それは異様な雰囲気を纏った集団であった。街道を駆ける何台もの幌馬車、そして停車した幌馬車から次々に降り立つ見るからにゴロツキと言った風体の者たち。
その数は見る見るうちに膨れ上がり、中堅貴族家の軍隊に匹敵する様な人数が街道の草原に姿を現すのだった。
「聞け、者ども。我々の目的はただ一つ、高潔なる血筋であらせられるホーンラビット伯爵家長女パトリシア・ホーンラビット嬢を言葉巧みに誑かし、ホーンラビット伯爵家の一員に潜り込もうとする下賤の者の討伐である。
奴は農民の出でありながら策を弄し男爵の地位を掠め取った国賊、許されざる悪党である。
その様な者に気高く高貴なものであるパトリシア嬢を渡す訳にはいかない、これは正義の行いであり聖戦なのだ。
奴の根城は分かっている、マルセル村の外れの畑脇の屋敷、これもどの様な手段で奪い取ったものであるのか。
抵抗する者は容赦するな、見事奴の首を上げた者には約束の金とは別に、金貨百枚を支払おう!!」
「「「「「オォ~~~~~!!」」」」」
集団は歩き出す、自らの正義と約束された未来の為に。その口元を醜悪に歪め、屋敷にいるであろうメイドたちを蹂躙する事を夢想しながら。
だがそんな彼らの前に、一人の女性執事がまるで行く手を阻むかのように立ち塞がる。
「失礼します。私はホーンラビット伯爵家旗下ケビン・ワイルドウッド男爵様にお仕えしております、残月と申します。
そちらの立て看板にもありますが、本日ホーンラビット伯爵領マルセル村は秋の収穫祭が執り行われる予定となっております。
この事は事前にグロリア辺境伯領ゴルド村にも大きく掲示させていただいており、本日のご来村は全てお断りさせていただいております。
申し訳ございませんがそのままお帰り頂けます様お願い申し上げます」
そう言い慇懃に礼をする女性執事。
「ハッ、何言ってやがんだコイツ?って言うかよく見ればいい身体付きをしてるじゃねえか。
旦那、構いませんよね?こいつは俺たちの聖戦を邪魔しようとしてるんです、立派な敵対者ですよね?」
「ふん、好きにしろ。それよりも本来の目的を忘れるなよ?貴様らには確りと働いて貰わなければならないんだからな」
「うっひょ~、やっぱり旦那は話が分かるわ。って事で姉ちゃん、俺たちが確り可愛がってやるからよ。もっともこの人数を相手にしたら途中でぶっ壊れちまうかもしれねえけどな?」
「「「「「ギャハハハハハ」」」」」
嫌らしい男どもの笑いが草原に木霊する。女性執事はそんな彼らに対し一切の感情を見せる事無く言葉を続ける。
「畏まりました。こちらの要請はお聞き届けいただけないという事で対処させて頂きます。
太郎、皆様を別会場に」
“ニュインッ”
女性執事の声に彼女の影から姿を現す一体の魔物。
「シャドーウルフだと?おい女、その希少な魔物を私に寄越せ。それは貴様のような下等な者が持っていていい様な魔物ではない。我々のような選ばれた血筋の者が持つべき魔物なのだ。
おい、獣。喜べ、これより貴様の主人はこの私だ、獣の貴様に我に仕える栄誉を授けてやろう」
喜色を浮かべ声を発する男、だが魔物はそんな男の言葉など聞こえないとばかりに自身の影を男たちの下に飛ばす。
“ズブズブズブズブズブズブズブズブ”
「なっ、クソ、足が、足が抜けねえ!!手前、今すぐこれを解除しやがれ、然もねえと貴様の親兄弟もただじゃおかねえぞ!!」
「なんだよこれ、こんな話聞いてねえぞ!!くそ、やめろ、止めやがれ!!」
あちらこちらから響く罵詈雑言、女性執事はそんな彼らの様子をただ黙って眺める。
“ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ”
何本もの矢が飛び女性執事を狙う。
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ファイヤーボール”」
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ウインドボール”」
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、アースボール”」
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を撃ち滅ぼせ、ウォーターボール”」
“ヒュ~~~~ドンッ、ヒュ~~~~ドンッ、ヒュ~~~~ドンッ、ヒュ~~~~ドンッ”
各種初級魔法の詠唱が行われ、各属性のボール魔法やアロー魔法が女性執事を襲う。だが・・・。
「無傷・・・だと!?」
その攻撃の悉くが女性執事の前面に展開された<障壁>によって防がれてしまう。
「頼む、俺たちが悪かった、このまま引き返すから、どうか・・・」
「すまなかった、謝る、謝るから」
「嫌だ~、死にたくね~、助けてくれ、誰か~~~~!!」
「わ、私は伯爵家の人間だぞ、この私に手を出す事はオーランド王国を敵に回す事と同意義と言う事が分かっているのか!!
今直ぐこの魔法を止めて我が軍門に下れ、そうすれば貴様の地位は・・・」
“トプンッ”
雲が流れる、秋風に草原がそよぐ。
「さて、静かになりましたね。今日は忙しいというのに予定外のお客様は本当に困ります。
太郎、不快だとは思いますがしばらくその方たちをお願いします。後程光属性マシマシ聖茶入りの甕を届けますので、影空間に仕舞ってください。人は食べ物がなくともそうそう死にはしませんが、水が無ければ簡単に死んでしまいますので。二週間もあれば皆様すっかり心を入れ替えて下さる事でしょう。
マスターの折角の門出に血生臭い事はしたくありませんからね」
“ガウッ”
世はなべて事も無し、秋の収穫祭の準備は粛々と進められていくのでした。
――――――――
“パタパタパタパタ、バタンッ”
開かれた扉、飛び込んでくる小さな影。影は足踏み台をベッドの脇に付けると、小さな手足を使いベットの上によじ登って行く。
「うんしょっ、ケビ、起きろ、朝だぞ~!!」
「う~ん、もうちょっと。堅パンが焼けるまで~」
小さな影が声を掛けるも、ベッドの主は起きようとしない。
“パシパシパシ”
「ケビ、お~き~ろ~、起きないならこっちにも考えがあるぞ!!」
「あと少し~、ムニャムニャ」
小さな影が可愛らしい手でパシパシ叩くも、顔を掛布団に隠し更なる惰眠を貪る寝坊助。
“ヒョコヒョコヒョコ”
小さな影は踏み台を使いベッドから降りると、怠惰なる寝坊助を指差し、とある魔法を発動する。
「“大いなる神よ、我が言葉に応えよ”、行け、エッガード、<メテオストライク>!!」
“ドシ~~ン”
“ぐえ~~!!”
それはいつの間にか部屋の天井付近に待機していた巨大な卵によるフリーフォール。さしもの寝坊助も堪らず唸り声を上げる。
悪は滅びた、ありがとう、小さな勇者よ、ありがとうエッガード、君たちの活躍により食卓の平和は守られたのだ。(メアリーお母さんが怒ると怖いのだ)
「エッガード、いい加減に降りろ、と言うか手加減して、お願い。
それとミッシェルちゃんおはよう、って言うかなんか早くない?畑の収穫作業も終わったし、こんなに早く起きる必要ないよね?」
ベッドの住人、寝坊助ケビンが目をこすりながら起き上がる。ミッシェルはそんなずぼらな兄の様子にため息を吐きながら言葉を返す。
「ケビ、今日が何の日か分かってる?」
「ん?秋の収穫祭だよね?俺も準備を手伝ったから分かってるぞ?」
不思議そうに首を傾げるケビンに、駄目だコイツと言った表情を向けるミッシェル。
「そうじゃないでしょ、ケビが結婚するんでしょう?収穫祭が終わったらケビは畑のお家に行くんでしょう?
メアリーお母さんがケビの為に朝ご飯を作ってるんだから、ちゃんと起きて挨拶しなさい!!」
ビシッと指を差し正論をぶつける妹に、「すみませんでした~、直ぐ支度します」と頭を下げる兄。
分かれば宜しいとばかりに胸を張りエッガードを引き連れて居間に戻るミッシェル。この冬に三歳になる妹に朝から説教された
―――――――――
「ケビン、おはよう。昨夜はよく眠れたようだな。
俺がメアリーと一緒になったときは周囲の人間と簡単な食事をしただけだし、お貴族様の様に周囲にお披露目なんて真似はしなかったからな。
まぁ今のケビンはそのお貴族様だから仕方がないんだが、教会で女神様に結婚の報告を行うなんて俺のような元平民には無縁の話だから、こっちの方が緊張しちまってよく眠れなかったよ」
そう言い大きなあくびをする父ヘンリー。父よ、大丈夫か?なんか目の下に隈が出来てるぞ?
そして何故かテンションの高い母メアリー。「私もドレスを着て教会でヘンリーと・・・」ってちょっと待とうお母様。確かにお母様はお若くていらっしゃいますけども、父ヘンリーの顔が引き攣っておられますよ?
えっ?お父様の目の下の隈ってそういう?寝不足の原因って俺の事じゃ無くね?
まぁ両親の仲が良好なのはいい事です。
「ケビンお兄ちゃんおはよう、今朝は早起きできたんだね」
「おう、ジミーおはよう。朝の稽古を済ませて来たのか?
本当にお前は真面目だよな~、とても俺の弟とは思えん。
まぁ俺はワイルドウッド男爵なんてものになっちまったからドラゴンロード男爵家は継げないが、お前は気負わなくてもいいからな?
うちは王家から男爵になれって言われて渋々やっているだけだ、父さんと母さんもこだわりがないどころか今すぐにでも返上したいってのが本音なくらいなんだ、ジミーは好きに生きたらいい。
一人で暗黒大陸に武者修行に行くくらいだ、何があっても生きていけるさ」
そう言い肩を竦める俺に「ありがとう、ケビンお兄ちゃん」と返すジミー。本当に真っ直ぐいい男に育ったよな。
右手首と首に掛けた“目立たない組み紐”がいい感じに存在感を下げてくれているので、和やかな家族の一コマと言った雰囲気になっております。
だってジミーヤバいんだもん。ジェイク君ちに顔出しに行ったらチェリーちゃんが突進して来て、抱き付いて離れなくなっちゃったんだもん。
ジミーの首に組み紐を巻いてからチェリーちゃんにハリセンをくらわして正気に戻したけど、目を覚ましたチェリーちゃんの第一声が「あれ、私何をしてたんだろう?なんか凄く良い夢を見ていた様な」だよ?
ジミーはインキュバスか何かなの?色気が溢れちゃってるの?
学園に向かう前に更なる目立たない装備を作製せねば、これは最優先事項ですね。
「はいはい、そんな所で立ってないでテーブルに座って~。今日は目出度いケビンの門出なのよ?お母さん朝から頑張っちゃったんだから♪」
“コトッ”
そう言い母メアリーがテーブルに並べた大皿の料理。匂い立つ食欲を誘うハーブの香り、切り分けた途端溢れる艶やかな肉汁。
「メアリーお母さん、これは・・・」
「フフフ、ケビンはいつも間が悪くて食べそこなっちゃってたでしょう?
“角無しホーンラビットの香草焼き”、これからはアナスタシアさんが作ってくれると思うけど、お母さんの味も覚えておいてもらおうと思ってね♪」
そう言い微笑みを向けながら小分けにした角無しホーンラビット肉を小皿によそってくれるメアリーお母さん。
スッと滑り込む様に刺さるフォーク、口に含んだ途端、ホーンラビット肉の甘さと旨味が口いっぱいに弾け飛ぶ。鼻腔に抜けるハーブの香りが更に食欲を加速させ、口に運ぶフォークが止まらない。
「フフフ、そんなにがっついちゃって。ケビンはこれから大事な結婚式なのよ?食べ過ぎなんて事になったらどうするの?」
「そうだぞ、何事も程々と言うだろう、少しは落ち着け」
「そんな事言ったって、夢にまで見た“角無しホーンラビットの香草焼き”だよ?こんなの止まらないよ、美味し過ぎるよ」
溢れる想い、この家に生まれて来れて良かった、ヘンリーお父さんとメアリーお母さんの子供になれて良かった、ジミーとミッシェルちゃんのお兄ちゃんになれて良かった。
胸に広がる幸せな気持ち、零れる涙が止まらない。
「ケビンお兄ちゃん食べ過ぎだよ、俺たちの分も残しておいてよ」
「ケビ、鼻水垂らしてばっちい!!チンして、チン」
「「「「アッハッハッハッハッハッ」」」」
広がる笑い、溢れる笑顔。
この世界に生まれ変われることが出来て本当によかった。
俺はこの世界を創造して下さった女神様に感謝しつつ、このささやかな幸せがこの先も続く様にと祈りを捧げるのだった。
本日一話目です。