冬場の森はとても寂しい。木々は緑衣を失い、地面は落ち葉に覆われ、草花はそれを布団代わりに長い眠りにつく。
枯れ木も山の賑わい、だがそんな風情の森にも目覚めの時はやって来る。
あれ程の厳しい寒さを運んだ山の風が、穏やかな春の匂いを届ける。気付けば木々の枝先に新芽の膨らみが顔を覗かせている。落ち葉の合間から伸びをする様に芽を伸ばす下草、そんな森の変化に我も我もと動き出す動物や魔物達。
それは人も同じ、村人は鍬を片手に春の作付け作業を開始、日の出と共に働き出す。こうして動き出した村の営み、マルセル村の忙しい一年が始まった。
そんな忙しない大人達を尻目に、村の子供たちは何時ものごとく元気一杯、今日も今日とて木刀をブンブン振り回している。
“カンカンカンカンカンカンッ”
「よし、良いぞ。目線の動き、身体の動かし方、その全てが相手に次の一手を知らせる合図となる。その端々に虚実を混ぜる事で相手にこちらの動きを悟らせない様にする事、これが対人戦の基本となる。
魔物との戦闘との最大の違いがこうした駆け引き、それは魔物戦のそれとはかなり違うものになる。騙し騙され領域を削り取るのが対人戦だ」
“カンカンカンカンカンカンッ”
子供たちに新しく加わった訓練、それはこれまでの訓練とは色の異なる人との関わり、人との戦いと言ったものの習得であった。
「うむ、こればかりは様々な者達との戦闘体験の中で身に付けるしかないものであるからな。グルゴ殿には感謝じゃわい」
新住民グルゴとジェイクの打ち合いを見ながら眉を細めるボビー老人。自身の修める剣は冒険者のそれ、対人戦であろうとも決して遅れをとるものではないが、それはそれ、その道の専門家である元騎士長の指導を受ける事は子供たちにとって非常に有意義なものである。
「いえ、私はそれ程の事はしていません。元々この子たちはある程度対人戦闘にも馴れていましたから。
ヨシ棒でしたっけ?この訓練は良いですね、魔力纏いの訓練だけでなく剣術の訓練にもなる。これほど効率的な訓練方法は、今まで見た事も聞いた事もありませんよ。やはりケビン君は凄い。
この子たちも大福との戦闘訓練で敵の隙を突く訓練はして来た様子、後は虚実や駆け引きを覚えれば余程の事がない限り心配ないのではないでしょうか」
“バシン”
「イデッ、グルゴさん強過ぎですよ、なんでそんなにパカパカ当てられるんですか?」
「ハハハハ、ジェイク君は素直だからね。それは美徳でもあるけど、こと戦闘においては悪手かな?始めからこの結末に持って行く様に誘導出来てしまうからね。
自身の動きの中に嘘を混ぜる、ほんの少しでいい、いや、ジェイク君の場合はほんの少しの方がいい。それだけで戦闘の幅がグンと広がると思うよ」
そう言いヨシ棒を振るうグルゴ。その顔はどこか懐かしいものを見る様な優しげなものであった。
「グルゴさん、次は僕の剣を見てください」
柔らかな笑みで声を掛けるジミー。互いに向かい合い木刀を構える。
途端流れる緊張、目の前にいるモノ、それは剣鬼。
“ババババババババッ”
止まる事のない連撃、だがグルゴはそれを柳に風とばかりに受け流す。激しい攻防の中に繰り出されたグルゴの蹴り、その意外な攻撃に咄嗟に身をかわすも次の瞬間首筋に突き付けられるヨシ棒。
「うん、ジミー君の連撃は見事の一言だね。ただ咄嗟の事態に対応が遅れる、これは経験としか言い様がない、様々な戦闘を見る事、経験する事でより幅広い戦闘が可能になるんじゃないかな?」
「はい、ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げるジミーに、引き攣った顔を向けるグルゴ。
「次は私もお願いします」
ちょこんと頭を下げるエミリーに、どこかホッとした表情になるグルゴ。何時でもおいでとばかりに構えを取る。
“ボッボッボッボッボッ”
空気を裂く振り下ろし、一瞬でも気を抜けばそこで終わりと言うのが分かるそれに、グルゴの背中に冷たいものが流れる。
「うん、素晴らしい振り下ろしだ。その強い振りと振りとの間に生まれる隙も、体捌きによって確りと補完している。それと恐らくは体術、突きか掴み捕りを行おうとしてなかったかな?」
「はい、ケビンお兄ちゃんに相談したら下手に手数を増やすより長所を伸ばした方がいいって、身体の使い方も教えて貰いました」
「そうか、中々良い判断だと思うよ。自身に合った戦い方と言うものを見つけられればそれが一番だからね。
体術だったらヘンリーさんが得意と聞いた事がある、一度相談してみるといいんじゃないかな?」
「はい、ありがとうございます」
そう言い頭を下げるエミリー。
グルゴビッチは顔をボビー老人に向け言外に語る。
“この子供たち強過ぎじゃね?俺ギリギリだったんですけど!魔力纏いを使われたら確実に負けるんですけど!”
“いや、ワシも一杯一杯なんじゃて。これからも指導の手伝いを頼めんかの?”
“無理無理無理、教える事なんて何も無いじゃないですか!”
“立ち合いの相手をしてくれるだけでも助かるんじゃ、この通り、頼む”
無言のまま頭を下げるボビー老人に、ため息を吐きながら了承の意を伝えるグルゴビッチ。次は絶対ガブリエルも連れて来よう。
“俺一人だけなんて許さん”、そう固く誓うグルゴビッチなのでありました。
やっぱり色んな人の意見を聞くのは大切だった、ケビンお兄ちゃんの言う通りだわ。
ボビー師匠の下での訓練を終え三人で家に戻るなか、ジェイクは先ほどのグルゴさんとの立ち合いを思い出しながら世の中の広さを改めて痛感していた。
冬の農閑期と言う事で剣術に嵌まっていた大人達も、春先の今は畑で汗を流している。訓練場でそんな大人達から凄い凄いと褒められていた俺たちは、少し天狗になっていたのかも知れない。そんな自分たちにそうではないと教えてくれたグルゴさんには感謝しかない。
「ジミー、エミリー、僕たち結構強くなったと思っていたけど、それはこの狭い村の中だけの話だったんだね。今日はその事を改めて教えて貰ったよ」
「うん、グルゴさん強かったもんね。魔力纏いを使わない戦いで身体の使い方を見直すなんて、最近してなかったもんね」
「それは仕方がないんじゃないかな?寒かったし」
「「それもそうだね」」
“アハハハハ”
元気に笑う子供たち、マルセル村の大人達はそんな子供たちの明るい声に畑作業の手を止め、本格的な春の訪れを感じ頬を緩ませるのであった。
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ケイト、そっち持って~。それじゃ上げるよ、ほいさ。
“ガコッ”
おし、ちゃんと嵌まった。それじゃちょっと休憩しようか、煮出し茶いれるからその辺で座ってて。
「ん。」
春の暖かな日差しを受けながら、ケイトと二人分のお茶の準備を行う俺氏。何をやってるのか?新住民の為の住宅建設でございます。
“はっ?”って思うでしょ?俺もそう思う。住宅建設って、畑の小屋を作るのとは訳が違うのよ?そりゃうちの小屋にも今は三人ほど住んでいますけどね、それは簡易的措置、本格的な家が出来ればそちらにお引っ越しって話でしょ?
なしてその本格的な家をお子様ケビン君が作らないといけないのかな?と言うか子供にやらせる仕事じゃないよね?崩れでもしたらどうするのさ、耐震構造なんて全く知らないのよ?危ないじゃん、そう言うことはゴルド村のホルン村長に頼んで下さいよ。あの方その道のプロなんですから。
ドレイク村長代理にはその旨を切々と語ったのですが、非常時な上に人手が足りないとの事で押しきられてしまいました。
何が非常時かと言いますと。
「やぁケビン君、無理を言ってすまない。事故の無い様十分気を付けて。それじゃ俺たちは畑に行くから」
「「急かせて悪いけど、よろしく頼む!」」
共同生活を行っていた新住民の方々だったんですけど、若夫婦のお二人がおめでたになっちゃいまして。朝の体操に来ていたキャロルさんを見た元助産師のお婆さんが、“おや、あんたおめでただね。これから暫く無理しちゃダメだよ?安定期に入るまでは外出も控えた方がいいね”とか言い出しましてね、共同生活のお住まいに何とも言えない空気がですね~。
祝福はしてるんですよ?でも何て言いますかねぇ、幸せ夫婦に当てられると言いますか、腰の座りが悪いと言いますか。
暖かい食事と快適な家、まともな衣類に優しい村人、衣食住が揃った上にストレスフリー、そりゃ若い二人だもの止められないですって。そんであのお三方が村長代理に懇願、住宅建設に至った訳です。
でもな~、若い二人ばかりを責められないんだよな~。現在我がマルセル村ではベビーブームが起きております。
念の為にと言って助産師のお婆さんが村中の女性をチェックしたところ、新たに三名の妊娠が発覚致しまして。トーマスさんちのマリアおばさん、うちの母親メアリー、それとエミリーちゃんちのミランダさんですね。
えっ?最後の一人がおかしい?う~ん、お相手なんですがドレイク・ブラウンって言う奴なんですけどね、あの男、マルセル一族から解放されたからっていつの間に。エミリーちゃん曰く、年が明けた頃からよく泊まりに来る様になっていたそうです。
ま~皆さん元気になっちゃったしね~。良質のたんぱく質とビタミンミネラル豊富な乾燥野菜、肉体を活性化させる魔力纏いの日常使い。若さですね、産めや増やせや世に満ちよって奴ですね。
でもビッグワーム農法が普及したら人口増加は確実?新たな問題が生まれる予感、その辺は偉い方々にお任せしてガッツリ引き籠りの準備をせねば。
「ケイト~、お茶が入ったよ~」
“トテトテトテ”
ケイトも大分状態は良くなって来てるんだけど、なんかほっそりしてるんだよな。やっぱり長年の栄養失調と発育不良は一朝一夕でどうにかなるものでも無い様です。以前はたまにポーションワームの細切れ肉入り麦粥を差し入れしてたんだけど、魔力過多症に魔力食材は相性最悪だからな~。
今は只管魔力制御、魔力操作の訓練ですね。今日も柱に梁を渡すのを魔力腕で手伝ってもらってました。
ケイト君、目茶苦茶魔力があるから簡単に模倣されちゃいました。(ぐすん)
それと何故か闇属性魔力の腕を出すケイト君、どうも彼、闇属性との相性が抜群に良い様です。これって属性チェックしなくても魔法適性闇属性の一択じゃね?エミリーちゃんも光属性の魔力が一番使い易いって言ってたし、一属性持ちは特化しやすいと言う仮説は正しい様です。でも残念、ケイト君殆どしゃべれないから詠唱出来ないんですよね。
ザルバさん曰く、昔酷く喉を痛める事がありそれ以来声が出なかったとか。教会で見て貰った時には呪いが掛かっている為それを解術しないとどうにもならないと言われたそうです。
ふ、ふ~ん、そ、そうなんだ、呪いね~。
ポーションビッグワームたち、どうやら呪いにも効果がある様です。
・・・ヤベ~よ~、これどうにかしないと、今度は呪い!?どうやって誤魔化せばいいんだよー!
次々と新たな秘密が増えるケビン少年、彼の明日はどっちだ。
本日一話目です。