魔国の夜が明ける。空にはいまだ結界の光が見えるも、周囲は徐々に朝焼け色に染められていく。
「やぁ、はじめましてと言った方がいいのかな?生まれ変わった、いや、元に戻った気分はどうだい?」
崩れた天井から入る明りが目の前の存在をはっきりと映す。
“バサッ”
広がる純白の翼、輝く金の髪、青い瞳が戸惑いに揺れる。
“私は一体何を・・・、それにここは・・・”
「ここは暗黒大陸、魔国の首都魔都。その政治経済の中枢魔王城謁見の間だね。そして君はこの国の王である魔王アブソリュートを操り全世界に殲滅戦を仕掛けようとしていた、その辺の事は憶えているかな?」
その者はナニカの言葉に暫し呆然としながらも、ハッと何かを思い出したかのように両腕で自身を抱き締めブルリと身を震わせる。
“私は、私は一体何と言う事を。女神様の手足であるにも拘わらずこの世界に仇なす存在となり下がるなど、私は・・・”
「はいはいそこまで、憶えてるんならそれでいいよ。変に責任を感じて堕天でもされちゃったらこっちが大変だから止めてね?
君は人々に絶望し世界を終わらせようとした、女神様が作り出したこの美しい世界に人類のような醜く不完全な生き物はいらないと思った。
それは何故か。君が人に寄り添い人を愛し、そして裏切られたから。
君に何があったのかは知らないし聞こうとも思わない。君の心は君だけのものであって、表面上の言葉を聞いて理解したつもりになるのは、堕天までしてしまったあの怒りに染まっていた君に対して失礼だ。
過去は決して拭えないし変わらない、だからその事を否定するつもりもないし否定してはいけない。
君は堕天した事を恥と思うかもしれない、自身を責めるかもしれない。
だけど自分を否定してはいけないよ?それは君がこれまで関わってきたすべての物事、全ての人々を否定する事になるから。
全ての物事に意味など無い、ただあるがままを受け止める。それは地上人であろうと天上人であろうと変わらない。
君は堕天したけど再び自身を取り戻す事が出来た。今はその奇跡を女神様に感謝し祈りを捧げる、それでいいんじゃないかな?」
ナニカから掛けられた言葉に瞑目し、ジッと自身を振り返る天上人。天使として地上の者たちを見守って来た。時には支え、側に寄り添う事もあった。愛し、慈しみ、そして裏切られた。
守るべき者が損なわれ、愛していた者たちから罵声を浴びせられ、全てを失った。
その後何があったのかはよく覚えていない。気が付いた時には人に対する恨みを抱え全てを滅ぼす事だけに囚われたナニカになっていた。
“あなたが私を止めてくれたのか?そして堕天から救ってくれた・・・”
「さっきも言ったけど、君が元の天上人の姿を取り戻したのは女神様がお与え下さった奇跡以外の何ものでもないからね?
もう一度やれと言われても多分無理だから、それほどまでに多くの奇跡の連続がこの結果を導いた、これを女神様の奇跡と呼ばずに何と呼んだらいいのかっていうくらいの幸運だったんだよ?
まだ最後の仕上げが残ってはいるんだけど、その前に君に会わせたい人がいるんだよ。<業務連絡:残月>“そっちの準備はいいかい?それじゃ外に出すね”」
“ズズズズズッ”
ナニカの足下から影が伸びる。その影が
「残月、ありがとうね。お久し振り、魔王軍四天王“絶剣のゼノビア”さん。それとはじめましてだね、魔国国王、魔王アブソリュート様」
現れた者、それは暗黒大陸の支配者にして魔国を統べる者、魔王アブソリュート。
「あぁ、はじめましてだな。此度は世話になった、詳しい事は残月殿とゼノビアから聞いた。私は御方様とやらに操られていたのだな。
私を解放し救ってくれた事、この魔国の危機を救ってくれた事、どう感謝を表したらよいか分からない。
この通り礼を言う、本当にありがとう」
そう言い頭を下げる魔王。その脇のゼノビアさんもそれに倣うように頭を下げる。
「うん、その様子だと何となくではあるけど憑りつかれていた時の事も覚えているって感じかな?」
「あぁ、まるで夢の中の光景の様ではあったがな。ただ周囲の様子を見せられ続ける意思のない存在、それが私であった。悔しいとも歯がゆいとも、そもそも感情や考えの一切が失われていた様ではあったのだがな」
その時の事を思い出したのだろう魔王は、苦しそうに眉根を寄せる。
「そうだね。それがどれほど崇高な理由であったとしても、他人に自我が奪われる、自己が失われるという事は辛く苦しい事だろうからね。
えっと、そこの天上人、あえて“御方様”と呼ぶね。
堕天使だった時の君にも話したけど、今回の件、天界の上級天使の介入があったという事は分かっている。上でも色々あったみたいだからね、思想や考えの違いからくる軋轢はその存在値が変わろうともなくならないって事が良く分かった一件だったよ。
だからこそ、その当事者である御方様には忘れないで欲しいんだ。
地上人も天上人もない、全ては女神様の子であり女神様の世界に生きる者たちだってことを。
僕は平等やら平和だなんて絵空事を言うつもりはないよ。全ては他人、違いがあって当然だし軋轢も生じる、それはどの様な存在であろうとも変わらない。
神々や天上人、ドラゴンや聖転進化を遂げた魔物達、果てはスライムやビッグワームに至るまで。
争い、戦い、笑い合い、協力し合い。昨日の敵と共に杯を交わすなど日常、極悪人が子供を助け聖職者が大義の為と人を見捨てる。
美しくも醜い世界、それがこの世界であり矛盾こそ世界の在り様。
だからこそ人は悩み苦しみ、他人を思いやり、愛を語らう。
そうして文化は生まれ世界は廻る。
観察する事、考える事、想像する事。君が地上の人々を愛し期待を寄せてしまった事を否定するつもりはないけど、人はそんなに単純じゃないんだよ。
悩み苦しみ欲に負ける、それもまた人の一面であり真実。上に帰ったらアーカイブを見て見るといいよ、人の歴史は愚かしい事の連続だから。
でもそんな中で助け合い共に文化文明を育む、人って本当に面白いよね。
君が理想とする様な人もいるかもしれない、君が理想とする社会があるかもしれない。でもそれとは違う人々がいて違う社会があるからこそ、この世界はこんなにも輝いているんだよ。
君だって見てきたはずだよ、魔王アブソリュートの目を通して。
多種多様の者たちが集う国、魔国。僕はこれ程面白い国を他に知らない。その過程がどうであれ、暗黒大陸に魔国を造り上げた事、この一事を以って君は許されてもいいと思う。少なくとも僕が許そう」
ナニカはそこまでを語ると、視線を魔王アブソリュートに向ける。
「魔王アブソリュート、君はどうするんだい?残念ながら君の中に蓄積されていた闇属性魔力はすべて失われてしまった。君が以前のような隔絶した力を持つ存在になるには、また長い月日が必要となるだろう。
暗黒大陸は力こそ正義、力無き正義は害悪でしかない。
さて、きみはどうする?どう生きる?」
「・・・暗黒大陸は力なき者に厳しい。いくら畑を耕そうとも魔物に荒らされ、命を狙われる。この世界で生きるには力が必要だ。
だが国は武力だけでは回らない。生活基盤を整え、人を配置し、予算を考え。国を支えるには多くの人材を必要とする。
国を維持するには力ある者、象徴が必要だ。ならばそれは力ある者に任せよう。
国を回すにはそれを行える知恵ある者が必要だ。力無くとも知に優れた者の登用は必須。
私はこの国、魔国を愛している。ならばすべきことは一つ、魔王の地位を然るべきものに渡し、国の礎として支える側に回るのみ」
アブソリュートは真っ直ぐな瞳をナニカに向け宣言する。それは国を愛し国を導いて来た者、建国王アブソリュートの強い意志。
「どう、御方様。これが魔王アブソリュート、御方様が導いてきた男の姿。かつて御方様が愛し寄り添って来た者たちにも引けを取らない、慈しむべき者の姿じゃない?」
御方様と呼ばれた天上人は柔らかく微笑みゆっくりと頷く。自身は本当に何も見えていなかったのだと、自嘲しながら。
「<業務連絡:ブー太郎>“みんなを外に出すよ、声掛けよろしく”」
“ズォン”
ナニカの影が伸び、四人の人影が現れる。それはこの謁見の間において魔王軍の将、四天王を打ち破った者たち。
「ブー太郎、頼めるかい?」
“コクリ”
ボア族の者らしき男性が一歩前へ歩み出る。
「<いでよ、我が半身。聖剣召喚>」
男性の呼び掛けに応えるかのように、謁見の間の床に展開される幾重もの光り輝く魔法陣、それの神秘的な光の中心から美しい造りの一振りの大剣が姿を現す。
“我が名は聖霊剣グランゾート。全てを暗黒に染め上げる魔王の手から世界を救う為、勇者よ、共に戦おうぞ”
「あっ、悪いグランゾート、それもう終わってるから。破壊の魔王による全世界侵攻作戦は終了しました。お疲れ様でした」
“・・・はぁ~~~~!?えっ、はぁ~~~~!?
ブ、ブー太郎様、それってどういう事ですか!!魔王軍を蹴散らし仲間と共に魔王軍四天王を打ち破り魔王城謁見の間で魔王と対峙するんじゃないんですか!?
グランゾートはその為に召喚されたんですよね、そうですよね、ね”
「グランゾート、落ち着け。お前の言う様に魔王城には来ました、ここは謁見の間です。そんで魔王軍四天王との戦いはありました、無事俺たちは勝利しました。
最後に魔王との戦いは魔王を操る真の黒幕堕天使が登場、ケビンさんが対峙しました。俺たちは危険過ぎるって事で影空間に退避、堕天使を元の天上人に戻す段階にまで来たんでグランゾート先生にお越しいただいたって訳です」
“はっ?堕天使?堕天使を天上人に戻す?そんな事出来る訳がって何かいるんですけど!?
えっ、天上の御方が何でこんな場所に?って言うかこんなに堂々と人々の前にお姿を晒していいんですか!?”
何か困惑し焦り声を出すグランゾートに、“あぁ、うん、普通は混乱するよね。俺なんか未だに状況について行けてないもん”とウンウン頷くブー太郎。
「よく見ろグランゾート、あちらの御方は天上人であって天上人でない。
別の者と一体となり封印された状態。俺たちの仕事は両者の繋がりを断ち切り御方様を解放する事だ。
これはグランゾートにしか出来ない仕事だ、そしてグランゾートの導きなしには成功する事などあり得ない。
グランゾート、俺の全てをお前に託す。俺を導け、かの御方を救え」
ブー太郎から掛けられた力ある言葉。グランゾートは自身の剣身がブルリと震えるのを感じる。これは歓喜、自身の使い手から向けられる絶対の信頼に、喜びを感じない剣などあるのだろうか。
“畏まりました。聖霊剣グランゾート、必ずやブー太郎様のご期待に応えてみせます”
“スーーーッ”
鞘から引き抜かれた剣身が、神秘的な輝きを見せる。その清らかで神聖な煌めきに、人々の目が釘付けになる。
“フゥ~~~”
「絶剣<断界>」
“パシュッ、スーーーッ、カチンッ”
ゆっくりと鞘に納められる剣身、いつ戻されたのかも分らない程の刹那の一振り。
“パリーーーーーン”
何かが割れる様な甲高い音が周囲に響く。弾ける様に、崩れる様に、御方様の周りに木片の様なものが散らばる。
“コロコロコロコロ、カツッ”
ナニカの足下に転がる淡く光る球体。ナニカはそれを拾い上げると、「お疲れ様」と声を掛けコートのポケットへと仕舞う。
「<召喚:本部長様>」
ナニカの呟き、それは召喚のスキルを発動させる言葉。床一面に現れる六芒星の魔法陣、その中心から顕現する光輝く高位存在。
“バサッ”
広げられた純白の翼、その身から溢れる隔絶した力。その場の者たちは自然膝を突き、頭を垂れる。
“久し振りですね、#@&&。あなたとこうして再び言葉を交わす事が出来るとは。これも全ては女神様の御導きでしょうか”
“**#@様、何故あなた様が地上界に。あなた様ほどの御方が顕現されるなど・・・”
“フフフ、あなたは相変わらずですね。自身の置かれた状況を正確に把握しなさいと言い聞かせていたでしょう?
今、あなたは天界中から注目されているのですよ。完全な堕天からの生還、これは天界の歴史の中で初めての事、あなたは奇跡の体現者として迎え入れられるでしょう。
さぁ、いきますよ?私たちのような力ある存在が長く地上に留まる事は、世界を歪ませかねませんから”
‟はい。**#@様、ありがとうございます。
地上世界の者よ、感謝します。あなたの言葉生涯忘れる事はないでしょう”
「うん、御迎えが来てくれてよかったね。今度は間違えない様に、これからもこの世界の事を見守って下さい。<送還:本部長様>」
二柱の高位存在の全身が光に包まれる。そして彼らは光の粒子へと形を変え、その場から消え去って行くのであった。
「さて、それじゃ僕たちもお
ナニカから影が伸びる。謁見の間に現れた四人の戦士が影の中に姿を消していく。
ナニカはその場で放心する魔王アブソリュートと剣将ゼノビアの方を向き言葉を掛ける。
「ゼノビアさん、これで約束は果たせたかな?魔王アブソリュートは解放された、ゼノビアさんの言う“アブソリュート様を助けて”と言う依頼は達成できたと思うんだけど」
「はい、ケビンさん、本当にありがとうございます。この恩を私はどう返したらいいのか・・・」
「ん?気にしなくてもいいよ。“僕が一度手を貸す”、そう言う約束だったからね。
大変なのはこれからだよ?この一件で魔都は荒れに荒れている、魔王軍が信頼を取り戻せるかは魔王様とゼノビアさんの働きに掛かってるんだから。
まぁここは力こそ全ての暗黒大陸だし?配下の反乱って事にすれば丸く収まるかもしれないけどね。
それと魔王アブソリュート、僕はこの数日で魔国を大変気に入りました。食べ物は旨いし、様々な人種が入り乱れるこの魔都なんか、ワクワクが止まらないよね。
だから君にはもう少し頑張って欲しいかな?」
“ズオオオオオオオオ”
突如強大な闇属性魔力がナニカから魔王アブソリュートに注ぎ込まれる。それは攻撃のようなものではなく、寧ろ失った力を取り戻す癒しの為の魔力譲渡。
「ん、こんな物かな。大体そこのトカゲの二倍くらいの魔力量になる様に調整しといたよ。全盛期にはまだまだ届かないだろうけど、魔国を統べる王としては十分じゃないかな?
それと他国との接触を図るなら、いつまでも“魔王”の称号に頼るのはどうだろうか。この際正式に魔国の王として魔国王と名乗った方がいいんじゃない?
この国を愛する王なのだから」
“フワッ”
音もなく宙に浮くナニカ。何かは漆黒のコートを靡かせながら、上空へと離れて行く。
「これから大変だとは思うけど、二人手を取り合って頑張ってね。
これはそんな君たちに僕からの贈り物。<範囲指定:魔都全域、“天上の癒し”>」
ナニカから白色の炎が溢れ出す。白色の炎は上空に立ち昇るや、魔都全域を覆い尽くす様に広がっていく。
――――――――
「副ギルド長、大変です。魔王城から白い何かが広がって、何やら光輝く雪の様な物を降らし始めました」
「クソッ、さっきから一体なんなんだ。魔王城全体が神聖な光に包まれたと思えば今度は光輝く雪だと!?
漸くアンデッドどもが大人しくなって来たってのに」
悪夢の夜を過ごした冒険者ギルド副ギルド長ウインダムは、次々に起こる事態の変化に頭を抱える。
「副ギルド長!白い炎が、光る白い炎が。奇跡だ、神の奇跡が起きたんだ。エレーナが、エレーナが・・・」
「落ち着け、エレーナの事は残念だがこれ以上・・・」
「違うんです、エレーナの怪我が全て治ったんです。失った足も元通りに、エレーナが目を覚ましてくれたんです!」
「はぁ!?一体何が・・・」
“パリーーーーーン”
何かが割れる様な音が、魔都に響く。人々は音のした空に目を向ける。
上空を染める光、昇る朝の日差しが魔都を眩しく照らす。
「副ギルド長、ゾンビ・グール・スケルトン・レイス・リッチ、その全てが白い炎に包まれて消えて行ってます。ヴァンパイアどもは力なく座り込んでいます。
また怪我をした者たちが重症の者を含め、全て回復して行ってます。
私たちは助かったんです」
“奇跡の朝”、後にそう呼ばれる魔都を救った出来事。副ギルド長ウインダムは未だ白い炎が降りしきる空を見上げ、この奇跡を呼び寄せたであろう青年の姿を思い浮かべるのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora