魔王城謁見の間、崩壊し崩れ去った天井から差し込む月明かりに、二人の人物が照らされる。
ナニカは“これは憶測である”と言いながらも、確信をもって言葉を紡ぐ。堕天使は戦慄する、“この者は一体どこまで事態の真相を知っているのか”と。
「あぁ、そうそう。君が期待している上級天使たちの介入だけど、もうないと思うよ?彼らってば上で結構やらかしてたらしくてね、今回の件とは別件で大粛清を喰らっちゃいました。
で、魔王アブソリュートの存在も明るみに出て要観察対象になっていたんですね~。
仮に君の企みが上手く行ってたとしても直ぐに上が動いていたんじゃないかな、人類連合による逆侵攻、よくてバルカン帝国攻略が精々だったと思うよ」
そう言い肩を竦めるナニカに苦虫を噛み潰したような顔になる堕天使。
「堕天使はね、女神様が御用意くださった特別な空間で闇属性魔力の浄化処理の仕事をしてるんだって。
君が望むなら紹介する事も出来るけどどうする?」
「クックックックッ、アッハッハッハッ、この我に、世界を浄化せんとする我に闇属性魔力処理の仕事をしろと言うのか?
女神様の慈悲を受けながらその御意思に逆らう愚か者どもを、女神様に仇なす地上に蔓延る害獣どもを放置して、その様な場所で安穏と暮らせと?
貴様は何処まで我を愚弄するか、人族など一切合切滅びるべきなのだ!
何のつもりだったのかは知らんが、我にこの身体を与えたことは失敗だったな、下郎!!」
“ブゥワァァァァァァァァァァァァァァァァ”
堕天使より噴き出す濃厚な闇、それは堕天使の制御を離れ、魔都を、暗黒大陸を、世界そのものを覆い尽くさんと広がって行く。
「アッハッハッハッハッ、この世界は失敗だったのだ、世界は今日終わりを迎えた。女神様のお創りになる新たな世界に栄光あれ!!」
それは堕天使が自らの存在と引き換えに引き起こした大粛清、自身はこの場で消滅するだろう、だがそれは新たなる世界の始まりに過ぎない。
自身の消滅が正しく美しい世界の始まりとなるのなら、それは女神様の御意志に沿う素晴らしい行い。
やるべきことはやった、思い残す事は何もないとゆっくり目を閉じる堕天使。
「うわ~、やっぱりこうなるよね~。ラスボスの自爆はロマン、僕も遠回しに煽り倒した甲斐があったよ。黒鴉、<合体>そんで<精霊化>」
ナニカの手にいつの間にやら握られていた黒鞘の直刀、その刀が光を帯びナニカの身体に吸い込まれて行く。
“バサッ”
ナニカの背中に白色の美しい翼と黒色の艶めいた翼が広がる。
「さぁ、始めよう。ここから先は未知の領域、世界の命運を賭けた大実験だ。行くぞ、黒鴉!!<暴食>」
“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ”
大気を揺さぶりながら世界を覆い尽くさんとした膨大な闇属性魔力が、轟音と共にナニカに吸い込まれて行く。
「<魔力融合 光16:風3:水1>疑似神気生成、<天魔混合 疑似神気:浄炎>、<魔力譲渡:“天上の癒し”>」
“ズババババババババババババババババババババババババババババババ”
その力は噴き出す間欠泉の如く、闇を切り裂き堕天使へと注がれる。
周囲に広がっていた暗黒は徐々にその範囲を縮め、魔王城の中へと消えていく。だがその謁見の間では、止めどなく溢れる漆黒の魔力を吸い取りつつ、光り輝く神聖な神気を注ぎ続けるナニカの終わりの見えない戦いが続いているのであった。
—―――――――――
「副ギルド長、先程魔王城より発せられた強烈な光を受け、レイスやリッチと言った死霊共が姿を消しました。
またどういう訳かスケルトンやリビングアーマー、リビングソードの動きが鈍くなっています。ゾンビやグールどもも再生が遅くなっている様です」
「こちら側の被害は、目をやられ戦闘不能になった者たちの治療は進んでいるのか」
「はい、魔王軍側も一枚岩ではないらしく、住民に協力し物資を流してくれている者たちがいる様です。薬師ギルド、商業ギルドの協力によりポーションの供給は潤沢に行われており、戦線は次第に縮小の兆しを見せています」
「よし、分かった。教会に要請し聖水をまき散らせ、アンデッドどもの復活を阻止するんだ。
厄介なのはバンパイアどもだが、奴らは光属性魔法に弱い。魔法使いどもを集めて徹底的に追い詰めろ、一切手を抜くなよ!!」
「「「「了解しました、副ギルド長」」」」
激しい戦闘が繰り広げられる魔都市街地、冒険者ギルド副ギルド長ウインダムは現場に赴き指揮をしながら戦闘に参加するギルド長に代わり、全体の人員配置など、総合的な指揮を行っていた。
「副ギルド長、大変です。魔王城に変化が、黒い柱が立ち昇り魔都全体を覆い尽くさんばかりの勢いで広がりを見せています。報告してきた魔導士によれば、濃厚な闇属性魔力の塊であるとの事です」
「チッ、魔王城で一体何が起きてやがる」
ウインダムの脳裏をよぎるのは軽い足取りで魔王城へ向かったケビンたちの後ろ姿。魔王城の崩壊、立ち昇った二本の闇属性魔力の柱、レイスどもが消え去った謎の発光現象、そして魔王城から広がりを見せる濃厚な闇属性魔力の塊。
「ケビン、無事でいろよ。
冒険者たちに連絡、魔王城から半径1キロメート以内には決して近づくな!現在戦闘を行っている者は大至急退避、確実に死ぬと言っておけ!
手の空いてる者は避難誘導に回せ、時間がない、急げ!!」
「「「「はい、副ギルド長!!」」」」
走り去るギルド職員たち、状況は刻一刻と変化し、ウインダムにはその時々に合わせた一瞬の判断が求められる。
「ウインダム・・・私にも何か手伝える事はないか?」
背中から掛けられる声に振り向けば、そこには弱々し気な表情をしたメルルーシェの姿。
「ん?今のお前に頼める事はないな。この場所は今のところ安全だ、取り敢えず部屋の隅にでも座っていろ」
だがウインダムはメルルーシェから視線を切ると、突き放すような言葉を投げ掛ける。
「しかし私は・・・」
「今のお前に何が出来る、そんな全てに自信を失った、縋る者を求める様な目をしたお前に何を任せられる。
ここは戦場だ、戦う気概の無い奴は引っ込んでろ。
俺は冒険者たちの命を預かっている。俺の指示でケガをする奴がいる、死んでいく奴がいる、その責任は全て俺にある。
冒険者ギルド副ギルド長として、この役割を他の誰にも渡すつもりはない。
浴びせられるだろう恨みも責めも、全ては俺の意思によるものだ。
今のお前にその気概はあるか、最悪の悪魔と罵られ様とも貫き通す意思はあるか。
ゼノビア様の副官としてではなく、指揮官メルルーシェとして前線に立つ決意を示せるのか!」
これまで見る事の無かったウインダムの強い態度に、言葉の詰まるメルルーシェ。
自身はゼノビア様と言う大樹と共に様々な戦場を駆け抜けて来た。ゼノビア様に代わり執務を行い、重要な判断を下す事など日常であった。
だがそこには常にゼノビア様の影があった。知らず知らずにゼノビア様の後ろに隠れる自分がいた。
そのゼノビア様がジミーに切られ、血を噴き出し倒れた。自身も味方である魔王軍の兵士に切られ、膝を突いた。
いまの自分を支える者はいない。縋るように声を掛けたウインダム、彼はそんな私に何と言った、私に何を求めた?
「メルルーシェ、そろそろお前も独り立ちしてだな?騎士兵団の軍団長の地位が空きそうなんだが」
「何を言ってるんですかゼノビア様。私は生涯ゼノビア様の副官なんです。たとえゼノビア様が首だと言っても付いて行きますからね」
そう言えばゼノビア様はいつでも私に独り立ちしろと言っていたと思い出す。ゼノビア様の為と言いながら縋っていたのは自分の方であったのだと。
「ウインダム、そう言えば薬品の手配が足りていないと言っていましたね?魔王軍の一部の者からの支援があるようですがそれでもこの騒ぎです、とても必要分を賄うのは難しいでしょう。
現在は緊急事態です、軍の非常用倉庫を開放しましょう。幸い私にはその権限が与えられています。魔力紋の変更もまだ行われていません、問題なく回収できるでしょう。
それと住民の避難ですが、西区総合公園に緊急用の結界装置が設置されています。この事を魔将ドルイドは知りません、彼らが反乱を起こした場合の備えとして密かに設置されたものです。
市街戦においてアンデッドの投入は有効な手段ですからね、非常時の対策は重要です。どこまで役に立つかは分かりませんが、私も出ます。
ウインダムは指示を」
それは自ら前線に立つ軍人の目、ウインダムは不敵な笑みを浮かべメルルーシェに指示を出す。
「みんな聞いたな、メルルーシェに協力しろ、絶対生き延びるぞ!!」
「「「「オォーーー―!!」」」」
彼らは走り出す、己の使命を胸に。
魔王城から広がった闇属性魔力が急激に引き始めたとの報告が入ったのは、皆が思いも新たに動き出した時であった。
「ケビン、お前も戦ってるって事かよ。死ぬんじゃねえぞ」
ウインダムは結界に覆われた空を見詰め、そうボツリと呟くのだった。
—――――――――――
あ~~~、しんどい、マジキツイ。
どうも、辺境育ちのお調子者、ケビン・ワイルドウッドです。
自分が何をしているのかですか?堕天使の闇属性魔力を吸って人工的に作り出した疑似神力に浄炎の力を混ぜ込んだものを流し込むっていう作業ですが何か?
要するに変換器ですかね、ほとんど汚泥のような粘りのある闇属性魔力を一度取り込み自身の魔力に変えて疑似神力を作る。
黒鴉も神力は持ってるんですけどね、それを供給したら黒鴉が疲れちゃうでしょう?だったら堕天使本人の魔力を使った方がいいじゃないですか。
一度取りこんで変換しているから純粋な本人の魔力とは言えませんが、抵抗は少ないかと。
でも普通はこんな事出来ないんですけどね、堕天使にとって神力は害以外の何ものでもないですから。堕天使が天界に住めない最大の理由がそれ、要はアレルギーみたいなもの、下手したら拒絶反応で死んじゃいますから。
天使が堕天するってのは化学変化と言うか別の物質に変わるようなものらしくてですね、その際に起きるエネルギー爆発によって周囲が吹き飛んでるらしいんですよね。(本部長様情報)
なんで一度堕天使に変化してしまった者は二度と元には戻れないってのが天界の常識だった訳ですよ。
そこでケビン君は考えました。“闇属性魔力を神力に物質変換するのは無理でも、中身を総取り換えさせる事だったら可能じゃね?”と。
でも皆さんは疑問に持つんじゃないんでしょうか、“堕天使にとって神力が害になるってんなら無理じゃん”て。そう、本来なら無理なんです。そんな無理をもしかしたら可能かも?ってくらいの状態にしちゃったのが、俺のスキル<友達生成>だった訳です。
今も目の前で馬鹿みたいに闇属性魔力を放出している堕天使ですが、正確には純粋な堕天使ではありません。“トライデントの身体を基に再構成された堕天使だったもの”です。
当然トライデントの身体に仕込まれていた神力循環器と魔力結晶回路の融合により新たに生まれた神力結晶をその体内に含んでいる訳で、その神力結晶に疑似神力と浄炎を融合して作った“天上の癒し”を注ぎ込む事で無理なく状態変化を起こす事に成功したって訳です。
まぁこうやって冷静に話せるのもこの試みが成功したからなんですけどね、これって完全な賭け、誰がどう見ても机上の空論だったもんな~。
多分俺、一生分の運どころか来世分の運も使い切っちゃってるんだろうな~。生きてるだけで儲けものどころの話じゃないもんな~。
この堕天使、マジでヤバかったもんな~。魔王アブソリュートが百年間蓄積して来た闇属性魔力をそっくり引き継いで受肉したもんだから、洒落にならないったらありゃしない。
魔王アブソリュートの肉体だったら溜め込んだ魔力の百分の一以下しか活用できなかったものが、世界樹の枝を使ったトライデントの身体なら全開で使えちゃうんだもん。
本気で世界の危機だったんだよね、原因俺だけど。<友達生成>での封印も残月と“放浪の聖女”の前例がなければ挑戦しようとも思わなかったし、いざとなれば勇者ブー太郎様が付いてるしって言う保険があったればこそだったんですけどね。
何でも切れちゃう聖霊剣グランゾート、アレってマジでヤバいよね。空間どころかその存在まで切れちゃうのよ?どんな強力な堕天使だろうがスパンスパンよ?
流石は真の勇者様の武器、世界を救う聖剣は激ヤバでございました。
おっ、闇属性魔力が薄くなって来たって事はそろそろ終了ですかね。
なんか空が白み始めたんですけど?俺どんだけ変換器をやってたのよ。
魔国で発生した世界規模の大侵攻の始まり、そんな“終焉の始まり”が今終わりを迎えようとしている。これってどう考えても勇者様の仕事なんじゃないだろうか?
俺は自身の運の悪さに大きなため息を吐きを吐きながら、変わり行く空を眺めるのでした。
本日一話目です。