夏の農家の朝は早い。
空が白み始めるかどうかという時間帯に起きだし、身支度をしたのち畑へと向かう。
トメート、キューカンバ、ナース。たわわに実った果菜類たちをもいでは籠に詰め、家に持ち帰ってから出荷用の木箱に分けて行く。
一通りの収穫を終えたら畑の手入れ、草むしりや水やりなど、美味しい野菜を作るにはその下準備が重要となる。
トーマスお父さんの話ではここまで手間暇を掛ける農家は少ないとの事だが、“美味しいマルセル村の野菜”という地域ブランドを維持するにはこれくらいの見えない努力が必要という事なのだろう。
全体の作業を終え家に戻るのはすっかり日が昇った頃。今年からはホーンラビット伯爵様より収穫用マジックバッグの貸し出しが行われるようになったので、村役場までの搬出が楽になったとトーマスお父さんが喜んでいた。
こんな高価な物を村の各家に貸し出すなんてホーンラビット伯爵様は凄いなと思っていたが、何でもケビンお兄ちゃんとマルコお爺さんが大森林に狩りに向かう村人用にせっせと作ったらしい。
・・・マルコお爺さんは分かる、確か昔王都の魔道具工房で修行した凄腕の<魔道具職人>だったらしいと聞いた事がある。
なんでケビンお兄ちゃんが?ケビンお兄ちゃんの職業って<田舎者>だよね?器用に何でも出来るけど本職には劣る器用貧乏職業だったよね?
マジックバッグの作製って、<魔道具職人>の職業持ちが何年も修行して漸く辿り着く境地って聞いた事があるんだけど?
「あぁ、なんでもケビンの奴、ただの<田舎者>じゃなくて<田舎者>の上位職<田舎者>(辺境)って職業らしい。
俺も不思議に思ってケビンに聞いたんだがな、ケビンの奴<調薬師>の職業スキルも<魔道具職人>の職業スキルも一般の生産職を授かった者と同程度に使えるんだと。
つまりアイツは複数の職業を持ってるのと変わらないって事だな。その分職業補正はないみたいなんだけど、そんなものあの理不尽には関係ないしな」
なんだよそのチート職業、生産職としては無敵じゃんか!!
「これで森に引き籠ることになっても生きて行けるって言って笑ってたぞ」って、森に引き籠る気満々じゃないですか、ケビンお兄ちゃんが引き籠るってどんな事態なんですか!?
俺は頬が引きつるのを感じながらも、朝食前のひと踏ん張りと箱詰めした野菜をマジックバッグに収納し、村役場のジェラルドさんの所に持って行くのでした。
「ごちそうさまでした。マリアお母さん、チェリー、行ってきます」
朝ごはんを食べた後は修行の時間、来年の春には王都の学園入りが決まっている俺は今まで以上に気合を入れた訓練を行わなければならず、自然その内容も厳しいものになっています。
ボビー師匠との打ち合い、ヘンリー師匠との打ち合い、大福(戦闘モード)との模擬戦。
あの、皆さんお忙しいでしょうし、もう少しお手柔らかにですね?ボビー師匠、「王都は恐ろしい所じゃからの~」とか言って真剣を持ちだすのはどうかと。「油断すると腕が飛ぶぞい♪」じゃないですから!!
「ジェイク、お前がここまでやる様になるとは正直思っていなかった。詫びと言っては何だが、俺も全力で取り組ませてもらおう」(ニチャ~)
“スーーーーッ”
引き抜かれたのは二振りの大剣、それは剣と呼ぶのもはばかられるただ殺傷する為に存在する鉄の塊ってそれっていつか見せてくださったグレートソードに斬馬刀じゃないですか、ダイソン公国戦役の際に両腕に構えて周囲を圧倒してたやつじゃないですか、大地に深い裂け目を作っちゃった奴じゃないですか!!
「「安心しろ、加減はする」」
“ポヨンポヨンポヨンポヨン♪”
全然安心できね~~~!!
“““ドガドガドガドガドガドガ”””
そうして修行と称し、人間サンドバッグな日々を送っているのでございます。ただこれ、全く無意味と言う訳でもなく日々熟練度が上がると言いますか、復帰が異常に早くなってると言いますか。
この頃ではのされる事もなく最後まで立っていられるようになったんですけどね。
ボビー師匠が「流石は勇者じゃわい」とお褒めの言葉を下さる一方で、ヘンリー師匠が「これなら全力の<双龍牙>を撃っても問題ないか?」って目茶苦茶不穏な事を呟かれているんですけど!?大福が“ポヨンポヨンポヨ~ン♪”って超ご機嫌なんですけど!?
「「大丈夫大丈夫、ジェイクなら行ける行ける」」
“ポヨンポヨンポヨンポヨ~ン♪”
嫌~~~~、この修羅の方々脳筋過ぎる~~~~!!
そんな感じで俺の修行の日々は続いて行く、そう思っておりました。
「よう、ジェイク、なんか見違えるほどに打たれ強くなってないか?ヘンリーお父さんが真剣でガチの打ち込みしてたんだけど、なんで無傷なんだ?意味が分かんないんだが」
その声は不意に背後から掛けられました。
「えっ、ジミー?なんでジミー?って言うかお前冬の授けの儀の頃に帰って来るって言ってなかった?」
そこにいた者は陽光にきらきらと髪を靡かせた柔和な中に野性味を漂わせたワイルド系イケメン王子様。
「よう、一年半ぶり。元気そうでよかったよ」
しばらく見ないうちに身体付きが大人のそれに変わった幼馴染の親友、ジミー(十二歳)の姿なのでした。
―――――――
「うわ~、本当にジミー君だ。って言うか大きくない?前から大きかったけど、貫禄が付いたって言うか、どこからどう見ても熟練冒険者にしか見えないんだけど?」
お昼過ぎになり、いつもの様に皆で集まった席でエミリーが発した第一声は、「こんにちは、冒険者の方ですか?」でした。
うん、その気持ちよくわかる。だって全体の雰囲気って言うか、身体から発するオーラが村の子供のそれじゃないんだもん。
いや、俺も大きいよ?背丈なんかトーマスお父さんとそんなに変わらないし?前世で言うところの高校生くらいの身長は既にあるっていうか、どこからどう見ても青年だよ?
この世界の子供って、どうも前世よりも成長がいいと言うか、早熟と言うか、エミリーやフィリーなんかも少女って言うよりも淑女だもんな~。
でもこれケビンお兄ちゃんに言うといじけちゃうんだけどね、ケビンお兄ちゃん、メアリーおばさんよりも大きくなったって言ってドヤ顔してたくらいだからな~。メアリーおばさんって小柄な女性なんだよな~、見た目あまり大差ないんだよな~。
でもジミーは父親のヘンリー師匠に似たんだか高身長の細マッチョ、これから成長するにしたがって鬼神の肉体に仕上がって行くんだろうか。今の見た目の方が女子ウケはしそうだけど、ジミーはそう言った事には興味がなさそうだし。
「ジミー君、お久しぶりです。すっかり立派になって。
その立ち居振る舞いからもジミー君がどれ程の修練を積んできたのかが分かります。無事に帰って来てくれて本当に良かった」
ディアがそう言いにこやかな笑みを向けます。
「ジミー君、本当に良かった。ジミー君が出発するときは応援している様なことを言っていたけど、本当はずっと心配だったの。
だって暗黒大陸て言ったら危険な魔物蔓延る未知の大陸だし。
でもこうして無事な姿を見る事が出来て本当に良かった。私たちもそれぞれ自分たちの力を磨いて来たの、ジミー君にはその成果を見てもらいたくって」
そう言い拳を握り込むフィリー、その足元では子ぎつね精霊のリックが楽し気にじゃれついています。
「うん、みんなの成果、凄く楽しみにしてたんだ。それでジェイク、今日は首幾つのヒドラに挑むんだい?」
「あぁ、大福本体ヒドラの八つ首かな。俺とエミリーは職業を授かったからか、職業補正と言うかスキルが自在に使える様になってね。ただ倒すだけなら単独でも七つ首までなら問題なく倒せるようになったんだ。
でも何かスキルのごり押しって言うか、スキルに使われちゃってるって言うか。魔力枯渇状態で身体を動かしていると余計に思うんだけど、まだ馴染み切っていないって感じがするんだよね。
パーティーでの連携においてそれって致命的だろ?まだその辺の調整とかが難しくて。
だから戦闘訓練ではスキルに頼らない形での身体運用を心掛けているって感じかな?
大福にもその辺を頼んでいてね、八つ首ヒドラも通常と魔法無しの二種類に分けて貰ってるんだよ。
最近ようやく通常でもそれなりに戦えるようになったって感じかな」
俺はジミーにそう答えると、木刀を構え草原に目を向ける。
そこには八つ首八尾をクネクネと動かした厄災級魔物、大福本体ヒドラの姿が。
「ジェイク、大福の気を引き付けて、エミリーは遊撃、ディアは盾による受け流しと牽制。大福からの魔法攻撃、来ます」
持ち上がる八つの顎、開かれた大口の前には各属性のマジックボール。
“バシューーーーーーッ”
だが撃ち出されたのは所謂ボール魔法ではなくレイザーと呼ばれる魔力光線。そんな凶悪な攻撃を躱し、逸らし、受け流し、それぞれの方法で回避する若者たち。
“アンギャーーーーーー”
“ズドーーンッ、ズドーーンッ、ズドーーンッ”
咆哮と共に打ち下ろされた足踏みにより大地が揺れる。その場にいる者はバランスを崩しその場にへたり込む、そうなるはずであった。
「エミリー、懐に潜り込むぞ。ディアはフィリーの守り、フィリーは落とした首の処理!!」
「「「了解!!」」」
““シュタンッシュタンッ、スパパパパッ””
「<ファイヤーパッチ×8>」
空中歩行の応用、自らの足元に障壁を展開し瞬間的に肉薄したジェイクとエミリーによる連撃により切り落とされた首、そして首の付け根に透かさずフィリーの火属性魔法が撃ち込まれる。
「ジェイク、エミリー、後退!!尻尾が来る。
多重障壁結界!!」
ディアから向けられた指示にサッと後方へ下がる二人、ディアは間髪入れず障壁結界を展開し、尻尾による追撃に備える。
“ズドドドドドドドドドドドドドドドドン”
最後の抵抗とばかりに繰り出される尻尾の連撃、ディアは苦しげな表情をしながらも障壁に魔力を注ぎ続ける。
濛々と立ち込める土埃、大福本体ヒドラはその動きを止め、ドスンと地響きを鳴らし身を沈める。
「大福本体八つ首ヒドラ、完全に沈黙しました。私たちの勝利です」
「「「よっしゃ~~!!」」」
ジェイクが、エミリーが、フィリーが、ディアが、それぞれが力を合わせ掴んだ勝利。その様子を見ていたジミーは満面の笑みを浮かべ、拍手で彼らの勝利を称える。
「大福チャレンジヒドラに挑戦、完全制覇おめでとう。見事な連携だったよ。
ジェイクとエミリーが勇者と聖女の職を授かったって聞いた時は職業補正のごり押しになってるんじゃないかって心配したけど、どうしてどうして、俺の予測の遥か上を行く見事な戦闘だったよ。これなら暗黒大陸でも十分通用するんじゃないかな?
今度みんなして大森林にでも」
「「「「落ち着けジミー、ジミーはまだ帰って来たばかりだろうが」」」」
暗黒大陸に行ってすっかり戦闘狂になってしまったジミーの発言に、急ぎ待ったをかける四人。ジミーは「そうか?俺は別に気にしてないんだが」とどこかつまらなそうな顔をするも、確かに落ち着きがない行動だったかと反省の色を見せる。
『どうしよう、ジミー君がケビンお兄ちゃんみたいになっちゃってるんだけど』
『あれは前にトーマスお父さんが言っていた戦場帰りの冒険者の症状なんじゃないのかな?戦う事が当たり前になり過ぎて日常に戻るのに時間が掛かるとかなんとか。ジミーの奴、相当に追い込まれていたって事なんじゃないのかな?』
『『これは私達でジミー君を癒してあげないと』』
こそこそと相談を始める若者たちの姿に、きょとんとした顔を向けるジミー。
「それじゃ今度は俺の番かな?大福、八つ首ヒドラの準備を頼む」
ジミーの掛け声にゴゾッと起き上がり八つ首を生やす大福ヒドラ。地面に転がっていた切り落とされた首は、ドロリと溶けるように崩れると、そのまま大福ヒドラに吸収されていく。
ジミーは収納の腕輪から愛用の木刀を取り出すと、獰猛な笑みを浮かべ大福ヒドラに目を向ける。
「ジェイク、エミリー、フィリー、ディア、これが俺の成果だ。
“我が命ここにあり、我は我が肉体の主にして真理。今存在の全てを解放せん”
武勇者ジミー、その命を賭して、推して参る!!」
“バッ、ズダダダダダダダダダダ、ドガドガドガドガドガドガドガドガ”
弾ける様にその場から消えたジミー、そして打ち込まれる猛攻。全力で、全開に、己の力の全てを使ったジミーの攻撃は、大福ヒドラに反撃の隙を与えない。
吹き飛ぶ頭部、直ぐに再生が始まるもそれよりも早くジミーの振るう木刀がその首を弾き飛ばす。
“ビシュバシュビシュバシュビシュバシュビシュバシュ”
八本の尻尾がジミーを捕らえようと激しく振るわれる。だがジミーはその悉くを躱し、捌き、受け流す。
「<龍王一閃“鬼切り”>!!」
“ズバンッ”
瞬間ジミーの姿が消える。そしていつの間にか大福ヒドラの後方で残身の構えを取るジミー。
“バサッ、ズドーーン”
身体の中心から真っ二つにされその場に沈む大福ヒドラ、そんな光景を唯々呆然と眺めるマルセル村の若者たち。
「フゥ~~~、まぁこんな感じかな。大福が手加減してくれてるから何とかなったけど、戦闘状態の大福にはまだまだ勝てる気がしないんだけどね。
俺も早くみんなと連携が取れる様に頑張るよ、これからもよろしく」
「「「「イヤイヤイヤイヤ、ジミー強過ぎだから、どこまで修行をして来たらそんな事になっちゃうの!?」」」」
マルセル村の草原に若者たちの困惑とも悲鳴とも取れない声が響く。ドロリと身体を溶かし元の姿に戻った大福は、“遊び相手が増えた~♪”とばかりに嬉し気に跳ね回る。
眩しい日差しが大地に降り注ぐ、吹き抜ける風が草花を揺らす。草原のキャタピラーは騒がしい若者たちの声に何事かと頭をもたげるも、直ぐに顔を戻しムシャムシャと食事を再開するのであった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora