「グロリア代官様、昨夜は大変お世話になりありがとうございました。
お陰様で旅の疲れもすっかり癒え、気持ちも新たに王都学園へと向かう事が出来ます」
「うむ、エミリー嬢にそう言っていただけると王都屋敷の者の励みとなりましょう。御当主ドレイク殿もそうであったが、ホーンラビット伯爵家の方々はとても歓迎し甲斐のある方々ばかりで、当家としても嬉しい限りです。王都学園での困りごとがあれば、いつでも訪ねて来ていただきたい。
我々は心から歓迎させていただこう」
「大変頼もしいお言葉、ホーンラビット伯爵家の者として心よりの感謝を。王都学園ではグロリア辺境伯家の寄り子として恥じぬ様努めてまいる所存、これからも私共ホーンラビット伯爵家をよろしくお願いいたします」
王都バルセンを訪れた翌日、俺たちはグロリア辺境伯家王都屋敷の玄関前でお世話になった王都屋敷代官ネルソン・グロリア様に王都学園に向かう前の挨拶を行っていた。
俺たちとしては豪華な貴族屋敷別邸に泊めていただく事に恐縮しつつ務めて普通に振る舞っていたんだけど、それがこちらの使用人の方々の目には、とても確りした若者として映ったらしい。
なんでも王都に来る寄り子や親戚筋の貴族の皆様は“王都だからって嘗められて堪るか!!”とばかりにえらく気合いが入った態度と言うか、空回りして使用人に対し横柄な態度を取る者も多いんだとか。
その点ホーンラビット伯爵家の者たちは誰に対しても礼儀正しく、変に
「それでは執事様、こちらがお約束のケビン特製酔い止め薬でございます。これからは少なくとも二カ月に一度は王都に参りますので、同じ量をお届けできるかと。
今後ともワイルドウッド調薬店をよろしくお願いいたします」
そんな俺たちの横ではケビンお兄ちゃんが執事さんと何やら商談をですね。どうもネルソン代官様がケビンお兄ちゃんの酔い止め薬を大そう気に入ってるとかで、昨日こちらに訪れた際にケビンお兄ちゃんに売って欲しいと頼み込みまして。
ケビンお兄ちゃん、「手持ちの分だと足りないので、お部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?明日の朝までにはご用意いたしますので」と言って、一人別室で調薬に励んでおられました。
ケビンお兄ちゃんとしては調薬師と農家の兼業で生計を立てていく人生設計をしていたらしく、何処でも調薬が出来る様に常に道具は持ち歩いているんだとか。
「生活薬はスキルが無くても誰でも作れるからね。要は根気、ジェイク君も学園でそういう手に職的な授業があったら受けてみたら?無駄にはならないと思うよ?」
ケビンお兄ちゃんはすり鉢で乾燥した薬草をゴリゴリ粉にしながら、俺にそんなアドバイスをしてくれました。確かに旅の中で薬草の知識は大切、ケビンお兄ちゃん程じゃなくともそうした知識を身に付けておくことは無駄にはならないかもしれません。
「冒険者たちの使う生活魔法<ウォーター>の工夫じゃないけど、直接的な強さとは違った維持する力や支える力ってものを身に付けるのも一つの勉強じゃないかな?
そう考えると、王都での三年間なんてあっという間かも知れないね」
ゴリゴリとすりこぎ棒を回す手を緩めずに、ボツリと呟くケビンお兄ちゃん。何故かその言葉は、俺の耳に残っていつまでも離れないのでした。
“ハッ、ガチャガチャガチャガチャ”
グルゴさんの掛け声にエミリーとディアを乗せた馬車が動きだす。先頭には俺とジミーの騎馬が立ち、後方をフィリーの騎馬が警護する。ケビンお兄ちゃんは馬車の真横を歩きながらギースさんに「いや~、太客が出来ましたわ~。流石はグロリア辺境伯家王都屋敷、太っ腹ですわ~」とご機嫌な様子で話し掛けています。
凄い自由人、昔は「魔物怖い、冒険者怖い、貴族恐い、王都、駄目、絶対」とか言ってたんだけどな~。ケビンお兄ちゃん、目茶苦茶王都に馴染んでません?昨日のぬいぐるみ工房モフモフマミーもそうだけど、しっかり根を張ってるとしか思えないんですけど?
もしかしたらどこか定宿でも見つけて密かに調薬師として生活してるんだろうか?う~ん、流石にそれは無いか~。
なんて言ってもケビンお兄ちゃん新婚ですしね、そんな事をしようものならアナさんやケイトさん、パトリシア様が只じゃ置かないでしょうしね。
俺はあまりに神出鬼没なケビンお兄ちゃんの様子にチラリとその可能性を考えるも、“あのマルセル村第一主義のケビンお兄ちゃんが王都に住み付く?無い無い無い”と自らの考えに首を横に振るのでした。
「お止まりいただきたい。ここは王都学園正門となります。これより先の馬車及び騎馬の進入は固く禁止されております。
これはたとえ王族の方々であろうともお守りいただいている規則。申し訳ありませんが、送迎の方々であろうとも許可のない進入はご遠慮いただいております」
そこはまるで城のような高い壁に覆われた区画でした。重厚な造りの門の前には門兵が立ち、街門のように訪れた人々を誰何しておられました。
「ご免、我々はホーンラビット伯爵家騎士団の者。来年度入学予定のホーンラビット伯爵家御息女エミリー・ホーンラビットお嬢様をお送りしてまいった次第。
またホーンラビット伯爵家家臣の子息に上級職を授かった者が現れた為共に連れて参った。こちらが彼らの入学許可証となる、検められよ」
御者台を降りたグルゴさんが門兵に学園入学許可証を手渡すと、それらを一読した門兵が何やら呪文のようなものを呟きます。
「確かに、魔力紋章が確認されました。ホーンラビット伯爵家の皆様、ようこそ王都学園へ。我々は皆様方の入学を心より歓迎いたします。
入学予定者の皆様はこちらの通用門からお入りになり本校舎の事務所の方へと向かってください。
それとエミリー様付きの使用人の方はこちらの通行証をお持ちください。正式な通行許可証は事務所の方で発行されますので、その際こちらの通行証と交換していただけるようお願いいたします。
皆様の学用品に関しては先だってモルガン商会より搬入があったと聞いております。寮のお部屋の方に学園の制服が用意されておりますので、入寮手続きが済み次第制服へのお着替えをお願いします。
王都学園は王族、公爵家、侯爵家、伯爵家といった高位貴族家の子弟の方々が通われる学び舎です。その為学園内の各所に身分照会の為の魔道具が設置されております。
学園の制服は学園内における身分証の役割も持っておりますので、王都学園在学中は基本的に制服を身に付けられますようお願いいたします」
門兵はそう言い入学予定者である俺たち一人一人にそれぞれの入学許可証を渡すと、通用門より学園内に入るよう促すのでした。
「それではエミリーお嬢様、我々はこれで。エミリーお嬢様の学園生活が充実したものになることを、ホーンラビット伯爵領の領民一同、心よりお祈り申し上げます。
ケビン、馬の方を頼む」
「はい、お任せください。それじゃみんな元気で。みんなの様子はモルガン商会に聞きに行くから、偶にでいいんで顔を出すようにしてね。
エミリーお嬢様、なるべく穏便にお願いします。ジェイク君は逃げませんので。
ジミー、フィリーちゃん、ディアさん、眼鏡似合ってるよ。組み紐の予備が必要になったらモルガン商会のロイドの兄貴に言ってくれれば渡してくれるから。
それとジェイク君、色々大変だと思うけど、強く生きて。困った事や辛い事があったらロイドの兄貴に相談するんだよ?
俺やマルセル村の男どもはそっち方面はからっきしだから。
それじゃみんな、またね」
“ハッ、ガチャガチャガチャ”
動き出した馬車、その後ろを三頭の馬の手綱を掴んだケビンお兄ちゃんが付いて行く。
「行っちゃったね」
小さくなっていく馬車を見詰め、エミリーがボツリと呟く。
“パンパン”
俺は両手で自身の頬を勢いよく叩くと、“ヨシッ”と気合を入れ通用門を潜って行く。
ここから俺の王都学園での生活が始まる。俺はドキドキと高鳴る緊張を隠せないまま、みんなと共に王都学園本校舎の事務所に向かうのでした。
――――――――――
いや~、初々しいですな~。ジェイク君の緊張しながらも前に進もうというあの決意の籠った表情、学園在校生のお姉様方にとっては堪らんでしょうな~。
俺はそんなこれから始まるであろう学園ラブコメ展開に心踊らせつつ、グルゴさん達と共に馬車で王都の大通りを進みます。
三頭の馬はどうしたのか?そりゃ王都学園を過ぎてすぐの建物脇の曲がり角で、影空間に仕舞いましたが何か?
王都学園周辺って割と閑静な住宅街なんですよね、ですのでそこまで人通りも多くないってことで即行仕舞わせて頂きました。
本日の影空間担当は十六夜。あそこって一人で暇つぶしできない人にとっては割と苦痛なんですよね、基本夜と変わらないし。でも十六夜は「王都の本屋に行くぞ」の一言でホイホイと。単純と言うかなんと言うか。
昨夜は書店で大人買いした大量の恋愛小説を読みふけっていたとの事。
ちゃんと寝なさい、それと馬番もしとけよ~。
サボって恋愛小説読んでないかが凄い心配です。
「それでグルゴさんとギースさんはこの後どうします?王都土産を買うならお付き合いしますよ?どうせこの後はマルセル村に帰るだけですし」
そう、後は帰るだけなんです。マルセル村まで飛んで帰っても一時間掛からないんです。ワイルドウッド男爵家王都屋敷経由なら十分もいらない?扉を二枚通るだけだし。移動時間が掛からないって便利だな~。
「そうだな、それじゃ悪いんだが向かって欲しい場所があるんだ」
グルゴさんはそう言うとどこか神妙な面持ちで馬車を進めるのでした。
「すまない、慰霊碑に供える花を包んで欲しいんだが」
グルゴさんが向かった先、そこは王城近くの広場。立ち寄った花売り屋台の女性は、グルゴさんの顔を見ると何かを悟ったように黙って花束を包みはじめます。
「銀貨一枚銅貨五十枚になります」
「ではこれで、釣りは取っておいてくれ」
グルゴさんは花束を受け取ると短い会話の後広場中央に建つ石碑に向かい歩いて行きました。
「グルゴさん、ここは・・・」
石碑の前には沢山の花束と供え物であろうお酒や本、服といった嗜好品と思わしき品々。
“ガサッ”
その中に先程買った花束を供えると、右手を胸に当て軽く頭を下げ目を瞑るグルゴさん。
「ここは先のダイソン公国との戦争で亡くなった戦没者たちの慰霊碑になる。ゾルバ国王自らが動かれて昨年の夏に建てられたらしい。
マルセル村に王家主催のオークションに出品する素材買取に来ているゴートさんがいるだろう?彼に王都の話題を聞いている時に教えて貰った事だ」
グルゴさんはそう言うと石碑に近付き彫り込まれた各貴族家の名前をなぞり始める。
「俺が以前お仕えしていたマルドーラ伯爵家はオーランド王国東部に位置していてな、派閥としてはバルーセン公爵家の派閥に属していた。当然ダイソン公国との戦いには当主自らが参戦されていたはずだ」
石碑をなぞっていた指がピタリと止まる。そこには“マルドーラ伯爵家ゼノン・マルドーラ”の文字。
大きな広場、遠くから子供連れであろう家族の楽しげな声が聞こえる。
「ゼノン様は王都武術学園で燻っていた俺を拾ってくれた恩人だった。己に厳しく常に領民の事を想うような、あの時代には珍しい芯のある真っ直ぐな領主だったよ。俺はあの人の背中に憧れ常に自分を鍛え続けた。
その後のゴタゴタは以前ケビンには話したな。
おそらく今はご子息のウリエル様が後をお継ぎになられているはず、マルドーラ伯爵家の正統な男児はウリエル様だけだからな。
慰霊碑とはいえこうして花を手向ける事が出来た。二度とご挨拶する事は叶わないと思っていたんだけどな。
ギース、ケビン、時間を取らせて悪かった。俺は他に行くところはないが、ギースは何かあるか?」
「いや、俺は特には。土産も昨日良さげなぬいぐるみを買ったしな。
俺、あまり王都にいい思い出がないんだよ。実家からは追い出されてるし婚約者も親友だと思っていた奴に奪われちまったし、よく分からない冤罪を着せられた上に命まで狙われてたしな~。
学生の頃まではそれなりに楽しかったけど、あんな事があった後だと割りとどうでもいいって言うか?買い物をするにはいいけどそれ以上の魅力はちょっとな。
それよりも早いところマルセル村に帰って子供の顔を見たいわ~、一カ月は長いって」
「確かにな。それじゃケビン、そろそろ帰ろう「グルゴビッチ騎士長?グルゴビッチ・エスティニオス騎士長ですよね?」・・・お前は」
「やっぱりグルゴビッチ騎士長だ、ハハハ、絶対生きてると思っていたんですよ。お久し振りです、ナンシーです、騎士長に指導していただいていたナンシー・アルバドールです」
多くの献花が捧げられた慰霊碑の前。その出会いは偶然か、それとも故人の引き合わせか。
それは誰にも分からない事なのであった。
本日一話目です。