「卒業生の諸君、卒業おめでとう。皆がここ領都学園を無事巣立つ日を迎えた事、グロリア辺境伯領領主として嬉しく思う。
これから諸君らは様々な分野で活躍するだろう、その際には辛い事や苦しい事もあるであろう。
そんな時、この領都学園で学んだことを思い出して欲しい。三年間の研鑽の日々を、共に学んだ友の事を。この学園での学びが諸君らの人生をより豊かなものにしてくれることを願っている。
領都学園卒業生という誇りを胸に、北西部地域発展のため、大きく羽ばたいてくれるものと期待している。
この卒業記念パーティーは領主としてのささやかな祝い、存分に楽しんで欲しい」
““““パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ””””
講堂に響く大きな拍手。グロリア辺境伯閣下は若者たちの様子に満足気に頷かれると、学園長と共に会場を後にする。
偉い方々の退場を見届けたかのように、音楽隊の演奏が会場に静かに広がる。それを合図に卒業生たちは動き出す。
ある者は意中の相手をダンスに誘い、ある者は立食パーティー形式の料理に舌鼓を打ち、ある者は友との別れを惜しむ様におしゃべりに花を咲かせ。
皆がそれぞれの形で学園を卒業するという事を、学園の思い出を、忘れえぬ記憶として胸に刻もうとしているのであった。
“モグモグモグモグ”
「ケイト、この料理旨いな」
“モグモグモグモグ”
「学園の食堂の料理は絶品、寮母さんの朝食と夕食は私の希望。この食事を食べる事が出来なくなる事が、唯一の悲しみ」
「そうよね、学園の食事って街の食堂よりも美味しいですもんねって悲しむところそこ!?ケイト、今朝交わした会話は何だったの?
ケイトらしい最後の言葉に私結構嬉しい気持ちになってたんだけど?私の感動を返して!!」
「「・・・ベティー、ワイルドウッド男爵家に就職しない?我々ボケは常にツッコミを募集しています」」
「だ~か~ら~、私はグロリア辺境伯家騎士団の入団が決定しているの!!夫婦そろってボケかます主人の所になんか行かないから~!!」
「「またまた~、実はお好きなんでしょう?」」
「卒業記念パーティーでそれはやめろ~!!」
楽しみ方はそれぞれ、ボケる者、ツッコミを入れる者。領都学園は素晴らしい人材を育成して下さった。俺の隣では“ベティーのツッコミは私が育てた”と言わんばかりにドヤ顔をするケイトさん。
ケイトさん、いい仕事をされました。
俺はベティーちゃんの今後の活躍を祈って、ワイルドウッド家特製のハリセン(小)を進呈するのでした。
「うわ、これはどうもありがとうございます。これでどんなボケに対してもいつでもツッコミをって違うでしょう!!“スパーーン”何で私が率先してツッコミを入れないといけないのよ、私は騎士になるのよ、騎士に~!!」
「「おぉ~、的確なツッコミ、既にハリセンを使い熟しておられる。流石将来有望な逸材」」
““““パチパチパチパチパチパチ””””
周囲の卒業生からは「ケイトのお母さんが正式にツッコミに就任されたわよ」とか「お母さん、頑張れ」とかの温かい声がですね。
これにはケイトもご満悦、ベティーちゃんはハリセンを持ちながら頭を抱えておられますが、それってこの俺にもダメージを与えられる逸品ですんで、大事に使ってあげてください。
魔獣や犯罪者相手にツッコミを入れながらハリセンで引っ叩く女騎士、凄いシュール、超見たい。俺はベティーちゃんが騎士団一のツッコミ師になる事を願わずにはいられないのでした。
「ところでアレン君は卒業後どうするの?前に大陸の東の地にシルク布を仕入れに行く商人になるとか言ってたけど」
ケイトとベティーちゃん、ローズさんの三人が何やらわちゃわちゃ盛り上がっている中、取り残されたアレン君に言葉を向ける。
ハーレム主人公は遥か昔、アレン君、今じゃすっかりパーティーのお世話担当になっていて基本見守り係なんだそうです。それもあって男子生徒の友達も結構出来たんだとか、女子生徒からは“年上趣味のアレン”というありがたい二つ名を貰っているんだそうです。
「俺は父親の紹介もあって王都のアパガード商会の下で行商人の修行に入ることになってるんです。アパガード商会って言えば王都でも指折りの大商会、大変な分学ぶ事も多いと思うんですよ。
ベティーたちと離れ離れになるのは寂しいですけど、皆に胸を張れる商人になれるよう頑張ろうと思います」
そう言い力強い瞳で拳を握るアレン君。アパガード商会って商業ギルド会長さんの所の大商会じゃん、凄いなアレン君。
言うなれば地方大学出身者が住友商事とか丸紅に就職したようなもの、って言うかアレン君の親父さんのコネ半端なくない?いくら成績優秀だからって望んで入れるところじゃないと思うんだけど?
「アレン君のお父さんって凄い商人だったんだね。アパガード商会って言えば王都では知らない者はいない大商会じゃん。そんな凄い商会とコネがあるなんて」
「ウチの父親が営むロナウド商会はヨークシャー森林国の高級木材の輸入で財を成した総合交易商でして、アパガード商会は主要取引先の一つなんです。
その関係で上の兄も修行に入らせてもらってるんですよ。もっとも行商人としての修行に入るのは俺だけなんですけどね、アパガード商会は様々な部門に分かれてますから、兄たちと顔を合わせる機会はほとんどないんですが」
そう言い自身の将来を語るアレン君の顔はキリッと締まった男の顔。大手に就職の決まった新入社員のような凛々しくも頼もしいものでした。
「う~ん、王都の商会に行くんだったら少しは力になれるかな?
王都に商人街って言われてる住宅街があるんだけど、そこに“商人街の悪夢”って呼ばれてる有名な呪われた屋敷があるんだよね。
もしアレン君が王都で困った事に巻き込まれて相談したい事があったらそこを尋ねるといいよ。そこって今はワイルドウッド男爵家の屋敷だから。
去年王都に行った時どこか面白そうなところがないかと思ってうろついてたら偶々見つけてね。呪われた屋敷ってワクワクしない?凄いロマンを感じるよね。
俺と同じくロマンを分かち合える使用人が住み込みで働いてるから、用件を伝えてくれれば連絡が付く様になってるから」
俺の言葉に何故かドン引きといった顔になるアレン君と織絹さん。ん?俺っておかしなこと言ってないよね?
「あっ、いや、ケビンさんが相変わらずケビンさんだったって思っただけだから気にしないで。でもありがとう、何かあった際は伺わせてもらうよ」
そう言い乾いた笑いを浮かべるアレン君。どこか納得できないながらも、「いつでも訪ねて来てね」と言葉を返す俺なのでした。
「ケビン、一曲踊る」
それはケイトからのダンスの誘い。どうやらケイトさん、学園の授業の一環でダンスのレッスンも受けていた様です。
膝を曲げて上目使いで誘うケイトの手を取り「こちらこそ」と応える俺氏。ダンスは以前エミリーちゃんの淑女教育を行った際に、一緒にデイマリア様から仕込まれてるので簡単なものだったら踊れるんですね~。
当時は何故俺も?と思ったものですが「身長差が丁度いい相手がケビンしかいなかったから」と言われて断れなかったんですよね。
でもあれっておかしかったんだよな~、エミリーちゃんのレッスンなのになぜか俺パトリシアお嬢様とばかり踊らされたんだよな~。
まぁそのお陰でこうしてケイトの要望に応えられるんだから良しとしましょう。って言うか別に上目使いがやりたいからって膝を曲げなくても良くない?そりゃ俺のほうが背は低いけどもさ!!
曲が止まりダンスを楽しんでいた卒業生たちが互いに礼をしてその場を下がる。入れ替わるように次の人たちがホールの中央に集まる。
俺は右手を胸に当て左足を少し後ろに引いた姿勢で礼をする。ケイトはそんな俺の前でカーテシーを決める。
左手をケイトの右手に組み合わせ右手で背中をホールド、会場に流れる優雅なメロディーに合わせステップを踏む。
“ズンタンタン、ズンタンタン♪”
一・二っ・三・二・二・三と頭の中でリズムを刻みながら、ワルツのメロディーに身を躍らせる。
ケイトの瞳を見詰めニコリと笑顔を向ける。ケイトは嬉しそうに微笑みを返す。ゆったりとした音楽の調べ、周囲の人々は視界から消え、ケイトと自分の二人だけの時間が過ぎて行く。
“ジャン、ジャジャン、ジャンジャン♪”
曲が終わり互いに一礼をしてその場をって皆さんどうしたの?そんなビックリしたグラスウルフみたいな顔でこっちを見詰めて。
何故かポカンとする周囲の様子に顔を合わせ首を傾げる俺とケイト。
「「「イヤイヤイヤ、何不思議そうな顔をしてキョトンとしてるの?ケイトが凄く自然な笑みで笑ってたんですけど?完全に二人の世界だったんですけど?と言うかダンス目茶苦茶上手いんですけど!?」」」
何故か驚きの表情でツッコミを入れる御三方、ケイトの笑顔がそんなに意外かね?・・・意外なんだろうな、多分。
それとダンスはデイマリア様とパトリシアお嬢様の特訓のお陰ですね。
今でも時々練習させられてますし。
「別れるってどういうことだよ、これから互いにがんばって夢を叶えて行くんじゃなかったのかよ!!」
俺たちがそんな和気あいあいとしたやり取りをしている中、突然会場に響く怒声。声のする方を向けば怯えるように俯く女子生徒と、なにか納得できないといった顔の男子生徒。女子生徒の後ろにはそんな彼女を心配し庇おうとする男子生徒の姿。
「なぁ、考え直せよ、俺たちはずっとうまくやって来たじゃないか。お前だって俺の事を応援してくれてただろう?」
諭すように、なるべく優しく声を掛けようとするも怒りの感情が隠し切れない男子生徒に、女子生徒は黙って俯いたまま首を横に振る。
「まぁまぁまぁまぁ、如何した如何した、そんなに声を荒げて」
男子生徒が女子生徒の態度に怒りの感情をぶつけようとした瞬間、その場に割って入った黒い影。そう、彼こそが我らがヒーロー、世界を笑顔に変える男、“ツッコミのハリー”その人なのでした。
「って言うかお前ガレアンじゃん、我が学園期待の星がどうしたのよ。我が校から唯一王都守備隊に採用された俺たちの誇り、ガレアンが王都で頑張ってると思うだけで俺たちも勇気が貰えるんだぜ?
ガレアンの同期として恥ずかしくないように頑張ろうって。
お前がそこまで感情を露にするって事はよっぽどの事だとは思うけど、一度落ち着いて話を聞かせてくれないか?俺たちはみんなガレアンの味方なんだからさ。
ジョアンナさんもいいかな?
みんな二人の事が心配なんだよ。話してくれれば力になれると思うからさ」
凄いぞハリー師匠、興奮した男子生徒に周りは全て味方だと言って気持ちを落ち着かせ、女子生徒にはみんなが心配してるからと寄り添った態度で近付く。一瞬にして場を収めたその手腕、勉強になります!!
そんで話を聞けば王都に就職の決まった彼氏とグロリア辺境伯領に就職した彼女の別れ話って奴ですね。まぁこのご時世で遠距離恋愛は無理でしょう、彼女の判断は間違ってないかと。彼氏の方もどの道王都で新しい出会いを求めちゃうだろうしね。年頃の男が周りに寄って来る女性を振り払って故郷の彼女を思い続けるなんて、無理無理無理。そんな男だったら最初から彼女と離れ離れになる選択なんてしないから。と言うか向上心の高い男を追い掛けて女が付いて行っても捨てられるのが落ちよ?
都会の見目麗しい女性たちに目移りしない保証はどこにもないからね。
「そうか~、ジョアンナさんはガレアンの事を思い身を引く決心をしたのか。辛かったよな、苦しかったよな、でもそれを乗り越えて別れを切り出す、中々出来る事じゃないよな。
ガレアン、お前は本当にいい彼女を持っていたんだな、俺、涙なしには二人を見れないよ。これも全てガレアンの人望、ガレアンが素晴らしい人物だからこそその足を引っ張りたくない。
お前は本当にいい男だよ」
出た~、ハリー師匠、褒め殺しに入りました~!!
よくよく聞くと“お前振られただけじゃん、諦めろ”て言ってるだけなのに全然違って聞こえるこの不思議、ガレアン選手、めっちゃ困惑しております。
俺はスッと隣のケイトに目配せをします。ケイトは状況が分かったのかコクリと頷きで返すのでした。
「“あの人は旅立つ~ 希望を胸に~♪
私は一人~丘の上に立ち~ あの人を想う~
優しく頼もしか~った いつも胸がときめい~た~
幸せな日々 でも青春は~ 儚い~♪
私の願いは~ あの人の幸せ~ 輝く未来へ~
白い花咲く この丘~で~ あの人を想う~♪”」
胸に染み渡る女性の想い、彼氏の幸せを願い身を引く決心をした彼女は、一人丘の上で彼氏の旅立ちを見守る。
ケイトの渋い声音が講堂に広がる。
男子生徒は胸に手を当てこれまでの楽しかった日々を思い出しているのだろう、スッと膝を折ると女子生徒に向け声を掛ける。
「ジョアンナ、今までありがとう。俺は王都で頑張る、ジョアンナの想い、確かに受け取ったよ。
テッド、ジョアンナの事を頼む。ジョアンナに困った事があったら支えになってやってくれ」
「ガレアン・・・分かった、ガレアンも元気で、王都での活躍を祈ってるよ」
““““パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ””””
割れんばかりの拍手が会場を包む。ガレアンはハリー師匠に二三声を掛けると、一人その場を後にするのでした。
・・・う~わ、みんな雰囲気に飲まれて誤魔化されちゃってやんの、って言うかジョアンナさん、二股掛けてたんかい!!
俺は“どうよ、私頑張ったでしょ?”とドヤ顔を決めるケイトにサムズアップを向けながら、女性って怖いと改めて思い知らされるのでした。
本日一話目です。