「ネイチャーマン先生は学園教師がどういった立場であるのかご存じでしょうか?」
歴史ある名門校王都学園の教師という役職は重い。彼らの講義を受ける生徒たちはオーランド王国の未来を担う若者たち、国家の中枢を支える者たちを導く立場でもある学園教師たちは、講義の内容もさることながら人物としても高い質を求められる。
「そもそも現在のような学園という形式が誕生した背景に、有用な職業の持ち主を王家や各貴族家が自らの陣営に引き入れようという思惑があったということは否定しません。むしろそれが主目的と言ってもいい。
過去においては権力者や教会がその力を背景にそうした職業の者たちを選別し、強権的に自陣営に組み込んでいた時代もありました。ですがそれを女神様は良しとはしなかった。
職業やスキルは力無き人類が魔物蔓延る世界で生き残るために女神様がお与え下さった慈悲、その力を人族同士の権力争いに使う事を嫌ったのでしょう。
女神様は聖女を通じ人類に警告なさいました、“与えられた職業により人を選別する事を禁ずる”と。
以降本人の意志を無視し強権的に徴発行為を行った場合、天罰と言われる天使様の粛清を受ける事となりました。
学園とはそんな女神様の意向と権力者たちの欲望のすり合わせの結果生まれた方策なのです。
有用な職業持ちを集め教育を施す事は社会の安定にも繋がります。強い力を持たされた若者たちをその力に振り回されない大人に導くのは我々教師の役割です。
将来有望な若者同士を同じ学び舎で学び過ごさせることで、互いの立場の垣根を越えた友情や信頼が生まれる。その結果として権力者に仕える事を選んだとしてもそれは自然な事。
現在まで学園というものが存続している以上、この試みは女神様がお認めになられていると言ってもいいでしょう。
十二歳から十五歳という年齢の若者は多感です。感情が不安定であり大人の言動や友人知人の言葉に揺れ動かされやすい。
そんな彼らに寄り添い心の支えになる事も私たち教師の仕事と言う事を覚えておいてください。
もっともネイチャーマン先生はジェイク君とエミリーさんの見守りの方が大変でしょうから、あまり多くの生徒と関わることは難しいでしょうが、心に留めておいてください」
それはたとえ仮初の講師として学園に在籍する事となったビーン・ネイチャーマンとて同じ事。伝統ある王都学園を預かる学園長としては、矢鱈その事をないがしろにする訳にはいかない。たとえそこに王家の思惑が絡んでいようとも、そうであるからこそ譲れない点であった。
「はい、学園長の仰ることは至極もっとも。私も立場上王都学園に携わる教師である事には変わりません。たとえ週に二度しか講義を行わない臨時講師であろうとも生徒にとってそうした事は関係のない事。出来る範囲の事はしていきたいと思っております。
もっとも私のような影の薄い者を頼ってくれる様な生徒がいるかどうかは分かりませんが」
そう言いハハハと笑みを漏らすビーン・ネイチャーマンに“この人はケビン・ワイルドウッド男爵が変装しているんですよね?ワイルドウッド男爵は確か成人したばかりだったはずなんですが。どう見ても枯れた中年男性なんですが?”と戦慄を覚える学園長。
「オホン、失礼。それでは早速ですがネイチャーマン先生の教務員室にご案内いたしましょう。
この学園では各教師にそれぞれ部屋が与えられているのですよ。ご自身の研究室として、また各講義の資料室として。学園の施設は生徒ばかりでなく教員も自由に使う事が出来ますからね。
つい先ごろも我が校の魔法教諭がこれまでの“魔法待機”の技術を改良した新たな詠唱法を編み出しましてね、こうした教師陣の研鑽もまた我が校の権威を高める一助となっているんですよ」
「あぁ、そのお話でしたら私も耳にした事があります。魔法教諭のシルビーナ様と言われましたか、グロリア辺境伯領の領都学園にお伺いした際に魔法指導教官が生徒に指導しているところを見学させていただきまして。
確か“待機”と言いましたか、ファイヤーボールを二発同時に撃ち出されたのを見た時は随分と感心したものです」
学園長の話に以前領都学園を訪れた際の事を思い出すネイチャーマン。かつては一部の宮廷魔導士にしか使えないとされていた技術を、広く学園で魔法を学ぶ生徒でも使えるように新たな技術体系を作り上げた功績は称賛されてしかるべきものであった。
学園長に促され席を立ったネイチャーマンは執務室を後にすると、学園長の案内の下学園内の各施設を見て歩く事となるのであった。
「こちらがネイチャーマン先生の教務員室となります。場所は教務棟の外れとなりますが、よろしかったでしょうか?」
そこは学園内の教務棟の端にあるやや古びた木造の建物であった。直ぐ側には魔法レンガ作りの立派な教務棟があり、この場所はこの教務棟の改修工事を行う際に臨時で使われていた建物との事であった。
「本来であればあちらの教務棟を使っていただいた方が良かったのでしょうが、生憎と空きがありませんでしたので。現在こちらの建物は先ほどお話に出たシルビーナ先生がほぼ独占する形で使っているのですよ。
一応あちらの教務棟にもシルビーナ先生の部屋は用意されているんですが、研究資料が膨大でして、ほとんど泊まり込みで研究に没頭されているものですから多少匂いが・・・。
ですのであちらの教務棟の部屋は来客時用に清潔にしておいて普段はこちらに籠っているという訳なんです」
「ハハハハ、いかにも研究者らしい方なんですね。でも嫌いではありませんよ、そういうお方は。
職人にしろ研究者にしろ武芸者にしろ、何かの道を究めようとする者はおのずと他が疎かになってしまいますからね。私も研究者の端くれ、気持ちは分かります。
もっとも私の場合は完全に趣味の延長上なんですが」
ネイチャーマンはそう言いクスリと微笑みを浮かべる。それは人生の盛りを過ぎた中年の哀愁に溢れているのだった。
“ガチャリ”
「ではこちらがネイチャーマン先生の教務室となります。今のところ荷物は備え付けの棚と執務机、それと来賓用のテーブルと椅子でしょうか。
必要な物がありましたら事務室に声を掛けてください。常識の範囲とはなりますが購入手続きを行う事が出来ますので。
また講義に使用する為の備品等の購入も事務室に申請すれば購入する事が出来ます」
広さはおよそ八畳ほど、ネイチャーマンにとっては広過ぎもせず狭過ぎもせずといったスペースではあったが、人によっては狭く感じる者もいるのだろう。王都学園の教師陣の多くは家柄も良い学のある者が就くのが通例である。それは単に勉学に傾倒するだけの環境が平民や下級貴族では得られにくいという理由に起因する。
勉学には金が掛かる、武術教官などは別にしろ、平民が人にものを教える事が出来る程その道に邁進できるという事は非常に稀な事と言える。
平民出身でありながら魔法講師として一角の評価を得たシルビーナは、その稀有な存在の一人なのであった。
「ありがとうございます。私のような者にこの様な場所まで用意していただき、感謝に堪えません。それとこの本は「生活魔法と応用」ですね、こうして棚に並んでいる姿を見るとそれだけでうれしくなってしまいますよ」
“ブワッ”
瞬時にネイチャーマンから広がる濃厚な闇属性魔力、その力にビクリと身を震わせる学園長。そして部屋全体を闇に覆った魔力の奔流が消えた時、そこには生活感漂う室内空間が出現するのであった。
「えっとネイチャーマン先生、これは・・・」
「はい、やはり殺風景な部屋というものも寂しいかと。本棚には趣味で集めた本を詰めさせていただきました。いくら臨時講師とはいえ書籍棚は色々な本を並べたいじゃないですか。
こちらの棚は食器ですね、誰か生徒が訪れた際に何もお出しできないのも面白くありませんから。因みに陶器の皿や木製のコップは全て私のお手製です。こうした物を作るのが好きなものですから。
あとテーブルクロスと座布団ですかね、これらはマルセル村の裁縫師の所で作って貰ったものですね。
そして最も注目して欲しいのがこのぬいぐるみたち、ぬいぐるみ工房モフモフマミーで購入した作品たちです。
この細部にわたる繊細な造り、可愛いと格好いいの融合、最高だと思いませんか?
よろしければこちらのグラスウルフのぬいぐるみ(中)をお持ちになって下さい。これはマルセル村にある土産物店“ポンポコ山のお店屋さん”の主力商品でして、ワイルドウッド男爵様が販売用に特別注文した品になるんですよ」
そう言い満面の笑みを浮かべるネイチャーマンに、先程の闇属性魔力の事を聞きそびれもやもやした気持ちになる学園長。
「あぁ、いや、どうもありがとうございます。妻が喜ぶと思いますよ。
それでですね「そうでしょうそうでしょう、いいですよねぬいぐるみ。他にもラクーン種のぬいぐるみがあるんですがこれが可愛いくてですね、こう耳の丸みが」あの!!ネイチャーマン先生?
ぬいぐるみが可愛いのはよく分かりました。教務室にぬいぐるみを置かれる方はおりませんが、私物を持ち込むことは禁止されていませんのでそれは構いません。
それよりも先程の濃厚な闇属性魔力は一体何だったんですか?あれも生活魔法の一環とでもいうんですか?確かネイチャーマン先生は魔法適性はないんでしたよね?」
学園長の捲し立てるような言葉に、「ラクーンは尻尾も可愛いんですが」とどこか物足りなさ気に呟くも、質問に答えるネイチャーマン。
「そうですね、確かに私は魔法適性はありませんが、魔力は豊富なんですよ。ですが普段はそのほとんどを身体の内側に抑え込んでいるんです。
これは<魔力操作>の鍛錬により可能と出来る“技術”ですね。今は魔法講師として問題ない程度に魔力を洩れさせていますが、その状況により変化させるようにしています。
例えば魔力を完全に引っ込めるとこうなります」
そう言い目の前で“魔力隠し”を行うネイチャーマン。ネイチャーマンは何という事の無いように気軽に行った“魔力隠し”、だが学園長はそんなネイチャーマンに唯々驚愕する。
そこにいるのは分かっている、分かっているにも拘らず認識する事が出来ず周囲を見回す学園長。
「まぁこんな感じですかね。今のは完全に魔力を消し去った為認識が難しかったでしょうが、調整すれば分かるけど分かりにくいと言った状態にもなる事が出来ます。要するに訓練次第と言った事でしょうか。
そんな事を続けていると<魔力操作>や<魔力制御>と言ったスキルに目覚める事が出来るんですよ。そうなると普段の魔法の威力や操作性が格段に良くなります。
ですがこの辺は他の魔法教諭の方々の領分を犯す事になりますので、生徒には教えませんけどね。学園長も内緒でお願いします。
それと先程の闇属性魔力ですが、闇属性魔力には停滞や固定といった魔力性質があるのは御存じでしょうか?闇属性魔力と言うと“呪い”というものを思い浮かべるかもしれませんが、この“呪い”と言う指定外魔法も停滞や固定の魔力性質と大きく関わって来るんですよ。
そしてこの魔力性質は物を指定するのにもとても便利に働いてくれるんです。私の持つ収納の腕輪は様々なものを出し入れできる腕輪型マジックバッグというものでして、まるで<収納>のスキルの様に何もないところにものを出す事が出来ます。その際に取り出す場所を闇属性魔力で指定してあげれば?また収納する際にも収納する物を闇属性魔力で指定してしまえば?
一瞬にして部屋の内装を行う事のできる便利な魔法の出来上がりです。実際には魔法でもなんでもないんですけどね、便利に使えればそれでいい、「生活魔法の応用」と一緒ですよ」
穏やかにニコリと微笑むビーン・ネイチャーマン。だがその知識や行う技術は王都学園の教諭にも決して劣らない。
「ネイチャーマン先生、先生の講義、私も聴講させていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ?素人の私の講義がその道の先達にどう映るのか、私も学園講師として過ごす以上へまをする訳にも行きませんし、ご指導願えるのなら願ったり叶ったりですので」
そう言い握手を交わす両者。
ネイチャーマンは学園長と良好な関係を築けそうだと安堵しつつ、自らの任務遂行の拠点が出来たことに、内心深い笑みを浮かべるのであった。(表面上は柔らかく微笑んでいます)
本日一話目です。