オーランド王国の中心王都バルセン、そこには人や物、情報といった様々なものが集まり取引されている。
その中枢とも言える場所、王城内国王執務室では国王ゾルバ・グラン・オーランドと王太子レブル・ウル・オーランド、そして宰相ヘルザー・ハンセンが文官たちの提出した書類に目を通しながら会議を行っていた。
「この度行われました王家主催のオークションですが、商業ギルドより事前に各国の商業ギルド本部に通達が行われていた事もあり、大変盛況でありました。
やはり昨年ホーンラビット伯爵の陞爵の後、配下であるワイルドウッド男爵が王都商業ギルドに大量の大森林素材を売却した事が呼び水になったものかと。
今回のオークションではその際に大森林素材を手に入れる事が出来なかった多くの大手商会の者たちがこぞって参加した事で、これまでにない盛り上がりを見せたものと思われます。
商業ギルド側からは定期的なオークションの開催を望む声が上がっておりますが、こればかりはホーンラビット伯爵家側の意向もありますのでこちらからはあまり強く出れないでしょう」
宰相ヘルザーの言葉に報告書類に目を向けていた国王が大きく息を吐きながら顔を上げる。
「そうであるな。あの領地の者たちは自身を農兵と称し、主体を農業に据えているとか。金銭的欲求も希薄な者たちである故いくら利益があるとはいえ生活の中心を変えてまで大森林に入る事はないであろうしな。
それに単純な利益を求めるのであればそれこそ冒険者として冒険者ギルドに納品すればよいだけの事、わざわざ王家を通じオークションを行う必要などないのであるからな。
此度の方策はホーンラビット伯爵家には利益のある話ではあるが、実際に大森林に入る者たちにとっては負担でしかない。無理強いすれば今の納品量も得られないであろう。
買取り担当者にはその辺をよくよく考慮し交渉に当たるよう指示を出すように。
しかしジャイアントスパイダーシルクにマンドラゴラ、ホーンタイガーにレッサードラゴンであるか。これらの品はワイルドウッド男爵が納品したものではないのであろう?」
「はい、買取り担当者の話によれば収穫期を終えた村の者たちが大森林に向かい、五日ほどで集めて来たとか。それこそその辺の森に狩りに行くといった革の軽鎧といった格好であったとの事でした。
仕留めて来た魔獣や採取物の状態も非常によく、たとえ金級冒険者でもこうはいかないだろうとの報告を受けています」
宰相ヘルザーの言葉に大きく唸りを上げる国王ゾルバ。大森林に一番近い地と呼ばれるホーンラビット伯爵領、伯爵領とは名ばかりの小さな寒村でしかないその場所は、今や国王であろうとも粗略に扱う事の出来ない非常に難しい土地となっていた。
「陛下、やはりここは王家に近しい者をホーンラビット伯爵家に嫁がせる形で取り込んで行くことが必要ではないかと。
幸いにしてホーンラビット伯爵家には幼年の男児が二名おります、それに本年度には学園に次女エミリー・ホーンラビットが入学予定です。
<聖女>の職を授かった娘でありホーンラビット伯爵家との関係も結べるとあれば、王家の者の側室に迎える事も考えて良いのではないでしょうか?」
ここ数年で起きたオーランド王国内外の騒動、ランドール侯爵家とグロリア辺境伯家との衝突、ヨークシャー森林国の疫病騒動、ダイソン公国の独立とオーランド王国の紛争。その全てに関わり鎮静化に大きな役割を果たしたホーンラビット伯爵家。
それは単に武力のみならず、政治的にも経済的にも大きな存在として、オーランド王国貴族社会に多大な影響力を持つに至っていたのである。
「王太子殿下、確かにそのお考えはこれ迄の王家からすれば革新的に素晴らしいものと思われます。ですがこの件に関してで言えば少々慎重にならざるを得ないかと。
彼のエミリー・ホーンラビット嬢ですが、既に心に決めた者がいると“影”よりの報告が入っております。そしてその相手はエミリー嬢の幼少からの幼馴染であり<勇者>の職を授かったジェイク・クロー。
この者は先のダイソン公国との終戦交渉団に参加した功績から、ホーンラビット伯爵家の騎士に任命されている者です。ホーンラビット伯爵家としても<勇者>という強力なカードを手放す事はないでしょうから、騎士ジェイクとの婚姻は確定的なものかと。
王国法に基づき両名が王都学園に入学する事は決定しておりますが、強引な接触はホーンラビット伯爵家の警戒を強くするやもしれません」
「「「ウ~~~~~ン」」」
腕組みをし唸り声を上げる三者。政治的野心も持たず、経済的な負担になるどころか多大な利益すら齎す武力集団。これで王家に対し従順であれば言う事がないのだが、中央どころか貴族社会全体からすら距離を置こうとする隠遁者たち。
これ幸いと臭いものに蓋とばかりに辺境に押し込めておければよいのだが、その齎す影響があまりにも大き過ぎるのも事実。
適当な地位を与えて飼い殺し状態が両者の望みに最も近しいものではあるのだが、国内貴族の手前そうもいかない。
「その両名が今年王都学園に入学となればアルデンティアと同学年となるか。アルデンティアには<聖女>や<勇者>の引き抜き工作ではなく友誼を結べるように努めよと伝えよ。
それとテレンザ侯爵家の三男が入学する事になっておるであろう。スコッティーの奴が散々自慢しておったからな。
少なくともその三名は押さえておきたいところではあるな」
貴族政治において学園で構築される人間関係は決して無視できないものがある。多少不利な条件であろうとも人となりを知っているのといないのとでは扱いに差が出るのは明白。
国内外に強い影響力を持つ<聖女>と<勇者>、そしてオーランド王国南西部貴族連合を取りまとめるテレンザ侯爵家の三男と親しい関係を結ぶことは、大きく混乱したオーランド王国政治を立て直す上で非常に重要な意味を持つのであった。
「しかしそうなりますと他の御兄弟の動向が気になりますな。第二王子殿下は騎士団との繋がりが強く第三王子殿下は貴族諸侯との繋がりが強い。
これ迄でしたら両王子殿下が王太子殿下を支える形での国内運営が出来上がっていたのですが、先の紛争でそれも大きく改変せざるを得なくなった。
混乱していた貴族諸侯も徐々に落ち着きを見せてきておりますが、その分要らぬ考えが頭をもたげるやもしれませんし、大改革が行われた騎士団の旧勢力がこのまま大人しくしているとも考えにくい。
そこに此度の<勇者>の登場です。
ベルツシュタイン卿には学園の動きに注視するように伝えてありますが、国王陛下並びに王太子殿下におかれましても万が一の場合は早急な対処をお願いいたします」
そう言い頭を下げる宰相ヘルザーに、引き攣った苦笑いを浮かべるゾルバ国王とレブル王太子なのであった。
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王都バルセンに来たなら必ず見ておいた方が良いと言われる建物が二つある。一つは国の象徴であり中心でもある王城、そしてもう一つが王家の庇護を受け女神様を信仰する教会の大聖堂である。
そこはオーランド王国国内の全教会勢力の中枢であり、王国建国時から大きな発言力を持つ事から一部では“第二の王城”と呼ばれる荘厳な建物であった。
「ほう、今年は聖女が二名、このうちどちらかでも我が派閥に引き込めれば我々の権力基盤もより盤石になるというもの。他の連中には取られたくないものだな」
豪華な造りの執務室で配下の司祭から報告書を受け取ったルビアン枢機卿は、鋭い視線を向けニヤリと口元を歪める。
「第四王子殿下と時を同じくして産ませた末の息子がいたはずだ。第四王子殿下との関係はその後どうなっているか」
「はい、世話係の話では順調にご関係をお築きになられているご様子、流石はルビアン枢機卿猊下のご子息であるかと」
「ふん、世辞はいい、だが役に立つ駒が多いに越した事はない。
ではそ奴に伝えよ、必ず<聖女>を引き入れよと。二名もいればどちらかを引き入れることはさほど難しくあるまい、手段は問わん、但し上手くやれとな」
「ハッ、その御言葉、間違いなくご子息ピエール様にお伝えいたします」
礼をしその場を下がる司祭。ルビアン枢機卿は配下が下がったのをみとめると、再び報告書へと目を向ける。
「しかし<勇者>に<聖女>、これは何かの前触れか?
であるのなら使いようによってはまた違った展開も。いずれにしろ面白くなって来たな」
ルビアン枢機卿はそう呟くと窓の外に目を向ける。見えるのは王都名物の大鐘楼、そこには歴代の教皇の名が彫り込まれている。
ルビアン枢機卿は獰猛な笑みを浮かべ、終わらぬ野望に心踊らせるのであった。
同じころ大聖堂の別の部屋では、とある人物たちが会談を行っていた。
「ベルトナ教皇猊下、お忙しいところお時間をいただきありがとうございます」
そう言い慇懃に礼をする商人ににこやかな笑顔を向け顔を上げるように促すベルトナ教皇。
「いえいえ、そこまで恐縮する事はないですよ?教皇という仕事は皆さんが思っているほど大変なものではありませんからね。
幸い私には優秀な部下が沢山おりますから、基本的に仕事の割り振りと重要な案件の決済が主な役割となるんですよ。
そうした点は大商会の会長であるモルガン商会長殿と変わりませんかね?」
柔らかな笑顔を浮かべ言葉を向ける好々爺といった雰囲気のベルトナ教皇に、恐縮しながらも肩の力を抜くモルガン商会長。
ベルトナ教皇とモルガン商会商会長セルジオ・モルガンとの関係はグロリア辺境伯家から聖水布が献上された事から始まり、こうして度々挨拶に訪れる程良好な関係性を築くに至っていたのである。
「お陰様で庶民向け聖水布の売り上げは好調で、共に販売しております美容液“天使の贈り物”も様々な香りの物を売り出させていただいております。
これも全て教皇猊下のご支援の賜物、日々感謝してもし足りない思いでございます」
王都における商売というものは非常に複雑で難しい。ただ品質の良い商品を販売すればいいという事ではなく、その後ろ盾となる者の存在が重要視される。それは言い換えればブランド力とも言えるが、各貴族家や大手商会から自分たちの商会やその商品を守るためには必要不可欠な措置なのである。
王都は欲望の蠱毒、その毒壺で生き残るにはそれ相応の対策が必要なのであった。
「なに、それはモルガン商会長が自らの分をよく弁えているからこそ、中々どうして出来る事ではないのですよ。特に聖水布のような金の卵を手放すのは難しい、その決断を下したマルセル村の者たちはやはり傑物であったのでしょう。
今やホーンラビット伯爵領ですか、“聖者の行進”、“三英雄”の物語は王都では知らないものがいない程の伝説です。もっともこれは王家が国民の不安を払拭し敗北という事実を誤魔化す為に行った情報操作の賜物なのですがね?
おっと、これは口が過ぎましたかな。どうかこの事はご内密に」
そう言い軽くウインクをするベルトナ教皇。どうしてお茶目な性格の教皇は、時々周りがドギマギする様な冗談を平気で行うのであった。
「ハハハハ、そうですな。ホーンラビット伯爵家とは昔から懇意にさせていただいておりますから我がモルガン商会としてもあの方々が褒め称えられる事は嬉しく思います。
此度はそのホーンラビット伯爵家の次女エミリー・ホーンラビット嬢が王都学園に入学する事となりました事のご報告とお願いにまいりました。
私共といたしましても大変恩のあるホーンラビット伯爵家の御令嬢と領民の皆様には健やかな学園生活を送っていただきたいと願っております。
教皇猊下におかれましては何卒彼らの事を御見守りいただきたくお願い申し上げます」
深々と頭を下げ、心の底からの誠意を見せるモルガン商会長。
そんなモルガン商会長に対しニヤリと悪戯な笑みを向けるベルトナ教皇。
「<聖女>に<勇者>、<賢者>に<剣天>ですか?ホーンラビット伯爵家は本当に面白い。司祭のメルビンが手紙をよこして来ましてね、“伝説の勇者パーティーが向かうからよろしく”だそうですよ。
まぁ未来ある若者たちが大人の欲望に呑まれるのを見るのは心苦しくはありますからね、気に掛けるつもりではいましたのでご安心を。
それに<剣天>の青年は聖水布をはじめとした各美容商品を作り出したケビン・ワイルドウッド男爵の弟さんですからね、私としても無下にするつもりはありませんでしたので」
そう言いニコリと微笑むベルトナ教皇に全てを見透かされていたと冷や汗を流すモルガン商会長。
“でも一番の問題はお兄さんであるケビン・ワイルドウッド男爵なんですがね”
思い出されるのはグロリア辺境伯領の教会から多額の寄付金と共に送られて来た、ケビン・ワイルドウッド男爵の旅立ちの儀の際の鑑定書類。
ベルトナ教皇はその心の内を一切表情に出さず柔らかな笑みを浮かべたまま、心の中で大きなため息を吐くのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora