「次の方、ご身分と目的をお願いします」
大きな街門が旅人たちを出迎える。冬の寒さに身を震わせながらも、様々な荷物とともに多くの人々が検問のため列をなす。
そんな人々を横目に貴族専用門に並んだ俺たちは、門兵との軽いやり取りの後街壁の内側へと入って行く。
ミルガルからの移動は順調そのものであった。季節的に魔物も出ないし、領都近郊という事もあり領兵の頻繁な見回りがあるからか、盗賊らしき者たちの気配もない。
人の流れは冬場とは思えないほど多くなるものの、俺は周囲の変化に気を配りつつ馬上でジミーととりとめのない会話を交わしながら、無事グロリア辺境伯領領都グルセリアに到着する事が出来たのであった。
「これはこれは、エミリーお嬢様、ジェイク様、ジミー様、フィリー様、王都学園への御入学、誠におめでとうございます」
モルガン商会本店の店舗前で声を上げ慇懃に礼をする行商人のギースさん。領都グルセリアに到着した俺たちが最初に向かった先は、マルセル村の生命線とも言うべき最大の取引先、モルガン商会でした。
「ギースさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりですよ。
ホーンラビット伯爵閣下も“ギースは高嶺の花を手に入れてから付き合いが悪くなった”といって寂しがっていましたよ?
尤もそれは冗談で、お手紙で元気なお子様がお生まれになった事を知り、心から喜ばれておられましたが。
こちらはホーンラビット伯爵閣下よりギースさんのお子様にとお預かりした品です、どうぞお納めください」
店の中の応接室に通された俺たち。グルゴさんは馬車を降りる時から小脇に抱えていた風呂敷包みを、行商人ギースさんに渡します。
「これは、ホーンラビット伯爵閣下におかれましては私のような者にまでお気を配っていただき大変光栄でございます。
早速ですが開けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
グルゴさんが「どうぞ」と促すのに合わせ包みを開く行商人ギースさん。
“ハラッ”
開かれた包みから現れたものは、蜂蜜色をした赤ちゃん用の衣類。
「赤ん坊は直ぐに大きくなってしまいますからね、衣類はいくらあっても困らないでしょうとこちらを。丈夫なキャタピラー繊維で作られていますから、次のお子様がお生まれになった際にも使用していただけますよ」
「いや、ですがこれは・・・」
行商人ギースさんが何か動揺した声を出しているのをグルゴさんは笑顔で制します。
「これらの品はホーンラビット伯爵閣下がギース殿のお子様が丈夫に健やかに育たれる事を願って贈られた品、どうかそのお気持ちを汲み取っていただきたい」
「・・・はい、分かりました。ホーンラビット伯爵閣下にはどう感謝してよいのか。
ギースが深く感謝申し上げていたとお伝えください」
そう言い感謝の礼をする行商人ギースさん。それはそうですよね、その赤ちゃん用の服って所謂“聖水布”で出来てますもんね。
しかもケビンお兄ちゃんが「どうせなら効果マシマシで」とか言ってジャイアントフォレストビーの蜂蜜と光属性魔力水を使って作り上げた逸品。鑑定して思わず吹き出しちゃったもんな~。
<鑑定>
名前:天使の羽衣
詳細:子供の健やかな成長と安寧を願って作られた逸品。外部からの害意は全て弾き、使用者を守る。解毒効果、解呪効果、精神安定効果、安眠効果、血行促進効果、身体活性化効果、自動障壁展開の機能がある。
製作者:ケビン・ワイルドウッド
これ絶対世に出せない奴じゃん、王侯貴族垂涎の逸品じゃん。一体どんなケビンをしたの?ケビンお兄ちゃん!!
「それとこれはケビンから預かった品でな。子供がハイハイをするようになったら使って欲しいと言っていたか」
そう言いグルゴさんが収納の腕輪から取り出した品に、先程までの感動も忘れ目が点になる行商人ギースさん。
「これは、キャタピラー?」
「キャタピラーの着ぐるみとか言っていたか、ホーンラビットにするかグラスウルフにするか悩んだ挙句、“寝る子は育つ”とか言ってキャタピラーに決めたらしい。
まぁケビンらしいと言えばケビンらしいんだがな」
そう言い顔を合わせ苦笑いになるグルゴさんと行商人ギースさん。
でもその品、実はとんでもない逸品なんですよ?
<鑑定>
名前:キャタピラースーツ
詳細:職人のキャタピラーに対する深い思い入れから生まれた逸品。使用者を含め、周囲の者に深い精神安定効果を齎す。
安眠効果、精神回復効果、疲労回復効果、成長促進効果あり。
製作者:ケビン・ワイルドウッド
もうね、家庭円満に欠かせない品、子はかすがいじゃないけど、キャタピラースーツを着てる子がいるだけで夫婦円満になっちゃうって言うね。
成長促進効果があるからそんなに長く着てられないかもだけど、穏やかな家庭が子供にとって最高の環境って言うケビンお兄ちゃんのこだわりなんだと思います。
・・・うん、これも黙っておこう。行商人ギースさんがケビンお兄ちゃんの気持ちを汲み取ってお子さんに着せてくれることを祈っておこう。
「数々の祝いの品、本当にありがとうございました。ホーンラビット伯爵閣下とワイルドウッド男爵様には、ギースが感謝申し上げていたとお伝えください。
皆様が無事王都に到着されますこと、また王都中央学園での生活がより良きものになりますことを、心よりお祈り申し上げます」
店の前で頭を下げ見送りの挨拶をしてくれる行商人ギースさん。
モルガン商会長は王都に商談に向かっているため留守であるとの事。ギースさんからはモルガン商会王都支店には以前お会いしたロイドさんが勤めに入っているので、何かあれば頼って欲しいとのありがたいお言葉を貰う事が出来ました。
「それではギースさん、今度はマルセル村でお会いしましょう」
“ハイッ、ガタガタガタガタ”
動き出した馬車、俺たちは行商人ギースさんに別れを告げると、グロリア辺境伯様に挨拶に向かう為領都グロリア辺境伯家居城へと馬車を向けるのでした。
――――――――
歴史を感じさせる重厚な造り、オーランド王国北西部を代表する高位貴族家グロリア辺境伯家居城は、その主であるグロリア辺境伯様の気質を現すかのように、凛とした雰囲気に包まれた場所でした。
「グロリア辺境伯様、お久しぶりでございます。
本日はこのような拝謁の機会を賜り、心からの感謝を申し上げます」
エミリーが口上を述べカーテシーを決める。その動きに合わせ深く礼をする俺たち。
「うむ、エミリー嬢、よくぞいらしてくれた。
王都学園入学おめでとう。北西部貴族連合の盟主として、寄り子であるホーンラビット伯爵領から四人もの若者が上級職を授かったことを喜ばしく思う。
中でも聖女の職を授かったエミリー嬢と勇者の職を授かったジェイク殿は、今後多くの者たちから注目されることだろう。だがそうした周囲の者たちに振り回される事なく、自らの信念を持ち先の道を決めて行って欲しい。
我々北西部貴族連合の者たちは諸君の活動を全面的に応援する。
王都という場所に怯むことなく、大いに学び成長してくれることを望む」
「「「「ありがとうございます、グロリア辺境伯閣下のお言葉を胸に、精進いたします」」」」
「うむ、良い返事だ。今宵は祝いの席を用意している。十分英気を養い、王都へと旅に備えよ」
「「「「はい、グロリア辺境伯閣下の御心使い、感謝いたします」」」」
謁見の後、部屋を下がるグロリア辺境伯閣下を見送ってから執事さんに案内され来客用の部屋に向かった俺たち。男女別々の部屋に別れ、晩餐まで休憩する事に。
「だ~、疲れた、スゲー緊張した。グロリア辺境伯様の威厳と言うか威圧感って凄いのな、授けの儀の時にご挨拶にお伺いしたときはそこまで思わなかったけど、冷静に考えて辺境伯様って言ったら雲の上の人どころじゃない高位のお貴族様だよね?俺なんでそんな凄い方の前で挨拶しなくちゃいけないの?
俺ってただの騎士だよね?伯爵家に勤めているとは言っても身分としては男爵様の下だよね?」
執事さんとメイドさんが部屋を出たのを確認し、堪らず息を吐き出す俺に、苦笑いを向けるグルゴさんとギースさん。
「諦めろジェイク。お前の職業が勇者である以上これは逃れられない運命だ。
過去の勇者を見ても分かる様に勇者とは女神様から齎された人類の希望であり力の象徴、勇者がその国に所属しているというだけで他国から一段上に見られるほどその存在意義は大きい。
いずれ国王陛下との謁見の機会もあるやもしれん、覚悟はしておいた方がいいぞ?」
「えっ!?脅さないでくださいよグルゴさん。そんな冗談ばっかり・・・冗談ですよね?」
“““ブンブンブン”””
一斉に首を横に振るジミーとグルゴさんとギースさん。そんな馬鹿な。ゲームじゃあるまいし、ただ勇者って職業を授かっただけで俺なんて何もない辺境の田舎ものだよ?
国王陛下との謁見とか言われても、俺緊張で死んじゃうよ?
そう言えばロナウドの奴、ダイソン公国とオーランド王国との終戦交渉の時、パトリシア様たちと一緒に王城に乗り込んで国王陛下と謁見してるんだよな。アイツスゲー、俺だったら膝が震えてなにも出来ないって。
「あっ、そう言えばグルゴさんとギースさんはダイソン公国とオーランド王国との終戦交渉の時、王城に乗り込んで国王陛下と謁見したんですよね?
どうだったんですか?緊張とかはしなかったんですか?」
「あ~、あれはな~。あの時はなんて言うか舞台に立った役者みたいな感じだったからな。それも主役じゃなくて主役を盛り立てる脇役?
やる事は覇気を纏ってパトリシア様方の後ろをついて行くだけだったし、特に緊張って事は無かったな~。
どっちかというと王宮騎士団を覇気で気絶させたり王城全体を覇気で覆って威圧を掛けたりとかしてたから気が高ぶってたって言うか?
冷静な状態で王城に向かえって言われたらどうなっちゃうのかなんて、自分でも分からないかな?
でもその経験から言える事は、役に入っちまえば何とかなるって事だ。ジェイクも勇者物語は好きだろう?その中に出て来る勇者様の一人になったつもりで振舞えば案外何とでもなるって。
ケビンに聞いたけど、授けの儀の時はグルゴさんの真似をして騎士の口上を行ってたらしいじゃないか。それくらいのつもりでやればいいんじゃないのか?
こんなのは慣れだ慣れ、大福ヒドラに比べたら怖くないって。って言うか霊亀と戦うだけの度胸があれば大概の事は何とでもなる。霊亀に比べりゃ王族だって小虫以下だからな?」
そう言い肩を竦めるギースさんの言葉に、何故かスッと肩の力が抜ける俺。まぁ、確かにあの化け物と比べれば他の有象無象なんてどうという事はないのかな?
「そう言えばジミーはさっきも全然動じてなかったけど、それって暗黒大陸ではお偉い方々に接する機会が多かったからとかなのか?」
「ん?まぁそうだな、ゼノビアさんは魔王軍四天王だし、国のトップの一人ではあったしな。
でもあの国全体が強い者が偉いって風潮があるから、オーランド王国のような権威や権力といったものによる上下関係ってのはあまりなかったかな?
俺の場合そんな環境で過ごしてたからか、たとえ国王陛下と言えども敬意は払うが畏縮するといった事はないかな?
流石にケビンお兄ちゃんみたいな真似は出来ないけどな」
そう言い何故か遠い目になるジミー。それと同時に「「あぁ、そうだな~」」と言って同じ様に遠い目をするグルゴさんとギースさん。
えっ、ケビンお兄ちゃん、一体何をやったの?
「ジェイク、これはマルセル村存続に関わる秘密だから他言するなよ?たとえエミリーお嬢様であってもだ、約束できるか?」
真剣な表情で話し掛けるグルゴさんに、唯々頷く事しか出来ない俺。
そんな俺の様子に一つ頷き、グルゴさんが口を開く。
「ジェイクはランドール侯爵家との紛争の時ケビンがポンポコラクーンに扮してグロリア辺境伯軍を勝利に導いた話は知ってるだろう?
ケビンの奴はその後ランドール侯爵家居城で行われた終戦交渉の時に黒衣の謎の人物として姿を現して、その場にいた者たちを恐怖のどん底に叩き落としたんだよ。
当然そこにはランドール侯爵様や前グロリア辺境伯様もおられたんだ。俺たちはその場にいなかったから直接その現場は見ていないが、城内を覆った気配に何が起こったのかと恐怖したものだよ。
ケビンの奴は事もあろうかそれを王城でもやりやがった。国王陛下をはじめ宰相閣下やあの場にいた高位貴族の者たちは、この国に存在する決して触れてはいけないものに心底恐れを抱いたはずだ。
ケビンの奴はそれだけじゃなく王城での素材買取交渉の際にもその場の者に威圧を掛けて“お前らがその気なら潰すぞ?”と宣言したらしい。
そんなケビンの姿を見て育ったお前らだ、王都に行こうが国王陛下に謁見しようが何とでもなる。緊張したらケビンのことを思い浮かべてみろ、ケビンだったらどうするんだろうとかな?
緊張で硬くなった体が一瞬にして和らぐぞ、その代わり頭を抱えたくなるけどな」
「「「あぁ~、なるほど」」」
俺たちはケビンお兄ちゃんの事を思い起こし、この先何が起きようとも“ケビンお兄ちゃん”に比べれば大したことないと、改めて
本日一話目です。