ジミーが魔都に辿り着いて三日が過ぎた。
予選会で傷付いた勝利者たちは大会関係医療スタッフの手により十全に回復され、皆万全の状態で本戦開始のこの日を迎える事となった。
魔都武術大会は二日間に渡り行われる大イベント。毎年大きな盛り上がりを見せるこの大会は、大会前後の魔都の人口が普段の倍に膨れ上がると言われるほど、暗黒大陸の人々を熱狂させるものなのであった。
「ジミー殿、いよいよですな」
声を掛けたのはこの屋敷の執事長。ジミーは予選通過者という事もあり、魔都ゼノビア邸の者たちは皆してジミーの事を応援していた。
「そうですね。今更焦っても仕方が無い事は分かっていますが、どうにも落ち着かないと言いますか。
森で魔獣相手に戦っている時はそんな事などないのですが、やはり周りから注目されての力比べというものは、どこか緊張してしまいますね」
ジミーはそう言いながら朝食後のお茶を優雅に嗜む。そんなジミーの様子に自身の心配が杞憂であると気付く執事長。
“当屋敷の他の予選通過者にも見習ってほしい落ち着きですな”
執事長は危なげないジミーの佇まいに、顔をほころばせる。
「今日は本選初日ですからね、発表された対戦表で俺の出番は第七ブロック。第一ブロックの龍人族バンドリアと戦うには決勝まで残らないといけないので大変ですよ、アイツ俺が途中で負けたら絶対文句言って来ますからね」
そう言い肩を竦めるジミー。だがその目は鋭く光り、口元は獰猛に笑う。
執事長は思う、やはりジミー殿は一角の剣客、“武勇者”なのだと。
「失礼します。ジミー様、魔狼車の手配が終わりました」
「どうもありがとうございます。それでは執事長、行ってまいります」
そう言いスクリと立ち上がるジミー、その手には愛用の木刀が握られる。
「ジミー殿、ご武運を」
「「「「いってらっしゃいませ、ご武運を」」」」
“ガチャガチャガチャガチャ”
ジミーを乗せた魔狼車は走りだす、ゼノビア邸の使用人たちに見送られながら、魔都総合武術大会会場である魔都総合コロシアムを目指して。
「執事長さんの話だと、予選会の時みたいに徒党を組んで目的の相手を上にあげようとする行為はよく行われているとか。って事は俺の第七ブロックにグリーンたちの主がいるって事か。
どんな手を使って来るのか、楽しみだな」
交錯する思惑、人々の武術大会に掛ける思い、その全てが力となって自身に襲い来る。
ジミーはこれから始まる戦いに心踊らせながら、魔狼車から見える流れる街並みを眺めるのであった。
―――――――――
「はいはい見て見て~、本日限りの特別販売、折角武術大会を楽しみに来たってのに悲しい思いをしたあなたに朗報だよ~。
三枚限りのチケット特別販売だ、今回限り、売り切れごめんだ、さぁ買った!!」
「チケット買うよ~、事情があって余ってしまったその思いは他の誰かを幸せにするんだ。その仲介は俺が引き受けた!!
高額買取、高額買取だよ~!!」
がやがやと興奮する人々が群れをなす。魔都総合コロシアムの周辺はこれから始まる戦いに心踊らせる者、残念ながらチケットを手に入れる事が出来ず一縷の望みに賭けて集まって来た者、大会の雰囲気だけでも味わおうとお祭り気分でやって来た者など、大勢の人々でごった返していた。
「いや~、いいよね~、こういうお祭りって。マルセル村のお祭りもいいけどさ、規模が違うよ規模が。この雑然とした感じが最高、周りの屋台もなんか凄くおいしそうに見えるしね」
やってまいりました、魔都総合武術大会本番でございます。どうも、現場実況を務めさせていただきます辺境の田舎者、ケビン・ワイルドウッドです。
いや~、スゲー人だかり。魔都ってどんだけ人口があるのってくらいに人・人・人でやんの。ここって暗黒大陸だよね?あのバルカン帝国ですら恐れる凶悪魔獣の巣窟だよね?
そんな超危険地帯にこれ程の都市を作り上げるってどんだけ?人類って凄まじいわ、マジで。
そんでもってこの人達ってばどこからこんなに湧いて来たってくらいわらわらと集まって来るわ、皆してデカイわで、前が見えない見えない。
だって全員してブー太郎や御神木様(分体)くらい大きいんだもん。
暗黒大陸に行けば身長が大きくなる説は本当だったんだろうか?
単純に大きい者たちだけが生き残ったって可能性も否定できないところなんだけどね。デカさはパワー、これは純然たる事実だもんな~。
まぁそれをひっくり返すのが魔力であり覇気なんだけどね。
「兄弟子、こいつらみんな吹き飛ばしていいか?なんか邪魔なんだが」
「白、やめろ、お前の言葉は洒落じゃ済まん。って言うかブー太郎、なんか人酔いしそうとか言ってるんじゃない、その辺で吐くなよ?
あと賢者師弟、存在感を消して霊体化するのは止めてください。さっきから色んな人がお二人の身体をすり抜けていく姿を見せられて、胃がシクシクしてるんです」
マルセル村の牧歌的生活に慣らされた方たちにとって、この環境は苦痛以外の何ものでもなかった様です。まさかこの俺がドレイク村長の立場に立たされるとは、胃薬を常備しておいて良かった。
「はぁ、しょうがないですね。席に着いたらお呼びしますので、皆さんは影空間でお待ちください。
お、トライデント、いいところに帰って来た。グラスバイソンの串焼き、ちゃんと貰って来たか?」
“コクコク”
「そうか、ありがとうな。それじゃ悪いんだけど、みんなの世話を頼めるか?この混雑に疲れちゃったみたいでさ」
“コクコク”
「それじゃ後をよろしく」
俺は影を伸ばし、疲れちゃった皆さんを影空間の別邸までお送りします。
「さて、それじゃ俺もとっとと観覧席に向かいますか」
俺は突然影に沈んで行った人の姿に騒めく周囲を無視する様に、自身の気配を消し宙を走って、観覧者入場口へと向かうのでした。
―――――――――
「どうぞ、こちらになります」
案内されたのは特別関係者観覧席、どうやら私が冒険者ギルドより頂いたチケットは、他の観覧者のものとは違ったみたいです。
いや~、ちゃんと観覧者入場口からチケットを見せて中に入ろうとしたんですよ?そうしたら係員の方に止められましてね、「こちらのチケットでの入場は関係者入り口となります」とか言って連れて来られたのがこの場所だったんですね~。
何でも関係者入り口は大会出場選手や国のお偉いさんやらが利用する特別入り口だったらしく、あの混雑の中頑張って並ばなくても良かったとの事。
副ギルド長~~~、そういう事はちゃんと教えておいてくれないと分からないから~~~!!
そんでもって
「よう、ケビン。ちゃんと到着したみたいだな」
背後から掛けられた声に振り向けば、そこには疲れた顔をした副ギルド長。
「副ギルド長、教えておいてくださいよ。俺、このチケットが関係者入り口から入るものだとは分からなくて、普通に並んで入って来ちゃったじゃないですか。
あの混雑の中入場するのって大変だったんですからね」
「馬鹿野郎、大変だったのはこっちだ!!ここのチケットを入手するのにどれだけ頭を下げまくったと思ってる。
渡しに行くのがギリギリになったのだって、奔走しまくってたからなんだからな!!」
俺の言葉に何故か逆切れする副ギルド長。
でも条件付きで俺に依頼を振ったのは副ギルド長じゃなかったっけ?切れられる
「まぁいい、それで何でお前ひとりなんだ?チケットは五人分って言われていたはずなんだが?」
「だから副ギルド長がちゃんと教えてくれないもんだから、他の連中は人ごみで疲れちゃったんですよ。ちょっと待ってください、今呼びますんで」
俺はそう言い、影空間からブー太郎たちを外に出すのでした。
「な、お前、それって勇者物語に出て来る影魔法って奴じゃねぇか。しかもこんなに大勢を影に仕舞っていたってのかよ。
よし、この後冒険者ギルドに行くぞ、すぐにAランク冒険者の手続きを取ってやる。実績はこの前の依頼で十分だからな、魔国は実力主義、誰も文句なんか言わねえさ」
そう言い何故か喜色を浮かべる副ギルド長。
「あの、俺冒険者になる気なんてサラサラないんですけど?
冒険者っていったら力が全て、文句があるなら模擬戦だ~の戦闘狂集団じゃないですか。しかも自ら魔物に突っ込んで行くのが仕事でしょう?何でそんな事をしないといけないんですか、おっかない。
こないだ仕事を受けたのだって武術大会の観覧チケットをくれるって言うから受けただけですよ?それが無かったらやる訳ないじゃないですか、弟のジミーじゃあるまいし」
「ん?いま弟のジミーって言わなかったか?もしかしてケビンは武勇者ジミーの兄貴なのか?
それにしちゃ背が小さくないか?俺はてっきり授けの儀を受けたばかりなのかと」
「俺が小さいんじゃありません!!この国の人間がデカいんです!!
それとジミーは父親似の身体と母親似の顔を持ってるってだけでちゃんとした兄弟です、俺は顔が父親似で身体が母親似なだけです!!」
行き成りデリケートな所を踏み抜く副ギルド長。この人絶対独身だな、間違いない。
その後もしつこく勧誘を掛ける副ギルド長に、俺たちは武術大会を見届けたらマルセル村に帰る事、マルセル村はオーランド王国の北西部、フィヨルド山脈側にある事を伝えると何故かドン引きされたのだが、一体何だったんだろう。
「イヤイヤイヤ、普通にドン引きだから、って言うかお前らどうやって魔国に来たんだよ、普通に命懸けじゃねえか」
「え?そこまで大した事じゃないと思いますけど?
だって前にマルセル村に来たゼノビアさんやメルルーシェさんも、大体一月から一月半もあれば到着するって言ってましたよ?」
「ブホッ、阿呆~、それって魔王軍四天王の“絶剣のゼノビア”様と副官のメルルーシェの事じゃねえか、そんなのこの国の上澄みもいいところじゃねえか。そんな雲の上の方々と一般人を一緒にするんじゃね~!!」
あぁ、そう言えばそんな事も言っていた様な?でもまぁ、来れちゃうんだからしょうがないよね、詳しい事は話さないでおこう。
「それよりも副ギルド長はどうしてここに?こういう大会だったらお偉いさんの席に座ってないといけないんじゃないんですか?」
「それはギルド長に任せて来た。ギルド長は執務はダメダメだが社交と実力は一流だからな。物事は適材適所、俺は社交がダメダメって程でもないが、お偉いさんの中ってのがちょっと苦手でな。
あの方々の側にいるのは寿命が縮むというか命がいくつあっても足りないというか。特に魔王アブソリュート様がいらっしゃる席は、その場にいるだけできつくてな」
うん、流石魔国だね、社交=物理って奴だね、納得です。
「兄弟子、そろそろ始まるぞ」
白の言葉におしゃべりを止め席に着く。副ギルド長はちゃっかり席を増やして後ろに座っちゃってるし。
何でもこの特別観覧席は国の高位貴族様専用の席だったらしく、護衛分の補助席も用意されているんだとか。よくそんな場所を確保できたなと驚いていると、魔王軍には幾つか貸しがあったのでそれを盾に奪い取って来たとかなんとか。
流石は魔国冒険者ギルドの執務担当。副ギルド長、半端ないです。
“““““ウォ~~~~~~~~~~~!!”””””
コロシアムを揺らす割れんばかりの歓声、そんな声援に手を振って応える本選出場選手たち。
『これより魔都総合武術大会を開催する。皆のもの、己が力を出し切り全力で戦え!!
名声、地位、賞金、誇り、欲しければ勝ち取って見せよ、健闘を祈る!』
コロシアム中に響く魔王アブソリュートの大会開会宣言。
人々の熱狂が最高潮に達する中、選手たちはそれぞれの思いを掲げ、戦いに挑むのであった。
本日一話目です。