呪いにより身体を蝕まれ、己の自由の利かぬ強制的な殺戮衝動のままに戦わされていた者の悲しみは、未熟な俺では窺い知ることは出来ない。

 

そして本来の力を奪われた、傀儡と戦わされた俺の気持ちも、貴様には分かるまい。

貴様らにはさぞや滑稽に映っていたんだろうさ、その真相を知らず、喜び勇んで戦いに赴くこの俺の姿は」

 

ジミーはそこまで語ると、とある魔法の詠唱を始める。

 

「“大いなる神よ、闇の魔力よ、我が手に集いて我が手を包み込め、ダークアーム”」

収束する濃厚な闇属性魔力、やがてそれは一つの形を作りジミーの右腕を包み込む。その魔法はかつて勇者病<仮性>重症患者である兄ケビンが、<闇属性魔導師>の職を授かったケイトと共に開発したロマン生活魔法、<ダークアーム>。

 

「教えてやろう。呪いとは闇属性魔法の一形態に過ぎない。そして魔法は同属性の魔力を用いれば弾く事も掴む事も出来る。

それは呪いの魔道具、呪具であろうと同じ事」

 

“ズボッ”

振り下ろされた右腕、それは霊亀の後頭部から突き刺さりその奥で蠢くナニカを掴み取る。

 

“ズバッ”

引き抜かれたそれは、どくどくと脈打つ一振りの短刀。

その光景に和葉は言葉を失う。自身の信じていたものが大きく揺らぎ、その場に力なくへたり込む。

 

「<収納>、全くくだらない事を。貴様らの目的が何であれ、我が敵を愚弄した事、許す訳にはいかない」

ジミーはそう言うと、収納の腕輪から一本のポーション瓶を取り出す。

 

「ふん、だから何だというのだ。既に霊亀は虫の息、最後の止めも今貴様が行った。我らが大願は果たされたも同然よ。

大体今更ポーションなど取り出してなんになるというのか、いくらハイポーションを与えたとてその様な物が霊亀に効くとでも思うてか?

武勇者とは戦う事以外においてはここ迄愚かであったか」

 

御屋形様の侮蔑の笑いが洞窟内に響く。だがジミーは取り出した七色に輝くポーションを、大きく開いた霊亀の傷口に注ぎ入れるのだった。

 

その変化は劇的であった。

光り輝く霊亀の傷口、その光はやがて頭部、首、肢体へと広がり、全身を眩い光で包み込む。

 

“ゴゾッ”

ゆっくりと霊亀の瞳が開かれる。頭部から飛び降りたジミーをよそに、大きく持ち上げられた首。

 

“ドスンッ、ドズンッ”

四肢は大地を踏みしめ、その巨大な身体を支える。

 

“ブオンッ”

切り落とされた筈の尾は、それがまるで嘘であったかのように風を切り唸りを上げる。

 

「霊亀よ、体調の方はどうだ?」

ジミーから掛けられた声に、首を下げ瞳を向ける霊亀。

 

“小さき者よ、勝利者よ。何故私を救ったのか”

それは疑問、命を懸けた戦いを行っていたはずの者から向けられる救済など、自然界では考えられない行いであった。

 

「答えは単純だ、俺は強い者と戦いたい。霊亀、お前は強い、俺がこれまで戦ったどの敵よりも。俺は本気のお前と戦いたい。

呪いに蝕まれ、ただ操られるお前じゃなく、十全に身体を動かす事の出来る本来のお前と。

だがそれは今すぐじゃない。いくら身体が治ったとはいえ、全盛時のお前には遠く及ばないだろう」

 

ジミーの言葉に暫し瞑目する霊亀。目の前の者はどれ程己に厳しく、そして己に素直なのかと。

 

“そうだな。身体を慣らすという意味でも、少なくともあと半年は掛かるだろうか”

「そうか、では回復の為に必要な場所を提供しよう。力を取り戻した暁には、もう一度戦って欲しい」

 

“承知した。勝利者に従うは自然の理、お前の言葉に従おう”

「よし、ではお前をその場所に送ろう。<ホーム>」

 

ジミーが左手を向け、言葉を発する。それは鍵、指に嵌められた魔道具から発せられた光が霊亀を照らし、その姿を光の粒子に変え吸い込んで行く。

 

「なっ、貴様、霊亀を何処へやった!!」

御屋形様と呼ばれた男は声を荒げ詰問する。だがジミーはどこ吹く風といった表情でその問いに答える。

 

「何を言っている、お前の望みは暴れる霊亀から忍びの里を守る事、そうではなかったのか?

ちゃんと依頼は果たしたぞ、霊亀は姿を消し里は守られた。少々洞窟は崩れたがそれは致し方があるまい?ちゃんと片付けは行うから安心しろ」

そう言い地面に転がる霊亀の尻尾や切り飛んだ足を次々と<収納>していくジミー。

 

「そうそう、霊亀がどこへ行ったかだったな。これは従魔の指輪といってな、承諾した魔物を仕舞い込む事が出来るダンジョン産の魔道具だ。

中は相当広いらしくてな、その魔物にとって最適な環境になっているらしい。腹も空かず傷は癒える、魔物にとっては最高な場所なんじゃないか?」

そう言い左手をゆらゆら揺らすジミー。

 

“スッ、バッ、ドゴーーーン”

音もなく飛び掛かった才蔵、だがジミーは予め分かっていたとばかりに全力で殴り飛ばす。

 

「者ども、奴から霊亀を奪い返せ!!殺しても構わん、解放の手段など調べようは幾らでもある」

「お~、流石は御屋形様、その決断の速さ、尊敬に値します。では私も全力を以ってお応えいたしましょう。

武勇者ジミー、推して参る!!」

殺到する上忍の集団、それを迎え撃つ武勇者ジミー。

“あ~、これだよこれ、鬼人族はこうじゃないと。本当に忍びの里に来てよかった”

ジミーはその顔を愉悦に歪め、高笑いを上げながら木刀を振るうのであった。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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