“カン、カン、カン、カン”
打ち付ける木剣の音が庭に広がる。
「どうした、お前の騎士への思いはそんなものか?これくらいでへばっている様じゃ、オークはおろかグラスウルフにすら勝てないぞ」
「ハァ、ハァ、ハァ、まだまだ~~!!」
“カン、カン、カン、カン”
荒い息もそのままに木剣を振るう少女、その全てを受け止めつつ、少女の頑張りに口元を緩める青年。
そこは指導者であるグルゴビッチと生徒ナンシーの二人だけの世界。遠い記憶、穏やかで温かい懐かしの日々。
―――――――――
「グルゴさん、果実水を買って来ました。ナンシーさんもどうぞ」
グルゴはケビンから差し出されたカップを受け取り、ベンチの隣に座るナンシーに手渡す。
「ありがとうございます、グルゴビッチ騎士長」
ナンシーは恐縮しながらも渡されたカップに口を付け、「美味しい」と顔をほころばせる。
「そうか、それは良かった。その格好からすると、ナンシーは希望通り騎士の道に進んだって事か。ドレインさんも喜んだだろうな、あの人は昔からナンシーの事を溺愛していたから」
思い出されるのは騎士として過ごしたマルドーラ伯爵領での日々、共に肩を並べ魔物と戦った友の顔。
「ドレインさんには随分世話になったからな。あの人は俺の様な外様にも分け隔てなく接してくれた。
休みの日にはよく家に呼ばれて、ナンシーには剣術の稽古をせがまれて。本当に懐かしい。
ドレインさんは元気にしてるのか?」
目元を緩め懐かしそうに語るグルゴの言葉に、ナンシーは首を横に振る。
「父は先だってのダイソン公国との戦争で伯爵閣下と共に従軍し帰らぬ人に。今日は非番だったので慰霊碑に花を供えようと思いまして。
そうしたらグルゴビッチ騎士長がいらっしゃって、これも父が引き合わせてくれたのかもしれません」
そう言い小さく微笑むナンシー。そんな彼女の表情に、静かに微笑みを返すグルゴ。
国を揺るがす戦争があった、そこには多くの犠牲があった。失われた命、帰る事のない家族、その爪痕は決して消える事は無い。
「そうだ、グルゴビッチ騎士長は今までどうなさっていたんですか?崩れた橋の欄干から落ちた若様を救おうと川に飛び込んで行方不明になったと伺っていたんですけど」
ナンシーの言葉にマルドーラ伯爵領ではそう言う事になってるのかと苦笑いを浮かべるグルゴ。
嫡男であるガブリエルを邪魔と思う正妻、呪いにより男性にされているガブリエルよりも正当な男児を後継者にと考える古参の伯爵家の側近たち。王家には事故死として届け出るのが誰にとっても都合がいい。
「まぁ俺にも色々あってな、若様をお助けできなかった俺がマルドーラ伯爵家に顔を出す訳にも行かない、お前を失望させる様で悪いが俺も命が惜しいからな。
唯一の心残りは大恩ある伯爵閣下に礼の一つも言えなかった事だが、それこそ今更。こうして花を供える事が出来たんだ、それで良しとしないとな。
今は北の辺境の片田舎でホーンラビット牧場の飼育員として雇ってもらってるよ。向こうの二人はその同僚だな」
そう言い少し離れた場所で自分たちの方を見る二人に目を向けるグルゴ。二人の男性はぺこりと頭を下げて視線に応じる。
「えっ、でも騎士服を着ているし、私はてっきりどこかの貴族家に仕官されたのかと」
「ん?あぁ、これか?うちのお嬢様が学園に入学されることになってお送りしてきたところでな、久しぶりに騎士服に袖を通したよ。
うちは田舎だからな、騎士だからってただ剣を振るっていればいいって訳じゃない。畑仕事に村門の警備、何か特技があればそれを生かした仕事とかな?
言わば農兵、気軽でいいといえばそうなんだけどな。
普段ホーンラビット牧場でホーンラビットたちの世話をしている時はもっぱら作業着だな」
そう言い笑顔を見せるグルゴにどこか複雑そうな表情になるナンシー。
「グルゴビッチ騎士長は変わられたんですね」
「まぁ、変わらざるを得なかったというのが本当の所だろうな。今はグルゴビッチ・エスティニオスの名は捨てグルゴと名乗っている。ナンシーには悪いが今の俺は田舎騎士のグルゴ、それ以上でもそれ以下でもないさ」
グルゴはそう言うと「さてと」と言って席を立つ。
「ナンシー、会えて嬉しかったよ。あの幼い少女だったナンシーがこんなに素敵な女性になった姿も見る事が出来たしな。ドレインさんもさぞや自慢の娘だっただろうさ。
じゃあな、幸せに暮らせよ」
「えっ、あの、グルゴビッチ騎士長・・・」
グルゴはまだ何か言いたげなナンシーを後にその場を離れる。それは予期せぬ邂逅、運命のいたずら。街角ですれ違う人々の如く、一瞬の出会いの後もそれぞれの生活は続いて行く。
ナンシーは去って行く嘗ての憧れの背中をいつまでも見つめ続ける事しか出来ないのでした。
“カタコトカタコトカタコトカタコト”
王都の大通りを馬車が走る。車内に人はおらず、御者台に三人の男が座っている。
「う~ん、やっぱり付けられてますね。あのナンシーさん、マルドーラ伯爵家では大分出世していたみたいですね、休日に部下を連れて歩いてるくらいですから」
揺れる御者台の上で、ケビンが手綱を握るグルゴに話し掛ける。
「まぁそうだろうな。ナンシーの家、アルバドール家は古くからマルドーラ伯爵家に仕える古参の騎士家だ。その家の者であれば出世するのは当然だろう。
そこに来て先の戦争、多くの将兵が亡くなった中、急遽補充するにもそうそう揃うものじゃない。領兵は冒険者上がりでもいいとして、騎士は流石にな。
であれば残った者が上に立つのは当然だろう」
グルゴの言葉にケビンとギースはなるほどといった顔になる。
「なぁケビン、この後どうするんだ?」
「そうですね、このまま知らん顔をして消えちゃってもいいんですけど、今後の事を考えるとこの際しっかりご挨拶をしておいた方がいいかと。
グルゴさん、そこの角を左に曲がって貰えます?ちょっと寄りたいところが出来ましたんで」
“カタコトカタコト”
馬車は揺れる、三人の男達を乗せながら王都の街並みを抜けて行く。彼らは走る、事態の収拾に向けて。過去からやって来たざわめきを、故郷マルセル村に持ち込まない為に。
―――――――――
「グルゴビッチ・エスティニオスを見掛けたというのは本当ですか?」
「ハッ、王城前広場の戦没者慰霊碑に花を供えているところを偶然発見いたしました。
部下に後を追わせましたところ、商人街住宅地の屋敷に入って行ったとの報告が入っております」
マルドーラ伯爵家王都屋敷、その屋敷の主人である女性は配下からの報告に不機嫌そうに表情を歪ませる。
「グルゴビッチ・エスティニオス、大人しく姿を消していればよいものを、今更何を。
して、グルゴビッチの現在の様子は当然調べて来たのでしょうね?」
「ハッ、グルゴビッチ・エスティニオスは現在名を変えとある貴族家に仕えている模様です。その家がどう言った家名であるのかまでは聞き出す事は叶いませんでしたが、なんでもホーンラビットの飼育を行っているとか。グルゴビッチの主な仕事はそのホーンラビット牧場の飼育員であるとの事でした。
その場には同僚であるという者が他二名おりましたが、いずれも農兵であることを認めているといった様子でした」
報告者の言葉に途端馬鹿にしたように息を吐き捨てる女性。
「ハンッ、所詮逃亡者、田舎の下級貴族にでも拾われたといったところでしょう。まぁいい、グルゴビッチの居場所は分かっているんです。至急部隊を編成しグルゴビッチを捕らえなさい」
「しかし奥様、それには名目が必要では。相手は他の貴族家に仕える身、一方的に身柄を要求しても応じる事はないかと。
それに罪状を付けるにしても我がマルドーラ伯爵家の醜聞になりかねません。
ここは一度使者を送り話し合いの場を設けることが得策であると愚考いたします」
女性は配下の言葉に手に持つ扇をパシンと鳴らし、鋭い視線を送る。
「お前は誰に口をきいているのです?お前の意見などどうでもいい、まったくダイソン公国だのと愚者が偉そうに反乱など起こしたせいで騎士が不足してしまったとは言え、お前のような者を取り立てねばならなかったとは。
もういい、下がりなさい。この件は別の者に行わせます。
今宵は当家主催の夜会があるのです、お前はその警備にでも回りなさい」
「ハッ、申し訳ありませんでした。失礼いたします」
“パシンッ、パシンッ”
女性は苛立たし気に扇を打ち鳴らしながら思考を巡らせる。
いずれにしろ不穏分子は排除しなければならない、夫であったゼノン・マルドーラが戦死した以上実質的なマルドーラ伯爵家の主は自分、息子ウリエルの支配を盤石なものにする為にも、全ての禍根はその根から刈り取らなければ。
「下級貴族ごときに何が出来るというのです。従わないのであればグルゴビッチごと始末すればいいだけの事」
女性は配下に指示を出し、グルゴビッチの捕縛へと向かわせるのでした。
――――――――
「なぁケビン、何かご立派なお屋敷の続く住宅街に来たけどさ、ここって商人街とか呼ばれる高級住宅街じゃなかったか?」
御者台に座るギースがケビンに問い掛ける。
「そうですね、あっ、そこの屋敷です。門を開けて来ますんで、ちょっと待ってください」
ケビンはそう言うや御者台を飛び降り、目の前の屋敷門に向かい走り出す。
そこはまるで新築のような新しい建物の建つ屋敷。よく手入れの行き届いた庭は、冬であるにも関わらず美しい緑が広がり、見る者の心を惹き付ける。
「それじゃそのまま中に入ってください」
ケビンの案内に従い屋敷内へと馬車を進める一行。その様子を遠くより探っていた者たちは、監視の者を残し、報告に戻って行く。
「なぁケビン、ここって一体・・・」
「あぁ、それはですね」
「「「お帰りなさいませ、御主人様」」」
屋敷の前にはいつのまにか三人の使用人が並び、ケビンに向かい深い礼をする。
「ちょくちょく王都に来ることになったんで買っちゃいました。こっちの三人は王都で雇った使用人です。
皆に紹介しておく、こちらの二人は私と同じホーンラビット伯爵閣下にお仕えするグルゴ・ナイト男爵とギース・ブレイド男爵だ。以後この屋敷を利用する事があるやもしれん、覚えておいてくれ」
「「「畏まりました。グルゴ・ナイト男爵様、ギース・ブレイド男爵様、ようこそワイルドウッド男爵家王都屋敷へ」」」
そう言い慇懃に礼をする使用人たちにしばし呆然とする二人。
「伊織、私たち三人分の食事を頼む。ジェームス、この後来客があるかもしれない。その際の対応を頼む。ドーバンはジェームスの補佐に回る様に」
「「「畏まりました、御主人様」」」
返事の後それぞれの持ち場に下がって行く使用人たち。
「それじゃ俺たちも行きましょうか」
そう言いグルゴとギースを屋敷へ案内するケビン。
““自分の事村人だとか田舎騎士だとか言っておいて、一番貴族してるじゃん!!””
グルゴとギースの心の叫びは当のケビンに届く事なく、王都の空に消えて行くのでした。
――――――――――
「この屋敷で間違いないか?」
「ハッ、対象は馬車で屋敷内に進入、以降目立った動きはありません。遠目ではありますが、屋敷内の厩舎と思わしき場所に引き馬が繋がれている様子とその脇に馬車が置かれていることが確認されています」
「よし、目標はグルゴビッチ・エスティニオス、抵抗するようなら切り捨ててもよいとのご命令である。
またこれはこの屋敷の者も同様、我がマルドーラ伯爵家の威光を妨げる者に容赦するな。では行くぞ!!」
「「「「ハッ、奥様のご意向のままに」」」」
王都の住宅街“商人街”、その一角に集まった複数の騎士と思わしき者たち。周囲の住人たちはその光景に一時騒然とするも、その向かう先の屋敷を認めるや、恐怖に顔を染めまるで蜘蛛の子を散らすかのようにその場を離れて行く。
それは見てはいけないものを見たといったような、禁忌に触れた者から逃れるかのような。
「御免、我々はこの屋敷にいるグルゴビッチという男に用があって来た。直ぐにこの門を開けられたし!!」
屋敷前で叫び声を開ける隊長格の騎士。だが屋敷からは一切の返答が帰って来ない。
「構わん、門を開け屋敷内を制圧する。進め!!」
「「「「ハッ!!」」」」
“ギィーーーーーーーッ”
軋みを上げ開かれた鉄柵の屋敷門、靴音を鳴らし侵入して行く騎士たち。
“ギィーーーーーーーッ、ガチャン”
全ての騎士が屋敷内に入った時、鉄柵の屋敷門は誰が触るともなく再び軋み音を鳴らし、その口を閉じる。
商人街に戻る静寂、街の者たちはまた犠牲者が出るのかと身を震わせながら、自身に累が及ばぬ様その場で見た光景を忘却の彼方に追いやるのだった。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora