魔王軍四天王魔導将“妖艶のエカテリーナ”は、内心の焦りを必死に隠していた。
“ちょっとジーグバルト、なに負けちゃってるのよー!!火力担当のあなたが負けちゃったら次は魔法馬鹿か私の番じゃない!!
私は魔道具開発と絡め手担当なのよ、直接武力は得意じゃないのよ!!
そりゃ私だって四天王って呼ばれるくらいだしその辺の有象無象には負けないわよ?
でも相手はドラゴンブレスの直撃を受けても涼しい顔をしている連中なのよ、格闘でドラゴンを沈めちゃうほどの武人なのよ?
私にどうしろってのよ。
かと言ってこの場を下がれば御方様に粛正されるのは必至、そんなの確実な死じゃない。私は魔王として君臨したいとは思っても、死にたい訳じゃないの、これだったらケルベロスの群れに囲まれた方がまだましよ!!”
「御方様、次は私がまいりましょう。なに、男で私に逆らえる者などいませんので」
その場に倒れるドラゴンを一瞥し、エカテリーナは前に出る。
これは一つの賭け、自身の魅了の力を最大限に引き出し、その場に存在する全ての者たちを支配下に置く。
“ムワ~~~~”
エカテリーナから発せられる甘い香りが空間を満たす。妖しい瞳の光が、無条件で従いたくなる気持ちにさせる。
「あ~、うん。ちょっとあの手合いはやる気が起きないかな?
ブー太郎、交代交代」
「え~~、白さんそれはないですよ、サクッとやって下さいよ、サクッと」
「イヤイヤ、俺もう楽しんだし。ドラゴン戦で疲れちゃったって言うか?
ここは勇者ブー太郎の見せ所って言うか?
ブー太郎先生、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
“ガウ”
「うわ~、ケビンさん達どころか太郎まで。皆酷くないですか?
俺めっちゃ鼻がいいのに、こんなの拷問じゃないですか。
分りましたよ、行けばいいんでしょう、行けば。その代わり今回はこれでお終いですからね」
「「「「えっ、魔王様討伐は?」」」」
「絶対に嫌だ~~!!あんなの死んじゃうわ~~!!」
何やら騒ぎながら鬼人族の青年に代わり前に出るボア族男性の姿に、内心ほっとするエカテリーナ。ドラゴンを仕留める様な者であればどうなるのか分からないが、目の前の優男であればどうとでもなる。
「あら、さっきの坊やはお疲れなのかしら?折角優しくお相手してあげようと思ったのに残念ね。
それじゃそこのあなたに命令してあげる。“私の前で跪きなさい”」
鼓膜を揺らす甘い囁き、瞳から向けられる熱っぽい視線、鼻腔を刺激する甘い香り。
“カランッ”
手に持つ木剣を取り落としフラフラとした動きで前に進むボア族の男性、その様子にエカテリーナの口元が緩む。
「フフフ、可愛い坊や、よく出来ました。次は私の為に働いて貰おうかしら?“あなたは私の剣士、ドラゴンを倒した者を切り倒して来なさ「あっ、それはちょっと勘弁してください、俺まだ死にたくないんで」“ドスッ”・・・グフッ」
口から唾を飛ばし倒れ込むエカテリーナ、彼女のみぞおちには床に跪いていたはずのボア族男性の拳がめり込む。
「ブヘッ、この臭いマジできついっす。この人はそこのデッカイのと一緒にしておけばいいっすかね」
男性は意識を失ったエカテリーナを優しく抱き抱えると、ドラゴン姿のジーグバルトの脇へ添えるようにそっと寝かせるのだった。
「なんだあの無様な姿は。ジーグバルトといいエカテリーナといい、貴様らに魔王軍四天王を名乗る資格など無いわ!!
狼藉者ども、御方様の御前において不敬なる貴様らの行い、最早看過出来ん。この魔将ドルイドが直接処断してくれようぞ。<ダークランスレイン>」
“ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド”
それは降りしきる雨のごとく空間を覆う破壊の嵐、面を埋め尽くす<ダークランス>の止まる事の無い猛攻は、回避などという手段を許さず標的を完全に沈黙させる。その筈であった・・・。
「発動までの流れは悪くないんですが、魔力の収束が甘くないですか?」
「あ~、あれは自身が絶対だと思い込んでる連中の特徴ね。
多彩な魔法、膨大な魔力、自身は完璧であり他者とは比べるべくもない、故に工夫も研鑽もない。多分あいつは自らリッチになって永遠の命を得ようとした自信家の成れの果てなんじゃない?」
だが目の前に展開された結界によりその悉くは防がれ、標的は涼しい顔でドルイドの魔法を論じ合う。
「クッ、だがその様な結界など。<ファイヤートルネード><ウォータースクリュー><メテオフォール><サイクロン><ダークエクスプロージョン>」
巨大な炎の竜巻と渦を巻く水流、天上から落下する燃え盛る巨石と複数の風の柱、そして闇の大爆発が結界を襲う。
だが・・・。
「えっと、あの者は一体何がしたいんでしょうか?複数属性を使えることを自慢したいのですかね」
「まぁあれだけ多彩な大技を使用できれば調子にも乗るんじゃない?王宮魔法使いにもそういう輩は結構いたし。
この魔王城の設計にも関わってるんだと思うわよ、闇属性魔力を集積させる技術って結構難しいから。
でもあの手の輩がここ迄繊細な建物を造れるかしら。基礎技術だけを伝えてあとは下の者に丸投げ?偉そうに指示だけ出して、重要な部分は優秀な技術者が行う、あり得るわね」
だがその場には全くと言っていい程損傷を受けていない結界の姿が。
「なんだと、魔の深淵に至りし我が魔法をものともしないなど、ありえようはずもない。何かカラクリが、まさか神器の所有者だとでもいうのか!?
であれば少数でこの場に乗り込んで来た事も・・・」
「あ~、何か盛り上がっちゃってるところ悪いんだけど、単にあなたが弱いだけだから。この程度の魔法、そこの理不尽なら結界すら張らないから」
「イヤイヤ、ここで僕を引き合いに出すのは止めない?僕だって痛いのは嫌だし結界くらい・・・ごめん、無くても行けるかも」
魔将ドルイドはその会話の内容に身を震わせる。それは自身の全てを否定するような言葉、魔の深淵に辿り着きし絶対者たる自身をあざ笑う許されざる暴言。
「フフフ、よかろう。そこまで言うのなら全てをさらけ出そうではないか。
“我はここに宣言す、世界の理は我が前にひれ伏す、混沌の闇よ、全てを飲み込み終焉の時を齎せ、
魔将ドルイドの膨大な闇属性魔力が収束する。魔力は指向性を与えられ超常の現象を発現させる。
それは暗黒、空間を飲み込み消滅を齎す絶対の闇。
「クックックックッ、カッカッカッカッ、もはやこの破壊は誰にも止められん。闇は増大し魔都の全てを、暗黒大陸を、世界の全てを飲み込み成長を続ける。
終焉魔法、神聖魔法に対抗しうる闇の極致。
終わりだ、貴様らも、この世界も。我が魔法を前に、全ては無に帰すのだ!!」
大笑し、世界の終わりを告げる魔将ドルイド。その眼窩はこれまでにない光を放ち、愉悦に満ちた笑いは世界を呪う。
「あ~あ、お二人が煽るから~。あの手の輩は煽り耐性が低いんですから気を付けてくださいよ~」
「え~、そんな事言ってあなたも確り煽ってたじゃない。それにあの骸骨の魔法、あれで魔王四天王ってのはね~。
もう少し工夫と言うか、どうにかならなかったのって思っちゃうじゃない?」
「師匠、それはあれじゃないですか?アンデッドたちを使役してる功績とかそういう。何と言ってもアンデッドは疲労も文句も言いませんから、労働力としては最適だったんじゃないかと。
これだけの都市を築き上げるには相当な労働力が必要ですし、日々の整備にも人的資源が必要。この魔物蔓延る暗黒大陸でそんな余裕があるとも思えませんし、死霊の長であるリッチエンペラーの起用は間違いではないと思いますよ?」
「「あぁ、そう言う」」
だが目の前の者たちはこの期に及んで未だその余裕を崩さない。ドルイドは思う、“神器に頼り切った愚か者どもよ、その慢心が貴様らに敗北を齎すのだ”と。
「ちょっ、皆さん、なにのんびり談笑してるんですか!!アレ、結構不味い奴なんじゃないんですか?放置でいいんですか?」
そんな状況に後ろに下がっていたボア族の者が焦りの声を上げる。愚かなる者たちが談笑する間も目の前の暗黒はどんどんとその大きさを広げ、今にもこの場の全てを飲み込まんとしていたからである。
「あ~、流石に気になりますね。<マジックブレイク>」
“パシュン”
漆黒のローブを羽織った女が何かを呟いた瞬間、この世の全てを破壊せんとした絶対の魔法が一瞬にして姿を消す。
そんな想像だもしない現象に身を固めるドルイド、だがそれは刹那の事であった。
“ドッゴーーーーーーーーーーン”
凄まじい爆発音と共に弾け飛ぶ膨大な闇属性魔力、限界まで収縮されたそれは、これまで溜め込んだ全ての力を解放し謁見の間を吹き飛ばすのだった。
—―――――――
「あっぶな、まったくブー太郎がせかすから~。僕が瞬時に結界を張らなかったらそこのドラゴンさんとブー太郎のお嫁さんが吹き飛ぶところだったんだよ?感謝してよね」
「はぁ、何かすみませんってなんで俺が悪いって事になってるんですか、この事態を作ったのはイザベルさんじゃないっすか。
それになんで俺があの人をお嫁さんにするって事になってるんですか!?」
突然の大爆発に驚くも、何故か文句を言われ咄嗟に頭を下げたブー太郎。
だが聞き捨てならない言葉に、直ぐにツッコミを入れる。
「いや~、なんか丁寧に扱ってたんでてっきりお持ち帰りするのかと」
「オークが獲物を持ち帰るのは普通だし」
「「「「ブー太郎はああいった肉感的なメスが好みなのかなと思って」」」」
「ダ~~~~、違うから~、へたにケガさせて魔国から狙われ続けたくなかっただけだから~。
大体種族が違うから、俺魔物、人族違う!!」
「「「「ブー太郎なら行ける行ける」」」」
「やめろ~、鼻が死ぬわ~~~!!」
凝縮した闇属性魔力の瞬間的な解放により崩壊した謁見の間。魔王アブソリュートにより拡張されていた空間は元の広さに戻り、吹き飛ばされた天井からは月明かりが差し込む。
玉座に座り一連の戦いを興味なさげに見詰めていた魔王アブソリュートは、傍に立つ騎士に目を向け口を開く。
「シルバリアン」
「ハッ、全ては御方様の御心のままに」
“パリーーーーーン”
何かが割れる様な甲高い音がその場に響く。何が起きたのかとその場の者が周囲に注意を向けた瞬間には、既に事は終わっていた。
“スパスパスパスパン”
「「えっ!?」」
崩れる結界、直ぐ側に立つ甲冑姿の人物、そして切り刻まれ無残にも倒れて行くローブ姿の女性たち。
「シルビアさん、イザベルさん!?」
言葉もなくその場に佇む侵入者たち。既に物言わぬ肉塊と化した女性たちの切断面からは内臓組織が露になり、ジワリと血が滲む。
「何ですかその無駄に精巧な再現具合は、まるで生者そのものじゃないですか。流石賢者師弟、こだわりが半端ないです!!」
“ふふ~ん♪褒めなさい褒めなさい。ケビンと一緒した夜の清掃活動の際に確り観察させてもらった成果よね~。
女性が少なかったから時間が掛かったけど今じゃご覧の通り、最早生者と言っても過言じゃないわよ?”
“ガバガバガバ”
崩れていた身体が元に戻る。まるで時間を巻き戻したかのように立ち上がった二人の女性、そこには傷一つない美しい姿が現れる。
「アンデッド、いや、イモータルといった部類か。いずれにしろ厄介だな。
だがやることは変わらない、死なぬというのなら滅するのみ」
再び甲冑姿の剣士が剣を振るう。崩れた天井から差し込む月明かりが、その剣身を美しく輝かせる。
“カキンッ”
しかしその剣は、間に入った者のナイフによって受け止められた。
「イヤイヤイヤ、いくら死なないからってそれを許すとでも?それにどうやら君の相手は僕がしないといけないみたいだしね」
“ブワッ”
漆黒のコートに身を包みフードによって顔の見えない者から洩れる濃厚な闇属性魔力。
剣士は咄嗟に身を引くと、その者を油断なく見据え構えを取る。
「うん、いい判断だね。君の事は何と言ったらいいのかな?
魔都総合武術大会優勝者ジミー選手の身体に憑りついた誰かさん。
ずっと観察していたんだよ、その動き、魔力の流れ。
最初は魅了や催眠、スキルによる支配でそんな状態になっているのかとも思ったけど少し違うよね。支配系の魔道具でも人は操れるけど、そこ迄の繊細な動きは無理、戦闘に使うには力不足。
どうやらダレリアン選手に寄生していた白い粘菌とは別口、どちらかと言えばリッチなんかが身体に入り込んだ状態に近い。
他に考えられるのは呪われた魔剣や呪われた鎧、聞いた話じゃ一国を滅ぼした呪われた武具ってのもあるらしいじゃない?」
「ほう、中々に博識だな。だがこの場は戦場、口ではなく戦いで語り合うが礼儀」
鋭い踏み込みで一瞬にして間合いを詰める剣士、フードの者は振るわれる剣の悉くをナイフによって捌いて行く。
「あぁ、そう言えばさっき向こうで座っている偉そうな人が“シルバリアン”とか呼んでたね~」
「そうだ。我が名はシルバリアン、御方様の剣にしてこの世に終わりを齎す者」
“カキンッカキンッカキンッカキンッカキンッカキンッカキンッカキンッ”
一瞬の隙も許さぬ剣とナイフのぶつかり合い、それは次第に速さを増し周囲に風を巻き起こす。
「そうか、“シルバリアン”は自らの意思で剣を振るってるんだね。
だったら僕も敬意を以って名を告げるよ。僕の名はケビン」
“ガキガキガキガキ、ズドーーーン”
突如吹き飛ぶシルバリアン、その場には蹴りの姿勢で佇むケビンの姿。
「僕は剣士でも戦士でもない、ただの心配性なお兄ちゃんだよ?」
月明かりに照らされたその姿は、圧倒的な強者の風格を纏っているのだった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora