「ホーンラビット伯爵閣下、ケビン・ワイルドウッド、本日無事帰村いたしました。収穫作業で忙しいこの時期にまったくの
明日よりはこれまで以上に収穫作業に精を出す所存。
ホーンラビット伯爵閣下の格別なご配慮、誠にありがとうございました」
オーランド王国の北西部、フィヨルド山脈と言う世界的に見ても危険地帯とされる魔境に最も近い辺境の地、ホーンラビット伯爵領マルセル村。
そのマルセル村を含むホーンラビット伯爵領を取り仕切る領主ドレイク・ホーンラビット伯爵の執務室では、この数日留守にしていた騎士ケビン・ワイルドウッド男爵が帰村の報告を行っていた。
「あぁ、お帰りケビン君。確か十日ほどの予定と聞いていたんだけど、少し早く切り上げて来たのかな?
ジミー君が魔国の武術大会に出るって事だったんだよね。ケビン君はこのところ頑張っていたんだし、もう少し兄弟の交流を取って来てくれても良かったんだよ?
確か冬の授けの儀に合わせる形で戻って来るって話だったよね。ジミー君の事だから相当立派になって帰って来るんだろうね、彼は授けの儀の前の子供とは思えない程自分に厳しいから。ケビン君とはまた違った意味で子供っぽくないと言うかなんと言うか、でも今から再会が楽しみだよ。
それでどうだったのかな、武術大会の方は。ケビン君の話では王都の武術大会並みに大きな大会って事だったけど」
ホーンラビット伯爵はケビンの無事な帰村を喜ぶと共に、暗黒大陸の武術大会と言う普段聞く事の出来ない珍しい話に心躍らせる。
「その事なんですが、ちょっと向こうで色々ありまして、急遽武者修行は終了という事になりました。ジミーはこれまでの疲れもあったのか、今は家で寝ていますが」
「えっ、ジミー君に何かあったのかな?怪我とか病気とか」
ケビンの言葉に驚き、心配の声を上げるホーンラビット伯爵。
「ご心配ありがとうございます。幸いそういった事ではないんですが。少々社会情勢と言いますか、魔国国内が混乱してしまったと言いますか。
ジミーを一人で修行に出していられるような状況ではなくなってしまったものですから」
「そうだったのかい、いや、本当によく無事に戻って来れたね。
暗黒大陸の事は正直全く分からないからね、魔王が治める多種族多民族国家、魔王軍を魔王軍四天王と呼ばれる四人の将が指揮している。
これも春祭りに訪れた魔王軍四天王のゼノビアさんから聞いただけの知識だしね。
でもそうか、国内が荒れてしまったって聞くとゼノビアさんやメルルーシェさんの事が心配だね」
ホーンラビット伯爵は二年ほど前にマルセル村を訪れたホーンラビット族の女性の事を思い出し、表情を曇らせる。
ここオーランド王国でも昨年国中が乱れる内乱が起こったばかり。ダイソン侯爵家の独立宣言に端を発した戦乱は、十二万もの将兵の命が失われる痛ましい結果を引き起こした。
現在は比較的落ち着いて来ているとはいえ、未だオーランド王国の国内情勢は不安定と言わざるを得ない。そうした背景もあり、他国とはいえ国内が荒れたといった話をこれまでの様に対岸の火事と気楽に受け止めることは出来なかったのである。
「そうですよね。俺もまさか武術大会に出場するジミーの応援に行って他人に寄生して繁殖する粘菌生命体の処分を行ったり、左腕を切り落とされ腹部を切り裂かれて瀕死の重傷を負ったゼノビアさんの手当てを行ったり、全世界に向け大侵攻を始めようとする魔王様や魔王軍四天王と対峙する羽目になるとは思いませんでしたから」
「!?・・・・・・」
サラッととんでもない事を口にして「本当にあれは参りましたよ」と頭を掻くケビン。咄嗟に胸の下に手を当て、部屋に控えていた執事ザルバに聖茶とクッキーを持ってくる様に目配せするホーンラビット伯爵。
“コトッ、コトッ”
「既にご用意してございます」
透かさず差し出されたティーセット、ホーンラビット伯爵はそれらを口にし自身を落ち着けながら、“リンダを食堂の仕事に出しておいて本当に良かった、下手をしたら取り返しのつかない程心を病ませてしまうところだった”と心の底から思うのであった。
―――――――――
“バタバタバタバタバタ”
“トントントントントントン”
何かの物音にふと目を覚ます。頭がボ~ッとして意識がはっきりしないものの、掛け布団をはがしベッドの上で上体を起こす。
「あれ?ここは・・・」
いまだ疲れが残っているのか、自分の置かれた状況が理解出来ないまま周囲に目を向ける。
“ミッシェル、夕食の準備が出来たからお兄ちゃんを起こして来てくれる?”
“あい、分かりました。目標はお兄ちゃんのお部屋、エッガード、発進!!”
“ゴチンッ”
“ミッシェル~、お家の中ではどうするんだったっけ~”
“はい、お家の中では自分の足で歩く。忘れてはおりません!!”
“よろしい。それじゃ、お兄ちゃんを起こして来てくれるかな?
“了解です、メアリーお母様”
何やらにぎやかな話し声が鼓膜を揺らす。パタパタといった足音が扉の向こうから聞こえて来る。
“コンコンコン”
「ジミーお兄ちゃん、起きてますか?夕食の準備が出来ましたよ」
小さく叩かれた扉、部屋の向こうから聞こえる可愛らしい女の子の呼び掛け。
“そうか、どこかで見た事があると思ったら、ここ俺の部屋だわ。
確か魔都総合武術大会で優勝して表彰の為に魔王城に呼ばれて、気が付いた時はケビンお兄ちゃんと戦う事になっていて、全力で挑んだけど結局負けちゃって。
その後ケビンお兄ちゃんの影空間にある屋敷に送られて残月さんに治療して貰ってからベッドで横になったってところまでは覚えているんだけど、いつの間にかマルセル村に帰って来てたんだ・・・。
イヤイヤイヤ、それっておかしくない?俺、マルセル村から魔都に向かうのに一月半くらい掛かったんだけど?俺一カ月くらい寝てたって事?”
ジミーは自分の置かれた状況がよく分からないという事が分かったものの、このまま考えていても仕方がないと「ミッシェルちゃんありがとう、今行きます」と返事をしてベッドから降りるのであった。
「メアリーお母さん、ただいま。長い事我が儘を言ってすみませんでした。なんかよく分からないけど、無事に帰って来る事が出来ました。
それとミッシェルちゃん?随分と大きくなったね。それに確りとお話も出来る様になって。
そうだよな、俺が修行に出ると言って家を飛び出してから一年半くらいは経ってるもんね。今度の冬で三才になるのか、早いもんだな。
ミッシェルちゃん、憶えてるかな?お兄ちゃんのジミーだよ」
ジミーはしゃがんで視線をミッシェルに合わせると、ニコリと微笑んで自己紹介をする。
「う~ん、よく分かんない。でもジミーお兄ちゃんの話はパパとママから聞いてるよ?遠くで剣の修行をしてたんだよね、お帰りなさいジミーお兄ちゃん」(ニパッ)
ミッシェルはそう言うや花の咲いた様な笑顔を向け、ジミーの帰りを歓迎する。ジミーはそんな妹に思わず抱き付き、「ただいま、ミッシェルちゃん」と返事をするのであった。
“ガチャッ”
「ただいまメアリー。どうだ、ジミーは目を覚ましたか?」
玄関扉の開く音がし、大柄な偉丈夫が家の中に入って来る。ジミーは声のした方に顔を向けると、ミッシェルを抱っこしたまま立ち上がり声を掛ける。
「ヘンリーお父さん、ただいま。長い事心配を掛けてごめんなさい。
なんか気が付いたら自分の部屋のベッドにいたって感じで実感が湧かないんだけど、無事に帰って来る事が出来ました」
「おぉ、ジミー、お帰り。先ずは無事に帰って来てくれたことを喜ぼう。
今日の昼くらいかな、暗黒大陸にジミーが出場する武術大会を見に行っていたはずのケビンが突然帰って来てな、なんか“魔国が大変な事になったからジミーを連れて帰って来た”とか言ってたかな?
俺も詳しい事はまだ聞いてないんだが、首都である魔都で内乱が起きたとかなんとか。ジミーは知らない事なんだが、実はここオーランド王国でも昨年国中が大混乱になった内乱騒ぎがあってな、ケビンの奴もその辺を気にしてジミーを連れて帰って来たんだと思う。
ジミーは冬の授けの儀まで修行していたかっただろうが、その辺は許してやってくれ」
そんな父ヘンリーの言葉に首を横に振り、「俺は気にしてないから」と言葉を返すジミー。ジミーは目を細め、何かを思い出す様に言葉を紡ぐ。
「ヘンリーお父さん、暗黒大陸は本当に大変な土地だったんだ。この辺じゃ見る事の出来ない強力な魔獣やそれらと戦う人々。ただ生きていく事だけに全力な彼らとの交流は、それがどんな出会いであっても新鮮で刺激的なものだったよ。
あの時俺が修行の旅に出るって言わずにマルセル村に残っていたとしても強い魔獣と戦う事は出来たと思う。大福はとんでもなく強いし、大森林に入ればそれなりに獲物もいるだろうしね。でも外に出る事で見える事も沢山あったんだ、マルセル村の環境が俺にとってどれ程恵まれていたのかとか、ケビンお兄ちゃんがどれほど非常識で理不尽な存在だったのかとか。
まぁその理不尽のお陰で俺はこうしてマルセル村に帰って来る事が出来たんだけどね」
そう言い肩を竦めるジミーに“こいつも男の顔をするようになったんだな”と、その成長を喜ぶヘンリー。
「まぁいい、詳しい修行の話は夕食を食べながらでも聞かせてくれ。ジミーも腹が空いてるだろう、今日はメアリー母さん特製の“角無しホーンラビットの香草焼き”だぞ」
“グルルルルル”
ヘンリーの言葉に途端唸り声を上げる腹の虫、ジミーは恥ずかしそうにお腹を押さえながらも、ヘンリーと目を合わせ思わず噴き出すのだった。
—――――――――
「ほう、それで龍人族の集落で行われた殴り合いの大会に出て優勝したと」
「うん。その集落で最強と言われていたバンドリアって奴を打ち負かす事が出来たんだよ。あれは面白かったな~。
龍人族は生まれながらに鎧を着ている様なものだし、筋肉の柔軟性も弾力性も普人族とは雲泥の差だからね。俺も老師に“真言”の修行を付けてもらっていなかったらどうなっていた事か。ヘンリーお父さんたちが使う<覇魔混合>を纏えば十分対抗できるけど、それじゃ修行にならないからね。
暗黒大陸には本当に様々な技を使う人たちがいて、色んな事を教わることが出来たんだ」
夕食になりヘンリーお父さん、メアリーお母さん、ミッシェルちゃんと一緒に“角無しホーンラビットの香草焼き”を摘まむ。メアリーお母さんにケビンお兄ちゃんはどうしたかと聞いたところ、ホーンラビット伯爵様の所に帰村報告に行ってるんだとか。遅くなるかもしれないから先に食べていて欲しいとの事らしいけど、本当なら俺が自分で報告しに行かないといけないんだよな。
どこか申し訳ない様な気持ちになりながらも、久々のメアリーお母さんの料理に思わず顔をほころばせる。
ミッシェルちゃんはホーンラビット肉に夢中、ずっと「お兄ちゃん、美味しいね、美味しいね」と言いながら小動物のように咀嚼し続けている。
うちの妹は最高、本当にかわいい。ヘンリーお父さんも俺の話を聞きつつ視線はずっとミッシェルちゃんに向いている。
気持ちは物凄く良く分かるので文句もない、というかそれは生物として当たり前の行為とすら思う。
「でもそうだな、話を聞く限りジミーの武者修行にそれなりの成果があったみたいで良かったよ。これならジェイクやエミリーお嬢様と合流しても上手くやれるだろう。
あの二人は職業を授かった事で相当に強くなってしまったからな。
まぁそれもジミーが職業を授かる迄の問題だし、直ぐに解消されるとは思うがな」
俺はヘンリーお父さんの言葉に思わず驚きの顔を向ける。どうやらジェイクとエミリーは相当に優秀な職業を授かったらしい。
「あぁ、エミリーお嬢様は<聖女>の職を授かられた。それとジェイクの職業なんだが、表向きは<剣豪>の職を授かった事になっている」
ヘンリーお父さんの話に訝しみの視線を向ける。表向きとはいったいどういった事なのか。
「これには少し込み入った事情があってな、いずれ知られる事なんだが今はあまり公に出来ない、ジミーもその事を理解した上で聞いて欲しい。
ジェイクの職業なんだがな・・・、<勇者>なんだ。
子供たちの憧れ、勇者物語に出て来るアレだ。もっともジェイクの場合防衛特化と言うか、とにかく打たれ強いスキル構成になっているらしい。
今は表向きエミリーお嬢様付きの騎士という立場になっている。
そうそう、ジミーも領都のメルビン司祭様に連絡が付き次第、早々に授けの儀を行うからな。少なくとも領都の学園に入学する事は決定しているからな」
ヘンリーお父さんの言葉に意味が分からないといった表情を向ける俺。そんな俺の態度に、「まぁそういう顔になるよな」と呟きで返すヘンリーお父さん。
「言ってなかったがジミーが武者修行に行っている最中にこっちも色々あってな。ケビンも俺も男爵の地位を給わる事となった。ケビンは既に独立した家、ワイルドウッド男爵家当主って事になっている。
秋祭りの際にアナさん、ケイトちゃん、パトリシアお嬢様を嫁に貰って正式に家を出ることが決まっている。
そう言う訳でジミーは繰り上がりでドラゴンロード家の嫡男扱いとなる。子爵男爵家の嫡男は学園に通う事が義務とされているんでな、ジミーも当然どこかの学園に通わないといけない事になっている。
上級職であれば王国法に従い王都の中央学園に入ってエミリーお嬢様のご学友、そうでなければ領都の学園って事だ。
授けの儀は貴族という事で集団での授けの儀ではなく個別で受ける事になる。ボビー師匠の所のフィリーちゃんもまだ授けの儀を受けていないと言っていたからな、一緒に教会へ行く事になるから心配はないだろう」
ヘンリーお父さんから聞かされる言葉に暫し固まる俺。ウチが男爵になった?ケビンお兄ちゃんが結婚?しかも三人のお嫁さんを貰う?
家を離れて一年半、変わったのはなにも自分ばかりじゃなかったんだと、時の流れの激しさに翻弄されるジミー少年(十二歳)なのでありました。
本日一話目です。