「老師、お久しぶりでございます」
「うむ、鬼人族の里ではよき修練を積めた様だの。よい顔付きになっているわい。
里長《さとおさ》には話を通しておる、ワイバーンは何時でも行けるぞ?」
山岳部にある集落の外れ、小石だらけの畑で鍬を振るう老人に声を掛けた青年は、老人の元気そうな姿に嬉し気に顔をほころばせる。
「何から何までありがとうございます。それでバンドリアの奴はどうしていますか?次は負けないとか言って張り切ってましたが」
「あ奴は二月ほど前に魔都に向かったわ。武術大会が近付くと暗黒大陸中から腕に覚えのある者が集まって来るからの。
今頃魔都でひと暴れしているであろうよ」
そう言い大笑する龍人族の老師に「バンドリアならやりかねませんね」と同意を示すジミー。
シノビの修行を終え鬼人族の里を後にしたジミーは、魔都で開かれる武術大会に参加する為、予てからの約束通りワイバーンに乗るべく龍人族の里を訪れていた。
「して、鬼人族の忍びの里とやらはどうであったのだ?鬼人族の強さは儂の耳にも聞き及んでおるが」
「はい、彼らの使う“法術”という技術は所謂魔法とは違った魔力運用法でした。
私は魔法適性がない為女神様の慈悲である所謂“魔法”を使う事は出来ませんが、法術であれば魔法に劣らぬ術の行使が可能。これは戦略戦術の幅が大きく広がります。
流石にこの短期間ではもう一つの技術、“符術”までは手を出せませんでしたが、学びの多い修行となりました」
満面の笑みを見せるジミーに満足そうに頷く老師。高みを目指し邁進する若者の姿はいつ見ても眩しいものだと、その目を細める。
「うむ、では行って来るがいい。ジミーの活躍をこの地より見守っているぞ」
「はい、ご期待に沿えるよう全力を尽くします」
“バサッ”
“キュワーーー”
大空に向け飛び上がるワイバーン。
若者は旅立つ、いつの時代もその胸に熱い思いを抱いて。
老師はかつて若者であった自身を重ね合わせ、“ジミーよ、大願を果たすのだ”と心からのエールを送るのであった。
――――――――
“バサッ、バサッ、バサッ”
「ジミー殿、間もなく魔都に到着致します。
武術大会、期待していますよ」
「ハハハ、そうですね。デンバルさんのご期待に応えられる様頑張りますよ。
でもバンドリアもいますし、実際どうなる事か。全力戦闘を行う龍人族最強の戦士、楽しみでなりません」
口角を引き上げ獰猛に笑うジミーに、“我ら龍人族の戦士にも引けを取らぬ戦闘狂よ。今回の武術大会、荒れる事は間違いない”と嬉しげに笑みを浮かべる龍人族の操魔師。
“キュワーーー”
眼下に広がるのは魔国の中枢、魔都。
暗黒大陸の各地から力ある者が集い、己の全てを賭けてぶつかり合う。
その象徴である魔王城をはじめ多くの建物が立ち並ぶ魔都の外れ、魔都空輸待機所には暗黒大陸中から次々と飛行系魔物が集まり、さながら大都市の街門前の混雑ぶりを彷彿とさせる。
「それではデンバルさん、俺はここで。ギルもありがとうな」
そう言いワイバーンの首筋をポンポンと撫でるジミー。ワイバーンは嬉しそうに目を細め、“ギュルワー”と鳴き声を上げる。
“気性の荒いと言われるワイバーンにここまで好かれる普人族がいるのか”
デンバルは改めて武勇者ジミーの懐の広さに感心しつつ、その活躍を心から祈るのであった。
“ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ”
「お客さん、到着しやしたぜ」
「あぁ、どうもありがとう」
魔都空輸待機所から辻魔狼車に揺られること暫し、目的の場所に降り立ったジミーは見上げた先の建物に深い笑みを浮かべる。
魔都総合コロシアム、収容人数十万人を誇るそこは、この広い暗黒大陸の中でも最大の闘技施設となる。
「魔都総合武術大会の参加受付はこちらです。参加受付登録のない方は出場する事が出来ませんのでご注意ください」
暗黒大陸は基本実力主義である。大陸中に蔓延る強力な魔物、常に命の危険に晒される人々にとって、力なき正義など害悪に過ぎない。
その為魔王アブソリュートと言う強大な力の持ち主により大陸国家魔国として統一された現在でも、自らの力を頼りに世に出ようとする者で溢れている。
そうした者たちにとってこの魔都総合武術大会はまたとない自己アピールのチャンスであり、自らの望む栄光を掴まんと数多くの者が参加を表明するのだ。
だがそうした者たちを一々審査していては、時間と場所がいくらあっても切りがない。
その為参加希望者たちには幾つかの予備審査が設けられているのであった。
「グハハハ、いよいよだ、俺様の力を暗黒大陸中に知らしめる時がやって来たぜ」
「へへへ、兄貴見てくだせえ。なんか弱っちそうな奴が紛れてますぜ」
大会参加受付にて参加費銀貨十枚を支払い参加者ナンバープレートを渡されたジミーは、受付嬢に言われるがままコロシアムの第一会場へと足を踏み入れる。
コロシアム内は魔道具により幾つかの会場に仕切られ、次々と入場してくる参加者たちをそれぞれの会場へと迎え入れていた。
「オウオウオウ、何だ手前は。ここは暗黒大陸一の強者を決める為の武術大会会場だぞ。手前みてぇななよっちい奴が来ていい場所じゃねえんだよ、とっととママの下にでも帰んな」
行き成りジミーに声を掛けて来たものは身の丈二メートルを超す巨漢。暗黒大陸の男達は全体的に大柄な者が多い。この地の敵は人に勝る力を待つ魔獣であり、そんな厳しい環境で生き残るには自身もより強大な力を持つ必要がある。
そうして淘汰されて行った結果、より大きくより力ある者たちが集う国が出来上がっていったのであろう。
「ん?あぁ、心配してくれたのか、随分と優しいんだな、礼を言う。
だが今更だ、直ぐに予備審査が始まる。俺がこの場に相応しくない者であればその時点で終了だろう。であれば思い残す事もない、すごすごと田舎に帰るとするさ。
物事は中途半端が一番悪い。もしあの時こうしていれば、縋るものがあればそれを言い訳に引き摺るのが人って奴だ。
あんたは強い、ならばそんな憐れな小虫は脇に置いて先に進んで行って欲しい」
ジミーの言葉に「ふん、口だけ男が」とつまらないものでも見る様な目をむけ下がって行く巨漢。
「皆静かに。これより第一予備審査を始める。
なに、難しい事はない、これより皆に魔力による圧を掛ける。五分経過したのち次の会場に向かう出口を開けるので進んで欲しい。
締め切りの合図が鳴ってもこの場に
では開始する」
“ブォ”
審査官らしき者が開始の合図を出した瞬間、会場は強大な魔力により支配される。ある者は冷や汗を流し、またある者はそのあまりの力に身を震わせる。
“ガチャリ”
五分が経過し次の会場へと続く扉が開かれる。だがその扉は先程から魔力による威圧を行っている審査官の真後ろであり、気の小さいものは先に進む事はおろか足を動かす事も出来ない。
「では俺はここで」
ジミーは先程声を掛けてくれた巨漢に一礼をすると、スタスタと次の会場へ去って行く。
「クッ、嘗めんじゃねえぞ!!」
巨漢は全身に流れる汗もそのままに、ガタガタ震える身体を無理やり動かしてその後に続く。舎弟の者は既に白目をむいているが、巨漢にそれを構う余裕は既にないのであった。
“ゼ~ッ、ゼ~ッ、ゼ~ッ”
汗を拭い肩で息をする者、顔を青くしながらも未だに震える身を両手で掴む者。
「はい、時間となります。現在残り四十三人、皆さんは中々に優秀であると自負してよいと思います。
ではこれより第二予備審査を開始いたします。内容は先程と全く変わりません。ただこれから皆さんが受けていただくのは覇気となります。そうですね、大体レッサードラゴンの群れを単騎制圧するときぐらいの覇気と同等でしょうか。では開始いたします」
“ゴウンッ”
会場に吹き荒れる強大な覇気の奔流。ある者はその場で膝を付き、またある者は既に限界を迎えていたところに覇気を浴びせられ、そのまま白目をむく。
“ガチャリ”
五分が経過し会場の扉が開かれる。
「では俺はこれで」
ジミーは先程の巨漢に挨拶をしその場を後にする。だが巨漢にその声が届く事はなく、そこには仰向けに倒れる男がいるだけなのであった。
「はい、皆さんお疲れ様でした。只今を持ちまして予備審査を終了いたします。
この後第十八組の予選会を開始いたします。審査方法は単純です、全員で戦っていただく生き残り方式、残り四名となった時点で予選終了となります。では予選会場にお送りいたしますのでこのまま後を付いて来て下さい」
係りの者に先導され後に続く予備審査通過者たち。
「なぁなぁ、ちょっといいか?」
声を掛けて来たのは、緑色の髪をしたにこやかな笑顔の者であった。
「さっきの予備審査の時あんた全然動じてなかっただろう?もしかして結構強かったりするのか?」
「さぁ、どうだろう?村じゃ俺なんかより強い者がゴロゴロいたからな。
俺は腕試しの為に魔都に出てきた口でな、あんたは?」
「ん、俺か?俺も似た様なもんだ。俺の名はグリーン、緑の髪だから覚えやすいだろう?
で、ものは相談なんだが、次の予選会で手を組まないか?」
「ん?手を組むって・・・あぁ、そういう事か。
この予選は生き残りが四名、数を減らすのに手を組むことは悪い事じゃない」
「そういう事、互いに利益のある話だと思うが?」
「よし、その話乗った。俺はジミー、共に予選通過を目指そうじゃないか」
そう言いどちらからともなく手を握る両者。
周囲を見れば似た様な会話を行っている者や即席のパーティーを組む者など。我関せずといった者はあまり見られない。
「ではこちらでしばらくお待ちください」
既に予選会会場には二十人を超える予備審査通過者が集まっていた。彼らの中にもいくつかのパーティーのようなものが出来上がっており、そこはある種緊張感に包まれる舞台と化していた。
「お待たせいたしました。これより予選会を開始いたします」
その後数回予備審査通過者が追加され、最終的に予選会会場には五十人近い参加者が集められる事となった。
「すでに説明されていると思いますが、予選通過条件は生き延びる事。最後に残った四人が予選通過者となります。
尚この会場は特殊な魔法結界が施されていますので死にづらくはなっておりますが、首と胴体が切り離されるなど明らかに死亡するような状態からの回復は困難となっておりますのでお気を付けください。
それとアンデッド系種族の皆様に申し上げます。皆様は種族特性により胴体が切り飛ばされようが命に問題はないと思いますが、そうした場合はその時点で失格となります。身体の損傷には十分お気を付けになって戦われますようお願いいたします。
それでは始めてください」
“バッ”
会場の者たちが一斉に動き出す。大剣を振り周囲の者を薙ぎ払う剣士、己の肉体を武器に襲い来る剣士たちを圧倒する武闘家。
“スタンスタンッ、ダンダンダンダン”
そんな中ジミーはまるでダンスでも踊るかのように流麗な体捌きで敵を避け、致命の一撃を叩き込んで行く。
「枝葉よ伸びろ、樹横撃」
“ズバシュ”
グリーンにより振るわれた木刀が長さを変え、意思を持つ樹木の様に周囲の者を横薙ぎに吹き飛ばす。それはまるでトレントの一撃、強大な力を持つとされるエルダートレントを彷彿とさせる。
戦いは続く、次々と倒れて行く戦士たち、立っている者はわずかに五名。
「流石は武術大会予備審査通過者、皆楽しませてくれる」
「ハハハ、あれだけの戦いを終始笑顔で満喫するって、ジミーの住んでた村ってのはどんだけ修羅の国だったんだい。
まぁいいや、最後の一人を削りに行こうか」
そう言い獰猛な笑みを向けるグリーンに、同じく獰猛な笑みで応えるジミー。
そして二人と残り三人による最後の戦いが行われようとした、その時であった。
「「「「<スラッシュ>」」」」
“ズバズバズバズバッ”
突如放たれた剣士系武技<スラッシュ>。だがそれは前方の敵ばかりか、斜め後方にいるはずのグリーンからも撃ち出されたのであった。
「千剣乱舞“胡蝶の舞”」
“ダダダダッ”
だがその全てはジミーの剣技により打ち砕かれて行く。
「ジミー、お前は強過ぎる。あの御方の邪魔になる者を排除するのが我らの役目、恨むなら目立ち過ぎた自身を恨むんだな。<トリプルスラッシュ>」
四方から撃ち出される無数の武技に、身を捻り、木刀を振るい、その全てを打ち砕いて行くジミー。
「アッハッハッハッ、流石は暗黒大陸、最後の最後まで気は抜けないという事か、本当に楽しませてくれる。
武勇者ジミー、全力でお相手つかまつる。法術<影分身>」
“ババババッ”
それは忍びの里の上忍にしか使えないとされる技術、洞窟内の戦いにおいて実戦の中から盗み取った鬼人族の奥義。
“ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ”
“ドガドガドガドガッ”
四人に増えたジミーによる連撃により吹き飛ばされ魔法障壁に叩き付けられる生き残りたち。
「そこまで。予選通過者、D52084番」
予選通過を宣言されたジミーはそのまま開かれた扉を抜けていく。
本戦開始は三日後、ジミーは係りの者からそれまでの諸注意等を受けると、本選参加証を受け取りコロシアムを後にするのだった。
本日一話目です。