私は一体何を見せられているのか。
「「「水遁<濁流流し>」」」
「「「火遁<暴炎爆鎖>」」」
「「「風遁<四方竜巻>」」」
目の前で繰り広げられる上忍による最上級法術の数々。
「千剣乱舞“胡蝶の舞”」
だがその悉くを華麗な剣技で切り裂く一匹の修羅。
「「「「ぐわーーーーーっ」」」」
“ドガドガドガドガドガドガドガドガドガッ”
吹き飛ばされ、岩壁に叩き付けられる忍びの里最高戦力である上忍たち。
「アハハハハッ、もっとだ、もっと喰らわせろ!お前らが欲しいのはこの指輪だろ、見事俺から奪って見せよ!!」
逃げ場のない洞窟、数に勝る上忍たちに取り囲まれた絶体絶命の状況で、溢れる愉悦を隠そうともせず剣を振るう武勇者。
その者との出会いは突然であった。
「俺の名はジミー、武勇者である。デイレン山脈の麓にシノビと呼ばれる人々が暮らす鬼人族の里があると伺い参った次第。
是非とも一手ご指南願いたい」
深き森、デイレン山脈の麓に位置する忍びの里を訪れる者は少ない。
里の防衛を任された我々下忍の偵察隊の前に現れたのは、武者修行と称し各地の魔獣と戦い武功を高めていく武勇者を名乗る者。
「私たちの先祖はね、遥か東の島国、扶桑国というところからやって来たの。そこでは多くの
“命を惜しむな、名を惜しめ”。仕える主君の為に命を賭けて戦う者たち、たった一人になろうともその心折ること能わず。
そうね、ここ暗黒大陸でいう武勇者みたいな人たちなのかもしれないわね」
それは幼い頃に聞かされた母の言葉、鬼人族の先祖は皆そうした者たちであったと笑いながら話してくれた。
「あなたは里に戻りなさい、そしてこの事を皆に伝えて。早く行きなさい、里の皆を守るのです!!」
霊亀様が突然暴れ出したあの日、大好きな父も、厳しかった祖父も、暖かい日の光のような母も、皆目の前で潰されてしまった。
虚無感に支配された私の心に残った唯一の感情、それは皆の
日々の修行の辛さなどどうでも良かった。力を付ける事、霊亀を倒す為ならと何だってやって来た。
「御屋形様に一つお聞きしたい。これは一体どういう事であるのか」
その声は、深い悲しみと怒りに満ちていた。霊亀に仕込まれた呪具、意思を奪われ殺戮衝動に支配された傀儡、それが霊亀。
では一体誰がそれを。
「ふん、だから何だというのだ。既に霊亀は虫の息、最後の止めも今貴様が行った。我らが大願は果たされたも同然よ」
御屋形様は一体何を言っているのか。それではまるで全ての糸を引いているのが御屋形様の様では・・・。
「者ども、奴から霊亀を奪い返せ!!殺しても構わん、解放の手段など調べようは幾らでもある」
「お~、流石は御屋形様、その決断の速さ、尊敬に値します。では私も全力を以ってお応えいたしましょう。
武勇者ジミー、推して参る!!」
そして始まった武勇者ジミー殿と上忍たちの戦い。
この
「クソッ、相手は一人、何を手こずっておるか!
才蔵、口寄せを行え!」
「ハッ、ですがいまだ上忍どもが・・・」
「構わん!霊亀が手に入ればすべてに帳尻は合う、ここで奴を逃す訳にはいかんのだ!」
「御意!」
“バッ”
上忍頭である才蔵殿が取りだしたもの、それは複数枚の呪符の束。
「急急如律令、<従魔招来>!」
投げられた多くの呪符、それは形を変え強大な魔獣へと姿を転ずる。
“““““グガーーーーーーーー!!”””””
狭い洞窟に現れた魔獣の群れは、一斉にジミー殿目掛け襲い掛かる。
「ふむ、面白い。趣向を凝らした歓迎、感謝する。
太郎、邪魔なケガ人を影空間へ。俺はこのままお楽しみだ!」
ジミー殿の声に何処からともなく伸びる黒い影。それは地面に倒れ伏す複数の上忍たちを、一気に飲み込んで行く。
「“我が命ここにあり、我は我が肉体の主にして真理。今存在の全てを解放せん”、<覇魔混合>、対魔境剣術<金剛無双・明鏡止水>発動。
全力だ、全力で楽しませろ!!」
修羅が駆ける、それは稲妻のごとく。まるで複数のジミー殿がいると錯覚してしまう程の速度で、目の前の魔物暴走を飲み込んで行く。
「グッ、貴様は一体何なのだ!!才蔵、こやつもろとも洞窟を潰せ、引き際を誤るな」
「ハッ、爆来符、起動!」
“チュドドドドドドドドドドドドドドドド”
鳴り響く轟音、洞窟の天井が落下し魔獣もろとも全てを飲み込んで行く。
私は、私は・・・。
「<多重障壁結界>、太郎、お楽しみはここ迄だ。忍びの者を全て取り込め。一刀流、<龍牙一閃>」
振るわれた木刀、その刀身から生じる斬撃が、全ての魔獣を切り裂いていく。
“ゴボッ”
だが、私がそこから先の光景を見る事は叶わなかった。広がる影が私の身体を包み込み、深い闇の世界に引き摺り込んだからであった。
そこは静寂の世界だった。黒い地面、黒い空、見渡す限り暗黒のその場所には、時折思い出したかのように日の光が差し込んで来る。
その僅かな光をもとに辺りを確認すれば、倒れ伏し気を失う者あり、身を押さえ唸りを上げる者あり。
それはあの黒い影に飲み込まれて行った上忍たちの姿。
私は彼らに駆け寄る事も出来ず、さりとて逃げ出す事も出来ず。これまで自身が信じて来たモノが、捧げてきた人生が、その全てが虚構のものだと知らされたいま、私はどうすればいいのか。
“ズボッ”
再び身体が影に沈む。私はこのまま死を迎えるのか、そう思った次の瞬間、目の前には眩しい日の光と忍びの里が。
だがその光景はあまりにも凄惨で。
「ハハハハ、どうしたどうした。鬼人族の力はこんなものではあるまい!!
遥か扶桑国に暮らす貴様らの同胞は、たとえ一人になろうとも己が信念の為全てを賭けて戦うという。
怯まず、弛まず、ただ真っすぐに突き進む、それが
御屋形様よ、己が野望の為、全てを飲み込もうとした戦士よ。
お前の欲する力はここにある、ならば力を示せ、全てを賭けろ、それが暗黒大陸の流儀であろう」
倒れ伏す里の者たち、里の下忍の全てが、たった一人の男によって捻じ伏せられてしまっている現実。
「グッ、ここまで一体何年掛かったと。あと一歩というところで、何故こんな。
許さん、許さんぞ下郎が!!
“臨兵闘者皆陣列在前、我が敵、存在すること能わず”
法術開放<神降ろし、鬼神招来>」
“ゴウンッ”
それは我ら鬼人族の神、“鬼神様”を己が身に宿す忍びの里の最終奥義。己が神と一体になる事、それは即ち絶対の勝利を意味する事に他ならない。
「ハハハハ、なんだなんだ、やれば出来るじゃないか。
それだけの力があって霊亀を従えようとするあたり、それなりに制約があるといったところか。
太郎、足元の邪魔者を頼む。
“我が心、ここにあらず。我が身体すでに無。故に空。
我は剣、我が目指す頂は理不尽の彼方”」
『ほう、久々に地上界に来てみれば随分と活きのいい戦士がいるじゃないか。これは楽しませてくれそうだな』
それは誰の声であるのか。
語られる言葉は御屋形様の口から発せられるもの、だがそれは明らかに別の存在の意思を示す。
「ふん、すまんな鬼神とやら。俺はこんなところでぐずぐずしていられるほど暇ではないのでな。
いつかお前の足元に辿り着く事が出来たのなら、その時はゆっくり語らおう。
<龍王一閃“鬼切り”>」
“バッ”
刹那時が止まる。一体の龍が、鬼神様を身に宿した御屋形様を飲み込み、飛び去って行く。
『ほう、これは見事。貴殿の名は?』
「ジミー・ドラゴンロード、武勇者だ」
『武勇者ジミー、その名、しかと心に刻もう。
さらばだジミー、次会う時は思う存分語らおうぞ』
“サラサラサラサラ”
鬼神様を宿した御屋形様の身体が、白い粉になって崩れて行く。
秘術<神降ろし>、伝承では身に宿す神が敗北を認める時、術者は塩となって崩れて行くという。
「あぁ、その時を楽しみにしている」
ジミー殿は手に持つ木刀をゆっくりと下ろし、祭りの終わりを惜しむ少年の様な瞳を向け、ボツりと呟くのだった。
“シュタンッシュタンッシュタンッシュタンッ”
深い森の中を、一筋の影が飛ぶ。
「クッ、あと少し、あと一歩というところで余計な真似を。
上手く御屋形様を
折角集めた魔獣どもを無駄に消費する羽目になったではないか。
まぁよい。レッサードラゴンやブラックウルフ、ギガントタートルといった使えそうな駒はまだ残っている。
後は霊亀の情報を魔将ドルイド様にお知らせし“ガァーーーーッ”
なに!?なぜこのような場所にフェンリルが、ここは霊亀の結界に守られていたはずでは。
霊亀不在ですでに結界が効かなくなったという事か!!」
“グワシャッ”
“グホッ”
暗黒大陸は油断した者から命を落とす。男の手には、使う事の出来なかった血まみれの呪符の束が握られていたという。
――――――――
「ジミー殿、御屋形様がすまなかった。私がこのような事を言う立場ではない事は承知してるが言わせて欲しい、本当にすまなかった。
そして霊亀様を解放してくれたこと、巫女の血筋の最後の者として礼を言う、本当にありがとう」
目の前では和葉が深々と頭を下げ礼の言葉を伝える。
そんな彼女にジミーはにこやかな笑みを浮かべ言葉を返す。
「いや、謝る必要はないさ。俺はただ強い敵と戦いたいだけの戦闘狂、そこに正義も悪もない。純粋に己が力を試せればそれでよかったんだから。
それに御屋形様も魅せてくれたしな、<神降ろし>だっけ?
あれはヤバいわ。まさに紙一重、あの一撃が決まらなかったら危ないところだったよ。
でも<神降ろし>、自身の命を賭ける程の儀式だったとは、俺は御屋形様の覚悟を甘く見ていたのかもしれない。たとえ人から何と言われようと成し遂げなければならない思いがあったのか、今となっては知る術もないけどね。
でも惜しいよな~、上忍たちの傷が癒えたら再び襲い掛かって来るものと期待したんだけど、黒い靄を吐き出したと思ったら急に大人しくなっちゃうんだもん。
全員そろって敗北を認めるって、最後の一人になるまで戦うって話はどこに行ったのさ、その気の無い相手に剣を振るうつもりもないけどさ」
そう言いどこか子供のようにむくれるジミーに、クスリと笑みを漏らす和葉。
「それでジミー殿はこれからどうなさるのだ?このまま里に残って修行を続けられるのか?
上忍の方々はそれでもよいと仰っていたが」
「あぁ、俺は魔都に向かう。そろそろ武術大会が開かれる時期だからね。既に足の確保はしてあるしね」
そう言いニヤリと笑うジミー。
「そうか、寂しくなるな。だがジミーであればきっと良い成績を残す事が出来るであろう。
・・・元気でな」
「おう、和葉もな。俺はもっと強くなる。目指すべき高みは遥か彼方、あの鬼神様にだって勝って見せる!!」
そう言い拳を握り決意を露にするジミー。そんな彼に和葉はおかしそうに笑みを漏らすのであった。
「行ってしまったな。和葉、良かったのか?」
そう言葉を掛けたのは下忍長の男であった。
「下忍長、もう動かれてよいのですか?かなりの負傷を負っていたと聞きましたが」
「あぁ、ジミー殿が配ってくれたポーションのお陰でな、ほとんどハイポーションと変わらない程の効き目だったよ。
下忍の俺たちにはハイポーションなんてまず使ってもらえないからな、今じゃ前より体調がいいくらいだ。
だがお前はいいのか?上忍様の話ではお前の一族を死に追いやったのは御屋形様と才蔵様だったんだろう?
上忍様方も何であんな企てに従っていたのかとしきりに首を捻っておられたくらいだ、おそらく何らかの術を掛けられていたことは間違いない。
だがお前にとっては里の者が仇であったことには変わりない、この里に縛られる事は無いんだぞ?」
下忍長の言葉に首を横に振る和葉。和葉は思う、確かに自分の家族を死に追いやったのは御屋形様たちだったのかもしれない。
だが自分はその事に気付く事も出来ず、霊亀様を恨み自身を正当化してきた愚か者であると。
その霊亀様を失った今、自身が里の者を恨む筋合いはないと。
「私は何も知らず何も出来なかった。全ては武勇者ジミー殿が暴き明るみにしてくれたこと。
そして私たちはたった一人の者に敗北した。私たちは弱い、そう思い知らされた。
ならばすべきことは一つ、いつか再び彼がこの地を訪れた時、流石鬼人族のシノビと言われるくらいに強くなる事。
この地の守護者霊亀様は失われた、この地は決してこれまでの様な安全な地ではない。私たちは里を守る為、魔獣の脅威と戦わなければならない。
下忍長、これからも指導のほど、よろしくお願いします」
和葉はそう言うと、下忍長に向き直り頭を下げる。
“さようなら、ジミー。またいつか会えるその時まで”
それは心の奥に宿った胸を締め付ける思いを誤魔化すかのように。
「そうか、分かった、もう何も言わん。俺を越えてみろ!!」
「はい!!」
風が流れる、木々が揺れる。
森を飛び去るビッグクローは、そんな人々の営みをただ黙って見下ろすのだった。
本日一話目です。