オーランド王国北西部、フィヨルド山脈の麓に広がる大森林地帯を領内に含む大貴族領グロリア辺境伯領。
「第一班・第二班は周辺地域に逃げ込んだ魔獣がいないか確認に向かえ、見つけ次第殲滅。残りの者は引き続きダンジョンから湧き出す魔獣の対処に当たれ。
ダンジョン暴走で排出された魔獣は五日もすれば勝手に消滅し使い終わった屑魔石を残す、要は使い捨ての魔道具みたいなもんだ。死骸も残らんが時間が経てば経つほどドロップする魔石の価値がなくなる。
ダンジョン前広場から逃すなよ、回収した魔石は我々の特別報酬になるんだからな。気合い入れて事に当たれ!!」
「「「「ハッ、アマリア副団長!!」」」」
その土地柄数年に一度は大森林からのスタンピードに晒されるという厳しい環境で己を鍛え領民を守り抜いて来たグロリア辺境伯家騎士団の者たちは、“オーランド王国の盾”と呼ばれ国内最強の騎士団と謳われ続けて来た。
その様な常に戦う事を前提とした戦士たちの集うグロリア辺境伯領で起きた同時多発的なダンジョンの魔物暴走、当主タスマニア・フォン・グロリア辺境伯の判断は早く、騒動は直ぐに鎮圧されるものと思われた。
「アマリア副団長、お疲れ様です。育児休暇中の呼び出し、申し訳ありませんでした」
「あぁ、今回は致し方ないだろう。この人工ダンジョンによる経済の活性化計画はタスマニア閣下が長年温め続けて来たグロリア辺境伯領の新経済政策だ。こんな初っ端から躓く訳にはいかないからな。
制圧するだけであれば私が出るまでもなく第一・第二騎士団だけでもどうにでもなっただろう。だが今回は違う、魔物暴走を押さえつつダンジョンの鎮静化を待つ必要がある。
中規模ダンジョンであれば魔物暴走が収まるのに二十日は掛かるだろうが人工ダンジョンは二階層しかない初期ダンジョン、一週間もあれば溜まり過ぎた魔力も尽きるだろうというのが専門家の見解らしい。
それに私の役目は対策会議に出席している団長が戻る迄、長くて三日と言ったところだ。
・・・三日、長いな。早く家に帰って可愛い天使ちゃんにおっぱいを飲ませてあげたい。今頃私を求めて泣いてるに違いない、よし、この第三ダンジョンは不幸な事故が起きたという事で・・・」
「ちょっと、アマリア副団長、駄目ですから~~~!!
誰か急いでマイケルの奴を呼んで来い、アマリア副団長を止めさせるんだ!!最悪身体を張って止めさせろ、ダンジョン監視小屋に宿泊施設があったはずだ、そこに連れて行かせるんだ、急げ~!!」
他領であれば甚大な被害が出たであろうダンジョン災害、だがグロリア辺境伯家騎士団においてスタンピードは日常でありその為の対策は十分に取られていた。第一・第二・第三騎士団が向かった第一・第二・第三ダンジョンのスタンピードは、こうして速やかに鎮静化され監視下に置かれる事になったのであった。
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「被害状況は?」
「ハッ、第四ダンジョンに隣接するヘルミナの街に迫ったスタンピードですが、街壁を崩し切る前に討伐に成功。冒険者に多数のケガ人は出ましたが死者重症者はおりません。既に彼らはポーションにより治療が完了しており、各自持ち場に復帰しております」
グロリア辺境伯領に新たに建設された人工ダンジョンは五カ所、その全てにおいて同時発生したスタンピードは精強と謳われるグロリア辺境伯家騎士団をもってしてもカバーしきれるものではなかった。
その為タスマニア・フォン・グロリア辺境伯の指示により冒険者ギルドに緊急依頼が発令され、白金級冒険者シンディー・マルセルをはじめとした多くの冒険者たちがその対処に当たる事となった。
「街以外に向かった魔獣の捜索はどうなっていますか?」
「ハッ、高位銀級冒険者パーティー三組が捜索に当たっています。ですが現在これと言った発見報告は上がって来ておりません」
「分かりました。銀級冒険者パーティーには引き続き捜索の続行を指示しなさい。他の者はダンジョンから湧き出る魔獣の討伐、複数の班に分かれ交代制で行うように指示を。
討伐した魔獣の魔石を拾う事に夢中になってケガをする様な馬鹿は即街に追い返しなさい。
第五ダンジョンの状況はどうなっていますか?」
「ハッ、第五ダンジョンを担当する金級冒険者パーティー“黄金の羊”、“蒼天の矢尻”によって溢れ出した魔獣は全て討伐されたとの報告が入っています。現在は被害に遭った街の復興と並行して湧き出る魔獣の討伐を行っているとの事です」
冒険者ギルドに対し行われた指示は第四・第五ダンジョンにおけるスタンピードの制圧と人工ダンジョンの監視。高位冒険者と呼ばれる者たちは緊急依頼に際しギルド会員に対する命令権を有しており、今回のようなスタンピードにおいては戦闘行為は元より作戦行動の立案や人員の配置といった全体の指揮を任される事となるのである。
「そうですか、“黄金の羊”は長期戦を得意とするパーティーです、今回のような監視任務には最適でしょう。
では我々も引き続き任務を続行します。皆油断なきように」
「「「「ハッ、守護者シンディー様の御導きのままに!!」」」」
作戦会議を行っていた部屋から各自の持ち場に戻って行く冒険者たち、そんな彼らの後ろ姿を見詰めながらシンディー・マルセルは小さくため息を漏らす。
「シンディー様、どうかなさいましたでしょうか?何か彼らに問題でも?」
“コトッ”
執事姿の男性は会議の終わった主人にティーカップを差し出しながら、心配気に言葉を向ける。
「いえ、大した事ではないのですが、これから暫く領都に戻れないと思うと少し。
マイケルの赤ちゃんを抱っこ出来ないと思うと、こう胸の辺りがうずうずとね?」
そう言いはにかむシンディーの姿は先程までの指揮官然としたものとは打って変わり、まるでうら若き少女のように可愛らしいものであった。
「マイケルとアマリアの子供を見ていたらちょっと羨ましくなってしまったというか。ハァ~、私が後二十歳若かったら再婚でもしてもう一人なんてことも言えたんでしょうけど、今や名実ともにお婆ちゃんでしょう?
こんなことを言ってたら周りから笑われてしまうわね」
どこか寂しそうな笑顔を見せるシンディーの姿に、鼓動が激しくなる執事。
「いえ、シンディー様は若くてお美しい。お子様を儲けられるのに遅いという事はございません。
私達使用人一同、シンディー様が新たな伴侶をお迎えになられる事を心より歓迎いたします」
そう言い慇懃に礼をする執事。だがその心の内では“半端な者であったのならこの手で八つ裂きに・・・”と言う黒い感情が渦巻いていた。
「そう?お世辞でもそう言って貰えるのは嬉しいわ。
でも今はこの依頼を完遂させましょう。ダンジョンによりグロリア辺境伯領の経済が活性化されればその分民が潤います。
私は守護者シンディー・マルセル、グロリア辺境伯領の民の安寧こそが我が望み。マイケルの赤ちゃんにはこの依頼が終わった後にでも一杯癒して貰いましょう」
ティーカップのお茶をクイッと飲み干し席を立つシンディー。多くの者を虜にするグロリア辺境伯領のカリスマは、今日もまた重度の狂信者を作りだしながら現場へと足を向けるのであった。
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「なぁ、今回の人工ダンジョンの魔物暴走の話、どう思う?
俺はタスマニア様が事を急ぎ過ぎたからなんじゃないのかって思うんだよな~」
領都グルセリアには二つのダンジョンが存在していた。一つは領都学園の中に設置された学園生徒養成用の人工ダンジョン。
「馬鹿お前、無暗矢鱈な事を口走るんじゃねえよ。そんな事隊長にでも聞かれた日には折檻じゃ済まねえぞ?
あの人タスマニア様を崇拝してるんだからな?」
そしてもう一つは嘗てゴブリンダンジョンと呼ばれていた領都の中心地からやや離れた位置にあるダンジョン。
だがこのゴブリンダンジョンは現当主タスマニア・フォン・グロリア辺境伯が推し進める人工ダンジョン計画の為完全攻略され、ダンジョンの中枢であるダンジョンコアが破壊された廃棄ダンジョンとなっていた。
「でもよ、ダンジョンコアの欠片を種としてダンジョンを人工的に作り出すってのはいいんだけどよ、それを僅か二年で行うって無理がないか?
今ある学園の人工ダンジョンもダンジョンとして機能し始めるまでに十年以上掛かったんだろう?それを周辺の魔力を魔道具で集めて人工ダンジョン内に送り込む事でダンジョンの成長を促進するって、そんな事をしたから容量を超えた魔力によって魔物暴走が起きたんじゃねえの?」
「まぁ俺もそう思うけどな。なんでも今回の人工ダンジョンにはこれまでにない画期的な手法がとられているとか言ってたかな?
その辺は人工ダンジョン作製を主導した魔導士じゃないから詳しくは分からんが、十年を二年にした上に数も六カ所にまで増やしたんだ、これくらいの不具合は想定の範囲内なんじゃねえのか?」
そう言い背後の洞窟に目を向ける男性兵士、それは嘗てゴブリンダンジョンと呼ばれていた廃棄ダンジョン。
「ここは大丈夫だよな?冒険者専用のダンジョンにするとか言って人工ダンジョンと同じ手法でダンジョンコアの育成が行われていたけど、人工ダンジョンと違って階層数も多いし、スタンピードなんて事にはならねえよな?」
「だからそれを調べる為に調査が入ってるんだろうがよ。どっちにしても俺たち下っ端にはダンジョン入り口の警備をする以外やれることなんてねえんだけどな」
男性の言葉に「それはそうだけどよ・・・」とどこか不安げな言葉を漏らすもう一人の男性兵士。
““““ダッダッダッダッダッダッダッダッ””””
洞窟内から聞こえて来る足音、それは調査に入った者たちが戻って来たという合図。だがその足音は歩くというより慌てた駆け足のように聞こえる。
「大変だ、このダンジョンは魔物暴走をいつ起こしてもおかしくない程に魔物で溢れていやがった。大至急城に応援を要請してくれ!!」
それは凶報、恐れていた事態はすぐ目の前に迫っていたのだ。
「どうした、そんなに慌てて。中で何があった」
「隊長、大変です。魔物暴走の兆候が確認されました。至急城に応援要請を」
「クソッ、何だってこんな時に。今城の騎士団は出払っていて城内を守る護衛騎士と少数の兵士くらいしかいないぞ、とてもスタンピードに対処出来るとは・・・」
「・・・!?隊長、学園です、領都学園に緊急要請を行いましょう。あそこの生徒は殆どが魔法を扱える精鋭です、へたな兵士の何倍も強い。
それに日頃から学園ダンジョンに入っていて魔物との戦闘にも慣れているはず、他に手はありません」
「・・・そうだな、騎士団はおろか高位冒険者ですら出払っている今、役に立たない銅級冒険者に招集をかけるよりよっぽどましだ。
責任は俺が取る、大至急学園へ要請に向かえ。
それと誰か城に知らせろ、廃棄ダンジョンでスタンピード発生の兆候ありとな」
現場は動き出す、急変する事態に上の判断を待つ余裕など既にない。自らの処分すら覚悟しての隊長の英断は領都グルセリアの民を救う最善策となるのであるが、この時の彼がそれに気が付く事はないのであった。
――――――――――
「ねぇケイト、ベティーとローズの姿が見えないけどどうしたの?今朝先生が二人を呼びに来てたみたいだけど」
領都学園、そこは多くの才能溢れた若者たちが集い日々研鑽を行う場所。そんな領都学園においても、人工ダンジョンのスタンピード騒ぎは少なからぬ影響を与え始めていた。
「ん、なんか騎士団の応援に向かった。あの二人は騎士団の入団試験を受けていた、おそらく内定が出た?
卒業前に現場の経験を積ませようという騎士団側の配慮」
「「「「へ~、流石は学園最強と呼ばれる二人、そこに痺れる憧れる」」」」
「ねぇ、そう言えばミッキーは?今朝婚約者のツッコミ師匠と歩いている所はみたんだけど」
「ミッキーはヘルマン子爵家一行と一緒に第五ダンジョンの応援に向かった。バーナード様が“ベティーやローズばかりにいい格好はさせられん。我らヘルマン子爵家もグロリア辺境伯家寄り子として力を示すのだ”とか言って張り切ってたらしい。
凄い迷惑」
「「「「うん、バーナード様が安定のバーナード様で何かホッとした」」」」
学年が上がる中でそれぞれ思慮深さと落ち着きを身に着けた学園生徒達。だがそんな中久々のハッチャケを見せたバーナードに、どこか懐かしさすら感じるクラスメートたち。
「いやいや、バーナード君をそんな風に言わないであげて?
スタンピードの現場の雰囲気を知っているだけでもいざという時に身体が動くというバーナード君なりの考えがあっての事だからね?
それに無許可じゃないから、学園側と第五ダンジョンで指揮を執る金級冒険者パーティー“黄金の羊”のリーダーから許可を貰っての行動だから。
なんでもハリー君が“黄金の羊”に伝手があったとかで許可を貰ったらしいよ?」
「「「「!?流石ツッコミ師匠、その人脈侮りがたし」」」」
アレンの言葉に教室中から驚きの声が上がる。それはバーナードの配下を育てようとする行動よりも、それを実現させたツッコミ師ハリーの顔の広さに対するものではあったのだが。
“カンカンカン、カンカンカン”
突如学園中に響く鐘の音。
「生徒は全員校庭に向かえ、これより緊急全校集会を行う。繰り返す、これより緊急全校集会を行う、生徒は急ぎ校庭に向かえ!!」
それは教師による号令、対岸の火事と安穏としていた学園生徒達に、厄災の火の粉が降りかかる合図であった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora