“コトッ”
テーブルに具材のたっぷり入ったスープが置かれる。立ち上がる香り、食欲を誘う旨そうな匂いに、自然内なる獣が咆哮を上げる。
「秋野菜と角無しホーンラビットの煮込みです。この時期の野菜は根菜類が増えますから、身体の奥から温まる美味しさなんですよ。
丸パンを浸して食べるとより美味しさが楽しめると思います、是非お試しください」
給仕の言葉に従い、丸パンを千切ってスープに浸し口へ運ぶ。スープを吸って柔らかくなった丸パンと秋野菜のスープの優しい味わいが、荒れた心と胃を優しく包み込む。
ケープは心の中で思う、“マルセル村の事を色々と教えてくれた上司や同僚の皆さん、悪態を吐いてすみませんでした。皆さんの教えて下さった情報は決して間違ってはおりませんでした”と。
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「このホーンラビット牧場はホーンラビットの角を落とす事でその凶暴性を取り除き、村人でも飼育出来るようにした画期的な施設なんです。
ゴート様もご存じのようにホーンラビットは近付く事も困難とされる大変危険な魔物です。その最大の特徴は集団での突進行動、角による突進攻撃はフルプレートアーマーですらも貫くと言われ、止まる事の無い連続突進攻撃の危険性から“森の悪魔”と呼ばれています。
ですがそれはホーンラビットが常に警戒行動をとっているからこその防衛行動、周囲の敵性存在を感知する器官でもある角を取り除く事で、その暴走行為を制御する事に成功したものがこのホーンラビット牧場なのです」
そう言い柵壁の中に入り足元の角を切り落とされたホーンラビットを抱き上げるリンダ。「どうぞ」と差し出された無警戒なホーンラビットをおっかなびっくり抱き上げたケープは、長年厄介事の一つと言われて来たホーンラビットをこの様な形で産業に昇華させたホーンラビット伯爵の手腕に唸りを上げる。
ホーンラビット伯爵邸での赴任挨拶を終えた王宮資材管理部ケープ・ゴートは、ホーンラビット伯爵の配慮によりメイドリンダの案内の下マルセル村の各所を回っていた。
まず最初に訪れた場所はホーンラビット伯爵家の家名の由来ともなったホーンラビット牧場。そこでは“森の悪魔”と呼ばれ恐れられているホーンラビットを飼育するという信じられない事が行われていたが、それはただ野生のホーンラビットを増やすのではなく、魔獣の生態をよくよく研究し家畜とする事に成功させたホーンラビット伯爵閣下の熱い情熱を感じさせるものであった。
「では先程パトリシア嬢が観光客相手に披露していたホーンラビットたちもそうした特殊な処理の施されたものなのでしょうか?」
「はい。基本角を切り取ったホーンラビットたちはこの様に大人しい個体、警戒行動をなくした魔獣となるのですが、その中でも個体差というものは生まれます。
それらの中から愛玩用として選ばれ、訓練を積んだホーンラビットたちが先ほどの癒し隊になります。彼らは訓練において防衛本能から来る暴走行動を克服した者たちとなりますので、ああした観光客との触れ合いが可能となっているのです。
これは訓練されたウルフ種が<テイム>スキルを持たない主人であっても従うといったものに近いのかもしれません。
観光客の中には癒し隊のホーンラビットを譲り受けたいと仰る方もおられますので、ホーンラビット伯爵家では癒し隊の譲渡事業も行っているんですよ」
魔物は人々にとって脅威である。魔物を傍に置くという事はその脅威を武器として使うか強力な移動手段として使うか。
冒険者などのテイマーは前者に当たり、貴族などが飼育する魔馬は後者に当たるだろう。近年貴族の間で流行っているウルフ種の飼育は若干趣きが異なるものの、刀剣類の自慢に近いものがあり武器の一種と数えても良いだろう。
家畜と呼ばれるものの中には魔物由来のものも数多くいる。南部地域で飼育されている牛や豚などの家畜は元々野生の魔物を品種改良したものであると聞いているし、家畜の管理に使われる犬はグラスウルフを改良したものであるとか。
マルセル村のホーンラビット牧場もある意味そうした改良魔物の一種と言えるだろう。
だが愛玩用魔物としてのホーンラビットはそれらの魔物達とは一線を画す。利便性皆無、人々の役に立つという生活や戦闘からの視点ではなく、ホーンラビットの持つ“可愛い“という特性だけに焦点を当てた“癒し隊”という試みは、ケープに大きな衝撃を与えるものであった。
「モフモフは正義、可愛いは至高。マルセル村発信の新しい文化・価値観は、今後より一層の広がりを見せるでしょう。
その証拠に土産物屋“ポンポコ山のお店屋さん”では各種ぬいぐるみが好調な売り上げを見せているんです。私もグラスウルフのぬいぐるみ(大)を購入し、家でモフモフしてるんですよ」
そう言い花の様な笑顔を見せるリンダに、思わずドキリとするケープ。
「次はそうですね、マルセル村の深淵、ケビンの実験農場に行ってみましょうか」
何やら不穏な言葉を発するリンダにケープが訝しみの視線を送った時であった。
「パパ~、僕お腹空いちゃった。食堂に行こう?」
「そうだな、それじゃまた
子供連れの観光客が何かを話す声がする。するとそこに胸の高さほどもある大きなグラスウルフが現れ、親子の前で膝を曲げる。
「狼さん、食堂までお願いします」
“ガルッ”
グラスウルフは子供が背に乗った事を確認するとスクリと立ち上がり、親子と一緒にどこかへ歩いて行くのだった。
「バスター、お前私のおやつを勝手に食べただろう!?あれ程つまみ食いはするなといっただろうが!!今日という今日は徹底的にしごいてやる、訓練場に行くぞ!!」
“クワックワックワックワッ!!”
「逃げるなバスター!!」
走り去る黒い影、それはどう見ても鳥型の魔獣。そんな魔獣の後ろを棒のようなものを持った女性が追い掛ける。
「・・・マルセル村は<テイマー>の職を授かった者が大勢いるのか?先程の親子連れと言い、今の女性と言い」
「えっと、テイム系スキルを持った者は数名いますね。先程お子様を背中に乗せていたグラスウルフはそのうちの一人が雇用契約を結んでいる魔物で、村の中で見かける事の出来る魔物の大半はその者が雇用契約を結んだものとなります。
ゴート様は<魔物の友>というテイム系スキルをご存じでしょうか?」
「確か低級魔物しか扱えない外れスキルだったか」
「はい。その者のスキルはその<魔物の友>に近いスキルで<魔物の雇用主>というものでして、魔物と交渉し同意を得られた場合のみ雇用関係を結べるスキルなんだそうです。
意思の疎通が出来るだけで支配的命令が一切できない、要は人の雇用契約に似たスキルだとか。ですので村の魔物達も仕事として様々な手伝いをしてくれているんですよ。
ここマルセル村は辺境ですから常に人手不足で、魔物の手も借りたいというのが実情なんです」
そう言い「移動します」と告げるリンダに、唯々開いた口が塞がらないといった表情で後に続くケープなのであった。
そこは不思議な場所であった。
広い畑が広がる農地の脇に建つ貴族別邸の様な屋敷。その隣には作業小屋のような平屋が建ち、屋敷使用人といった服装の者たちが収穫された作物の仕分け作業を行っている。
そんな彼らの下に顔にドラゴンのお面を付けドラゴンの尻尾を付けた作業着姿の女性が近寄り、“クワックワッキュイ”と妙な声を発して収穫物の入った籠を置いて行く。
畑では通常の二倍はあろうという大きなホーンラビット二体が鎌を持ち、収穫の終わった果菜類の幹を切り倒している。
そんなホーンラビットたちに近付く大きな影、龍と呼ぶには小振りであろう二体の地這い龍が口に銜えた籠を下ろし、ホーンラビットたちに“クワックワックワ”と指示を出す。
「ここがケビンの実験農場となります。今は秋の収穫期ですから多くの魔物たちがその手伝いをってゴート様、いかがなさいましたか?」
リンダはケビンの実験農場の説明をするも、農場に目を向けたまま固まるケープの様子に、心配そうに声を掛ける。
「イヤイヤイヤイヤ、はっ?えっ?何アレ、魔物?
うちの上司が言っていた“飼いならされている地這い龍の幼体”ってアレのこと?
って言うかなんでそんな上級魔物が畑仕事を手伝ってるの?それよりもあの女性って何?お面をしてるの?新しいヘルムの一種?尻尾で器用にものを持ち上げていたんだけど?あれって飾りだよね?ホーンラビットが鎌を持って農作業していたことが些事にしか思えないってどんだけ?」
混乱し声を荒げるケープ。そんなケープの姿を、どこか懐かしいものでも見るかのような表情で見守るリンダ。
「あれ、リンダさんじゃないですか、どうしたんですかこんな所で?今日は食堂じゃないんですか?」
そんな彼らに声を掛けて来たのは背の高い身体付きの確りした青年。
「あぁ、ブー太郎さん。この前は蜂蜜をありがとうございました。
今日は本邸の当番でして、伯爵閣下のお手伝いを。
ご紹介いたします、こちらは王都からいらしたゴート様、大森林の素材買取りの担当者として赴任なされた御方です」
「あっ、はい。王都から参りました王宮資材管理部ケープ・ゴートと申します。今後マルセル村の皆様には大変お世話になると思います、どうぞよろしくお願いします」
リンダの紹介に反射的に挨拶を行ったケープは、相手の顔を見て顔を引き攣らせる。涼しげな眼もと、美しい金髪を一つに束ね、「これは丁寧な挨拶をありがとうございます」と礼を返す偉丈夫。王都に行けば女性たちに群がられる事間違いなしといった容貌の青年は、しかして口元と鼻面がオークのそれにそっくりであったのだった。
「えっと、こんな事をお聞きしては失礼かとも思いますが、その御顔は一体。もしかして何か呪いのようなものの影響で・・・」
ここマルセル村は嘗て“オーランド王国の最果て”と呼ばれた土地である。“貴族令嬢の幽閉地”、家を追われ、世間に追われ、様々な事情を抱え辿り着いた者たちの中には、見るもおぞましい呪いを掛けられた者もいたことだろう。
“オークの呪い”、この青年もそんな姿の変わってしまう呪いを掛けられた者の一人「あぁ、ご心配なく。この顔は呪いでもなんでもないですから、種族特性と言うか自前のものですんで。オークのブー太郎と言います。どうぞよろしくお願いします。
それとあっちにいる女性体の二体も魔物ですね、種族までは分かりませんが。俺みたいに人の言葉は話せませんが言ってることは分かりますんで、普通に接してやって下さい。
というかこの村の魔物たちは大概人の言ってる事は分かりますよ?
流石にその辺のキャタピラーやビッグワーム、ホーンラビット牧場の食肉用の家畜たちはよく分かってないみたいですけど、人と接する機会の多い魔物たちはちゃんと分ってるっぽいですね。
ゴートさんも機会があったら話し掛けてあげてみてください」・・・。
オークのブー太郎は「それじゃ俺はこれで」と言うと、彼を呼びに来たであろう鳥型の魔物と一緒に農場奥の塀に囲まれた区画に歩いて行くのだった。
「お前らいっちょもんでやる!!」という掛け声と共に塀の中に入って行くブー太郎、塀の中からは“クワックワックワッ”という鳴き声が響いて来るのだった。
「・・・今日の所は次で最後にしておきましょうか。この後を乗り越えればマルセル村の一番の山場は終わりとなりますので」
そう言い先に進むリンダに、フラフラといった足取りで続くケープ。
「ベネットお婆さんの所の紬さんとか蒼雲さんのお茶畑とか賢者様方とか他にもありますけど、それは追々と言う事で」
何やら呟くリンダの声は既にケープには届いてはいない様であったが、リンダは構わず目的地へと向かう。
「ジェイク、エミリー、左右に展開!ディア、障壁展開、魔法来ます!」
“ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド”
そこは戦場であった。
「<ファイヤーボール×20>、<ウインドボール×20>」
「<ライトランス×20>」
“ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ~~~ン”
飛び交う魔法、轟く轟音、周囲に熱風が吹き荒れる。
「敵、多重結界を展開、効いていません!!」
「俺が出る、<一閃>」
“シュタンッ、ガキーーーン”
長身の若者が瞬時に近付き切り掛かるも、全身に覆われた鱗はその一振りを難なく弾き返す。
“グギャ~~~~~~!!ゴォォォォォォォォォ”
「「「「「ギャー-----!!」」」」」
三本の首から繰り出される強烈な炎は、まるでドラゴンブレスの様に若者たちを焼き尽くす。
“パリーーーーーーーン”
甲高い何かが割れるような音が空に響く。それと共に「はい、終了~」という気の抜けた掛け声が若者たちに向けられる。
「ドラゴンヒドラ三つ首討伐失敗、本日も大福先生の勝利です。それじゃ負けた君たちは村のお手伝いで頑張って木札を集めて来て下さい。
身代わり人形は高いからね~、働け若人たち」
「「「「「くそ、この理不尽とデカ饅頭、次は絶対に俺たちが勝つ!!」」」」」
「・・・・・・」
草原の真ん中で繰り広げられる人類の存亡を賭けたような超常の戦い、ドラゴンブレスのような攻撃で敗北するも元気に帰って行く若者たち。
風が吹き抜ける、見上げれば抜けるような空にビッグクローが羽を広げる。
―――――――
“コトッ”
テーブルに差し出されたティーカップ、立ち昇るのは若葉のような爽やかな香り。
「食後にはマルセル村産のお茶がよく合いますので」
リンダの勧めに、ティーカップへ手を伸ばす。
身体の奥が温かくなり、混乱した思考が落ち付きを取り戻す。
「・・・って言うか最後のは駄目だろう!?ホーンラビット伯爵閣下、自重して?」
草原で目にした光景に、遅ればせながらツッコミを入れるケープ。
そんな呟きを漏らすケープの姿に、“この御方なら大丈夫、マルセル村へようこそ”と慈愛の籠った笑みを向けるリンダなのであった。
本日一話目です。