転生勇者の三軒隣んちの俺   作:@aozora

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第570話 ホーンラビット飼育員、過去を見詰める

煌びやかな室内、華やかな衣装を着た招待客。

 

「ハハハ、そうですな、伯爵閣下のご子息も王都中央学園に御入学とお聞きしております。今年の入学者にはアルデンティア第四王子殿下がおられるとか、第四王子殿下とご学友とは本当に羨ましい」

「それに今年の入学者の中には<聖女>の職を授かった者が二名もおられるとか。お一人は王家が囲い込むとしてあわよくば・・・。

いや~、伯爵閣下の名声は益々高まることでしょうな~、本当に羨ましい」

 

「ハハハ、なに、これも巡り会わせ、息子にはより良い学園生活を送ってもらえればそれで十分であるよ。

ただ一つ妙な噂があってな、今年の王都学園の入学式には国王陛下自らが来賓としてみえられるらしい。これは王太子殿下が御入学されて以来の事、これが一体何を意味するのか、一部貴族の間で様々な憶測がささやかれておる。

息子にはその事も含め期待しておるのだがな」

 

伯爵、子爵、男爵といった様々な貴族家の者が顔を揃えるその席は、社交界と言う貴族家の者にとっての戦場。

交わされる会話の一つ一つ、情報の一つ一つを精査し、その言葉に含まれる意味を理解する。情報は武器であり凶器、社交界に流れる噂一つで家が没落するなど、オーランド王国貴族社会において幾度となく繰り返されてきた歴史の一幕に過ぎないのだから。

 

“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”

 

「本日の夜会も盛況のようですね。皆様大変楽しまれている様子、主催者としては嬉しい限りですわ」

「これも全てマルドーラ伯爵夫人の人望の賜物、この王都社交界の新たな顔と目されるマルドーラ伯爵夫人の手腕は、お見事としか言いようがありませんからな~。

多くの御婦人方がマルドーラ伯爵夫人の教えを乞いたいと連日足を運ばれているとか、本当に素晴らしい御方と縁を結ぶ事が出来たといつも女神様に感謝申し上げているのですよ」

 

会場では人々が様々なグループごとに分かれ、談笑し、互いの情報交換に余念がない。その中でも一際華やかで多くの人々の注目を浴びているのが、夜会の主催者であり屋敷の主でもあるマルドーラ伯爵夫人であった。

 

“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”

 

「ご歓談中のところ大変失礼いたします。奥様、少々お耳に入れたき儀がございますれば」

「何ですかニール騒々しい、場を弁えなさい。問題があるのならそちらで対処すればよいでしょう、何の為の王都屋敷執事長なのですか、皆様の気分を害することとなっては申し訳がないではありませんか。

皆様、私共の使用人がお騒がせして申し訳ありませんでした、深く謝罪いたします」

そう言い周囲の招待客に軽く言葉を向けるマルドーラ伯爵夫人。取り囲む人々は仕方がない事と謝罪を受け入れる。

 

“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”

 

「しかし奥様・・・」

「しつこいですよニール、もういいです、あなたは部屋に下がりなさい。あとは別の者に任せます」

 

「ハッ、失礼いたします」

慇懃に礼をしその場を下がる王都屋敷執事長、その後ろ姿に一瞥をくれると“あれはもう駄目ね、この際使用人の入れ替えも検討しましょう”と今後の予定を決めるマルドーラ伯爵夫人。

 

“ガチャリ”

開かれた会場の扉、入って来た騎士服を着た見慣れぬ人物たちに、訝し気な視線を送る招待客たち。

 

“コツンッ、コツンッ、コツンッ、コツンッ”

彼らは夜会会場の真ん中を誰(はばか)ることなく堂々と進んで行く。そんな男達の様子に、周囲にざわめきが広がる。

 

「失礼、少々よろしいか?マルドーラ伯爵夫人」

その声は男達の一人から掛けられた。

 

「何ですあなた方は?今宵の夜会にあなた方のような下賤な者は招待した覚えがありませんが?

ここは高貴なる方々の社交の場、直ぐさま引き下がりなさい。

誰ですかこの様な者たちを引き入れたのは、誰ぞこの者たちを摘まみ出しなさい!!」

招かれざる者たちの登場に、不機嫌さを隠す事なく声を荒らげるマルドーラ伯爵夫人。しかし男は然して気にもせず言葉を続ける。

 

「これは大変異なことを。我々はマルドーラ伯爵夫人直々の招待でここに足を向けたのですよ?

そうだろう、グルゴ」

そう言い隣の人物に顔を向ける男、話を向けられた人物は肩を(すく)める仕草で言葉に応える。

 

「お前はグルゴビッチ、グルゴビッチ・エスティニオス、何故お前がこの場に!!」

「何故と言われましても招待状をいただいたからとしか。それにしても派手な招待状でしたよ、総勢十二名、自分ごときを高く評価していただきましてありがとうございます」

慇懃に騎士の礼をしながら答えるグルゴに、苦虫を噛み潰したような表情になるマルドーラ伯爵夫人。

 

「警備の者たちは何をしているのですか、早くこの者たちを拘束しなさい!!」

マルドーラ伯爵夫人の言葉に夜会会場になだれ込む騎士と兵士たち。招待客たちはそんな緊迫した状況に騒然とするも、どこかショーを楽しむ様な心持で騒ぎを静観する。

他人の不幸は蜜の味、この騒ぎを醜聞とするのかそれとも趣向を変えた余興とするのか、マルドーラ伯爵夫人の手腕を試す様な状況にどこかワクワクとした気持ちとなって見守るのであった。

 

「ほう、これはこれは、また素晴らしい歓迎を。グルゴ、これを使うといい。折角の余興、楽しませてもらわねばな」

そう言いグルゴに投げ渡されたものは訓練用の木剣、マルドーラ伯爵家の騎士たちは自分たちを馬鹿にしたようなそのやり取りに、怒りの感情を押さえつつ腰の剣を抜く。

 

「ケビン、相手は真剣を構えているんだぞ?気遣いというものはないのか?

まぁいい、へたに切り捨てたとあっては後々問題になりかねないというのも分かるしな。今回は話し合いだったか、面倒なものだ」

“バッ”

それは瞬きの合間だった。

 

“ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ”

吹き抜ける旋風、一体何が起こったのか、その場にいても理解出来ぬ光景。

 

“グホッ、ドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサ”

屈強な兵士が、精強な騎士が、その全てが声を発する事なく崩れ去って行く。

 

「さて、マルドーラ伯爵夫人、楽しい余興はここ迄ですか?」

そう言い一歩足を踏み出すグルゴに、後退るマルドーラ伯爵夫人。

 

「グルゴビッチ騎士長・・・」

そんな両者の間に割って入った者、それは王城前広場の戦没者慰霊碑の前で再会した懐かしの顔。少女から美しい女性へと成長し、騎士としての道を歩んだ嘗ての思い出。

 

「グルゴビッチ騎士長、大人しく縛について下さい。私はあなたと剣を交えたくなどない」

真剣な瞳でグルゴを見詰め、投降を促すナンシー。グルゴはそんなナンシーの様子に目を細め、木剣を構える。

 

「騎士とは仕える主の為に己の命を賭して戦う戦士。今は道をたがえたとは言え、騎士としての在り様を教えたのはこの私だ。

目の前の男は何者だ、自らが主と定めたマルドーラ伯爵家に仇なす者に対し、情けは掛けるな。

マルドーラ伯爵家騎士ナンシー・アルバドール、その手に持つ物はなんだ。それは刃、それは信念、己を主を守るための剣と化し、全力で敵を討ち滅ぼせ。

行くぞ、騎士ナンシー・アルバドール!!」

 

“バッ、カンカンカンカンカンカン”

グルゴから撃ち込まれる激しい打ち込み、ナンシーはショートソードを巧みに使い、その全てを受け流す。

 

「ほう、なかなかやるな。ではこれではどうかな」

“バッ、ババババッ、カンカンカンカン、ババッ、カンカンカンカン”

左右に身体を振り、まるで何人にも分かれてしまっているかのような激しい動きでナンシーを翻弄するグルゴ。しかしナンシーはその全てに的確に対応し、打ち込まれた木剣を打ち払う。

その激しい攻防に、招待客たちの拳に力がこもる。

 

「ナンシー・アルバドール、本当に強くなったのだな。亡き父ドレイン殿もさぞや喜ばれている事だろう。その剣技、誇っても良い。

だが私はこれでも嘗て対人戦最強と呼ばれた男、ここで無様な姿を晒す気はない。

これが今の俺の力、ナンシーが憧れた男の剣だ。

 

<クロックアップ>、世界は解放される」

 

“シュンッ”

それは酷く緩慢な動きであった。だが美しい軌道、無駄のない動作の一つ一つが、人々の目を惹き付けて止まない、そんな剣技。

振るわれた木剣は真っ直ぐナンシーの腹部を捉え、そのまま振り抜かれる。それは打ち抜くのではなく、“切る”といった動作そのもの、打ち据えられた衝撃はナンシーの身体をすり抜け、その身を支える中枢を切り裂いた。

 

時が戻る、全ての者たちが何も出来ず、声すら発する事が出来なかった永遠とも一瞬ともつかぬ時間の狭間。

“ドサッ”

グルゴの剣は確かにナンシーの身体に刻まれた。かつて追い求めたグルゴビッチ・エスティニオスの剣は、更なる進化を果たしそこにあった。

ナンシーは薄れ行く意識の中、憧れた男の後ろ姿をその瞳に焼き付けるのだった。

 

「グルゴビッチ・エスティニオス、お前は自分が何をしているのか分かっているのですか!たかだか下民の分際で我がマルドーラ伯爵家に剣を向けるという事がどういうことなのか、この王都で、オーランド王国で伯爵家の者に逆らうという事がどういうことなのか。

 

貴族に逆らう事、それは即ち王家に逆らうという事。お前はお前の判断でお前に関わる全ての人々を不幸に引き摺り込もうとしているのですよ?

お前は今どこかの田舎貴族に仕えているとか、その者も共に裁かれるのです、お前はそれだけの罪を犯したのです、グルゴビッチ・エスティニオス!!」

夜会会場に響くマルドーラ伯爵夫人の声、その言葉にグルゴの隣にいた男が笑いを漏らす。

 

「クックックックッ、これは失礼。マルドーラ伯爵夫人があまりにも滑稽な事を仰るのでついおかしくなってしまいました。

おっと、そんなに睨まないでいただきたい。それではまず状況を整理しましょう。

先程から申している通り我々はマルドーラ伯爵夫人の招待によりお伺いした。グルゴと貴家との間には何やら関りがあるようですが今は置いておきましょう」

 

“タンタンッ”

男が床を二回打ち鳴らす、すると男の影が伸び、一体の魔獣が姿を現した。

 

「あぁ、ご安心ください、これは私が使役している従魔です。この従魔にはある特別な力がありましてね?

影使いジルバ、勇者物語に登場する勇者の従者の如く、影を操り陰にものを仕舞う事も出来るのですよ。

それならマジックバッグと変わらないのではと思われるかもしれませんが、そこは勇者物語に登場する伝説の魔法、最大の特徴はたとえ生きた者であろうとも影空間に仕舞う事が出来るという点です。太郎」

 

男が黒いグラスウルフのような魔獣に声を掛ける。すると男の影がさらに広がり、そこから十二人の甲冑姿の騎士が姿を現した。

男は倒れ伏す騎士たちの一人に近付くと、ポーション瓶を取り出し、そのうちの一人の口に含ませる。

 

「“起きろ、マルドーラ伯爵夫人の御前である”」

男の声にビクリと身を震わせた騎士は、きょろきょろと辺りを見回しマルドーラ伯爵夫人の姿を認めるや、立ち上がり騎士の礼をした。

 

「奥様、ご報告申し上げます。グルゴビッチ・エスティニオスを捕縛する為向かった騎士隊は標的を匿っているとみられる屋敷に侵入、その後全滅いたしました。

私がなぜ今報告を行えているのかは定かではありませんが、あの者に関わってはいけない、あの者は、あの屋敷は、ウワーーーーーー!!」

そう言い自身の頭を抱えその場にしゃがみ込む騎士、その顔は蒼白に染まり、ガタガタと身を震わせる。

 

「“抵抗する者は切り捨てても構わん、一気に制圧する”、貴家の騎士たちは随分とお偉いのですな。

貴族は舐められたらお終い、たとえそれが自身より高位の御家柄であろうとも、正面切って売られた喧嘩を買わぬは貴族の恥と申しましょう。

申し遅れました、私の名はケビン・ワイルドウッド、マルドーラ伯爵夫人が兵を寄越した屋敷の主にして男爵位を給わる貴族でございます」

 

そう言い慇懃に礼をするケビン・ワイルドウッド男爵。

 

「ふん、何かと思えばたかが男爵風情が。我がマルドーラ伯爵家と喧嘩をすると?

アッハッハッハッ、これはおかしい、何と滑稽な道化なのでしょう。

皆様お聞きになりまして?この道化は無謀にも我が家に戦いを挑みに来た、そう申したのですよ?」

両手を広げまるで舞台役者のように大仰(おおぎょう)に周囲に言葉を掛けるマルドーラ伯爵夫人。その言葉に周囲からは大きな笑い声が起こる。たかが男爵が伯爵家に喧嘩を売る、それがどれ程無謀で馬鹿馬鹿しい事か、王都のみならずオーランド王国国内で居場所を失う様な行為に失笑を隠せない。

 

「中々楽しい余興でしたよ、男爵。その身体を張った道化ぶりに敬意を表し、今日のところは見逃しましょう。

グルゴビッチ・エスティニオス、いい主人を持ちましたね。最早会う事はないでしょう、ホーンラビット牧場の飼育員でしたか?その主人と共に田舎で農兵として一生を終えなさい。

“パンパン”

みなさま、今宵の余興を盛り上げて下さった男爵殿に温かい拍手を。大変滑稽な道化ぶり、暖かな主従関係、素晴らしい芸でしたよ?」

 

“パチパチパチパチパチパチ”

夜会会場に広がる拍手と侮蔑の笑み、そんな状況にあってケビン・ワイルドウッド男爵はクスリと笑みを漏らす。

 

「これが王都社交界、マルドーラ伯爵夫人、感謝しよう。随分と勉強になったよ、やはり田舎騎士たる私は王都社交界には馴染まないようだ。

礼代わりに教えてやろう。グルゴは私の配下ではない、同僚だ。

今の彼の名はグルゴ・ナイト男爵、そして隣の者はギース・ブレイド男爵。我らはオーランド王国北西部の片田舎に住む田舎騎士」

“ブオッ”

 

立ち昇る覇気、会場どころか屋敷内全体を覆い尽くす重圧。失笑を恐怖に替え、奥歯をガタガタ鳴らしへたり込む招待客たち。

 

「なっ、あっ、なっ」

「貴様は言ったな?“貴族に逆らう事、それは即ち王家に逆らうという事”と。

だからどうした、我らは既に王家に喧嘩を売っている。今は和解した身ではあるが、貴様らが再び喧嘩を売ったのだ、再び戦う事に否やはない。

我らも主のある身でな、自身の名を告げた上で名誉を汚されたとあっては引く訳にはいかないのだよ。

我らが引く事は即ち主の名誉を汚す事となるのでな。

 

さぁ、再び始めようか。我が名はホーンラビット伯爵家騎士団所属騎士、ケビン・ワイルドウッド男爵。“辺境の蛮族”の意地、今ここに示そう」

 

“ドウンッ”

吹き荒れる力の奔流、それはマルドーラ伯爵家王都屋敷を包み込み、その場にいる者たちを恐怖のどん底に叩き落す。

後に“惨劇の夜会”と噂されるその出来事は、王都社交界に恐怖と共に深く刻みつけられるのであった。




本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora
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