“パチンッ、パチンッ”
囲む囲炉裏、炎の揺らめきが小屋の中を明るく照らす。五徳に掛けられた土鍋の蓋を開けるとボワッと蒸気が立ち上がり、グツグツと煮込まれたすいとんスープから美味しそうな匂いが小屋中に広がって行く。
差し出された椀、よそわれるすいとん。温かなスープが重く沈んだ心に力を与えてくれる。
そしてグルゴビッチ・エスティニオスが話の続きを語り始める。
「マルドーラ伯爵家では長いこと子供が出来なかったんだそうです。そこで側室を迎え入れた、その側室から産まれたのがガブリエルでした。
ただ側室に求められていたのは嫡男であり、それ以外の血は求められてはいなかった。だが生まれた子供は女児であった。相手は側室の子供、必要とされない余計な種は間引かねばならない、それは高位貴族家では往々にして行われる行為。
このままでは子供の命が危ない、そこで伯爵と側室は一計を案じ生まれたての赤子にある呪いを掛けた、それは男児になる呪い、姿形のみが男のそれとなる永遠の縛り。そうして彼となった子供は一切真実を知らされる事なく、男性として、嫡男として育てられた。
伯爵家が跡取りを必要としていたことは事実であり、こうした闇の技術を持つ者は高位貴族の中では密かに雇われているんですよ。その事実を知る者は代々の当主とわずかな側近だけですが。
だがそこに別の問題が浮上した、正妻様の妊娠です。お二人はオークキングと言う魔物をご存じですか?一般的にオークの最上位種とされる魔物です。この魔物は希少種であり強さも桁違いと言う事で畏れられる反面、貴族の中では是が非にでも手に入れたい魔物として有名なんですよ。
それはなぜか、このオークキングを素材とした精力剤が高い妊娠効果を持っているからです。マルドーラ伯爵領領内で発生した魔物災害においてそのオークキングが討伐されてしまった、討伐者は私なんですが。
そして作られた精力剤、周囲が望んだ形での正妻様の妊娠と出産、生まれる待望の男の子。
全ては運命の歯車としか言い様がありません。私はその功績で以って班長から騎士長に昇格、生まれた男の子は正妻様の愛情を一身に受けすくすくとご成長なさいました。
ですがそうなると邪魔な者が生まれる、側室とご長男にされてしまった子供です。
側室様は正妻様の御子が生まれた一年後に儚くなられました。死因は一体何だったのか。そのすぐ後に私は嫡子ガブリエル様の教育係に任じられた、つまりはそう言う事だったのでしょう」
“ズズズズズズッ”
すいとんのスープを啜り、具をスプーンで掬って口へ運ぶ。空に浮かぶ雲のような形をした小麦粉の塊をモグモグと咀嚼する。モチモチとした食感、出汁のビッグワーム干し肉がいいアクセントを加え、心を豊かにしてくれる。
「私が全てを知ったのは、マルドーラ伯爵様から若様の今後をお願いされた夜の事でした。若様が呪いによって男児となっている事、正妻様が若様を疎ましく思っている事、そして命を狙われている事。
マルドーラ伯爵家の行く末を考えれば次代を作る事の出来ない若様よりもれっきとした男児であらせられる弟君の方が嫡子として相応しい、閣下の側近の中にもそう考える者も出て来ていました。全てはお家の為、貴族家としては当然の帰結だったんです。
正妻様の動きや計画は閣下の手の者によって筒抜けだった、そこで閣下は敢えて私に正妻様の誘いに乗るように指示を出し、若様の命を繋ぐ方法を模索した。
魔道具と言うものはいろいろと便利なものがありましてね、水の中でも息が出来る魔道具、暗闇でも辺りを見渡せる魔道具。魔石方式の使い切りですがその分効果は絶大、若様と私は無事にマルドーラ伯爵領を逃げ出す事が出来た。
ですがこうした脱出劇を警戒しない貴族はいません、他所で下手な動きをすればあっと言う間に露見してしまう。
御婆さまの隠れ里に受け入れて頂けたことは我々にとって救い以外の何物でもなかった。あの時はグラスウルフの群れの不意打ちを受けて若様が負傷してしまいましてね、既にポーション類は底を付き、本当にギリギリの状態でしたから」
“ズズズズズズッ”
スープを飲み、笑顔を浮かべるグルゴビッチ・エスティニオス。全てを飲み込み、全てを背負い逃げ続け守り続けて来た彼の旅が、漸くの終わりの時を迎えた。
マルドーラ伯爵嫡男ガブリエル・マルドーラはもういない。
部屋の隅で寝息を立てている女性、彼女はガブリエル・マルドーラ嬢。辺境の最果ての村に隠れ住むかつて嫡男と呼ばれた者。
本当の意味で生まれ変わった彼女の新しい人生が、今ここから始まろうとしていた。
囲炉裏にくべられた薪は、温かな炎を上げ、小屋の中を明るく照らすのであった。
―――――――――――――――――
かくしてお姫様に掛けられた呪いは解かれた。
姫に付き従いし忠臣の顔にはこれまでの苦労の後が滲み出る。髪にも随分と白いものが混じる様になった。これまでの人生を後悔した事はない、だがずいぶん遠くまで来たものだと虚空を見詰め昔を振り返る。
この手に刻まれた傷や皺がこれまでの全てを物語って・・・物語って?あれ?ガッツリ手の甲に刻まれた傷は?手の甲が若者のそれの様にツルンツルンなんですけど?えっ?え~!?
って感じに黄昏から驚愕、そして大混乱に陥っているグルゴビッチさん。まぁ黄昏たいのはこっちなんですけどね。何つう重い物語を持ってくるかな、って言うか爆弾デカ過ぎだから、下手しなくても暗殺者出動案件じゃん、もう嫌、僕お家でふて寝したい。
「ねぇケビン君、何かグルゴビッチがさっきから大混乱を起こしてるんだけど、一体どうしたのかしら?急に立ち上がって身体のあちこちを確認し始めたんだけど」
共にグルゴビッチさんの話を聞き、“なんて話を聞かせやがるこの馬鹿垂れが~”と言う顔をなさっておられたアナスタシアさん。敢えて言おう、あんたも大概だからな!
「それでグルゴビッチさんが混乱している理由ですか?それはアレですよ、先ほど皆さんが食べられたビッグワーム肉の効果に今更ながら気が付かれたって事なんじゃないんですかね~?
“ズズズズズズッ”
あ~、すいとんうまうま。やっぱすいとんはモチモチしてないと、この汁を吸ってふやけた表面が堪らなく旨いんですよ、って何ですそんなにジト目で見詰めて。お代わりなら自分でよそってください、お好きに食べてくれて構いませんから」
「そうじゃないでしょう、グルゴビッチのあの慌て振り、ただ事ではないのでしょう?先ほど言ったビッグワーム肉の効果って一体なんだと言うのですか!?ただでさえ呪いの解術と言うとんでもない事態に混乱しているのに、これ以上何があると言うのですか、説明してください!」
あ、アナスタシアさん逆切れ。悠久の森の賢者エルフ族の姫よ、お静まり下さい。あまり感情を高ぶらせると血圧が上がりますよ?
“ズズズズズズッ”
「それでグルゴビッチさんが混乱している理由ですね、アナスタシアさんってどこか古傷とか体の不調箇所ってありません?何でもいいんですが」
「そうですね、幸い体調不良等はありません。古傷と言えば昔負った傷跡が一箇所ありますが」
「それって今もあります?」
「今もありますって聞かれてもあると思いますよ?特に傷跡を消す治療等を行っている訳ではありませんから」
そう言い右足の太ももを露にするアナスタシアさん。
「だからそこの残念エルフ、授けの儀前とは言えこちとら健全な男の子だと何度言わす。そう言う場所の傷跡の確認は人目を避けなさいっての、やたらな露出はいらぬ諍いの元なのよ?」
“フッ”
あ~、今鼻で笑ったな~、何その“お子様が”って顔、悔し~!
などと言う冗談を繰り広げつつも自らの古傷を確認しようとして途端固まるアナスタシアさん。お~い、残念エルフ~、とってもセクシーだぞ~。
「な、えっ?どう言う事ですか、何で古傷が治ってるんですか!?あれは呪いの矢を受けた時のもので私でも解術が困難であったため傷跡自体は諦めていたものなのに」
うわ、出たよ呪われし傷跡。やっぱり解術出来ちゃってるじゃん、もうヤバヤバじゃん、教会関係者には絶対秘密案件じゃん。
「ハイ説明するから二人とも座った座った。聞かないんなら二度と説明しないからね」
俺の言葉に困惑しつつも囲炉裏の席に戻る二人。俺は大きなため息をついてから二人に向かい何が起きたのかを説明するのでした。
「え~っと、色々話が飛んじゃったから一旦元に戻します。概要はこうだったよね、村に来たケイト君、呪いの傷を受けてました。ひょんなことから呪いが解除、これがバレると色々ヤバいから呪い解除の言い訳を考えよう。呪いの話しを聞いたうえでのケビン君の呪いについての考察を聞いてみんなでいっしょに考えてねって流れ。
でもこのままじゃ気が逸れて考えてくれないみたいなんで、お二人が気になっている事、お二人に起きた身体の変化の原因についてお話ししますね。
ズバリ先ほど皆さんが食べた目茶苦茶美味しいビッグワーム肉が原因です。あり得ないと思うでしょ?僕もそう思います。でもそうなんだから仕方がないよね。
詳しい説明は省くけど、あれは個人的にポーションビッグワームって呼んでる代物です。ズッパリ切った刃物の傷から古傷までガッツリ直しちゃうハイポーション並みの効果のある美味しいお肉様です。まさか呪い解除まで出来るとは思わなかったけどね。
簡単に言うと癒し草の効果を濃縮して魔力マシマシにした代物?それだけじゃ説明出来ないけど世の中に出せないから仕方がないよね、戦争案件だもの、他国に攻め入られちゃう代物だもの、アナスタシアさんどころの話しじゃないんですね~これが、ハイエルフよりヤバい案件ってめったにないのよ?」
先程までの混乱は何処へやら、カチンと固まるお二人。聞きたがったのはお二人なんですから諦めてください。
こっちはそれ所じゃない、ハイポーション並みの治療効果に呪い解除の効果、こんなのもう劣化版エリクサーじゃん。勇者が必死に探してついに見つけられなかった神話級の秘薬じゃん。勇者物語に登場する勇者病仮性の憧れの一品じゃん。
各国どころか教会が本気になって手に入れようとする案件、秘密保持の為にグロリア辺境伯領火の海って感じ?
あ~、やだやだ、このまま行ったら俺ってば魔境に引き籠るしか道がないでやんの。“路傍の石”をもっと鍛えて魔境でも余裕で散歩出来る様にならねば。(必死)
「それでは私の肌の皺が消えたのや身体の調子が良くなったこと、古傷などが消えたのは」
「私の呪われた傷が消えたのやガブリエルの呪いが解除されたのも」
“コクリ”
俺の頷きに顔色を青くする二人、どうやら状況を理解して頂いた様です。
「あ、ガブリエルさんとグルゴビッチさんは名前も変えた方がいいかもね。グルゴビッチさんはそのままグルゴさんで、ガブリエルさんはまだそれほど村とは関わってないから、ガブリエラにしちゃって今まで性別を隠していたって事にすればいいんじゃないかな?
こんな最果てに来る様な人間は皆相当な訳ありだから、誰も追及しないと思うよ。
それで続きね、傷が治った事に関してはもうそう言うものだと思って諦めて貰うとして、問題は呪いの方だよね。ここで重要なのが“呪いって何”って話しなんだけど、やっぱりどう考えても魔力による魔法的効果としか思えないんだよね。
で、呪いについて考えた時思い出されるのが魔物による呪い、俗にいう“状態異常効果”だよね、これって石化や昏睡、体力弱体化などいろんなものがあるんだけど、それらを起こす魔物って大概が闇属性と分類される属性性質を持った魔物なんだよね。
って事は呪いには闇属性が関わって来るって考えられるんだけど、闇属性の何が呪いに係わって来るかと言えばその物理的性質。闇属性魔力って停滞・固定と言った物理性質を持っているんじゃないかって事が推察できるんだよ。これは光の属性魔力が活性化・解放の性質を持っている事からの類推になるんだけどね。
この闇属性魔力の物質的性質は前々から実験していてある程度分かってはいたからこれだけはっきり言えるんだけどね。僕の持ってるカバンってある程度大きいとはいえそこまでの代物じゃないでしょう?でも時々大きさに合わないモノを取り出したりやたら一杯物を仕舞っていると思わなかった?」
“言われてみれば”と気が付く二人、ケビンの持っているカバンからは確かに不釣り合いなほどいろんなものが飛び出すし、ケビンがビックリ箱と呼ばれる話の一端がこのカバンにあると言っても過言ではない。
「僕はね、ドレイク村長代理が持ってるようなマジックバッグが欲しかったんだ。でもうちにはそんなお金なんてないし、ただの村の子供が憧れの魔道具であるマジックバッグを手にいれるのなんて夢のまた夢。そんな時に目に付いたのが勇者物語の本だったんだ。
剣の勇者様の仲間の影魔法使いジルバ。彼って様々な武器を自分の影にしまい込んだり、自分と繋がった影からなら瞬時に移動できたりするんだよ。影移動ってスキルと影収納ってスキルだったかな?僕はこの影魔法を闇属性魔法の一つなんじゃないのかって考えたんだ。
で、毎日自分のカバンに手を入れて闇属性魔力を流し込みながら広がれ広がれって念じ続けたんだ。何年も掛かったんだけどビッグワームのワームプールくらいの大きさにはなってると思うんだよね。ただ中が見れないからよく分からないんだけど、結構物は入ると思います。
でもこれって空間の固定、もしくは魔法効果の固定が起こらないと生じない現象だと思うんだ。つまり闇属性魔力には停滞・固定の性質があるんじゃないかって事、ここまで分かってくれた?」
ケビン少年が淡々と語る話の内容、それはある意味魔力と言うものの本質を捉えていた。そしてその真理とも言える属性性質の話は、エルフ族の秘伝でもあった。だがケビン少年の説明はエルフ族のそれを数段上回る理論的解釈であり、その実験の中で作られた疑似マジックバッグと言う代物は更なる爆弾として二人の精神を直撃した。
停滞と固定の物理的性質を有する闇属性魔力、人々に停止と固定を齎すケビン少年。彼はもしかしたら闇属性の申し子なのやもしれない。
その後エルフ族の女性とその側近が復活するまでに暫しの時間が掛かったと言う事は、言うまでもない。
本日二話目です。
そろそろ学校が始まりますね。
春休みの宿題&新学期一発目のテストが・・・
学生さんも大変だ。
いってらっしゃい。
by@aozora