「・・・そうだな、嘆いていても仕方がない。シルク、力を貸してくれ。
全力だ、行くぞ、<ファイヤーウォール>!!」
“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーー!!”
上級精霊であるシルクの支援を受けたアレンの全力の<ファイヤーウォール>は、目の前の存在の全てを空間ごと飲み込み、紅蓮の業火で焼き尽くす。
““““グゴォーーーーーーーーー”””””
激しい叫び声を上げる目の前の“何か”、だが“何か”は業火に包まれながらも全身から触手を伸ばし、その切っ先を眼前の獲物へと向ける。
“バッバッ”
「変身、歌姫モード」
胸の前で腕を重ねたケイトが自らの呪縛を解き放つ。
“ファサッ”
揺れる金糸、全身から溢れるオーラ、これまで抑え込んでいた存在感が大きな力となってケイトを包み込む。
「“ア~ア~ア~ア~~~
はじめ闇があ~った~
女神様は光を 求められた~
つぎに火を灯した~
土を集め火で溶かし~ 溶けた土で火を覆~った~
水を掛け土を冷やし~ 大地と海が生まれた~
立ち昇る湯気を風で冷まし 空と雲とが生まれた~
火は闇より生まれた 闇より生まれた火は今も~ 大地の底で燃え盛る~
闇と火とは一つに混ざり~ 天地を溶かす創造の~ 獄炎とならん~
あぁ~女神よ 全ての母よ~
今ここにこの歌を捧げん~”」
それは祈り、この世の始まりを歌った天地創造の物語。
“ブォォォォォォォォォ”
大地より闇の炎が立ち昇る。闇の炎は紅蓮の業火と混じり合い、溶け合い、今もなお大地の底で燃え盛る天地創造の火を作り出す。
“““““グガァァァァァァァァァ!!”””””
立ち昇る獄炎は大地を溶かし、天井を焼き、対象の全てを蒸発させる。それはまさしく神の火、この世界の原初の光。
“ドサッ”
「!?ケイト、大丈夫か、ケイト!!」
膝を突き前に倒れ込むケイト。全身から汗を流すも、その身体はまるで氷の様に冷え切っている。
「全ての力を使い切っちゃった。魔力枯渇だけだったら何とでもなるけど、今は意識を保つのでやっと。覇気も出せないし、おそらく生命力も使っちゃった?
<創造の歌>は思った以上に過酷、これは使いどころが難しいわね。
それでアレン、あの化け物はどうなったの?」
力無く微笑みながら言葉を掛けるケイトに思わずドキリとするアレン。
「えっ、あっ、そう言えば・・・」
アレンはケイトに言われ向けた視線の先の光景に、言葉を失う。一言で言えば惨状であった。
ケイトが膝を突いた事で効力を失ったのか獄炎の赤黒い炎は姿を消していた。目の前に広がるのはその魔法によって引き起こされた現象のみであった。
大きく開いた穴、それは貫かれた縦穴の如く床も天井もきれいに消え去ってしまっていた。
「・・・えっと、あの化け物の姿は見えないかな?と言うか床と天井が消えちゃってるんだけど、これって大丈夫なのかな?」
危機は去った、人類は救われた。だが自身の人生が崖っぷちに立たされている現状に、冷や汗の止まらないアレン。
「そう、なら良かったわ。アレン、起きてしまった事を後から言っても始まらないわよ?今は生き残れたこと、皆を救えたことを喜びましょう。
ブラッキー、私たちを影空間に入れてくれる?それで廃棄ダンジョンの皆の所にコッソリ戻して欲しいの。
私たちは学園ダンジョンには来ていない、これはダンジョンの事故。うん、怖いわね、ダンジョンコアに何かあったのかもしれないわね。
アレンも織絹さんも呆けてないで移動するわよ?直ぐに誰かが来ちゃうかもしれないでしょう?」
そう言い天使の様な微笑みを向けるケイトに、“うん、姿や声、雰囲気までも全く別人だけど、この子はケイトだわ。ケビンさん、ケイトと結婚したんだよな~、似たもの夫婦って言葉は本当だったんだな~”とマルセル村の理不尽のことを思いながら顔を引き攣らせるアレンなのでした。
―――――――――
“ニュイン”
黒い大きなフォレストウルフの影が床に広がり、若き英雄たちを飲み込んで行く。おそらくあれはシャドーウルフ、人に使役されるシャドーウルフの話など聞いた事もないが、あれほどの力をひた隠しにしていた人物の従魔と言われれば何故かスッと納得してしまう。
英雄たちを自らの影に仕舞ったシャドーウルフはまるで空気に溶けるかのように気配を消し音もなくその場から消え去ってしまった。ダンジョン内の全ての事象を把握する者の知覚からも完全に消え失せる、それが一体どれ程の事であるのか。
その者は英雄たちが残した惨状を見詰めながらこの敗北は必然であったのだとどこか晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。
“パンッパンッパンッパンッパンッパンッ”
それは不意に鳴らされた拍手、咄嗟の事態に反射的に音の鳴る方へと目を向ける。
「素晴らしい、大変素晴らしい。若き英雄の旅立ち、彼らはこの先どれ程の物語を紡いでくれるんだろうね~。
僕もこれまで多くの物語を見て来たけど、ここまで爽快で胸の熱くなる舞台は初めて見たよ。いや、君は本当に分かっている、自ら呼び出した怪物に貫かれ命を落とす、ロマンだよね、悪役はそうじゃないと。
随所にちりばめられた演出の数々、もうね、思わず声を上げて主人公たち英雄パーティーを応援したくなっちゃったよ。
これも全ては君が用意してくれたこの素晴らしい舞台のお陰、僕に感動を与えてくれてありがとう、君の才能に心からの賛辞を贈るよ」
そこは先程まで戦場と化していた第七階層の一角、ケイトとアレンの混合魔法とでも呼ぶべき豪炎で焼かれていたはずの場所。だがそこにはまるで空間を切り取ったかのように何事もない石畳が残り、その上には絨毯が敷かれ木製の丸テーブルと椅子とが設置されている。
「ん?あぁ、ごめんね。君たちの舞台があまりに素晴らしくてね、ついついマッシュの薄揚げ(粗塩風味)を摘まみながら炭酸蜂蜜ウォーターを一杯。
そうだな、君とは少し話もしたいし場所を移そう。取り敢えずコアルームにでも行こうか?」
目の前のナニカがそう言うや瞬時に姿を消す椅子とテーブル。
黒いズボンに黒いブーツ、漆黒のコートに目深に覆ったフード、腰には赤黒い鞘のロングソードを下げ、口元の空いた黒い仮面を付けた謎の人物。
ナニカは床に開いた大穴など無いかのように空中を歩き、自身の方へと向かって来る。
「君の事は何と呼んだらいいのかな?英雄たちと同じくヒュンゲル先生と呼んだらいいかい?それとも総統閣下がお好みかな?
どうしようか、ダンジョンマスター、いや、ダンジョンコア?
君って本当によく分からない存在なんだよね」
何かの言葉にビクリと身を震わせる。この者は一体何者なのか、何処まで自身の事を知っているのかと。
「ヒュンゲルでお願い出来るかな、えっと・・・」
「あぁ、自己紹介がまだだったね。そうだな、なんて名乗ろうか。
王都の諜報組織“影”は“鑑賞者”って言う素敵な呼び名を付けてくれたかな?でもみんな何故か“ナニカ”って変な呼び方をするんだよね。
まぁ僕は僕だから別に何でもいいんだけどさ」
そう言い肩を竦めるナニカ。間違いなく圧倒的な高位存在であるにもかかわらずそこにいるのかいないのかも分からない希薄な者。
“スッ”
消える様に壁の中に入って行くナニカ、そこは幾重にも結界の張られた通路。ヒュンゲルは破壊するでもなく仕掛けを解くでもなくただ通路を進んで行く目の前の存在に、自身はただ生かされているだけの矮小な存在であるという事を自覚せざるを得ないのであった。
―――――――
そこは様々な書類や書籍が整然と整理された場所であった。壁脇に置かれたブラックボードにはヒュンゲルが立てた考察や、今後の方針などが書き記してある。
“コトッ”
テーブルに置かれたティーカップからは甘い香りが立ち昇る。ナニカはヒュンゲルと自身の分の飲み物を用意すると、どこかからか品のいい木製の椅子を取り出し席に着くのだった。
「ジャイアントフォレストビーに甘木の樹液を飲ませて作った蜂蜜を、魔力を濃い目にした魔力水のお湯で割ったものだね。
普通に気持ちが落ち着く飲み物だよ、変な効果のある薬とかじゃないから安心して欲しいな。
もっとも今の君に薬品の類が効くかどうかは分からないけどね」
そう言いティーカップに口を付けるナニカ、ヒュンゲルはナニカに勧められるがままティーカップに口を付ける。
口腔に広がる品の良い甘さ、ただ甘いと言うのではなくスッキリとして澄み渡る様な、それでいて力強さのある甘さが活力として身体全体に広がって行く。
「旨い・・・」
ヒュンゲルが思わず漏らした呟きに、口元を緩めるナニカ。ナニカは周囲を軽く見回し、どこか納得いったかのように口を開くのだった。
「はじめに違和感を感じたのは学園生徒である男女が第七階層に立ち入った時だった。君が何らかの悪意を持って今の状況を作っていたのなら侵入者の存在は害悪でしかない、であるのなら奇襲なりなんなりをすればいい。
でも君は彼らを優しく受け入れ第七階層の事を説明したうえでダンジョンを出るように促した、一見教師と言う自身の立場を守り秘密から目を逸らさせたようにも見えるこの行動も、僕から見れば違和感でしかなかった。
領都周辺で起きている一連のスタンピード騒ぎ、各ダンジョンより集まる魔力の流れ、魔力の集められた学園ダンジョンの最下層で待ち受ける一人の教師。状況的に疑ってくれと言わんばかりだろう?
そして行われた女子生徒の考察、まるで待っていましたと言わんばかりの一人語りと総統閣下の復活劇。
舞台の流れとしては完璧と言わざるを得ない。脚本ありきの寸劇でもこうは上手く行かないといった素晴らしい演出だったと思うよ?
思うに君は全てがバレる前提で行動していたんだろうね。アレン君だっけ?彼が素直に引き上げるのならそれも良し、いずれ教師の誰かが様子を見に来る事は決定的だしね、出来れば生徒を巻き込みたくないといった配慮が見え隠れしていたよ。
そして事件の背景の分かる一人語りはこの舞台に関わってしまった者が変に疑われない為の行動かな?
恐るべき変異体“総統”の存在とその消滅、そして首謀者である“魔法講師ダリル・ヒュンゲル”の死までがこの舞台の目的だった」
“コトッ”
ナニカによりテーブルに置かれたもの、それは深皿に盛られた甘い香り漂うクッキー。
「この飲み物に使った蜂蜜を使ったクッキーだね。摘みもないと口元が寂しいだろう?
うちのメイドがね、暇を見つけては作ってくれるんだ」
手に取ったクッキーを自慢気に見せ付けてから口に運ぶナニカ。
「君もどうぞ」と促され口にしたクッキーは確かに自慢するだけの事はあり、上品な甘さのそれは口の中でほろりと砕けるのだった。
「私は‟栄光の王国”という組織に属する工作員でした。先程第七階層で人形である私が語った事、あれは全て事実。あの人型は私の一部でもありましたから。
若かりし頃、世界の在り方、国の在り方に不満を持っていた私は誘われるまま組織の一員となった。リフテリア魔法王国では魔導や魔法を学ぶ傍ら組織員として活動してきた。
組織の指示によりグロリア辺境伯領に来たのはいずれ組織がこの地を支配する際に人工ダンジョンでスタンピードを起こす為の下準備の為、本来今回の騒動はまだまだ先に行われるはずの作戦だったのですよ。
人工ダンジョンの設計担当者には顔が効きますからね、技術協力と称して毒を仕込む事は簡単でした。事実たった二年で人工ダンジョンの稼働に至ったのは、組織の技術による恩恵が大きかった。
事態が急変したのは昨年の事です。組織からの指示が一切届かなくなった。何か大きな変化が起きたと確信に至るには暫しの時間が掛かりました。
総統閣下や組織幹部の方々からの連絡が途絶えた今、組織は実質的に崩壊していると言ってもいいでしょう。私は嘗て総統閣下から直接受けた密命を果たすべく行動を開始した。
体細胞組織からの再生、魔物を使った実験により実用段階にあったそれを人物に応用した蘇生術。人体実験において有用性が証明されていたものを更に改良したものがダンジョンコアを利用した蘇生術でした。
ただ生まれ変わるのではなく更なる力を宿した存在となる、ハイヒューマン計画の一環として私が研究していた分野だったのですよ。
蘇生の為の準備は完璧であった、後はダンジョンのダミーコアを介し各人工ダンジョンから集めた膨大な魔力をダンジョンコアに注ぎ入れるだけであった。
かくして総統閣下はダンジョンコアを身に宿した新たなる存在として生まれ変わった、そうなるはずであった。
第七階層での寸劇、私が総統閣下に刺し貫かれる場面、まさにあれと同じ事が起こってしまった。私は総統閣下に吸収されその命を閉じました。
そして気が付いた時には私が私として総統閣下のお身体に宿っていた。
私は失敗してしまったのです。理由は分かりませんが総統閣下が目覚める事はありませんでした。
先程ナニカ様が仰られていたことはまさに的を射ていました。学園魔法講師ダリル・ヒュンゲルであり総統閣下でありダンジョンマスターでありダンジョンコアである、それが今の私なのですよ」
ヒュンゲルはそう言うと、どこか吹っ切れたような表情で笑顔を向けるのだった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora