“““タッタッタッタッタッタッ”””
薄暗い石造りの通路を三人の人物と二体の獣が走る。
前を行く獣たちは一切の足音を立てずに、後に続く者たちもなるべく足音を殺しつつ、それでも一般男性冒険者が全力で走るのと変わらない速度で駆け抜けていく。
「ねぇケイト、さっきからおかしくない?いくら学園ダンジョンだからって魔物が一体も現れないなんて有り得ないよね?」
ここは領都学園にある学園生徒育成用施設の人工ダンジョン、普段は授業の一環として、生徒の自主鍛錬の場として活用される学園生徒にはなじみ深い場所である。
「ん、学園ダンジョンは訓練目的もあり普段から多くの学園生が利用している。だからそこまで遭遇率は高くない。
でも今は緊急時、生徒は皆廃棄ダンジョンに向かっている。誰も利用していない以上ダンジョン内に魔物が発生していないのはおかしい。
それにあれだけ大量の魔力が集まって来ているはずなのにダンジョン内の魔力濃度が普段よりも薄いのは異常、全ての魔力がどこかに集約されていると考えるのが賢明。
事態は私たちが考えている以上に深刻と捉えた方がいい」
ケイトの言葉に眉間にシワを寄せるアレン。横を走る織絹に視線を送るも、織絹もまたケイトと同じ意見なのか黙って頷きで返す。
「でも一体どこに・・・」
「こういう場合は最下層に手掛かりがあると相場が決まっている。ベティーの貸してくれた冒険物の小説ではそうなっていた。
あれは歴史の教科書よりも勉強になる」
そう言いフンスと鼻を鳴らすケイトに“イヤイヤイヤ、冒険ものの小説って、今はふざけている場合じゃないんですけど!?”とツッコミを入れそうになるアレン。だがケイトのどこかワクワク感が隠しきれていないと言った雰囲気に、“あっ、これ駄目な奴だ”と早々に説得を諦める。
“その気になった女性を止める事など出来ない”
領都学園に入りアレンが学んだ最大の教えは、彼の魂に確りと刻まれているのであった。
学園ダンジョン第六階層、そこには通称ボス部屋と呼ばれる場所が用意されていた。
「ここにも何もいない」
ケイトの呟きが広い空間に響く。通常領都学園ダンジョンのボス部屋ではオークジェネラルを頂点にオークソルジャー、オークマジシャンといった銀級冒険者上位と呼ばれる者たちでも苦戦する様な魔物が出現する。
その為学園におけるボス部屋の挑戦は許可制になっており、教職員立会いの下攻略が行われる事となっている。
“クンクンクン、ガウッ”
“クンクンクン、キャウンッ”
それはシャドーウルフの従魔ブラッキーと狐型精霊シルクからの呼び掛け。壁の前で鼻を鳴らすブラッキーとそこから大分離れた場所の壁を叩くシルク。
「これはおそらく開閉の仕掛けがあるものかと。失礼します」
アレンのメイド織絹はダンジョンの壁をペタペタと触り、何かを確認するかのように「なるほど」と呟いた。
“スパスパスパスパスパンッ、カチン”
「え~~~、そっち!?開閉の仕掛けを調べるんじゃないの?
ほら、折角シルクが怪しそうな箇所を見つけてくれたんだよ?凄い落ち込んじゃってるんですけど!」
ガラガラと音を立て崩れる隠し扉、メイド織絹はアレンのツッコミにニコリと微笑みで返すと、「アレン様、こちらでございます」と恭しく案内をするのであった。
“ポンッ”
シルクの肩に前足を乗せ、“ガウ”と一鳴きするブラッキー。そんな戦友の慰めに顔を上げ“キャウン”と応えるシルク。
主人たちに振り回されるのは従魔の定め。“お互い頑張ろう”、二体の獣は互いに頷き合うと、主人たちの向かうダンジョンの隠し通路に足を踏み入れるのでした。
そこは薄暗い階段、ダンジョン特有の謎の光源により足下は見えるものの先に何があるのかはよく分からない。
「ん、扉がある。ここは噂にある第七階層?」
学園ダンジョンには昔からとある噂があった。「学園ダンジョンには幻の第七階層がある」、それは長らく語り継がれてきた学園の不思議。過去にはこの噂の真相を探ろうと調査を行った生徒もいたそうだが、しばらく経つとぱたりと何も言わなくなったと言われている学園の伝説。
「あっ、ここってダンジョンコアに関係する場所だ。だって扉に“関係者以外の立ち入りを禁ずる~学園長~”ってプレートが付けられてるもん。
って事はさっきの隠し扉って壊しちゃまずいものだった?
どうしよう、これって目茶苦茶怒られる奴だよね?」
自分達が犯してしまった失敗に気付き、急に慌て始めるアレン。
「アレン、安心するがいい。さっきの隠し扉はダンジョンのギミック、時間が経てば勝手に修復される。
それよりもこのプレートの方が凄い、ダンジョン内では持ち込んだ人工物はダンジョンに取り込まれてしまうと授業で習った。でもこのプレートはどう見ても人工物なのにこうして取り込まれずに存在している。凄い気になる」
そんなアレンに対し斜め上の助言を行うケイト。アレンはケイトの言葉に“やっぱりケビンさんのお嫁さんになるだけあって、ケイトって度胸があると言うか目の付け所が普通と違うよな”と妙な感心をする。
“ガチャッ、ギィ~~~~~~~”
開かれた扉、目の前に広がるボス部屋のような広い空間。その中心には台座のようなものがあり、上には光る球体が置かれている。その周りの床には複雑な文様が描かれ、強い光を発し部屋全体を明るく照らしている。
「おや?君たちは三学年のアレン君にケイトさん、それにそちらの女性はアレン君の所の使用人さんだったかな?確か大陸東方に住む鬼人族と言う種族の方だったとか。
こんな所に何をしに来たんだい?ここは関係者以外立ち入り禁止の区域だよ?」
アレンたちに投げ掛けられた声、それは静かで優しげな親しみを込めた声音。
「えっ、ヒュンゲル先生。何でヒュンゲル先生がこんな所に?」
アレンが驚きに声を上げる。それはそこによく知る人物がいたから。
「ん?あぁ、それは私がこの学園ダンジョンの管理を行っているからだね。君たちも知っての通り領都周辺の人工ダンジョンがスタンピードを起こしただろう?それに領都の外れの廃棄ダンジョンも。
この学園ダンジョンも人工ダンジョンだからね、何があるか分からないという事で管理責任者である私が暫く常駐する事になったんだよ」
その人物はダリル・ヒュンゲル、領都学園にて教鞭を振るう魔法講師であった。
「しかしこの第七階層、通称管理階層を見つけるとは君たちはやはり大したものだ。学園最強のパーティーと言われるだけあるよ。
今回はその事に免じて見逃してあげるけど、この事は学園の重要機密事項だから決して口外してはいけないよ?大体十年に一回くらいこの場所を見つける生徒がいてね、皆学園長先生から厳重注意を受けた上で口外しない様に申し付けられているんだよ。
ダンジョンコアはこの学園ダンジョンの心臓部だからね」
そう言い台座の上で光を発する球体に目を向けるヒュンゲル講師に「あっ、はい、分かりました」と答え頭を下げるアレン。
「ん、この場所の事は他の人に話さない。それでヒュンゲル先生の目的は何?」
顔を上げたアレンはケイトの言葉に動きを止める。“ヒュンゲル先生の目的?ケイトは一体何を言ってるんだ?”と。
「えっと、ケイトさんは一体何を言ってるのかな?私は学園長先生に頼まれてここの管理を「ん、それは分かってる。おそらくだけど学園長先生の指示を受けているのも事実。でもそれとヒュンゲル先生がこの場でやっていた事はまた別」・・・・」
ケイトは床に描かれた文様を指差し言葉を続ける。
「この文様、これは通常の“魔方陣”とは相当に違う。エルフ族に伝わる“魔法陣”、バルカン帝国で開発されたと言う“魔導術式”、それとリフテリア魔法王国独自の“魔法術式”?このよく分からない蔦のような文様は多分それ。以前ヒュンゲル先生の授業で見たことがある、あれは中々厳しい戦いだった、最後まで生き残った私を褒めて欲しい」
そう言い何故かドヤ顔で胸を張るケイトに、“授業中は寝ちゃ駄目だよ。何と戦ってたのケイト、ちゃんと先生の講義を聞いてあげて?”と心の中でツッコミを入れるアレン。
「でも肝心なのはここから、この文様がどういったものかは分からないけど大量の魔力を集めている事は分かる。そして台座の上の球体がその制御を行っている?
ダンジョン内に魔物がいなかったのも本来魔物の発生に使われる魔力が何らかの目的で別の何かに注がれているから。だから質問。
ヒュンゲル先生の目的は、何?」
そう言いジッと魔法講師ヒュンゲルを見詰めるケイト。
“パンッパンッパンッパンッ”
「素晴らしい、大変素晴らしい考察です。ケイトさん、やはりあなたは他の生徒とは持ち合わせているものが違う。
授業を抜け出した事を決して他者に気付かせない隠遁術、居眠りをしていてもその姿をあたかも熱心に授業を聞いてるかのように錯覚させる気配操作術。私は以前から無駄に高いケイトさんの技術力に注目していたのですよ。
ケイトさんは意図して自身の実力を隠しているに違いないとね。
確か先頃ご結婚されたとか、それでそこまで自身を隠す必要性も無くなったと言う事なのでしょう。既に夫のいる身でしたら貴族からの余計な接触も回避できますから、いや、あなたは本当に優秀だ、世の中の事、人の欲望というものをしっかり理解している」
“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”
「かつて私には尊敬し崇拝する御方がいた。その御方はあらゆる魔法、あらゆる魔術、あらゆる魔導式に精通されていた。魔導式と言うのは先程ケイトさんが仰っていた蔦のような文様の術式の事です。これって授業でもお話ししたんですけどね、ケイトさんは別の戦いに夢中だった様ですね、とても残念です」
そう言い苦笑いを浮かべるヒュンゲル。
「あの御方は私の全てだった。人類の生物としての限界も、魂の限界すらも超えたその先へ辿り着いた絶対の頂点、全人類を統べる絶対者。
ハイヒューマン計画、我々“栄光の王国”は今の腐った世を正し、総統閣下の導きの下全人類の頂点として新たな時代を切り開くはずでした。
ですが全ての連絡が途絶えてしまった。総統閣下がどうなってしまったのか、幹部の方々がどうなってしまったのか、私のような末端に知る
ですがこうした事はあらかじめ想定されていた、世界の揺り返し、強い力、強い思想には必ずその対となる反発力が生じる。
偉大なる総統閣下は私に仰った、「これは布石である、我は世界を侮ってなどいない。我は世界を統べる者、全人類の頂点なのだから」と。
アレン君、ケイトさん、あなた達は運がいい。偉大なる総統閣下の復活の場に立ち会う事が出来るのですから。
“栄光の王国”万歳、総統閣下に栄光あれ!!」
“スッ”
ヒュンゲルは懐からナイフを取り出すと自らの腕に切り付ける。飛び散る鮮血、ヒュンゲルの腕から流れ出る赤い液体が床に描かれた光る文様に吸い込まれ、室内が激しい光に包まれる。
“ズズズズズズ”
文様の中心から現れる何か、それは人の形をした物体、金色の髪、均整の取れた身体、全身から漂う気配はその者が高位なる存在である事を如実に分からせる。
「あぁ、総統閣下、こうして再びお会い出来ました事、ダリル・ヒュンゲル生涯の誉れ。
世界の揺り返しがどう作用しているのか分かりません。今はこのオーランド王国の地で力を戻し、再び我らをお導き“スーーーーッ”・・・総統閣下?」
上げられた手、その示す先は床に跪くダリル・ヒュンゲル。
“バシュッ”
伸ばされた何か、それは一瞬にしてヒュンゲルの肉体を貫くと、ヒュンゲルの身体から魔力を、命を吸い上げ始める。
「あぁ、総統閣下、今お傍に・・・」
ヒュンゲルの最後の言葉は、総統と呼ばれた“何か”と一体となる喜びに溢れていた。
“スーーーーッ”
向けられた視線、その虚空を見詰めるかのような生気を失った瞳に映るのは、この部屋に残る生者の姿。
「させません」
“シュタンッ、スパスパスパスパスパッ”
瞬きの間に“何か”に肉薄し細切れにする織絹、一瞬の惨劇に状況に付いて行けずその場に固まるアレン。
「織絹、直ぐに後退、まだ終わってない!!」
ケイトの叫びが空間に響く。切り刻まれ肉塊と化した“何か”から伸びる無数の触手、間一髪その場を離れる事の出来た織絹をよそに、蠢く触手は徐々に纏まりとある形を作り出す。
「増えた、だと!?」
それは織絹によって切り刻まれた肉塊の数だけ増殖した総統と呼ばれた者の姿。
「<ダークボール>×10」
“ドドドドドドドドドドーーーーンッ”
ケイトから撃ち出されたダークボール、それは目の前の存在を肉塊に変え、その命を完全に刈り取った・・・かに見えた。
“ゴボッ、ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ”
伸びる触手、溢れる“何か”。その存在は瞬時に増殖し、空間の一角を占める軍団へと膨れ上がる。
「クソッ、一体どうしたら。こんな化け物が外に出たら一月もしないうちに国が亡びるぞ!!」
アレンの悲壮な叫びが眼前の現状を的確に表す。増殖する悪夢、目の前のソレは斬撃も爆散もものともしない不死の存在。
「ん、確かにアレがこのダンジョンを離れたら世界は終わるかもしれない。でも今ならまだ何とかなるかもしれない。
アレンは全力で<ファイヤーウォール>を作る、私は<ダークウォール>を重ねる。これは賭け、上手く行けばみんなが助かる」
「・・・そうだな、嘆いていても仕方がない。シルク、力を貸してくれ。
全力だ、行くぞ、<ファイヤーウォール>!!」
アレンの叫び、逃げる訳にはいかない、これは人類の未来を賭けた戦い。
若者たちは己の全てを賭して、目の前の悪夢に立ち向かうのだった。
本日一話目です。