冬の森は寂しい。木々は身に纏う葉を落とし、多くの動物や魔物は厳しい冬を乗り切るために長い眠りに就く。
“ガサッ、ガサッ、ガサッ、ガサッ”
踏みしめる枯落ち葉がカサカサと音を立てる。乾燥した空気に水分を奪われ軽くなった落ち葉が、歩くに合わせ蹴り上げられ足下で踊る。
枯れ木も山の賑わいと言うが、幹と枝しかない森は日の光が良く入り、周囲を明るく照らす。
そんな木々の枝と枝との間には、枯れ枝を集めて作ったであろう幾つかの大きな鳥の巣を見る事が出来る。
「オババ~、ちょっといいか~」
俺はその中でも一際大きな鳥の巣に向かい声を掛ける。
“カァーーーーー”
ヌスッと顔を出し眼下の俺を見詰める者、それはマルセル村の隣にある魔の森に棲むビッグクローの長、俺に敗北を刻み続けた魔獣“オババ”であった。
“カァー、カカッ”
「“何をしに来た、小僧!!”って言われても俺もう小僧って年じゃないから、成人してるから、こないだ嫁さんも貰ったばかりだから」
“カッカッカッ、ハッ”
「“まだ殻の抜けない坊やが嫁?笑っちゃうね”って酷くね?俺だって色々頑張ってるのよ?
オババだって見てたでしょうが。あの飢えと冬の寒さに苦しんでいたマルセル村がここ迄の立派な村になったのはドレイク村長と俺の頑張りが大きいのよ?
オババの卵を盗もうとして追い掛け回されていた昔の俺じゃないのよ?」
“カァ~カッカッカッカッ”
そんな俺の言葉に小ばかにしたような笑い声を上げるビッグクローのオババ、スゲー悔しい。
オババとの戦いの歴史は長い。
六歳の頃、すでに魔力纏いを覚え水辺での生活魔法<ウォーター>の訓練に夢中になっていた俺は、旨いご飯に飢えていた。当時のマルセル村はまさに辺境の寒村と呼ぶにふさわしい土地であった。
農作物の収量はそこまで多いという事もなく、村人たちは貧しいながらもなんとか毎日の食事にありつくといった生活。ドレイク村長の尽力により飢えや寒さによる冬の死者こそ出さない様になってきていたものの、いつどんな切っ掛けで瓦解するとも知れない限界集落。
そんな生活の中、俺はどうにかおかずの一品でも増やそうと日々思考を巡らせていた。
そんな時思い付いたのがビッグクローの卵。まだ力もなく狩りも出来ない当時の俺は、魔の森の比較的浅い場所に巣を作っていたビッグクローの下に向かい、留守中のビッグクローの隙を狙い卵を奪おうと画策していた。
だがそんな幼子の浅はかな考えなど、森の長が許しはしなかった。
自身の身長よりも遥かに大きなビッグクローに追い掛け回された時の恐怖は、未だに俺の心に刻み付けられている。
身体を泥で汚し枯れ枝を括り付け枯葉でカモフラージュしてのスニーキングミッション、路傍の石計画の原点は、オババとの戦いの中にあると言っても過言ではなかった。
大きくなり、ホーンラビットの群れを横断出来る様になっても、オババの警戒網から逃れる事は出来なかった。
大森林を<魔力隠し>により走破出来る様になって初めてオババの巣に近付く事が出来るようになった、あの時のオババの驚いた顔は今でもよく覚えている。
その頃になるとマルセル村の農業改革はかなり進み、ビッグワーム干し肉とビッグワーム農法により日々の食卓は豊かなものに変わっていた。
卵に対する欲求は強かったものの、オババの所から卵を奪ってまでも欲しいとまでは思えなくなっていた。
戦いの中で育まれたライバル心は、オババをただの獲物ではなく乗り越えるべき壁として認識させていたのかもしれない。
「まぁいいや。今日はまたオババの羽が貰いたくってさ、こないだ貰った羽で作った式神が結構優秀でね。
今度弟たちが王都に行くもんで、俺もその手助けをする事になったんだわ。オババの羽で作った式神ならいろんな場所での監視に使えるだろ?
お礼はレッサードラゴンの内臓って事で」
そう言い収納の腕輪から盥桶を取り出しそこに甕に仕舞っておいた内臓肉を出して行く。
“カカッ、カァーーー”
“““““カーカカァー”””””
オババの呼び掛けに周辺の巣から飛び出したビッグクローたちが、一斉に盥桶へと群がって行く。
“バサバサバサ”
翼を羽ばたかせ降り立った体長一メートル半はあろうかという大きなビッグクロー。
“カーカッ、カカッ”
「“お前も行くのかい?”ってまぁそうですね。一日の殆どは向こうで過ごす事になるかと。
弟たちが卒業するまでの三年間は掛かりきりになっちゃいますかね。
それでオババにはマルセル村の事を気に掛けてもらいたいんですよ、何かあった時にうちの従業員じゃ気付かない事もあると思いますんで」
ジッとこちらを見詰めるオババ、その黒曜石のような黒い瞳が俺の胸の内を見透かすように美しく光る。
“カカッ”
スッと差し出された頭、“ほれ、契約するよ”との言葉に驚く俺。
「えっ、オババが従魔契約結ぶの?あのオババが?イヤイヤイヤ、そこまでしなくても“カァーーー!!”
“早くしな”って、そんなに怒らなくてもいいじゃん。
それじゃ<長期雇用契約>にしとく?これなら嫌になったらいつでも契約解除が出来るし変な縛りなんかないから」
俺はそう言うとオババの頭に手を当て<長期雇用契約>と唱えるのでした。
“キンコン♪
<昇進>の条件を達成した魔物が一体確認されました。昇進を行いますか?”
「おっ、オババ、なんか進化できるみたいだけど、どうする?」
“カ!?”
オババと<長期雇用>を結んだ途端、脳内に流れる昇進可能の通知。
自己診断
<魔物の雇用主>
現在の契約魔物・・・<長期雇用契約>五十一体・<短期雇用契約>四体
昇進可能魔物
ボタン(ホーンラビット?)・マリーゴールド(ホーンラビット?)・スミレ(ホーンラビット?)・オババ(ビッグクロークイーン)
「オババってビッグクロークイーンって種族だったんだ。どうりで周りのビッグクローよりも大きいはずだわ、だってクイーンだし。
それじゃ進化しちゃうね、ちょっと眩しくなるから周りを覆わせてもらうよ?<シェルター>そんで<昇進>」
<シェルター>により周囲を覆われたオババ、中では眩しい光を発しながら進化が行われているんでしょう。
「<業務連絡:オババ>“どう?進化は終わったみたい?光が収まってるんだったら周りの壁を壊すけど。終わったのね、了解”
そんじゃ、<破砕>と」
“ザザザァ~”
崩れ去る土のドーム、その覆いが取り除かれた時、そこには黒く艶びかりする美しい翼を持つ大きなビッグクローが佇んでいるのでした。
「・・・なんかちょっと若返った?艶っぽいって言うか、妙な色気があるんだけど?」
“カカッ、クワッカ”
「“おやおや坊や、私の魅力にメロメロかい?”ってそんな訳あるか。
それで悪いんだけど羽をください、羽を」
俺の言葉に“つれないね~”と言いながら羽を毟るオババ。
俺はその羽を受け取ると、「それじゃ何かあったらさっきの<業務連絡>で教えて。詳しい使い方は他の従業員に聞いて貰えれば分かるから」と言葉を残し、その場を後にするのでした。
“カカカァ~”
「“意気地がないね~”ってうるさいわい、その滑らかそうな羽をナデナデしたいだなんて思わないんだからな!!
そのニヤニヤした目は止めろ~!!」
全てを見透かしたようなニヤケ面、オババの奴、スゲームカつく!!
――――――――
「エミリー、気を付けて行ってらっしゃい。王都は人や物が沢山で戸惑う事も多いと思うけど、エミリーならきっと大丈夫。
だってエミリーは私の自慢の娘なんですもの」
「エミリーお姉ちゃん、お出掛け頑張ってね~。お土産は大きなぬいぐるみがいいです」
「お母さん、ありがとう。ロバート君も元気でね、今度帰って来る時は大きなぬいぐるみを買って来るね」
人は出会い、そして別れる。
「ジェイク、無理しちゃ駄目よ?困った事があったらすぐに学園の先生やグロリア辺境伯家の方に相談するのよ?」
「そうだぞ、王都は変な連中も大勢いるからな。貴族もそうだが、裏通りの連中の所なんかにのこのこついて行くんじゃないぞ?」
「トーマスお父さん、大丈夫だから、流石に俺も馬鹿じゃないから。マリアお母さん、トーマスお父さんとチェリーの事、よろしくお願いします。
チェリー、お兄ちゃん王都に行って来るけど、冬には帰って来るからね、お土産沢山買って来るからね」
「うん、お兄ちゃんいってらっしゃい。お土産は可愛いアクセサリーがいいです。エミリーお姉ちゃんと一緒に買いに行ってきてね」
親しい友、愛する家族、時に別れは残酷に、そして唐突に。
「ジミー、お前は暗黒大陸の武者修行と授けの儀を経て俺よりもずっと強くなった。その事は霊亀との模擬戦で確り見せてもらった。
だがお前は人の社会というものをあまりにも知らない。ただ強さを求めていてはいつか必ず人の悪意に吞み込まれる。
人を見ろ、世の中を学べ、これから王都で過ごす三年間は必ずお前の為になる」
「ジミー、無理をするなとは言わないわ、ただ身体に気を付けて。あなたの帰る場所はこのマルセル村だって事を忘れないでね」
「お兄ちゃん抱っこ!!」
「ヘンリーお父さん、メアリーお母さん、心配してくれてありがとう。
俺、王都で頑張ってこようと思う。
ケビンお兄ちゃんがくれたメガネもあるしね、多分大丈夫だよ。
おいでミッシェルちゃん、ほ~ら、高い高い~」
だが別れは必ずしも悲しいものばかりではない。雛鳥が成長し若鳥となって巣立って行くように、若者たちは己を高める為に故郷を後にする。
「フィリー、ディア、これから向かう王都学園はこの国の上澄み、選ばれた者たちの集う場所。
そんな魑魅魍魎どもの中に放り込まれた田舎者がどうなるかなど、火を見るより明らかじゃろうて。
あ奴らは確かに優秀じゃ、だからこそ心配でもある。三人のこと、よろしく頼むぞい」
「はい、ボビー師匠。ジミー君の事はこのフィリーが確り守って見せます」
「お任せ下さい、ボビー師匠。若い三人の事は私がジミー君と協力して守ってみせますので」
「・・・程々にの」
それぞれの別れ、それぞれの目指す道。若者たちは決意を込めて人生の一歩を歩みだす。
旅立ちの朝、ホーンラビット伯爵邸の前には貴族用の二頭立て馬車と三頭の馬が用意され、出発の時を待っていた。
「エミリー、ジェイク君、ジミー君、フィリーちゃん、王都学園入学おめでとう。
王都はこのマルセル村とは全く違う環境です。多くの人と物とが集まり、様々な考えや主張を持った者たちが集う場所、それが王都です。
無論いい人もいれば悪い人もいる、その事はこのマルセル村を守り戦ってきた君たちなら良く分かっていると思う。
人は弱く欲に流されやすいもの、傲慢に強欲になるのもまた人の一面。
君たちはこのマルセル村で多くを学んで来た、今度は王都で人の世の中を、社会というものを学んで来て下さい。
それは世界へ旅立つ冒険者を目指す君たちの力になる。
強いだけでも狡猾なだけでもどうする事も出来ない事など世の中には沢山ある。マルセル村では知る事の無かった人の醜さを見る事もあるでしょう。でもめげないでください、負けないでください。
君たちが笑顔でマルセル村に帰って来てくれることを心から望みます」
「「「「ありがとうございます、ドレイク・ホーンラビット伯爵閣下!!」」」」
ホーンラビット伯爵の言葉に、礼をし感謝の言葉を向ける若者たち。
「グルゴ、ギース、道中彼らの事を頼みます。ディア、君はホーンラビット伯爵家のメイドとしてエミリーを支えてください。
ジミー君付きのメイドになれなかったことが悔しいのは分からなくもないですが、ジミー君は男爵家子息ですから諦めてください。皆の事をよろしく頼みますよ?」
「「「ハッ、ホーンラビット伯爵閣下の思し召しのままに」」」
「それでは出立する。ディアはエミリーお嬢様と共に馬車へ。
ジェイク、ジミー、フィリーは騎乗し周辺警護。魔物の休眠期であるとは言え周辺の警戒を怠るな」
“ガシャコン、ガチャガチャガチャガチャ”
「「「「「気を付けてな〜、王都に行っても頑張れよ〜!!」」」」」
マルセル村の多くの村人たちに見送られながら、馬車の一団は一路王都バルセンへ向けて走り出す。
家族の者たちは、彼らの姿が見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けるのだった。
「何かあったら直ぐに知らせるんだ、分かったな?行け!」
“バサバサバサバサ、カァーーー”
舞い上がる一羽の鳥、空高く飛び立ったビッグクローは地上を走る馬車の一団を見守るかのように、悠然と大きな翼を広げるのであった。
本日一話目です。