そこは穏やかな風が流れる森の楽園。
「おーい、クマ子にクマ吉、こっちにジャイアントフォレストビーの蜂蜜を持って来てくれ~」
多くの森の住人が集まり、木の根が絡まる様にして形作られたテーブルを囲む。
「ブー太郎さん、根っ子野菜とホーンラビットの煮込みをお持ちしました。キャタピラーの包み焼きはもうすぐ出来上がります」
豚顔の者、鬼の様な顔の者、狼の頭を持つ者、金色の体毛に包まれた大きな熊や毛並みの良い狼たち。その全てが皆仲良く楽しそうに神聖な大樹の下に集う。
“ジュ~~~~~~”
熱せられた大きな鉄板の上に並べられた肉の塊が音を立てる。立ち昇る香りが肉の持つポテンシャルの高さを鼻腔に伝え、嗅覚の鋭い狼たちが口の周りに滝を作り鉄板の周りに群がって行く。
「お前らちゃんと整列しろ!!肉はどんどん焼いて行くから喧嘩するなよ!!
って言うか狼だったら生肉食えよ生肉、ブー太郎がグランゾートで切り分けてくれた肉があるだろうが」
調理人は声を荒げるもどこか楽し気に狼たちに目を向ける。
ここは神聖樹に守られし聖域、森の住人たちが住み暮らす隠されし楽園。
「・・・ねぇ、アナスタシア、ケイト、ここって一体何?」
パトリシアは目の前に広がる光景に唯々驚愕し言葉を失った。
それは太い幹を持つ神聖な大樹然り、その傍に建つ木組みで作られた立派な小屋然り、石造りの幾つかの住宅然り。
まるでそこは森の中にひっそりと佇む隠れ里、よく目を凝らせば住居の先には大きな畑も広がっていた。
そして何より目を惹くのは多くの魔物たち、それはマルセル村の中でも目にするグラスウルフたちのようにも見える。だがその身体の大きさが村の中で見るものよりも一回りも二回りも大きく見える。
可愛らしい金毛の熊は確かゴールデンハニーベア、大変希少なベアー種の魔獣でその毛皮は王侯貴族から珍重されているとか。可愛らしい見た目にそぐわぬ獰猛な魔獣であるとして、金級冒険者からも恐れられているのではなかったか。
「御神木様、以前見た時よりもずっと立派になっていた。前は周りに家もなかったし、森の広場が発展していてびっくり」
「そうですね、森のお店屋さんも順調の様で良かったです。新しい従業員の方もすっかりなじんだ様ですね、ブー太郎も森のお店屋さんの店長としての自覚と責任が育っているのでしょう」
そう言いにこやかに魔獣たちの様子を窺うアナスタシアとケイトに、“う~ん、そうじゃないんだけどな~。でもこれがケビンの普通って事なのかな?緑や黄色、それにドラゴンヒドラモードの大福を従えてるくらいだし、いまさらと言われればそうなんだろうけど”と自身を無理やり納得させるパトリシア。
そんな彼女の心の葛藤など露知らず「シャロン、お手柄だぞ?お前のお陰でみんな大喜びだ」と言って巨大なドラゴンの白骨を撫でる旦那様。
「・・・イヤイヤイヤ、無理だから、アレってドラゴンですよね、どう見てもドラゴンの骨ですよね?
スケルトン?スケルトンドラゴンとでも言えばいいんですか?何でそんな伝説上の存在がここにいるんですか。というかこの神聖な領域でアンデッドが元気に走り回っているって意味が分からないんですけど?」
アンデッド、それは聖なる者たちとは対極の存在。恨み、辛み、苦しみといった負の感情が生み出した暗黒の力が形となって現れたもの、それがアンデッドでありこの世の生きとし生けるものにとっての厄災。
過去多くの国や都市がアンデッドにより滅ぼされ、未だアンデッドによる被害は後を絶たない。アンデッドとは人類とは相いれぬ消し去るべき敵、そう認識されていた。
「ん?シャロンの事が気になるの?
シャロンは元々ドラゴンゾンビだった存在だね。昨日案内した島の秘密基地、あのお城の防衛に使われていた魔物だったんだけど、勇者ブー太郎が臭いがきつくて近付けないって我が儘言うもんだから緑と黄色、大福の御三方に余計な腐肉を食べてもらったって奴だね。
そうしたら完全に戦意を喪失しちゃったんでブー太郎が引き取ったって感じ?今じゃグラスウルフ隊と仲良くダンジョン探索してるらしいよ?」
「だ~か~ら~、ケビンはなんでいつも非常識をさも当然の様にサラッと口にするんですか!!ドラゴンゾンビって言えば都市を幾つも壊滅させた上に大地を穢れに染める最悪の厄災じゃないですか!!
そんな各国が総力を挙げて対処しなければならない様な厄災が防衛していた城って、一体何なんですか!?
と言うかあの城ってそんな危険なものだったんですか?えっ、奪って来ちゃったんですか?
それにグラスウルフ隊がマルセル村にいる時よりも大きいし、ってあの一番大きいのって良狼ですよね?賢者イザベルが幻影魔法で作り出すフェンリルにそっくりなんですけど?・・・まさか、ねぇ。
それと軽く流してましたけどダンジョンって?ここにダンジョンがあるんですか?それって大丈夫なんですか?」
捲し立てるパトリシアに「「「お~、流石ツッコミ担当パトリシア、拾う拾う。理解出来ないとして流さないその姿勢、そこに痺れる憧れる」」」と声を揃え賞賛を贈るボケ三人。
「え~、疑問を分からないまま放置する事なくきちんと口にするパトさんに感謝を。ボケは自身の提供したボケをスルーされるのが一番つらいんです。未だハリー師匠の高みには至りませんが、パトさんには十分素質がある。このまま真っ直ぐ私たちボケを導いて下さい。
それでご質問の件ですが、秘密基地は相当にヤバい組織のものだったらしいです。ブー太郎と一緒に料理の準備をしてくれているオーガとワーウルフ(甲羅と触手付き)はその組織から逃げ出した実験用魔物ですね。
知能が非常に高く人の言葉も話せますし理解も出来ます。
先程もチラッと言いましたが、その組織は勇者ブー太郎の手により壊滅いたしましたのでご心配なく、大森林深層部にあった彼らの拠点は既に跡形もありませんから。俺が回収しちゃいましたんで。
次にグラスウルフ部隊の件ですね、それは次のダンジョンの件にも絡んで来るんですが、この聖域の中にはダンジョンがあります。俺が偶にどこかからか持って来るダンジョン産アイテムの出所がそこです。
それでグラスウルフ部隊はそこでシャロンと一緒に遊んでるうちに強くなりまして、それとともに体の大きさがですね。でもそれだとマルセル村での仕事に支障が出るんで身体を小さくする魔法の練習をしています。
これは魔物特有の魔法と言いますか、魔力との親和性が関係している様で、人の身には難しいみたいです。
ここは御神木様の結界領域の中ですんで本来の姿に戻っているって感じですね。
因みに太郎も本来の姿は良狼と同じくらい大きいですよ?
ブラッキー、お前もそろそろ覚えた方がいいぞ?太郎からやりかたを教わって学園に帰ってから練習しておくように。
あと良狼がフェンリルそっくりなのはフェンリルだからですね。
正確にはレッサーフェンリルって言う種族なんですけど、一般的なフェンリルって言うのがこのレッサーフェンリルなんだそうです。
太郎はナイトフェンリル、所謂特殊個体って奴ですね。二体とも進化したらフェンリルになったって感じです」
ケビンの説明に「ふむ、モフモフは強くなると最強最カワになる。ブラッキー、次の目標はシャドーフェンリル!!」と言って胸を張るケイト。
アナスタシアは「流石は私の太郎、今日はいつもよりもたくさんブラッシングをしてあげましょう♪」と言って終始ご満悦。
そんな中パトさんは「伝説の魔物フェンリルが二体!?それに大森林の深層部にそんな危険な組織が・・・。でもそれは勇者ブー太郎が対処したからって勇者ブー太郎?ブー太郎って勇者なの?見た目はオークとは思えないけど魔物の勇者って、どう判断したらいいの?」と混乱しつつも咀嚼し新たなネタを拾い出しておられます。
あぁ、パトさんをハリー師匠に引き合わせたい。そしてあの素晴らしいノリツッコミを体得していただきたい。ハリー師匠だったらブー太郎の事を散々褒め称えてからツッコミを繰り出すという高度な技を使ってくださったに違いない。パトさん、頑張って!!
“ブブブブブブブブ”
小刻みに鳴らされる羽音、それは悠然と上空を旋回すると、ケビンの頭部に着陸する。
「あっ、B子さん、ご無沙汰してます。あれから甘太郎と上手くやってくれてますか?甘太郎の甘木汁を使った蜂蜜、物凄く評判が良くてですね」
そんな嫁たちを尻目に頭部に着陸した巨大な蜂と世間話を始めるケビン。
「えっとケビン、それってジャイアントフォレストビーですよね?もしかしてケビンはジャイアントフォレストビーとも雇用契約を結んでいるんですか?」
ジャイアントフォレストビーの蜂蜜と言えば王侯貴族がこぞって欲しがる超高級品、小瓶一つに金貨数百枚の値が付く事も稀ではない。そんな希少な魔物を使役しているとなれば一体どれ程の利益を得る事が出来るというのか。
「あっ、はい。こちらはジャイアントフォレストビーのB子さん。聖域内にある巣に暮らしている個体ですね。ブー太郎の森のお店屋さんで取り扱っているのがジャイアントフォレストビーとキラービーの蜂蜜になりまして、芋汁やビッグワーム干し肉(一夜干しタイプ)と交換で蜂蜜をいただいているんですよ。
あっ、丁度来ましたね」
““““ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ””””
それは凶悪な羽音を鳴らして迫りくる空飛ぶ悪魔キラービー、上空を埋めるその集団にアナスタシアとパトリシアは顔色を青くする。
するとその中心から一際大きなキラービーが姿を見せ、ケビンに対し頭を下げる。
「クイーン、わざわざ来てくれたんだ、ありがとうね。それに皆して蜂蜜壺も持って来てくれたんだ。本当にありがとう。
そうそう、これ、暗黒大陸のお土産。
まぁブラックウルフやレッサードラゴンなんて大して珍しくもないんだけど、こういうモノは気持ちだと思って受け取ってくれる?」
そう言いケビンが収納の腕輪から取り出した三体の魔物に次々と取り付いて行くキラービーたち。
““““ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ””””
再び大きな羽音を立て飛び去って行くキラービーたちの姿に、ただ茫然とする事しか出来ないアナスタシアとパトリシアなのであった。
「ケビンさん、料理の準備ガ出来た。席に着いて欲シイ」
声を掛けて来たのは亀の甲羅のようなものを身に着けたワーウルフ。
「ありがとう。と言うか大分話し方が流暢になって来てない?見た目も前となにか違って来てる様な」
「ありがとう、ガンバって練習した。姿はダンジョンで戦っていたら変化シテキタ」
ケビンの言葉に嬉しそうに答えるワーウルフ。
森の宴が始まる、皆席に着く主役たちを歓迎し、彼らの婚姻を祝福する。
森には笑顔と喜びの声が溢れる、約二名いまだ自身の常識と戦っている者がいるが、それは些細な問題なのであった。
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新婚三日目の夜が明ける。起き抜けに十六夜から冒険RPGの宿屋の店主が語ったとされる名セリフをぶつけられかなりのダメージを与えられたものの、これも新婚の洗礼と素直に受け取っておくこととしよう。
おはようございます、辺境のハーレム野郎、ケビン・ワイルドウッドです。
昨日は凄く楽しかった。御神木様の聖域結界に行ってブー太郎たち主催の結婚祝賀会に出席させて頂きました。
奥様方は御神木様の威容に頭を垂れ、スケルトンドラゴンの大きさに声を上げ、クマ子とクマ吉の愛らしさに頬を緩ませておられました。
特にパトさんがですね~、「ケビンがいじめるよ~、私を癒して~!!」とか言ってクマ吉から離れなくってですね~。
クマ吉超大人、そんな駄々っ子のようなパトさんを優しく抱き留めて、頭をやさしくよしよしとなさっておられました。クマ吉先生、マルセル村に来たら子供たちの人気者になること間違いなしですね。
今度ポーラ・キムーラ先生にクマ子とクマ吉のぬいぐるみも依頼しておこう、機会を作って現物をご覧いただいてもいいかも。その辺は追々考えよう。
後から緑と黄色、大福もやって来て、楽しい一時を過ごしたのでございます。
大福三つ首ドラゴンヒドラとシャロンの戦いは見ごたえあったな~。何故かアナさんとパトさんがドン引きしてたけど。
ケイト?俺と一緒にノリノリで声援を送っていましたが何か?めっちゃ楽しんでおられました。
「旦那様、それで今日はどうなさいますか?」
秘密基地の広い食堂、そこで嫁さんズとの朝食の席に着いた俺に言葉を向けるパトさん。その表情は昨日までの緊張が取れたというか、凄く優し気で柔らかくて。・・・うん、この子俺の奥さんなんだよな、凄いなおい。
「えっと、昨夜も話したけど俺は今度の春から王都で講師として働く事になっています。理由は勇者の職を授かったジェイク君と聖女の職を授かったエミリーちゃんを陰から支える為だね、これは王宮側からの依頼でもあるんで断る訳にはいきません。
で、本来なら王都に屋敷を構えてそこから通うって事になるんだけど、ケイトは王都から逃げて来た人間だし、アナさんも権力者の欲望を掻き立てる隠れ住むエルフ族だし?
パトリシアは今や王都で知らない者はいない三英雄様ですからね、どんな厄介事がすり寄って来るか分かったもんじゃない。
なんで普通は単身王都住いって事になるんだけど、俺、王都まで通えますんで何の問題もないんですよね。
ですので今日は皆さんに王都の屋敷を紹介しようかと」
俺の言葉に一瞬疑問符を浮かべるも、直ぐに納得顔になる三人。昨夜話をした時はそれじゃ誰が王都について行くのかって結構議論を交わしてたもんな~。(マウントの取り合いとも言う)
朝食後嫁さんズを連れ城の一室に向かった俺氏、そこはがらんとした物の置かれていない部屋で、俺はその部屋に備え付けられている扉に手を掛け「<オープン>」と唱えてから大きく開け放ちます。
扉の先は暗いレンガ作りの倉庫のような場所、俺は三人を案内する様に倉庫脇の階段を上り出口の扉を開くのでした。
「お帰りなさいませ、御主人様」
「あぁ、伊織、出迎えご苦労。皆も揃っているね、紹介しよう、アナスタシア、ケイト、パトリシア。皆私の妻となった者たちだ。
これから顔を合わせる事もあると思うがよろしく頼む」
「「「アナスタシア奥様、ケイト奥様、パトリシア奥様、ご結婚おめでとうございます。王都ワイルドウッド男爵家別邸の者一同、奥様方の御来訪を心より歓迎致します」」」
そう言い慇懃に礼をする使用人たちの姿に、よく分からないと言った表情になる嫁さんズ。
「ようこそ、王都ワイルドウッド男爵家別邸へ。折角王都に来たんだ、今日は皆で王都観光でも楽しもう。
パトリシアはいつもの地味ペンダントを付けてくれる?やっぱり王都じゃなにがあるのか分からないからね。
ジェームス、御者と王都の案内を頼めるか?アナスタシアとケイトは王都の事はほとんど知らないんだ。パトリシアも貴族街以外はあまり詳しくないだろうから、平民が行きそうな場所などを頼む」
「畏まりました御主人様、それでは馬車と引き馬の手配をお願い出来ますでしょうか?」
「「「イヤイヤイヤ、何で王都?えっ、ここって王都なの?」」」
俺は混乱する嫁さんズに笑顔を向けると、「これでマルセル村から王都中央学園に講師として通えるって事が分ったでしょう?」と言って皆を安心させるのでした。
余計混乱させている?イヤイヤ、それはないって。
喜んでくれている、よね?
本日一話目です。