“シューーーーーーッ、シューーーーーーッ”
木工製品作製とは素材との語らいである。
“ギコギコギコギコギコギコ”
素材の中に自らが欲する姿を見つけ、それを形にする。
“トントントントン、カンカンカンカン”
切り出し、掘り出し、削り出し。徐々に形作られる材木は、まるでそうなることが自然であるかのように正しくその姿を主張する。
“カチャカチャ、トントントン、カチャカチャ”
望まれた姿、望まれた形、そこに素材としての材木はなく、それは新たな命を吹き込まれた新しいナニカ。
「よし、これで身体は完成と。まぁ素材のごり押しと言われれば返す言葉もないけど、初期型はこれでも起動したし多分大丈夫かな?
そんでもって装備はやっぱりこれだよね。本人も望んでいるみたいだし、これからもよろしく頼むってことで」
ここはとある城のとある部屋、大きな作業台の上には設計図のような書類が散乱し、制作物完成に至るまでの苦心が窺える。
作製者は作業部屋に散らかる木くずを片し作業台の整理を行うと、造り上げた大人の背丈ほどの木製人形に丁寧に衣装を着せ、それを横長の水槽へと運んで行く。
水槽の中は淡く光を放つ液体でみたされており、衣装を着せられた人形はその中に横たえられる。
「さて、これで俺に出来ることはすべてやった。あとはお前次第だ、帰って来い“トライデント”」
製作者はおもむろにポケットから布にくるまれた光る球体を取り出すと、人形の胸の窪みに嵌め込んでそう語り掛けるのでした。
―――――――――
「アナスタシア、パトリシア、ケビンの事を頼む。
ケビンは自由奔放に思うがまま行動する。その事自体に何か問題があるという訳ではない、問題は私たちがケビンの齎した結果について行けないという事。
ケビンのケビンが想像の斜め上と言う事は、この短い期間に身に染みて分かったと思う。一人で抱え込むには大き過ぎるけどやたらに人に話せることでもない。妻同士、ワイルドウッド男爵家の者同士、なるべく情報を共有し心の負担を減らして行くべき。それが長生きのコツ。
それとパトリシアはツッコミをよろしくお願いします。ワイルドウッド男爵家に最も必要な人材はツッコミ力のあるパトリシアなのですから」
そう言い深く頭を下げるケイト。
マルセル村の秋の収穫祭、その
新婚であり共に新生活を始めた彼らは人生の舞台をマルセル村の外れにあるケビンの実験農場脇の屋敷に変え、ワイルドウッド男爵家家族として新たなる一歩を踏み出したのであった。
「分かったわ、ケイト。ケビンの事は任せておいて、何かあったらこの愛剣(ハリセン)で世の中の常識を叩き込んでおくから。
“ケビンの常識は世の非常識”、この十日間で心底学習したもの、ちょっとやそっとじゃ挫けないわよ。私にはホーンラビットのボタンちゃんやスミレちゃん、マリーゴールドちゃんがいる。それでもダメな時は森のお店屋さんに行ってクマ子とクマ吉に慰めてもらうわ。
“可愛いは正義”、この世の真理よね。
って言うか私の事ツッコミ担当にするのは止めて?ノリツッコミとか意味が分からないんですけど?
“ボケは拾って話を広げてからひっくり返すのが様式美”って言われても、そんな会話術社交会にはないんですけど?
夜会で“ご結婚おめでとうございます。パトリシア様は男爵家に嫁がれたのですわね、とてもお幸せそうなのがお顔の色にも表れてましてよ?”ってねちっこい嫌味を言われた時に、“ありがとうございます。右目のクマがクマ子で左目のクマがクマ吉ですの。体毛がモフモフでとっても愛らしいのですのよって違うから!!”なんて返しをした日には会場ドン引きですからね?“男爵夫人になられたことがショックで・・・”って本気で心配されちゃいますからね?」
「「「素晴らしい、この短期間でこれほどの成長を。やはり逸材、ワイルドウッド男爵家を牽引するのはパトリシア以外にあり得ない」」」
「だ~か~ら~、それをやめろ~~!!私は男爵夫人にはなったけどお笑い芸人になった訳じゃないから~~~!!」
ボケは常にツッコミを求めて止まない。ワイルドウッド男爵家の人々は救世主の登場に、心からの喝采を送るのであった。
「やめ~~~い!!」
――――――――
収穫祭での結婚披露を行ってから十日、ケイトを領都学園へ送って行く事となりました。
オーランド王国では成人は十五歳、教会で旅立ちの儀を迎えれば世間的には一人前と認められるという事もあり学園在学中に婚姻を迎えるという貴族子弟が結構います。
特に昨年はダイソン公国の独立戦争が起きたこともあり国中の貴族が大混乱、北西部貴族は前年のグロリア辺境伯家ランドール侯爵家の武力衝突以降王家並びに中央貴族と距離を取っていた事もあり自衛のために貴族家同士の結束を強め、南西部貴族はダイソン侯爵家の離反を受け王家並びに中央貴族から強い圧力を掛けられる中互いの結束を固めこれに対抗し、南部貴族・南東部貴族・北東部貴族は中心となる大貴族家当主の戦死や自分たちの家の当主・跡取りの戦死を受け跡目争いに明け暮れる。
結果貴族家同士の婚姻外交が活発化、学生であろうとも結婚年齢を迎えた者を次々と結婚させるという事態に。
その流れは戦争が終結した現在も引き続いており、ケイトの様に学園を休んで結婚の為に帰省する生徒は結構多いんだそうです。(領都学園学園長情報)
でもこのご時世、交通機関は馬車ですからね。普通は幾ら貴族でも片道五日から十日、婚姻云々ともなれば一月くらいは休むものなんですが、俺ってば十分掛からないからな~。マッハの速度でも空気抵抗一切なし、物質の干渉を一切受けない精霊化ってチートだわ~、物理攻撃完全無効って事だもんな~。
だったら魔法攻撃って事になるんだけど、黒鴉先生ってば魔法攻撃の魔力自体を吸い取っちゃうから実質魔法攻撃無効。精霊化した黒鴉先生、まさに無敵です。
まぁ合体する事で俺もその恩恵に与れるんですけどね、ビバ<魔物の雇用主>!!
「はい、到着。ケイト、領都学園に着いたけどこの後どうする?
ケイトは学園長先生にご挨拶に向かうんだろう、俺も一緒に行こうか?」
「ん、大丈夫。それより私にも扉を頂戴」
「だ~か~ら~、それは駄目だって昨日も言ったでしょうが。
大体ケイトは女子寮住いなんだし、毎晩姿が消えてるなんて事になったら大問題だから。どうせ寝坊して起こしに来たベティーちゃんに発見されちゃうから、ケイトがいくら秘密にするって言っても一週間以内にバレるから。
そんな不貞腐れた顔をしない、卒業まであと半年、学園生活を楽しんできなさい」
俺の言葉に“不満です!!”といった感情を隠さないケイト。表情が本当に豊かになったよな~、今なら誰もケイトの事を感情が死んでた女の子だなんて思わないんじゃない?
俺は不貞腐れるケイトの背中を軽く押し出すと、「頑張れよ~」と声を掛けその場を後にするのでした。
なんか門番さんがえらい驚いた顔をしていたんだけど何かいたんだろうか?気配を悟らせない存在、領都の実力者も侮れませんな。
冒険者怖い、都会怖い。俺は両の頬をパンパンと叩くと、気を引き締め直し“路傍の石”と化すのでした。
―――――――
“トントントントン、カンカンカンカン”
職人の振るう木槌の音が響く。正確に打ちつけられるそれはリズミカルであり、澄んだ音色が耳に心地いい。
熟練した職人たちの奏でるハーモニーは、職人街を彩り響き渡って行く。
「親父さんいますか~、お久し振りっす、ケビンです!!」
そんな職人街に古くから居を構える老舗武器装具工房ヘンドリック武具店、競争厳しい領都において工房主として長年店を支え続けてきた名工は、前掛けの木くずを払いながらのそのそと姿を現した。
「これはこれはワイルドウッド男爵様、お声掛け頂いたにも拘らずお待たせしてしまい申し訳ございません。
本日はどの様なご用件でお越しになられましたのでしょうか?」
親父さんはその頑固そうな顔を笑顔に変え、にこやかに話し掛けます。
「うむ、実はデリル殿に注文したい品があってなって親父さん、貴族ごっこはいいって。ちょっと鞘を作って貰おうと思って寄らせてもらったんだけど、忙しそうだったら出直そうか?」
「ダ~、坊主、ごっこじゃないから、お前貴族だから!
こう言うのは、ケジメって奴だ、ケジメ。お貴族様相手の商売ってのはな、こうした言葉のやり取りが物凄く重要なんだからな?物言い一つで首が飛ぶなんて話はざらなんだぞ?
俺の知り合いの中には質の悪い貴族に絡まれて泣く泣く店を畳んだって奴なんざゴロゴロいるぞ?それ程に平民と貴族との間の身分格差って奴は大きいんだからな?
まぁ坊主は辺境の農家でオーガの息子だからお貴族様の怖さを分かれって言っても難しいかもしれねえけど、本気で気を付けろよ?
今やホーンラビット伯爵家はオーランド王国じゃ知らない者はいない程の名家なんだ、何処からどんな横やりが入るのかなんて分からないんだからな?」
「・・・親父さんって顔に似合わずめっちゃ優しいのね。流石は領都の老舗ヘンドリック武具店を率いる工房主、そこに痺れる憧れる!」
「よせやい、照れるじゃねえかってそうじゃねえよ。これマジな話だから、本当に気を付けろよ?
それで仕事の話だったな、今日は何を注文しに来たんだ?」
そう言い照れ臭そうに話題を逸らす親父さん。背中で語る名工、出来る男は心根が違います。
俺は収納の腕輪から一振りのロングソードを取り出すとカウンターの上に置いて話を進めた。
「こいつの鞘を作って欲しくってですね、素材は大森林中層のブラックウッドでお願いします、無論持ち込みで。
いいですよね、ブラックウッド。硬くて丈夫、魔力との親和性も高い。
色味は暗い赤と言うか
銀色に輝く刀身、親父さんは鏡の様に自身を映し出す妖しくも美しいロングソードに引き寄せられるかの様に手を伸ばし「はい、ちょっと待ってね。お~い、“闇喰らい”親父さんを魅了してどうする。これからお前の鞘を作ってくれるんだから大人しくしてなさい」・・・。
手を伸ばし掛けた体勢のまま固まる親父さん、ロングソードは急激に輝きを失ったかのようにその辺にあるただの剣といった風情でその場に佇む。
「・・・なぁ坊主、このロングソードって」
「あぁ、言い忘れました。魔剣と言えばいいのかな?所謂呪われた剣って奴ですね。最初は錆びだらけでボロボロの剣だったんですけど、魔力を注ぎ込んだら元気になりまして。
なんか人の事を魅了して暴れまわろうとしてたんで、確り
詳しい事は<鑑定>に出して見ないと分からないんですけどね、俺は勝手に“闇喰らい”って呼んでます。他の呪物コレクションと一緒にしてたらみんな食べちゃうんだもん、本当にまいりましたよ。
仕様がないんで収納の腕輪に入れて持ち歩く事にってどうなさいました?いきなり頭を抱えられて」
額に手を当て頭を振る親父さん。「やっぱりホーンラビット伯爵家の騎士は頭がおかしい」って酷くね?うちで頭がおかしいのは鬼神ヘンリーと剣鬼ボビーの二名よ?
「阿呆かーーー!!なんてヤバいものを持ち歩いてるんだお前は。呪われた剣って、そんなものを手にしたら確実に狂っちまうだろうが!!」
「いえいえ、大丈夫ですから、よくよく言い聞かせてありますし。それに“闇喰らい”はそれなりに便利なんですよ?
そうだ、親父さんの所に持ち込まれて処分に困ってる呪われた武具ってあります?俺が買い取るんで持ってきてくださいよ、いい物をお見せしますから」
俺の言葉に「駄目だコイツ、早く何とかしないと」と言いながらも店の奥に案内してくれる親父さん。
そこは工房の奥の薄暗い一室、部屋の中に漂う濃厚な闇属性魔力がこの場に置かれているモノがとんでもない代物だという事を物語る。
「お~、これは滾りますね、ロマンですね。本当なら普通に持ち帰ってコレクションに加えたい。まぁ今回は“闇喰らい”の鞘を作ってもらう事が優先ですんで諦めますけども。
って事で“闇喰らい”、食事の時間だ。ただし、武器防具等は破損させない、各武器に染み付いた怨念だけを吸い取る事、分かった?」
“キランッ”
俺の言葉に剣身に妖しい輝きを宿す“闇喰らい”。
「やれ、“闇喰らい”!!」
“ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ”
赤黒く染まる剣身、脈打つ血管が全体に現れ、激しく鼓動を刻む。
“ブワッ”
剣身から広がる赤黒い闇の呪いが部屋全体に広がり、ガタガタ音を鳴らす封印されし武器や防具に絡み付いて行く。
「お~、頑張る頑張る、流石領都の老舗ヘンドリック武具店に溜め込まれた品々、その辺に転がっている呪われた武器とは質が違いますね。
でも残念、“闇喰らい”は成長途上中、君たちの思いは美味しく頂かせて頂きます」
“ズォォォォォォォォォォォォ”
音を立ておどろおどろしい姿のロングソードに飲み込まれて行く恨みの思い。苦しみが、執着が、欲望が、殺意が、その悉くが断末魔の叫びをあげ消えていく。
「まぁこんな感じですかね。“闇喰らい”、お疲れ」
俺が軽くトントンと肩を叩くと、目を瞑り両耳を塞いでいた親父さんがゆっくり顔を上げる。目を向けた先には棚の上にきれいに整頓された武器や防具と、何の変哲もない倉庫と言った雰囲気を醸し出す封印されし呪物部屋。
中に入り正面の大剣を手に取れば、先人の見事な仕事が窺える名剣が引き抜かれた鞘から姿を現す。
「って解呪って、これ全部呪いから解放したってことかよ!?こんな事教会の司祭様でも無理だから!!」
驚きに口を開けポカンとする親父さんに、「ね、便利でしょ?」と声を掛ける俺なのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora