「それではエミリーお嬢様、我々はこれで。エミリーお嬢様の学園生活が充実したものになることを、ホーンラビット伯爵領の領民一同、心よりお祈り申し上げます」
王都に到着して二日目、俺たちはグルゴさんたちに送られて王都中央学園にやって来た。正式には王都学園と呼ぶらしいのだが、王都には他に武術学園と魔法学園があるらしく、区別の為中央学園と呼ばれる事が多いらしい。
「場合によって呼び方を変えるってのが面倒だけど、それは感覚的なもの、そのうち慣れるよ」とはギースさんの言葉。ギースさんは王都出身で、若い頃は武術学園に通っていたとの事だった。
「行っちゃったね」
中央学園の正門前で俺たちを下ろし馬車と馬とを連れて離れて行くグルゴさんたち。小さくなっていく馬車を見詰め、エミリーがポツリと呟く。
マルセル村はとてもいいところだった。“貴族令嬢の幽閉地”、“オーランド王国の最果て”、大森林にほど近い僻地であるため物流は乏しく、決して裕福とは言えない土地柄であったマルセル村。
嘗ては冬になれば飢えと寒さで次々と村人が亡くなるような寒村であったそこは、ドレイク村長の努力と村人一人一人の協力によって、笑顔溢れる豊かな村へと生まれ変わった。
そんなマルセル村の変化を目にしながら育ってきた俺たちは知っている。村の多くの大人たちがどれ程俺たちに愛情を注いで来てくれたのかという事を。常に目を配り、守って来てくれていたのかという事を。
でもここは王都、今までみたいに陰から支え助けてくれるような大人はいない。俺たちは本当の意味で社会への一歩を踏み出さなければいけない。
“パンパン”
俺は両手で自身の頬を勢いよく叩くと、“ヨシッ”と気合を入れる。エミリーがそんな俺に優しく微笑みかける。ジミーが、フィリーが、ディアがって何でお前らもうメガネ装備なの?
“ここは中央学園、戦場ではいついかなる時も油断してはいけない”って流石は武人、勉強になります。
俺たちは気持ちも新たに正門わきの通用門を潜る。これから始まる学園生活に不安と期待を抱きながら。
「こんにちは、あなた方が連絡のあった新入生ね。ようこそ、王都学園へ。
私は学園生徒女子寮の寮長をしているリリアーナって言うの。平民だから家名はないわ、よろしくね。
学園では男子寮と女子寮があって、男子生徒は女子寮には入れないし女子生徒は男子寮には入れない事になっているの。これは最低限守らなければいけない規則だから覚えておいてね。
それじゃ、案内するわ」
“フワッ”
くるりと身を翻したリリアーナ先輩、長い髪がキラキラと靡き、何とも言えない甘い香りが鼻孔を
以前領都学園で見たまるでアニメのような学園の制服は、さらに洗練されていると言うか眩しい太ももの絶対領域が“ヒュンッ”。
「どうしたのエミリー?行き成りツッコミ(裏拳)なんか入れて来ちゃって。
もうお嬢様は終了?まぁずっとお嬢様お嬢様してるのも疲れちゃうからね、気持ちは分かるけど」(ニコッ)
「あっ、うん、何かツッコミを入れておかないといけない気がして。ジェイク君、行き成りごめんね?」(ニッコリ)
「そこの二人、学園に来て浮かれるのは分かるけど早くいらっしゃい、おいて行くわよ?」
「「すみません先輩、今行きます」」
リリアーナ先輩に促された俺とエミリーは、急ぎ後を追い掛け学園生徒寮へと向かうのでした。
「ジェイクの奴強くなったな~。俺が武者修行に行ってる最中も確り鍛えられていたって事なんだろうな」
「そうですね、ケビンさんは“どんなツッコミも真摯に受け止める、それでこそボケの頂”とか言って絶賛されてましたけど。エミリーちゃんの全力のツッコミ(拳)に耐えられるのはケビンさんかジェイク君だけじゃないかと。
私、もう一回エミリーちゃんチャレンジをやれって言われたら確実に心が折れますから」
なんか後方でジミーとフィリーが失礼なことを言ってるけど気にしちゃいけない。って言うかよく聞こえるんだよな~、俺の耳。鈍感系主人公には絶対になれないジェイク・クロウ十二歳の春なのでありました。
――――――――
「ジミー、ようやく落ち着いたな。でもよかったよ、ジミーと同室で。これで全く知らない人と同じ部屋になるって事になったらどうしようかと思ったよ」
学園生徒寮に着いた俺たちは、それぞれ寮母さんに紹介され、各自の部屋に案内される事となりました。
上位職を授かり中央学園に入学した生徒は基本的に二人一組の部屋が与えられ、部屋割りは学園側により決められます。俺たちの場合俺の職業の関係もあり、学園側が配慮してくれたといった事なんでしょう。
これがエミリーのような貴族枠の生徒の場合だと、一人一部屋が認められていて、平民枠の者たちよりやや豪華なんだとか。貴族は一名の従者が認められているので、その為の一人一部屋ってことなのかな?
「そうだな。ジェイクと同じ部屋であれば瞑想していようが魔力枯渇訓練をしていようが、何か言われるという事も無いからな」
「だよな~、流石にあれを他の連中に知られたらドン引きされるもんな~」
それは日課にしている魔力枯渇訓練。収納の腕輪にその日の全魔力を吸わせて魔力枯渇を起こした状態での筋トレは、こう、身体を使っているって言う充実感が堪らないと言うか癖になると言うか、前世のボディービルダーが“キレてるキレてる!!”って叫んでいた気持ちがちょっと分かる。
心身がカチンと嵌った時の感じが超快感♪
「でもさ、この収納の腕輪の魔力容量限界ってどうなってるんだろう?
俺、この腕輪を貰ってから毎日魔力枯渇してるけど全然終わる気がしないんだけど」
そう言い右腕に嵌められた腕輪に目を向ける。大賢者シルビア・マリーゴールド師匠の逸品、収納の腕輪。ケビンお兄ちゃんの話じゃ王宮の宝物庫にも保管されてる品だから普段はマジックポーチを使う様にって言ってたけど、本当にこんなすごい物貰っちゃっても良かったんだろうか?
「あぁ、それは当分気にしなくてもいいと思うぞ?ケビンお兄ちゃんの話じゃ最大でグロリア辺境伯領がすっぽり入るくらいに迄拡張できるって事だし、それってどれくらいの魔力を注ぎ込めれば達成できるんだって話だしな。なんか使っている金属が特殊だとか触媒が希少だとか難しいことを言ってたけど、要するにあまり他所には言えない逸品って事には変わりないしな。
いいんじゃないのか?便利使い出来るって事で。このマジックポーチだって見た目がマジックポーチなだけで、確りマジックバッグだしな。
マルセル村の備蓄倉庫分くらいの収納量って言ってたかな?金貨数百枚はするって言ってたかな?」
“ブフッ”
ケビンお兄ちゃん、なんて品を持たせてるんだよ、やり過ぎにも程があるっての~!!
オークションに掛ければ白金貨が動く木刀、紬さん達が作ってくれた防刃防魔の私服、レッサードラゴンの革靴、従魔の指輪、収納の腕輪、魅了耐性の指輪、精神耐性のネックレス。
「・・・ねぇジミー、冷静に考えて俺たちの持ち物ってヤバくね?この学園に通う高位貴族の方々でもそうそう手に入れられない様な品がゴロゴロしてるんだけど?」
「案外ばれないんじゃないのか?<鑑定>のスキル持ちなんかそれほど多くないし、いたとしても相手の持ち物を一々鑑定なんかしないだろう、するんだったら相手のスキルとかだしな。
パッと見地味なんだ、バレないバレない」
そう言い眼鏡の真ん中をクイッと中指で持ち上げるジミー。お前は地味系インテリ主人公か!!度胸が凄いな、流石ドラゴンロード家の男、その血は確り受け継がれてるのね。
“ドサッ”
俺はベッドに仰向けに寝転ぶと、「なる様にしかならないか~」と独り言ちる。壁のフックにはハンガーに掛けられた制服、これを着れば本格的に学園生徒だ。
「ジェイク、グダグダ言ってないで早く着替えろ、エミリーたちが待ってるぞ。今日は学園施設を見て回るんだろう?」
ジミーに言われそうだったと急ぎ着替え始める俺。学習机の上にはそんな俺たちの様子を眺めながらプルプル身を震わせる、黒蜜とスライミーの姿があるのでした。
――――――――
「お待たせ、ごめん、遅くなって」
着替えの終わった俺とジミーは急いで待ち合わせ場所の女子寮前へと向かった。そこには既にエミリーたちが待っており、俺たちに向け笑顔で手を振ってくれるのだった。
「ううん、全然そんな事ないよ?むしろ早かったくらいだよ」
そう言いくるりと一回転して見せるエミリー。これはあれだね、真新しい制服に対してコメントを言わないといけない奴だね。
「エミリー、普段のエミリーも可愛いけど、学園の制服に着替えたエミリーはいつもとは違った魅力に溢れてて、ついつい見惚れちゃったよ。
でも学園の制服って可愛らしいと言うか、なんて言うか。緊張してドキドキしちゃうよね。
これってやっぱりエミリーが着こなしているからこそなんだろうね、そんなエミリーと一緒に学園生活を過ごす事が出来るなんて、俺って幸せ者だな~」
俺の言葉に花の様な笑顔を浮かべ、「ジェイク君もとってもよく似合うよ、凄く格好いい」と言って腕を掴んで来るエミリー。
よし、ミッションクリア。
ジミーが腕組みをしてウンウン頷き、フィリーとディアが眼鏡をきらりと光らせサムズアップを向けて来ます。
ジミーたち、スゲー馴染んでる。俺たちは学園もののモブキャラです!!と言わんばかりの眼鏡集団、なんかズルくね?
そう言えばメガネですよ、マルセル村では見る事の無かった眼鏡を掛けてる人、王都にはいました。本校舎の事務所に行った時二人ほど。
気になって話を聞いたら王都にはメガネ専門店があるんだとか、視力の矯正だけじゃなく暗がりでも周りを見えやすくしたり等、眼鏡は様々な用途で使われる魔道具の一種なんだそうです。
って事は俺が目立たない眼鏡をしても問題なし?勇者だからどの道無理?そうですか、分かりました。
エミリーに思いきり正論を言われガックリ肩を落としたのは、いい思い出です。
「揃ったみたいね、それじゃ行きましょうか」
学園の案内をしてくれるのは先程に引き続き女子寮の寮長でもある三年生のリリアーナ先輩。何でも今日は俺たちの案内をする様に言われてるんだとか。行き成り訪ねてきた新入生に対して随分と準備がいいなと思えば、昨日のうちにグロリア辺境伯領王都屋敷から先触れが入っていたとの事。
他の新入生も一度王都の宿に一泊し、先触れを出してから学園にやって来るのが通例なんだそうです。
そうでした、中央学園は高位のお貴族様の子弟が通われる特別な場所、先触れは高位貴族であれば最低限のマナーでしたね。
それじゃ上位職の平民はどうなのかと言えば、そうした者たちには予め連絡があって地域のお貴族様からお迎えが訪ねて来たりするんだそうです。
郷土の誇り、出身地域のお貴族様にとっては鼻が高いってものですからね。
「まずは魔法訓練場に行きましょうか、休日でも魔法訓練を行う生徒は多いから、勉強になると思うわよ。
私もよくここにいるから、分からない事があったら聞いて頂戴」
そう言い自慢気に前を行くリリアーナ先輩。聞けば<火・風・土>の三属性の魔法適性を持つ<魔導士>なんだとか。将来は王宮魔導士を嘱望されるエリート様でございました。
と言うかこの学園ってエリートしかいないんだよな、俺の小市民魂が~!!
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を貫け、ファイヤーランス”」
“バシューーーーー、ズド~~~ン”
立ち昇る炎、撃ち出された燃え盛る槍が、的に命中し爆炎を上げる。
「“大いなる神よ、我が手に集いて眼前の敵を貫け、ウォーターランス”」
“バシューーーーー、ドバ~~~ン”
鋭く尖った水の塊が目標に命中し衝突音と共に弾け飛ぶ。
「どう、中々見事なものでしょう?学園ではこうした魔法の訓練が日夜行われているのよ。
中にはさらに才能を開花させ<短縮詠唱>のスキルを開花させる生徒もいるわ。私たち三年生の中にはそうした者もちらほらいるわね。
努力は決して裏切らない、魔法学の教本でもある「魔法の書」の序文にはこう書かれているわ。
“魔力枯渇を恐れるな、我が強大な魔力を身に付け今日大魔法使いと呼ばれる様になったのは、全て若かりし頃に無謀にも魔力枯渇を繰り返しながら魔法の習得に努め、繊細な魔法の運用を身に付けたからである。努力は決して裏切らない、全ては結果として返って来る。
大成の道に近道はない、弛まぬ努力こそが道を切り開くのだから”
確かに魔力枯渇はきついし辛い、でもその先にしか大成はない。
君たちもこの三年間で多くを学び、自身を高め、大きく羽ばたいて欲しい。
この学園にはその為の施設が充実しているの、授かった職業に慢心する事なく頑張ってちょうだい」
そう言い真剣な瞳を向けるリリアーナ先輩。
・・・言えない、俺たち毎日魔力枯渇起こしてますだなんて、絶対に言えない。
「「「「はい、ありがとうございます、リリアーナ先輩」」」」
俺たちはそんな優しくも厳しいリリアーナ先輩に真剣な表情で言葉を返すのでした。
本日二話目です。
いってらっしゃい。
by@aozora