「お~い、ジミ~。準備出来たか~?」
「ケビンお兄ちゃんお待たせ。メアリーお母さん、ミッシェルちゃん、行ってきますね。
ヘンリーお父さん、今日はよろしくお願いします」
朝の収穫作業を終え朝食を済ませたジミーは、急遽作って貰った余所行きの服に着替え居間に顔を出す。
「ジミー立派よ。今から“旅立ちの儀”に向かうって言われても何の違和感も感じないわ」
「ジミーお兄ちゃん、格好いい」
昨年の春にマルセル村を旅立ったジミーは、当時すでに立派な若者と言った風体をしていたものの、暗黒大陸での修行の日々は少年を精強な青年へと変えた。
何が言いたいのかといえば、これまでの服が全て着れなくなってしまう程の成長を見せたという事であり、既製服など皆無のマルセル村においてジミーは父ヘンリーのおさがりを着るしかない状況に陥ってしまったという事であった。
これは辺境のみならず庶民であれば普通の事であり、古着は広く世間に認められた一般服である。だがことジミーに関しては状況が異なる。
ランドール侯爵家との諍いを経て名目上とはいえ騎士爵となった父ヘンリーが、修行の旅から帰ってみれば男爵様という平民ではありえない程の出世を果たしていた。
兄ケビンはワイルドウッドという家名を得て独立し、この秋には三人の妻を迎える事になっているとか。
そんなドラゴンロード家の変化に未だ心が付いていけないジミーではあったが、目下の課題は自身が“授けの儀”を受けるという事。
辺境の名目騎士の次男であれば集団で行う冬の授けの儀で十分であると思っていた。事実父ヘンリーと母メアリーはそれで良いと言っていた。
であるのなら服装は庶民のそれでよく、父のおさがりであっても何ら違和感はない。
だが今の自身は男爵家の嫡子、なんでこんな事になったのかと言いたいが一年半もの間暗黒大陸で好き勝手していた自分が文句を言える筈もなく、粛々とその事実を受け入れざるを得ないジミー。
そして貴族家嫡子であるジミーは当然の様に集団による授けの儀を受ける事が出来ず、個別での儀式を受ける事となり、またその服装も貴族家らしいものに整えなければならなくなったのである。
「メアリーお母さん、これおかしくないかな?なんか本当にお貴族様になったみたいでちょっと気恥ずかしいんだけど」
普段着る事のないチョッキを着込み、その上からジャケットを羽織る。まだ夏の暑さもおさまっていないというのになんでこんな格好をしなければいけないのかとお貴族様の面倒臭さを感じるジミー。
「諦めろジミー、これも貴族の務めだ。お前はいずれ世界に旅立つのだろう?そうなればもっと堅苦しい席に出なければいけない事があるかもしれない。
今回はその予行練習くらいのつもりで挑むんだな」
背後から声を掛けて来たのは父ヘンリー、見れば紺色の騎士服のような服装をしている。
「それにその服もベネットお婆さんと紬たちが急ぎ仕立ててくれたものだ。感謝こそすれ文句など言っては
表にケビンが馬車を回してくれている、早く乗り込むぞ」
父ヘンリーの言葉に玄関扉を開ける。するとそこには二頭立ての立派な箱馬車が待機しているのだった。
「ジミー君、授けの儀おめでとう。ジミー君の事だから凄い職業を授かるんだろうな~。私はどうなんだろう?シルビア師匠は何の問題もないから堂々としてなさいって言ってたんだけど」
「ジミー君、授けの儀おめでとう。私は既に旅立ちの儀も終えてるけど、ジミー君が学園に行く事になったらメイドとしてお仕えさせてもらいますね。
何でもお申し付けください、旦那様❤」
「ちょ、ディア、抜け駆けはしないって言ったでしょう!?なんで一人だけ旦那様呼ばわりしてるのよ!!」
「メイドが主人を旦那様と呼ぶのは普通の事、お嬢様はお気になさらず
ささ、旦那様、馬車の中へお進みください。メイドのディアがお世話させていただきますので」
楽し気に絡み合うフィリーとディアの様子にクスリと笑みを浮かべるジミー。知らず肩に入っていた力が抜け、“マルセル村に帰って来たんだな”という思いが強くなる。
「ほれ、ディアとフィリーは遊んどらんではよ馬車に乗らんか。ジミー、お主もじゃ。時間は有限じゃからの」
「「「すみませんでした、ボビー師匠」」」
馬車の中から掛けられた老師匠の声に、急ぎ乗り込む若者たち。
「メアリー、行って来る。後の事を頼む」
「ヘンリー、気を付けてね。ジミーの事をお願いね」
母メアリーと言葉を交わし箱馬車に乗り込む父ヘンリー、広いはずの大型の箱馬車も、父が乗り込むと途端狭く感じるのは致し方のない事なのだろう。
「それじゃ出発します」
御者席から兄ケビンの声が聞こえる。ギシギシと音を立て動き出す箱馬車に、グロリア辺境伯領領都グルセリアまでの旅路を思い描くジミー。
だがジミーの思いは直ぐに打ち砕かれる事となる。
「あれ、馬車が止まっちゃったんだけど、どうしたんだろう。
それに急に暗く・・・」
それは箱馬車の小窓から差し込んでいた明かりの消失。途端暗くなる車内に急ぎプチライトの明かりを複数浮かべるジミー。
「ほう、ジミーは生活魔法の扱いが上手くなったな。普段からの訓練が咄嗟の状況で生きるからな。
皆、一度外へ降りるぞ」
父ヘンリーの声にぞろぞろと箱馬車を降りる面々。ジミーは訳が分からないといった表情になりながらも、その後に続く。
「「「皆様、いらっしゃいませ。本日はジミー様、フィリー様の授けの儀、誠におめでとうございます」」」
美しい礼を見せるメイドと女性執事、その背後に佇む貴族屋敷に口を開くジミー。
「えっ、月影さんに残月さん、それと十六夜さん?それにここはケビンお兄ちゃんの影空間?」
「はい、皆様方にはいましばらくの間こちらワイルドウッド家別邸にておくつろぎいただければと存じます。
領都に到着し次第お知らせさせていただきます」
そう言い屋敷の中に案内するメイド月影、廊下や室内は魔道具のランプにより照らされ、昼間のような明るさが保たれている。
ジミーはそこで思い出す、自身がいつの間にか暗黒大陸からマルセル村に連れ戻されていた時の事を。あとから兄ケビンに問い質しても、「こうね、ビューーーンって飛んできたって感じ?」と訳の分からない事を言われはぐらかされた事を。
「ねぇフィリー、これってどういう状況だか分かる?俺、いまいちついて行けてないんだけど」
困惑気味な表情で質問するジミーに、どう言葉を返したらいいのか思案するフィリー。
「え~っと、ジミー君はケビンさんが空を走り回ることは知っていますよね?障壁結界の応用で足場を作ってその上を走るっていう方法なんですけど」
「あぁ、それは知っている。俺も戦闘中に空中の足場として使っているからな。立体的な動きが出来る事で戦いの幅が広がったしな」
「それじゃ昨年の冬にケイトさんのご学友のアレンさんたちが来た時の事を覚えていますか?鬼人族の織絹さんがいらしたときの事なんですが」
「草原でみんなで修行したときの事だろう、良く憶えているよ。
白雲さんと織絹さんとの戦いは中々見ごたえがあったよね。
今の俺だったらあの二人相手でもいい勝負が出来ると思うんだけど」
「あ、うん、そうですよね。ジミー君的にはそっちの方が大事ですものね(三人組の女狐、ざまぁ)。
それでその際にケビンさんが空を飛んだことは」
「えっ、まさかケビンお兄ちゃん、今空を飛んで移動してるの?俺が暗黒大陸からいつの間にかマルセル村に戻って来てたのってそう言う事?」
驚きの表情を浮かべるジミーにコクリと頷きで応えるフィリー。そんなフィリーの反応に開いた口が塞がらなくなるジミー。
「なに楽しそうな話をしてるんだ?」
不意に掛けられた声に振り向けば、そこには話題の人物、兄ケビンの姿が。
「えっ、ケビンお兄ちゃん、今領都に向けて移動している最中じゃなかったの?途中休憩のためにこっちに顔を出したとか?」
「ん?もう着いたから声掛けしに来たんだけど?
マルセル村から領都まで、昔は丸々一日半は掛かってたんだけどね、俺も成長したもんだ。それじゃ皆さん箱馬車に乗り込んでください、下手に正門から乗り込んだら騒ぎになるんで、大聖堂の前に直接馬車を出しますんで」
兄ケビンの言葉に頭を抱えるジミー、この理不尽は一体どこまで行ってしまったのだと、斜め上に開いた彼我の差にこめかみを揉む。
「ジミーよ、深く考えるでない。ケビンのやる事をいちいち気にしていたのでは身が持たんでな。
一年半もケビンの傍を離れておったジミーには少々きついとは思うが、そんなもんだと思ってやり過ごすくらいでないと世界を股に掛ける冒険者など夢のまた夢じゃぞ?」
自身は暗黒大陸での武者修行で大きな力と自信を身に付ける事が出来た。マルセル村では決して経験する事の出来ない様々な出会いが、自分を大きく成長させてくれたと思っていた。
強大な敵との戦いの日々は、胸の内に秘めた闘争への渇望を満たし、更なる飛躍を齎したと思っていた。
“俺がいない間にマルセル村がとんでもない方向に突き進んでいるんだけど?こんな意味の分からない状況を普通に受け入れちゃってるんだけど?”
ジミーは自身に言い聞かせるかのように、「大丈夫、俺は成長している、大丈夫」と呟き続けるのであった。
――――――――
「お待ちしておりました。ヘンリー・ドラゴンロード男爵様、ボビー・ソード男爵様、ケビン・ワイルドウッド男爵様、本日はジミー・ドラゴンロード様ならびにフィリー・ソードお嬢様の授けの儀、誠におめでとうございます。
どうぞ大聖堂奥の女神様像前へとお進みください」
領都グルセリアの大聖堂は相変わらず荘厳で神聖な雰囲気をたたえ、俺たちマルセル村一行を出迎えてくれました。
どうも、マルセル村の移動用生物、ケビン・ワイルドウッド男爵です。
やっぱ<黒鴉合体>と<精霊化>、<影魔法>の組み合わせは無茶苦茶だわ。早くて五日、早馬での伝令でも一日半は掛かるっていう領都までの行程が諸々込みでも三十分って。あまりの速さに碌に休憩も出来ないって言うね。
まぁ今は秋の収穫期も迫ってますし?人手が必要な時期に長期間家を空けるのもね~。
ジミーが何か頭を抱えてますが、便利なんだ、諦めろ。
冒険者は手段を選ばない、目的は素早く授けの儀を終わらせてマルセル村に帰る事、いつまでも領都にいればグロリア辺境伯様に捕まりかねませんからね。
農兵は大貴族家と違って忙しいのだよ。(切実)
「ヘンリー・ドラゴンロード男爵様、ボビー・ソード男爵様、ケビン・ワイルドウッド男爵様、本日はジミー・ドラゴンロード様ならびにフィリー・ソードお嬢様の授けの儀、誠におめでとうございます」
「これはこれはメルビン司祭様、お忙しい所お時間を取っていただき、大変申し訳ございません。
女神様の導きのお陰をもちまして、我が家の次男も無事授けの儀を迎える事が出来ました。
本日はよろしくお願いいたします」
「メルビン司祭様、お久しぶりでございます。本日は我が娘、フィリーの授けの儀、どうぞよろしくお願いします。
・・・と言うかまじめにやってくれるんじゃろうの?さっきからずっとニヤニヤしおって。
シスターアマンダは未だ産休中なのかの?ほんに早く復職してくれんかの、こ奴の取り仕切る教会なんぞ不安以外の何物でもないんじゃが?」
「あ~、そんなこと言っちゃう?俺目茶苦茶真面目にやってるんだけど?これでも評判良いのよ、マジで。
つうかあの堅物ボビーの娘が授けの儀って、なんか感慨深いんだけど。こないだそっちのディアちゃんが旅立ちの儀を迎えた時なんか、お前泣きそうになってたもんな。
フィリーちゃんだっけ?義理とは言えお父さんに似ずきれいな娘さんじゃないの。
お前大丈夫か、この二人が嫁に行くってなったら一気に老け込んでボケちゃわないか?」
「え~い、一つ言えば十倍にして返してきおる、ほんに厄介な男じゃわい。儂の事はどうでもよいからちゃんと頼むぞい!」
メルビン司祭様、相変わらず自由人でいらっしゃる。友人のボビー師匠が相手なもんだからハッチャケまくっておられます。
これでいて締めるところは締めるんだから憎めないと言うかなんと言うか。
「それではジミー・ドラゴンロード様、フィリー・ソードお嬢様、こちらの女神様像の前に膝をお突きになり、本日まで無事に育つ事の出来た事の感謝と職業とスキルをお授け下さるご慈悲に祈りを捧げてください」
メルビン司祭様のお言葉に、女神様像の前で膝を突き神妙な面持ちになるジミーとフィリーちゃん。
俺たち付き添いは大聖堂の長椅子に座りその様子を眺めます。
「これより執り行います“授けの儀”とは、この魔物蔓延る世で人々が生き残れる様に、より心豊かな生活を送れるようにと女神様がお与えになられた慈悲。
例えお授け下さった職業やスキルが皆様方にとって望んだものではなかったとしても、その全てに意味があり、必ずや皆様方の支えになってくれるものであるという事を忘れてはいけません。
お与えくださった女神様に感謝し、真摯に向き合って下さることを望みます。
“我らを見守る偉大なる女神様、本日あなた様の子が新たなる一歩を踏み出します。願わくば彼の人生に幸多からん事を”」
メルビン司祭様の上げる祝詞と共に、ジミーとフィリーちゃんの身体が淡い光に包まれる。
この流れってジェイク君とエミリーちゃんの受けた授けの儀の時と全く一緒だよね。やっぱりこの手のものってテンプレと言うか、お決まりのセリフとかがあるんだろうか。
在りし日の記憶にある法事の時のお坊さんの有り難いお話もそんな感じだったしな~。
そしてまるで焼き直しの様に姿を消すジミーと動きを止める周囲の人々。
・・・ちょっと待てい!!前回エミリーちゃんが姿を消したのってエミリーちゃんが<聖女>の職を授かったのが原因だったよね、確か司祭様の執り行った“授けの儀”と<聖女>の職業、それと俺の持つ“魔力の腕輪”という名の“神器”がもとで神託の聖女様と同じ現象が起きたとかなんとか。
でもその問題は修正が入ったんじゃなかったの?って言うかジミーってば<聖女>なの?男性の場合<聖人>様だっけ?これまでの歴史でも数名しか観測されてないとかなんとかっていう。
俺は急ぎ事態の確認を行う為女神様像の前に跪き祈りを捧げ「あぁ、別に祈らなくてもいいから、これってシステム的なトラブルじゃないから」
大聖堂内に響き渡る美しい天上の調べ。
ステンドグラスから差し込む明かりが、揺らめく金糸をキラキラと輝かせる。
吸い込まれそうな神秘的な瞳がこちらを見詰める。俺は自然と頭を垂れ言葉を口にする。
「目の隈が取れたんですね、仕事をさぼってていいんですか?
また本部長様に怒られ「仕事よ仕事、さぼってないから、本部長様からも降臨の許可は出てるから。って言うかケビンに用があったのよ。その全くその気もないのに心から敬意と信仰を向ける態度は止めて顔を上げなさい!」」
何故か怒られる俺氏。納得行かないといった心持でゆっくり顔を上げた俺の目の前には、端正な面立ちに呆れた表情を浮かべた天上のOL(総合職)あなた様と、俺たちのやり取りに目を丸くしている天上人“御方様”の姿があるのでした。
本日一話目です。