“ガタゴトガタゴト”
冬の草原の街道を馬車が進む。
“““カッポ、カッポ、カッポ、カッポ”””
そんな馬車の周りを取り囲む様に、三騎の騎馬が周囲に目を光らせる。
街道には荷車を引く者、荷馬車や幌馬車を走らせる者、無論徒歩で移動する者も多くみられ、ここが地方都市ではなく多くの人と物とが行き交う大都会だという事を嫌が応にも分からせられる。
「なぁジミー。これは素朴な疑問なんだが、何で王都周辺に草原が広がっているんだ?冷静に考えるとこれっておかしいよな、だって王都と言えば大都会、必要とする食料も当然多い。だったらすぐ側に農地を広げて野菜とかの生鮮食料品を育てた方が効率的なんじゃないのか?」
馬上で周囲に気を配りながらも、俺は素直な疑問を口にする。王都に到着するまで様々な領地を経由して来た。中には街壁の周辺が広大な畑といった街も存在していた。
大きな街の側には大なり小なり河川があり、人が生きるにも農業を行うのにも最善な場所というところが多かった。ここ王都にもすぐ脇に大きな河川が見て取れる。であるのなら人々の集中する王都周辺に畑ではなく草原が広がっているのが疑問でしかなかったのだ。
「う~ん、これは俺の憶測だが、それこそ王都が作られたころは周辺に多くの畑が点在していたんじゃないのか?人が生きるには水と食料が不可欠、その二つが揃わなければ都市の成立は難しい。
だが次第に王都を中心とした経済圏、流通網が確立して行ったとしたらどうだろう?
オーランド王国内で多くの食糧を流通させるのは厳しい、魔物や盗賊といった脅威があるからだ。だが決められた範囲を集中的に管理するという事はそこまで難しくない。王都周辺で魔物や盗賊被害が多発しているなんて事になったら王家の名前に傷が付く、当然のように取り締まりは強化される。これは何も王都に限った事じゃない、グロリア辺境伯領領都グルセリア周辺もそうだったからな。
であればマジックバッグにより生鮮食料品の大量輸送が可能なんだ、農業に特化した農村地域を作り監督官に管理させた方がいい。王都周辺の農地は増える人口に合わせ拡大する都市に呑み込まれる様に姿を消していった。
そういう事なんじゃないのか?」
「なるほどな。でもそうなったら新しい街壁周辺に農地を作ったらいいんじゃないのか?」
「その辺の理由は分からんが、農地としては不向きか王都防衛のために必要な措置か。意味もなく草原にしているとは考えにくいな。
単にこれ以上の人口流入を防ぐ意味合いが強いのかもしれないがな」
「ふ~ん、でもジミーは凄いな、よくそこまで考えられるもんだ。やっぱり暗黒大陸で色んな街を渡って来た成果か?」
「そうかもしれないな。多くの人々と触れ合いマルセル村だけじゃ見聞きできない様々な物事を知ることが出来た、それだけでもあの武者修行は無駄じゃなかったと思ってるよ。
しかし王都はデカいな。あの街壁って一体どこからどこまで広がってるんだ?」
随分と前から見えている王都の街壁、側に近付けば近づくほどその長大さが肌で感じられる。ギースさんの話では王都には何十万という人々が生活し、王都を守る軍隊だけでも数万という規模なんだとか。
その話を聞いた時には「えっ、ギースさんたちって確か王都の騎士団を壊滅させたって言ってなかった?数万の軍勢をたったの八騎で!?」と目を見開いて驚いたものであった。もっともギースさんは「壊滅させたと言っても騎士団と貴族の私兵だけ、総数も二千に満たないから余裕」とか言ってたけど、それって十分ヤバいから。
リアル一騎当千、やっぱりホーンラビット伯爵家騎士団の面々って頭のネジがどこかにいってると思った一幕でありました。
「次の方、ご身分と目的をお願いします。それと車内の確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
地方の各領地と違い王都は季節に関係なく多くの人と物が集まってくる大都会、当然貴族関係者も多く貴族専用門と言えども馬車の列が出来上がります。
そして最も大きな違いは貴族であろうとも車内の確認が行われる点、流石に荷物の一つ一つ迄検査される事はありませんが、貴族たちは率先して身の潔白を証明するかの如く兵士の見分を許します。これは王家に対する忠誠の証であり、自分たちに
「うむ、我々はホーンラビット伯爵家騎士団の者である。この度ご息女エミリー・ホーンラビットお嬢様が王都学園に入学される事となりお送りした次第。入街を許されたし」
“ザワザワザワ”
グルゴさんが口上を述べた途端周囲にざわつきが広がり、門兵さん方に緊張が走る。車内確認を行うはずの門兵さんがビシッと姿勢を正し直立不動の構えで固まってるんですけど?
