「そうか、おめでとう。気を付けて帰省するのじゃぞ?」
「はい、学園長先生、ありがとうございます。失礼します」
一礼をし、学園長執務室を後にする女子生徒。学園長はその旅立ちを笑顔で見送る。
廊下を進み、教室へ戻る女子生徒。そんな彼女の下に走り寄る影が一つ。
「ケイト、暫く学園を休むってどういう事よ、ついこの前旅立ちの儀でお休みしたばかりじゃない!」
そんな声に立ち止まり、顔を向けるケイト。
「ベティー、廊下では騒がない。ベティーは学園の最優秀生徒、他の生徒たちの模範とならなければならない。
影に潜み、影に生きる私とは違う。ベティーには光の道を進んで欲しい」
「あなたなに勇者病みたいなことを言ってるのよ、大げさに言ってるけどそれって授業を抜け出して食堂で早めに食事してたり授業中に気配を消して寝てたりしてるってだけじゃない。
ケイトはバレていないつもりでも、確り把握されてるんだからね?
その事で嫌味を言われるのって私なんだからね!!」
「おかしい、私の
「って止めなさいよ!気配を消したケイトを探すのって大変なんだからね、目の前にいるのに存在が分からないってどうなってるのよ、意味が分からない。
ってそうじゃないわよ、先生に聞いたんだけどまた長期の休みを取るんですって?いったいどうしたの?
何か家の方であったとか?」
心配そうな顔で聞いて来る親友にふと笑みを返すケイト。
「流石はスワイプ男爵家の息女、透かさず探りを入れるその行動力、勉強になります。
そんなベティーに残念なお知らせ、今回の帰省は別にホーンラビット伯爵家の動向とは無関係、全くの私的な用事」
「なっ、そんなんじゃないわよ、友人として心配しただけじゃない。
でもそう、ホーンラビット伯爵家の事情とは関係ないのね」
言葉は否定するもあからさまにホッとするベティー。グロリア辺境伯家護衛騎士の父親からケイト・フロンティア男爵令嬢の面倒を頼まれている彼女は、同時にホーンラビット伯爵家の動向を探る使命も受けていた。
これは将来グロリア辺境伯家騎士団へと進む自身にとっては重要な任務であり、グロリア辺境伯家に仕える男爵家の娘として当然の事であった。
「そう、だから安心するといい。
今度会う時はケイト・ワイルドウッド男爵夫人と呼んで欲しい。それじゃ準備があるので私は早退させていただく、失礼する」
「そう、忙しいところ呼び止めてごめんなさい。それじゃまた・・・。
ちょっと待ちなさいケイト!!ケイト・ワイルドウッド男爵夫人ってどういう事よ、きちんと説明しなさい!!
って気配を消して姿を隠すな~~~!!」
学園の廊下に響くベティーの叫び、周りの生徒の注目が一斉に集まるも、“あぁ、またケイトに逃げられたのか。お母さん頑張れ~”と慈愛の籠った瞳を向けられるベティーなのであった。
――――――――
“シュ~~~~~~”
五徳に掛けられた薬缶が蒸気を上げ、お湯が煮えた事を知らせる。
茶筒の蓋を開け、急須に茶葉をいれる。
マルセル村の新しい特産品、マルセル茶。爽やかな香りとほんのりとした甘みが特徴のお茶で、その上品な味わいに量産が望まれるものの、お茶の加工が出来る者が少なくまだまだ要望に応えられないというのが現状だ。
“カチャッ、ジョロジョロジョロ”
五徳から降ろした薬缶の湯を注ぎ入れ、よく茶葉が開いた頃合いで湯呑に注ぐ。爽やかな若葉の香りが部屋全体に広がって行く。
“コトッ、コトッ”
差し出された湯呑、受け取った客人はよく息を吹きかけてから口に含む。
「ハァ~、やはりこの蒸し茶というものは心が落ち着きますね。
特に外気が冷え込んできた秋の陽気によく合う」
「そうですね、蒼雲さんの所の茶畑も広くなった事ですしもっとたくさん生産出来ればいいのですけれど、如何せん加工を行えるのが今のところ蒼雲さんだけですので。
蒸し茶は扶桑国独自の文化、蒸し茶の加工職人を育てるところから始めなければいけないだろうし、いつでも楽しめる様になるのは当分先になるかもしれないですね」
小屋の主アナスタシアはそう言葉を返し、畑脇の小屋を訪ねて来たグルゴとガブリエラに優しい笑みを向ける。
「ランディー君とポール君、もうだいぶ大きくなったのではないですか?」
「はい、昨年の春に生まれましたので一歳半と言ったところです。最近はよちよち歩きをするようになった為か直ぐにどこかに行ってしまって。こないだは二人していなくなってしまって、あちこち探しまわった挙句癒し隊の小屋の中に紛れ込んで一緒に昼寝してるのを見つけた時は肩の力が抜けてしまいましたよ。
本当に幸せそうな寝顔で、怒るに怒れませんでした」
そう言い妻のガブリエラと共に笑うグルゴの姿に、心が温かくなるアナスタシア。
「二人共、本当に変わりましたね。あの隠れ里にいた頃はその様な心からの笑顔を見る事はなかった、いつもどこか緊張している様な険しい顔をして。
二人には本当に申し訳ない事をしましたね」
アナスタシアは自身の造り上げた隠れ里では決して得られなかったであろう安らぎを手に入れた二人に、長年無理を
追い詰められ、追われ追われ辿り着いた終焉の地。他に行き場のない者たちが集まり、肩を寄せ合いひっそりと暮らし続けて来た。
だがそれは本当に幸せだったのだろうか?
このマルセル村に来て、マルセル村の人々に溶け込んで。人の営みとは何か、本当の幸せとは何か。多くのものを与えられた、それは住居であり、食料であり、仕事であり、安らぎであり。
「このマルセル村に移り住んだ隠れ里の者たちは皆それぞれの幸せを掴みました。ボイル・ジョン・ジェラルドの三人は村役場の仕事に忙しく動き、ギースは畑と門番の仕事を楽しそうにこなしています。
キャロルは子育てに忙しくしているし、ボイル・ジョン・ギースの家庭も奥さんとの仲は良好のようです。
私とガブリエラもホーンラビット牧場の責任者として日々忙しなくさせてもらっています。
本当にこんな穏やかな日々が送れる様になるなんて、昔の自分では考え付く事も出来なかった。この生活を与えてくれたケビンとホーンラビット伯爵閣下には感謝しかない。
ですがそもそもアナスタシア様があの隠れ里に匿って下さらなければ私たちは皆生き延びる事すら出来なかったのです。ですので今の生活と比較してご自身を卑下なさるようなことを言うのはおやめください。
我々は既にマルセル村の民ではありますが、アナスタシア様に対する恩を忘れたことは一時もないのですから」
グルゴとガブリエラは姿勢を正し、真っ直ぐアナスタシアを見詰める。それは自分たちを救ってくれた者に対する感謝と里を率いていた者に対する忠誠。
隠れ里は既になくなってしまった、だがあの時誓った思いは未だ薄れる事無くその胸に刻まれている。
「グルゴ、ガブリエラ、本当にありがとう。その言葉で私の人生は報われました。私の行いは無駄ではなかった、それがたとえマルセル村に至るまでの繋ぎであったとしても、私は隠れ里の日々を誇りとして行くと誓いましょう。
どうもいけません、私は秋祭りを前にどこか不安になってしまっているのかもしれませんね。
巡り合えた最愛の人、その御方の下に嫁ぐ事が出来るというのに」
そう言い力なく微笑むアナスタシアに、ガブリエラが口を開く。
「それは仕方がない事かと。私もずっとグルゴに受け入れて貰えないのではないかと不安を抱えていましたから。
私の場合呪いによって生まれた時から男性として育てられてきました。それは父と母が私の命を守るため施した苦肉の策、愛情から来た行為を今更否定しようとは思いませんが、呪いは私の心を縛り続けて来た。
ケビン様によって解放された私、これまで抑え続けて来た愛する者への気持ち。
半ば強引ではありましたが、グルゴは受け入れてくれた。
アナスタシア様は私などよりも多くの時を自身を偽り過ごされて来た。普人族に対する恐怖や憎しみはその身に深く刻まれていると思います。
ですがケビン様はその全てを意図せず払ってくれる。
あの御方の“理不尽”に我々の抱える“理不尽”が敵うはずがないではないですか、大丈夫です、きっとアナスタシア様は幸せになれます」
見詰め合うアナスタシアとガブリエラ。アナスタシアは大きく息を吐くと、肩を竦めクスリと笑う。
「そうですね、ケビン様はケビン様ですもの、考え過ぎても仕方がありませんね」
「「はい、ですので“理不尽の抑え役”、どうかよろしくお願いします」」
「え~、あなた達、私の事そんな風に見てたの?ちょっとそれって酷くない?って言うかあなた達も手伝ってよ~」
「「イエイエ、私たちは無力な村人、ケビン様のことは奥様にお任せいたします」」
「グルゴ~、ガブリエラ~、私に対する感謝の念は何処に行ったのよ~!!」
広い畑の脇に建つ一軒の小屋、その中からは小屋の主の叫び声と客人の楽し気な笑い声が、高い秋の空に響き渡るのでした。
――――――――――
「パトリシアお姉様、とっても綺麗」
「パトリシアお姉ちゃん、お姫様みたいです」
「「ダァダァダァ、キャハハハ♪」」
アルバート子爵家本邸の居間では、当主ドレイク・ホーンラビット伯爵をはじめとしたホーンラビット伯爵家の家族が集まり、結婚を翌日に控えた長女パトリシアの花嫁衣裳を眺めていた。
「パトリシア、本当に綺麗だ。そのドレスはケビン君から?」
「はい。ベネットお婆さんや紬さん達が頑張って仕立ててくださいました。
ケビン様が“男爵家の俺がこんなものを用意すると背伸びしている様に思われるかもしれないけど、パトリシアには生涯に残る思い出にして欲しくって”と仰ってくれて。
明日は村の礼拝堂で女神様にご報告を。
ドレイクお父様、デイマリアお母様、ミランダお母様。皆様にはご迷惑ばかりお掛けして本当に申し訳ありませんでした。
元はと言えば私が王都中央学園の卒業記念パーティーでランドール侯爵家三男ローランド様から婚約破棄の宣言をされたことが切っ掛け。あの時私がもっと上手く立ち回れていればこのような事態にはならなかった事でしょう。
少なくとも私たち親子がドレイクお父様の下に強引に入り込む様な事にはならなかった。全ては私の不勉強、不覚悟が原因、過ぎてしまった事とはいえ改めて心よりお詫び申し上げます。
その上でそんな私たち親子を家族の一員として迎え入れ愛情を注いでくれた事に感謝を。
私パトリシアはデイマリアお母様の下に生まれた事を、ドレイクお父様の娘となれた事を、ミランダお母様、エミリーちゃん、ロバート君、バーミリオン君、マリアンヌちゃんと家族になれた事を心より感謝しています。
私たちに幸せを与えてくれて本当にありがとう。
私は明日、ケビン・ワイルドウッド男爵の下に嫁ぎます。
これからはワイルドウッド男爵夫人として、ケビンの妻として、夫を支え、ワイルドウッド男爵家の為に尽くしていきたいと思います」
そう言い深々と頭を下げるパトリシア。そんな娘の姿にデイマリアは涙を浮かべる。
“あの傷付き心身ともに弱り切ってしまっていたパトリシアが、こんなに立派に”
込み上げる熱い思い、そんなデイマリアをドレイクは優しく抱き寄せる。
「パトリシア、結婚おめでとう。パトリシアは多くのつらい経験を乗り越え、本当に強くなった。
これからはホーンラビット伯爵家の娘ではなく、ワイルドウッド男爵家夫人として、ケビン君を支え暖かな家庭を築いて欲しい。
ケビン君は昔から何でも一人で抱え込むところがあるからね、いつか爆発してしまわないか心配だったんだよ。
ケイトちゃんもアナスタシアさんも、ケビン君のところの使用人も皆ケビン君に救われた人たちだ。彼らはケビン君のことを第一に考えてるしケビン君の為なら命ですら投げ出すだろう。
だからパトリシアにはケビン君の引き止め役になって欲しいんだ。彼らが破滅の道へ突き進まない様に、世間から離れてしまわない様に。
ケビン君の望みはね、立身出世でも巨万の富でもない、ただ美味しいものを食べてマルセル村でのんびり暮らす事なんだよ。
私はケビン君に沢山のものを貰っていると言うのに、たったそれだけの願いを叶えてあげる事が出来ない駄目な領主なんだよ。
パトリシア、ケビン君の事、よろしくお願いします。そして幸せになっておくれ、愛する娘パトリシア」
「ドレイクお父様~~~!!」
泣きながら抱き付くパトリシア、そんな彼女に「ほら、泣くのは早いよ?本番は明日なんだから、ドレスが皺になっちゃうよ?」と背中を摩り言葉を掛けるドレイク。
ホーンラビット伯爵家の使用人たちが温かく見守る中、パトリシア・ホーンラビットの最後の夜は更けていくのでした。
―――――――
「紬、悪い、急いで俺の衣装を仕立ててくれ」
行き成り飛び込んできて阿呆な事を抜かすケビン、裁縫師ベネットは明日結婚を迎えようというのに訳の分からない事を口にする青年の頭を引っ叩き、理由を問い質す。
「落ち着きなお馬鹿、ケビンの衣装はすでに出来上がっていたんじゃなかったのかい?確か使用人たちが作ってくれるって話だっただろうが」
「あるよ、あるんだけどさ、見てよこれ、こんなの何処の魔王様って感じじゃん。一応マントを外せばそれなりに見えなくもない?
・・・やっぱ無理があるって、手直しでどうにか出来ませんかねこれ?」
ケビンが収納の腕輪から取り出したもの、それはいかにも豪奢な感じの黒を基調とした“魔王”の装い。
「・・・月影、腕を上げたね。これはこれでよく出来てるよ。
そう言えば前に魔王軍女幹部の衣装を作って欲しいとか言ってただろう?
今度仮縫いしたものを着て欲しいから顔を出すように言っておいてくれないかい?」
「ダ~、ベネットお婆さんなんて物を作ってるんですか、ウチはどこぞの秘密結社でも魔王軍でもなんでもないですから~!!」
「はいはい、皆して勇者病に嵌ってるお笑い集団だろう?そう言えばエミリーお嬢様が王都に旅立たれる前に村の皆で激励会を開くとか言ってただろう、その時にでもこの衣装で劇でもやればいいんじゃないかい?
みんな喜ぶと思うけどね~」
「ハハハ、まぁ、うん、否定は出来ません。
それじゃこの衣装は激励会出し物で使うという事で。って事で紬先生、俺の衣装を「キュキュ、キュイキュー」えっ、あるの?花嫁衣裳を作る時にそれに合わせて作ってみたって、紬様最高、大好き。
それじゃ早速衣装合わせをって何クネクネしてんのよ、マジでお願いします」
「キュイッキュ~~♪」
趣味全開、想い全開、ワイルドウッド男爵家とその従業員たちは、今日も平常運転なのでありました。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora