転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第534話 それぞれの家族、それぞれの夜

マルセル村に夜の帳が下りる。

 

“ジョロジョロジョロジョロ、コトッ”

メイド長カミラの淹れたお茶の香りが周囲に広がる。これは以前グロリア辺境伯閣下と王都に向かった際に土産として頂いた紅茶というものか。

これまであまり感じた事の無い上品な香りに、高位貴族の間で珍重されているという話にも頷けると納得しながら、ティーカップに手を伸ばす。

 

「カミラメイド長、今日はもう下がってくれていいよ、後片付けは明日でもいいだろう。今日は本当に色々な事があったからね、君も疲れているだろう、ゆっくり休んで心を鎮めなさい。

ザルバに言って聖茶を淹れてもらうと良い、あれは気持ちが穏やかになる飲み物だからね」

屋敷の主ドレイク・ホーンラビット伯爵の言葉に「それではお言葉に甘えまして」と一礼をしその場を下がるカミラ。

ランプの明かりと暖炉の炎が、ホーンラビット伯爵の姿を静かに照らす。

 

“カチャッ”

居間の扉が音を立て、二人の妻が顔を見せる。ホーンラビット伯爵は手に持つティーカップをローテーブルに置くと、顔を向けて言葉を掛ける。

 

「子供たちは大人しく寝たかい?今日は色々あったからね、興奮して眠れなくても仕方がないんだけど」

「はい、今しがた。バーミリオンとマリアンヌはあれほど大勢の人を見たのがはじめてだったからか終始ご機嫌でしたが、やはり疲れが出たのでしょう、寝息を立ててぐっすりと。

ロバートは礼拝堂で聞いた女神様の御言葉に「あれは一体なんだったんですか?」と質問攻めでしたが、ミッシェルちゃんの「落ち着くのだロバート隊員、先程のお言葉は我らが司令官のものだ。収穫祭会場に向かうぞ、美味しい料理が我々を待っているのだ!!」という言葉で納得をしたようで、その後の諸々も普通に楽しんでいた様です。

今は大人しくベッドで横になっていますよ」

 

妻ミランダの言葉に苦笑を浮かべるホーンラビット伯爵。春先に行われた同年代の子供たちの顔合わせ、それ以来ドラゴンロード男爵家の娘ミッシェルの騎乗する浮遊する巨大卵エッガードに魅了され、エッガードが操るダンゴムシキングのぬいぐるみに跨って行動を共にするようになったロバート。

この時点ですでに意味が分からない事になっているのだが、その程度の事、マルセル村では今更である。

 

「ロバートもいいお友達が出来て何よりだよ。ミッシェルちゃんはケビン君に似て破天荒な所があるけど、ロバートがホーンラビット伯爵家を継ぐとなればケビン君の理不尽を避けては通れないからね。

ミッシェルちゃんを見て少しずつ慣れて行けば耐性も付いて来るんじゃないのかな?その分私たちで世間の常識というものを教えて行く必要があるだろうけどね」

 

そう言いクスリと笑うホーンラビット伯爵に「そうですね」と応えるミランダとデイマリア。

 

「旦那様は知っていたのですか?ケイトさんとアナスタシアさんの事を」

デイマリアの疑問、それはマルセル村の村長でもあったホーンラビット伯爵が二人の花嫁の真の姿を知っていたかどうかというもの。

 

「まぁ、そうだね。これはミランダも知っているかもしれないが、ザルバとケイトちゃんは王都出身の人間でね、ザルバは王都第二騎士団で騎士隊長を務めていた元男爵なんだよ。

ケイトちゃんは亡くなった奥さんの忘れ形見としてそれは大事に育てられたそうだよ。確か“王都に舞い降りた天使”だったかな、健康広場で披露した歌声、当時は各貴族のお茶会や催し事に呼ばれて大忙しだったそうだよ。

 

だがある時とある侯爵家の三男に気に入られてね、男爵家の娘が事あるごとにお呼ばれする様になった。

王都は広いようで狭い、中央貴族同士の足の引っ張り合いなんかは日常茶飯事、嫉妬や焦りにかられた者たちの暴走は苛烈を極めたそうだよ。

結果ザルバの家は多くの者たちの攻撃に遭い没落、ケイトちゃんは二度と声が出なくなる呪いの傷を受け、ザルバ親子は命を狙われながらなんとかヨーク村まで落ち延びた。

 

でも二人の受難はここで終わらない、辺境の村でのよそ者の扱いなど厄介者以外の何ものでもない。納屋よりもひどい粗末な家を与えられ、食べ物もろくに口に出来ない状態で村の共同作業に駆り出される。ただ生きている、それだけの状態で過ごす日々、私がはじめて彼らに会った時にはまるで生きる屍のようなザルバと骨と皮だけのケイトちゃんの姿。

ケビン君の話ではケイトちゃんの心は完全に死んでいたそうだよ。

そんなケイトちゃんに付き添い根気よく物事を教えたのがケビン君、ザルバが言っていたよ、ケビン君は私たち親子が生涯に渡って恩を返さなければいけない相手だって。

 

ザルバとケイトちゃんはマルセル村に来る事で少しずつ身も心も回復して行った。そしてケイトちゃんの声を奪った呪いの傷も。

どうやったのかは分からないけど、これもケビン君が何かしたんだろうね。表向きは聖水布の効果って事になってるけど。

 

だけど問題が生じた、ケイトちゃんが魔力過多症を発症しちゃってね。

その症状自体はミランダが魔力過多症薬を調薬する事が出来たから何とかなったんだけど、魔力過多症は有望な魔法使いの証、貴族の間では“神の福音”と言われたりもするかな?

そしてそんな子供たちは得てして授けの儀で有用な職業を授かり易い。

声を変え、姿を変え、身分を変えなければまたいつ悪意に襲われるのか分からない。ケイトちゃんは姿を偽ることで生き残りを図ったんだよ。

 

マルセル村はそんな訳アリが多く集まる土地だからね、“他人の事情は詮索しない”という気風が根付いている。ケイトちゃんが髪の色を変えたことにも誰も何も言わなかった、当時のケイトちゃんはそれこそ死に掛けだったから顔付の変化も分からなかった事だろうね。

 

アナスタシアさんと月影さんは言わずもがな。紹介された時は言葉が出なかったよ。ケビン君と本人たちには絶対に正体を晒さないようにとよくよくお願いしたものさ。

それでも賢者ユージーンがエルフ女性を連れ込んだりケビン君がワイバーンと共に世界樹に旅立ったりと色々あったからね、マルセル村の皆にはちゃんと話を通しておいた方がいいと判断したんじゃないのかな?

 

礼拝堂の前でアナスタシアさんが言っていたけど、ケビン君の抱える秘密に比べたらアナスタシアさん達の正体など些事でしかないそうだよ。

まぁ結婚の報告を女神様に祈ったら女神様からお返事が返ってくるような人物だしね、それには触れない方がいいかな?精神衛生上宜しくなさそうだし」

 

そう言い乾いた笑いを浮かべるホーンラビット伯爵に、“この人はどれだけの理不尽を体験して来たのか”と心配になるミランダとデイマリア。

 

「大変なのはパトリシアだよ。ケビン君は身内にはとことん甘いからね。暗黒大陸に旅立つジミー君の為に直隠(ひたかく)しにしていた自身の秘密を晒す様な事も平気でする。

アナスタシアさんにはそんなとんでもない秘密を相当数教えているんだろうけど、パトリシアがそれに耐えられるかどうか。

二人共、パトリシアが帰って来たらあまり詮索せずただ優しく迎え入れてあげてくれるかい?人は帰れる場所があるというだけで心癒されるものだからね」

 

そう言い再びティーカップを手に取るホーンラビット伯爵に、“この御方は本当にお優しい。自分たちは幸せ者です”と優しい眼差しを向けるミランダとデイマリアなのでありました。

 

―――――――

 

“ガチャッ”

「お疲れ様、旦那様方のお世話はもういいのかい?」

 

与えられたホーンラビット伯爵家の一室、ザルバは仕事を終え部屋に戻ってきた妻カミラに声を掛けると、揺り籠脇から立ち上がりお茶の準備を始める。

 

「ただいまザルバ、旦那様から今日は疲れただろうから早く休む様にと。

ザルバには赤ちゃんの世話を頼んでしまってごめんなさい、今日はケイトちゃんの結婚式、ザルバの方が余程疲れていたでしょうに」

そう言い力なく微笑む妻の姿に、“あれだけ色々あれば仕方がないか”と肩を竦めるザルバ。

 

「でもよかったの?ケイトちゃんの事。いくらマルセル村の中だけとは言ってもあれほどの美貌と美声、他所の男どもがこのまま手をこまねいているとはどうしても」

 

妻カミラの心配は尤もな話であった。王都においても美しい伴侶を得たが故に嫉妬から嫌がらせを受けるなどと言う事はよくある話であった。事実ザルバ自身剣の腕がたち騎士団員たちからの信頼も厚かったにもかかわらず騎士隊長止まりであったのは、周囲からの嫉妬が強く影響していたからであった。

人の口に扉は付けれない、秘密などというものはいつか必ず漏れるもの、その事をザルバは誰よりもよく理解していた。

 

「そうだな、カミラの心配はよく分かる。でも、だからと言ってどうにかなるものでもないだろう。いや、これは言い方が悪かったかな?

カミラはあのワイルドウッド男爵家の者たちをどうにか出来る人間がいると思うかい?」

ザルバは改めて思う、ケビン君に出会えてよかったと。

ケビン君がこれまでケイトをどれ程守って来てくれたのか、そしてケイトの為にどれだけ先を見据えた準備をしてきてくれたのか。

 

「何故エルフであるアナスタシアさんと月影さんが自らの正体を晒したのか、それは私達マルセル村の者たちに対する信頼の証であると共にマルセル村の一員として生きて行くという誓い。

自らの正体を晒しても何ら支障はないという、ケビン君に対する絶対的な信頼。

ケイトもまた同様、ケイトは今日、はじめて自分を取り戻す事が出来たんだよ。

 

私たちは親としてそんなケイトとケビン君たちを温かく見守って行こうじゃないか。きっとケビン君なら大丈夫、マルセル村を、ホーンラビット伯爵領を今以上に住みよい場所にしてくれるはずさ。

クロックが村に残りたいと言うくらいにね」

 

揺り籠に揺られ気持ち良さげに寝息を立てる我が子に慈しみの視線を送るザルバ。そんな夫の姿に“この人と一緒になれて本当によかった”と自らの幸せを噛み締めるカミラなのでありました。

 

―――――――――

 

「ヘンリーお父さん、ケイトさん、凄かったね」

「あぁ、俺もこれまで様々な相手と戦ってきたが、戦意を根こそぎ刈り取られたのは今回が初めてだ。

これまでに経験した事の無い戦い、ケビンの奴、とんでもない嫁さんを見つけて来たもんだよ」

 

本日はドラゴンロード男爵家長男ケビン・ワイルドウッドの婚礼の日、午前中に行われた礼拝堂での式は見事であり美しいものであった。

ホーンラビット伯爵家長女パトリシア様の美しさは誰もが知る所であった。

 

“ケビンと子供の頃から一緒に過ごしたケイトちゃんが自身を偽り多くのものから身を隠している事は知っていた。自らの美貌と美声が多くの悪意を呼び寄せる、その事を身を以って知るが故の悲しき自己防衛。

マルセル村にはそうして身を潜める村人が多くいた、今でこそ明るく騒ぐ彼らも心の奥底では怯えの気持ちを常に抱えていた。

 

アナスタシアさんと月影さんには驚かされた。スルベ村とマルガス村の間にあるスラムのような隠れ里からやって来た訳アリの集団、アナスタシアさんに至っては初め老婆のような見た目をしていたのだ、姿を偽っていたと聞かされても驚きはしない。だがまさかエルフであったとは。

月影さんなどはいつの間にかケビンに仕えると言ってメイドをしていたくらい、一体どこで拾って来たというのか。

ケビンの実験農場にはそうしたケビンがどこからか拾って来たであろう使用人たちが暮らしている。今でこそ男爵家の使用人と言い張れるが、月影さんが来た当初はただの村の子供であったのだからやはりケビンは訳が分からない”

 

「心を穏やかにするマルセル村の事を歌った歌。今もなお穏やかな気持ちが続いている。

剣は振れる、<覇気>も<魔力纏い>も、<覇魔混合>すら出来る。

だが一切の闘志が湧かない。

 

俺はこの日をずっと楽しみにしていたんだよ。ケビンの奴が人生の門出を迎える、ワイルドウッド男爵家の当主として家族を持ち、新しい一歩を踏み出す。

両の肩に乗る責務と責任、家族を支えるという覚悟。

家を持った者って奴は強いんだよ。独り身の時のような無茶無謀はしなくなる半面、その一振り一振りの重さと言うか、剣を構える時の面構えが違う。

死にたくないと恐怖に怯えるんじゃない、死んでたまるか、意地でも生き延びてやるといった決して諦める事のない強い思い。

 

ケビンの奴にこれまで備わっていなかった力、楽しみで楽しみで仕方がなかった」

 

そう言いテーブルの酒に口を付けるヘンリー。喉を潤す酒精が、身体の奥を温かくする。

 

「俺もそうだよ。暗黒大陸の魔王城、経緯はどうであれケビンお兄ちゃんと対峙した時、俺はこれ迄積み重ねて来た研鑽の全てを賭して勝負に臨んだ。結果俺は敗北し、その場に佇むのはケビンお兄ちゃんだけだった。

 

授けの儀で俺は不思議な体験をした。不思議な場所で多くの強者と剣を交え、自らに授けられた職業とスキルを理解した。

永遠とも思える闘いの日々は俺を更なる高みに上らせ、俺は強くなったのだと実感するに至った。

 

でもそんな俺の自信はマルセル村の守護者たちに軽くあしらわれてしまった。

大福チャレンジドラゴンヒドラに挑戦、あれは駄目だよ。ケビンお兄ちゃんから渡されてるのって“身代わり人形”だよね?即死級の攻撃を受けると砕け散って身代わりになってくれるっていうもの凄い貴重なダンジョン産アイテムだよね?

俺たち何回死んでるんだってくらい負け続けてるんだけど?俺の木刀全く歯が立たないんだけど?

こんなとんでも試練を用意したケビンお兄ちゃんに俺の思いの全てをぶつけようと思っていたのに・・・」

 

コップのお茶を啜り父親に顔を向けるジミー。その表情はとても穏やかで、口から出る愚痴とは裏腹にため息すら出ない。

 

「ケビンの嫁はケビンと言う事なんだろうな」

「今度からは予めケイトさんの了承を得てからにした方がいいよね、毎回こんな穏やかな心持にされちゃったらこれからどうしたらいいのか分からないし」

 

“コトッ”

テーブルに置かれたコップ、ジミーは席を立つと「今日はもう寝るね」と声を掛け自室へと戻る。

あとに残されたヘンリーはカップの酒に口を付けると、“ケイトちゃんの歌にはどう対抗したらいいんだ?”と思考を巡らせるのであった。

 




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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