王都でどれだけ恐れられてるんだホーンラビット伯爵家騎士団。ボビー師匠とヘンリー師匠は王宮騎士団が機能不全を起こすから来ないようにしてくれと王家からお願いされてるんだとか。話に聞いた時は乾いた笑いを浮かべるくらいで済んだけど、こうして現場を見せられるとめっちゃドン引きなんですけど。
そう言えばケビンお兄ちゃんが出発前に「王都ではホーンラビット伯爵家騎士団の事を“辺境の蛮族”とか“狂人集団”とか呼ぶ人もいるけど気にしないように。事実だから」とか言ってたけど、この対応を見るとあながち誇張表現じゃなかったみたいです。
俺たちも学園じゃビビられちゃうのかな?それならそれで別にいいんだけど。
“ガチャリ”
開かれた扉、車内からはエミリーがにこやかな笑みを浮かべ、門兵さんに言葉を掛けます。
「お勤めご苦労様です。ホーンラビット伯爵家次女、エミリー・ホーンラビットと申します。王都は初めてですので入街の作法は分かりませんが、見分が必要というのでしたらご存分に。
ディア、門兵様の職務を邪魔する訳にはいきません。私たちは一度外に出て「いえ、お降りにならなくとも結構でございます。御心使い、感謝いたします」・・・そうですの?ではそのように」
“ガチャン”
閉められた扉、恐縮し礼をする門兵さん。
エミリーの奴、何も知らない貴族令嬢って事で押し通しやがった。昨日の夜も「パトリシアお姉ちゃんの特訓の成果!!」とか言って大威張りしてたけど、この旅でのエミリーってマジお嬢様だったもんな~。
「お嬢様の基本は無口でニコリと微笑む事なんですって。言葉使いはゆっくり丁寧に、必要最小限の会話を心掛ける事。あとは優雅な動きを意識していれば完璧って教えてくれたの」
エミリーはパトリシア様の教えを忠実に守ってたもんな~。部屋に入ったらいつものエミリーだったけど。
フィリーとディアは元々公爵家の出身だし、エミリーのお嬢様教育の先生としては最適だしね。
学園でどれだけの生徒がエミリーの毒牙(拳)に沈むんだろうか。表面に騙されちゃ駄目だよって見本だよね。
「ようこそ王都へ、素晴らしい学園生活をお過ごしください」
門兵さん方が敬礼して見送る中、俺たちは遂に王都へと足を踏み入れるのでした。
「グルゴさん、この後はどうしますか?昨晩の話ではグロリア辺境伯家王都屋敷に向かう事になっていましたが」
「あぁ、そうなんだがその前にモルガン商会王都支店に顔を出しておこうと思う。
昨晩も話したが、これから王都で過ごすお前たちが頼りに出来る場所は二カ所、グロリア辺境伯家王都屋敷とモルガン商会王都支店となる。
ただしグロリア辺境伯家王都屋敷は寄り子と寄り親という関係上交流を持つ事自体は問題ないが、勇者であるジェイクが頻繁に訪れる事は他の貴族をいたずらに刺激しかねない。中には“グロリア辺境伯家は勇者を取り込んで王家に反旗を翻すつもりだ”などと言い出す輩もいるだろうしな。
それ程に今のグロリア辺境伯家、正確にはその寄り子であるホーンラビット伯爵家は畏れられている。足を引っ張れるものなら引っ張りたいというのが本音だろう。
その点モルガン商会はグロリア辺境伯領では大商会と呼ばれていても、ここ王都では数ある地方商会の一つに過ぎない。周囲の警戒も薄くなるという利点がある。
何かと頼る事となるだろうから顔合わせは必要だ。
まずはモルガン商会に行き、その後グロリア辺境伯家王都屋敷に向かうものとする」
俺とジミーは真剣な顔でグルゴさんの話を聞く。こうした政治的配慮、周囲の情勢を読むと言った事はマルセル村では絶対に経験できなかった事。これから世界を股に掛ける冒険者になると決めた以上少なからず知っておかなければいけない事。
でもケビンお兄ちゃんはそんな政治的な事を辺境マルセル村にいながら行っていたんだよな~、やっぱりケビンお兄ちゃんはおかしい。
王都という大都会にやって来て改めてケビンお兄ちゃんの異常性を実感する俺たちなのでありました。
――――――――
“ガチャガチャガチャガチャ”
多くの荷馬車が行き交う王都の商人街、多くの商会が軒を連ね冬場という季節など関係ないとばかりに活気に溢れた声を張り上げている。
「ご免、こちらはモルガン商会王都支店で間違いないだろうか?
私はホーンラビット伯爵家騎士団所属騎士、グルゴ・ナイト男爵という。支店長殿に面会をお願いしたいのだが」
グルゴさんの口上に急ぎ店内に入って行く従業員。暫く後、そこに顔を出したのは意外な人物でした。
「エミリーお嬢様、ジェイク殿、お久し振りでございます。王都への無事なお着き、心よりお喜び申し上げます」
店の奥から顔を出し挨拶をしてくれた人物、それは王都に商談に向かっていたモルガン商会長その人なのでした。
「モルガン商会長様、お久し振りでございます。この度は王都学園入学に際し多大な御助力をいただき、感謝の念に堪えません。
義父ドレイク・ホーンラビット伯爵にかわりお礼申し上げます」
そう言いカーテシーを決めるエミリー。そんなエミリーに倣う様に俺たちも深々と頭を下げます。
「いえいえ、どうぞ頭をお上げください。このような勿体無きお言葉、このセルジオ・モルガン感激の至りでございます。
ささ、店前ではゆっくりと話も出来ません、どうぞ中にお入りください」
そう言い入店を促すモルガン商会長に連れられ、俺たち一行はモルガン商会王都支店の中へと入って行くのでした。
「う~ん、そうだな~。それだったらまずは甘味処の揃ってる西区の大通りから攻めてみるってのはどうかな、へたに場所を決めずぶらつきながら良さげなお店に入るってのも悪くないと思うぞ?
やっぱり女性は一緒に何かをしたり共に発見を共有した方が喜ぶと思うんだ。そこがいまいちのお店だったとしても、それはそれで共通の話題になると思わないか?あの時の店は不味かったね~とか」
「なるほど、流石はロイドの兄貴、勉強になります」
「ハハハハ、それ程でもないさ。しかしケビンが結婚とはね~。俺なんか未だに彼女の一人も出来ないってのに」
「またまたまた~、ロイドの兄貴が遊び過ぎだからじゃないんですか~。
兄貴なら彼女の一人や二人直ぐにでも」
「イヤイヤ、これがまた難しいんだって。王都の女性は上昇志向だからな、俺みたいなサボり癖のある様な男は相手にしてくれないんだって」
モルガン商会長に案内されて向かった応接室からは、既に先客がいたのか楽しそうなおしゃべりが聞こえてきます。でもこの声どこかで聞いた事がある様な・・・。
“ガチャリ”
「オホンッ、ロイド、こんな所で一体何をしているのかな?ここは来賓を出迎える為の応接室だと思ったのだが、私の勘違いだったのかな?」
応接室には静かでありながら威圧感を伴ったモルガン商会長の声音が響きます。
「これはモルガン商会長、お疲れ様です。このロイド、ホーンラビット伯爵領からおいで下さいましたケビン・ワイルドウッド男爵様と新しい商材についての商談を行っていたところでありまして、グロリア辺境伯領領都でも大変評判の良いワイルドウッド男爵家の酔い覚まし薬と胃薬の納品についてお話させていただいていたところでありました。
いや~、ワイルドウッド男爵、大変すばらしい商談をありがとうございます。
この後はご希望通り歓楽街の商店主に話を聞きに行くという事で」
「うわ、ロイドの兄貴、俺を売らないでくださいよ~。今日は調薬師のケビン君としてお伺いしたって言ったじゃないですか!!
オホンッ、失礼した。お忍びでの訪問故この様ないでたちである事許して欲しい。
モルガン商会長殿、昨年来でありますな、ご壮健のようで何より。
先程ロイド殿が申した通り、領都のモルガン商会本店に卸させていただいている品をこちらでも扱って貰えないかとお伺いした次第でな。
王都では調薬師の個人取引が難しいと薬師ギルドで言われてしまったのだよ。商業権や何やらと王都での行商は制約が多い様なのでな。
ん?後ろに居られるのはエミリーお嬢様ではありませんか。無事なお着き、このケビン、心からお喜び申し上げます」
そう言い胸に手を当て騎士の礼をするケビンお兄ちゃん。
“““““何で王都にいるの、ケビンお兄ちゃーーーーーん!!”””””
俺たちは唐突なケビンお兄ちゃんの登場に、頭を抱えざるを得ないのでした。